SS詳細
観光客アトと汚職憲兵ジョニーの仄かな友情
登場人物一覧
●顔馴染みの二人
一体全体、この二人の逮捕と被逮捕の組み合わせは幾度繰り返された事だろう。
汚職憲兵ジョニーが『観光客』アト・サイン(p3p001394)を今、正に捕縛する。
アトの方も残念無念そうな態度で渋々とお縄に掛かった。
「アトさんよ、腹が減っていたのか?」
「まあね。ここ数日、探索関係の仕事で忙しくてね。それで、つい……」
つい出来心でアトは肉屋の倉庫内にある保存用の牛魔物肉を食してしまったのだ。
もっとも、アトは天性の才能(万物の捕食者)の持ち主である為、牛魔物の生肉等であっても難なく食べる事が可能である。
「しかしアンタ、肉屋の洞窟内倉庫と生粋のダンジョンぐらい区別つかねえか? アトさんはダンジョンに潜るプロな訳だろう?」
「ふふ、この世にダンジョンではない洞窟なんてないんだよ。洞窟に潜ってそこに生肉があった。だから僕は食べた。自然の道理だろう?」
今回ばかりはジョニーも小一時間程説教をする心積もりだったが溜息をついて諦めた。
もうこのままコイツを留置場まで送った直後にでも飯にしようと思い直すが……。
「あのよ? 留置場前に寄る所があるんだ。その、酒場だがな、アンタも来ないか?」
「そうだね、丁度僕もまともな料理でも食べ直したかったから付き合うよ?」
アトは仕方なさそうな表情を繕うが内心は苦笑していた。
実はジョニー、アトが無銭飲食の罪まで犯すぐらいだから腹ペコだと察する。
これ以上アトに罪を重ねさせるよりも腹ごしらえをさせるのが先決だと考えたのだ。
「で、これからどんな酒場に行くのかな?」
「そりゃあ勿論、ランチ定食が安くて美味くて早い、俺のお勧め所だな」
さて、なぜ、憲兵と容疑者である二人が和やかに昼飯の会話をしているのだろう。
それは、三年程前からアトが問題を起こす度に逮捕する憲兵がほぼジョニーだからだ。
特に留置場の当番で夜通しアトを見張った時は発狂寸前まで口論したものである。
●可愛い給仕
ジョニーとアトは、ある意味で似た者同士の組み合わせかもしれない。
一方は、犯罪者から賄賂を受け取って見逃す事が日常茶飯事な汚職憲兵。
他方は、毎度の如く何かしら問題を起こして逮捕される特異運命座標の観光客。
時に縄で巻かれたアトを連行しながらジョニーが酒場に入店しても、誰もさして何も言わない辺りがある種の末期である。
稀に汚職憲兵と容疑者に対する冷たい眼差しが何処かから突き刺さる時もあるが。
そんな変則的な環境に慣れ切った二人は、平然と着席する。
ジョニーがランチ定食のお品書きを広げると、二人で眺めて談話を始めた。
ちなみに食事中は縄が邪魔になるのでアトの手元だけは解放されたのであった。
「俺はAランチな。午後の仕事に備えて唐揚げ定食をもりもり食べるぜ」
「そうかい? 僕はBランチ。久しぶりに温かな炒め飯でも食べたいね」
「あ、あのう? ご注文はお決まりでしょうか!?」
可愛らしい雰囲気の給仕の女の子が注文を取る為に声を掛けて来た。
一生懸命ではあるが、慌てて両翼を軽くパタパタと微動作する所が萌えな娘だ。
「お、俺はだなあ……。Aランチ! で、コイツはBランチな」
なぜかジョニーまで多少取り乱しながらも早口で注文をした。
「はい、いつもありがとうございます! ご注文入りましたー!」
給仕の子が厨房へパタパタと去って行く姿を見送るとアトが爆笑した。
「お、おい、アンタ! 何が可笑しい! あの子、ちゃんと仕事していたよな?」
「いや、ね、可笑しいのはジョニーの方だよ。君さ、あの子とどういう関係? って、言うか、好きなんでしょう? その茹でた蛸みたいに赤い顔が証拠だよね? ねぇ、詳しく教えてくれよ……?」
まるでクリティカルが連発したかのようなアトの連続質問攻撃が炸裂する。
アトは喉から手が出る程知りたいのだ、この朴念仁の憲兵が恋をしている事実を!
結局、給仕の子が笑顔で定食を運んで来るまでアトの尋問は続いたのである。
しかし、そんな平和な恋話は長くも続かなかった。
店内に泥酔した破落戸が五人も乱入した所から空気が急速に冷めた。
彼らはテーブルに行儀悪く腰を下ろして陣取るや否や蛮声で給仕を呼び付けたのだ。
「は、はい? お客様、申し訳ありませんでした! ご注文は?」
「ぐひひ、おねーちゃん、かーいいな?」
「注文だと? ……それは、お前だ、ひっく!」
「俺らとさ、遊びに……行こうぜ? へへ?」
当然、給仕の子は嫌がりながら泣き叫んで混乱する。
それでも破落戸は止めずに店外へ連れ出そうと躍起になる。
年老いた店長は困惑しながらも縮こまった。
店員達や客達も無言で震え上がっていた。
もっとも、給仕の子も可哀そうだが、それ以上に惨めなのはジョニーかもしれない。
店内に憲兵がいる事は明白なのだが誰も彼に助けを求めようとすらしない。
破落戸に関しては憲兵を畏怖しない所か彼が眼中にすらなかったのだ。
アトは隣にいるジョニーを軽く肘で突いて合図をする。
(君が彼女を助ければいいじゃないか?)
●憲兵の役目
(ちっ、俺はどうすればいい? 今すぐ助けに出るべきだろうか? いや、応援を呼びに行く方が先決か? しかし、その間に破落戸共にあの子が連れ去られてしまったら……!?)
何時までもまごついているジョニーの姿に呆れたアトが軽い肘鉄で再び合図を送る。
それでもジョニーはアトの肘を振り払い、仕事の邪魔をするな、と小声で怒る。
「早く行ったら?」
アトは炒め飯が冷めない内に大口で頬張りながらも示唆する。
さらにジョニーに対して唐揚げの分け前を強請るが、彼は今、それどころではない。
「あんな強そうな奴らに……。しかも人数までいて、一人で勝てる訳がないだろう! アンタらみたいな実力派のイレギュラーズとは違うんだ!」
そこまで苦言を吐き散らした直後、ジョニーに謎の閃きが訪れた。
「そうだ! イレギュラーズのアトさんが助けに行けばいい! 万事解決じゃねえか!?」
アトは冷茶を啜りながら呆れた顔で溜息をつく。
「今の君と僕の社会的な力関係、どっちの方が上だよ? 普通は憲兵が困っている庶民を助けるものだろう? 今の僕は単なる容疑者に過ぎない訳だし? ま、別にいいけど……。ところで、本当に君はそれでいいの?」
アトが何気なく鋭い指摘をするとジョニーはまるで天啓を得たかのように目が覚めた。
突然、自分自身の顔を両手で派手に叩きながら気合を入れ出す。
そして彼は、ついに重い腰を上げてサーベルを抜刀した。
(おっと、行く前にこのコインを置いとくか……。お呪いじゃねえが……)
「お、おい、破落戸共……。じょ、女性に、ら、乱暴は、いけねえ! お、俺は、憲兵だ! ア、アンタらを……た、逮捕する!」
へっぴり腰でビビり口調の弱小憲兵がありったけの勇気を奮わせて破落戸に挑む。
中段に構えたサーベルの剣先が誰にも定まらず小刻みに震えていた。
「へっ、ひっく、うるせえ! 邪魔……すんじゃねぇ!」
「はっ!? 憲兵だとお? おっさん、があ? がはは!」
破落戸共は初手だけ面食らったが、皆でジョニーをリンチしようという話に纏まった。
破落戸に包囲されたジョニーは、サーベルを蹴り飛ばされて、袋叩きにされてしまう。
当然、給仕の子も、店長も、店員達も、客達も、店内にいる誰もが阿鼻叫喚の状況だ。
唯一人、冷徹な眼差しで事を観察している観光客を除いて。
さて、どういう訳か、一方的な乱闘中の最中、千載一遇の転機が訪れる。
「う、うおお? お、おい、どけっ!! あ~……!?」
「なっ、マジかよ!?」
「ちょい待ち、うがあ!?」
破落戸の一人が長物に足を引っ掛けて派手に転倒すると、三人がドミノ倒しになった。
「い、いてえええ! た、たすけてー!?」
別の破落戸は微風に乗ったタバスコの粉末が目に入り痛覚で慌てふためく。
「あん!? あ、頭が……あれれ……?」
残っている最後の破落戸は何処からか降って来た酒瓶に頭を打撲して気絶した。
「こ、これは……!? そら、今がチャンスだ! アンタら、全員逮捕する!」
既に満身創痍のジョニーが立ち上がるとサーベルを取り戻して敵に差し向ける。
破落戸の全員が戦意を喪失しているか気絶している事をきちんと確認する。
全員が降参している事を確実に掌握したジョニーは破落戸共を縛り上げた。
ジョニーが破落戸共に勝利した様を見届けると店内で拍手喝采が湧き起こった。
ついにあのジョニーが憲兵らしい仕事を国民の前で成し遂げたのである。
観光客も愉快な顔をして見守りながらも口笛を吹いて拍手していた。
●仄かな友情
「うわああん、ぐすん、ぐすん……。本当にありがとうございました! もう感謝の気持ちでいっぱいです!」
柄もなくジョニーは、憧れの給仕の子から涙ながらの感謝の言葉で労われた。
「いえいえ、職務ですから!」
格好付かないジョニーが無駄に格好付けて爽やかに店を去る。
彼の手元では縄で数珠繋ぎにされた破落戸全員を連行しながら。
観光客は汚職憲兵が給仕の女の子を救う英雄譚を上機嫌で眺めていた。
そして、足元に落ちているタバスコの瓶を手元まで蹴り上げて掴まえる。
やがて「友人」の姿が消え去ると、誰にも聞こえない程の小声で一言漏らす。
「三年の付き合いだから今回限りだよ?」
ところで、アトは昼食を中断した空腹と喉の渇きをふと思い出す。
再び着席すると、テーブルにはコイン数枚のタワーが崩れて置かれていた。
「ふむ……。店長、このコインで強めの黒炭酸を一杯お願いしていいかな?」
アトがジョニーと三年もの犬猿の仲であれば、ジョニーの方も同様である。
破落戸共に舞い降りた謎の突発事故の原因は互いに了解済みという事だろうか。
観光客は、汚職憲兵との仄かな友情の証とも言える一杯を飲み干すと微笑した。
了