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冥夜とクロサイトとリリコの話~強引にマイウェイ~
登場人物一覧
「リリコ様、私と付き合ってください!」
「ちょっと待ったァーーー!!!」
「邪魔をするな悲劇野郎!」
「専守防衛ですよ! リリコさんになんてことを言うんですか、この馬の骨!」
「……」
ダッシュしてその場を離れるリリコ。
「あ、逃げた!」
「当たり前です! 自分を鏡に映してからものを言いなさい!」
「姿見なら出かける前に見てきたぞ、花束も買ってきてるし完璧だ!」
振り向く冥夜の目は本気を通り越して煮えに煮えまくっていた。
「とにかくリリコ様ぁーーー! 話を聞いてくださいーーーー!!!」
「……」
「待ちなさい馬の骨! 自分が何をしてるかわかってるんですか、ちょっと馬の骨、馬の骨ーー!!!」
逃げるリリコ。追う冥夜。追いかけるクロサイト。
何がどうしてこうなったのか。話は先日の依頼にまでさかのぼる。
再現性歌舞伎町1980、そこでは誰もがバブルの魔法にかかり、札束をばらまきながら快楽に酔いしれる街だ。むろんバブルなどというもんはとっくに弾けているのだが、住民は皆そのことに気づかず暮らしている。それもまたひとつの幸せの形だろう。まあ、それはともかく冥夜はある依頼でその街の借金取りに扮し、なんだかんだゴニョゴニョしたあげく、ある店の元締めに就任した。
ホストクラブ『シャーマイト』店長、それが今の冥夜の肩書だ。
実家に知られたら怒られそうなものだが、じつはご実家からしてホストクラブを営業している。誰って冥夜が師事していた叔父さんだ。この叔父さん、とにかく冥夜に渋かった。殴る蹴るは当たり前。退魔士の指導すらしてくれない。危機感を持った冥夜は、叔父さんの経営するホストクラブへ潜り込んでご機嫌取りをするようになった。退魔士の修業をしてたんだか、ホストの修行をしてたんだがわかりゃしない。そんな日々を支えてくれたのが、意外にもクラブの先輩たちだった。まるで弟のようにかわいがられ、接客の基本はもちろんコールの仕方から面倒な客のやり過ごし方、シャンパンタワーを作るコツまで、懇切丁寧に教えてくれた。どうにか一人前を名乗ることができるようになった暁には、店を上げてお祝いしてくれた。用意してもらった三段ケーキはさすがに食べきれなかったが、特別に作ってもらったというそれは上品な甘みで心にしみた。
ホストクラブ、そこは、夢を見せる場所だ。
もしかしたら先輩たちはオーナーの関係者である冥夜へ取り入ろうとしたのかもしれない。もしかしたら先輩たちは冥夜を面白い玩具くらいにしか思ってなかったのかもしれない。裏を考えればきりがない。だけど、あのケーキの甘さだけは、本物だった。先輩たちは最後まで冥夜に夢を見せてくれたのだ。だったらもちろん自分だって、シャーマイトを思い出のあの場所に恥じないクラブに仕上げたい。
が、問題があった。ホストというものは、上下関係に厳しい。顔の広さ、界隈での経験、酒の強さ、女あしらいのうまさ、何より稼ぎの良さ、様々なものに左右されるが、恋愛経験、それも重要なファクターだ。そして鵜来巣 冥夜は、年齢=彼女いない歴だった……。
「なに真剣な顔をしてるんですか馬の骨、ただでさえ抜けてる顔が余計に間抜けに見えますよ」
「うるさいぞ悲劇野郎、すこし昔を思い出して決意を新たにしていたんだ」
リリコに逃げ切られた冥夜は肩で息をしながら襟元を整えていた。その姿をクロサイトがげんなりした顔で見つめる。
「なんの決意ですかね、一体。まちがいなくろくでもないのはわかりますがね」
「人の一大決心をろくでもないとは失礼な! やる気かこの野郎!」
「……はあ、すぐに手が出る。まったく粗野で粗暴で下品で不快、それでは女性に相手にされないのも当然」
「あ、相手にされなかったんじゃない。必要がなかったんだこれまでは」
「本当ですかねえ~? あなたがそう思っているだけで現実は違うかもしれませんよ。ああ、真実は常に人を傷つけるもの、欺瞞の真綿にくるまれているがいいのです」
「喧嘩売ってるとしか思えんのだが!???!!!??」
「グラム3Gほどで売ってますが?」
「こっわ、鶏むねより安いがな。とにかく俺はリリコ様に付き合っていただくのだ。そう決めたんだ」
「何が貴男の可哀そうな頭の中で起きてるんです?」
「……俺が『シャーマイト』の店長になったのは知ってるな、悲劇野郎」
「ええ、馬の骨にぴったりな職場じゃないですか。退魔士なんてやめて専業にしてみては?」
「いちいちやかましいな、おまえは俺のオカンか。二足の草鞋というが、俺はどちらも手を抜くつもりはない。当然退魔士も続けるし、『シャーマイト』も盛り上げてみせる。そのためにはリリコ様とのお付き合いが必要なのだ」
「ぶっ飛びすぎててついていけませんよ馬の骨」
「俺はこれまで女性とお付き合いをしてこなかった。そんな暇があったら退魔士としての腕を磨きたかったからだ」
「出たよ、自分語り」
「確かに腕はあがった。さらには店主(誰だろうねぇ、ヒヒヒ)のおかげでこの世の真理の一端へも触れることができた。だが! 女性経験は無い!」
「そりゃそうでしょうよ、修業バカ」
「そんな俺がホストクラブの店長! 自分で言い出したとはいえ、店を乗っ取る形になってしまいホストの面々には悪いことをした。中には俺のことをよく思っていないやつもいる。それは当然だ。だからこそリリコ様なのだ!」
「わけがわからないです」
「店長が恋愛経験ゼロと知られれば、ホストになめられる口実を与えることになる。ならば、今からでも! 魅力的な女性と恋をすればいい!」
「うん。うん? うん……」
「よって俺は考えに考え抜いた。魅力的と一口に言ってもところでセクシーなのキュートなのどっちが好き?」
「セクシーですね」
「俺には違いがわからん!」
「ダメすぎてコメントが追い付かない」
「そこで店主の価値観を頼ることにした。店主といえばまず娘さんだが恩人の娘さんに手を出すのは倫理的にみていかがなものか」
「そこは真人間なんだ……」
「だがしかし、七夕で案内してくれたリリコ様なら! フリーだし、店主のお気に入りであって娘さんではない! 狙うならこっちだ!」
「ドス黒っ!」
「どうかしたか?」
「その判断基準はリリコさんにハイパー失礼だし、あまりに不純でしょう!」
「俺の心根はいつだってまっすぐだ」
「360度曲がったらまっすぐに見えるでしょうよ!」
「というわけで俺はリリコ様にけっこんをぜんてーとしたおつきあいを受け入れさせてみせる」
「貴男、言ってる意味わかってないでしょう、このDTが! 貴男のような方にリリコさんは任せられません!」
「ほう? 張り合うというのか? いいだろう。元ホストのテクの前にメロメロにならない女などいないぜ……?」
「なんで急にオラオラ調なんですか。大体私は既婚者です。それに妻に浮気を匂わせようものなら処刑されます」
「ふはははは! おまえのリリコ様への想いは所詮その程度ということだな、悲劇野郎! 本気じゃない奴は黙ってろ!」
――ムカッ。
「えええもうそういうことなら私も全力を挙げてリリコさんを口説いて差し上げようじゃないですか。ご主人様(本当に誰だろうね、ヒヒヒヒヒッ)のお気に入りに手を出す輩がいたら割り込むのが従者でしょう!? 既婚者の経験値、見せてやりますとも!!!」
孤児院からほど近い原っぱで、リリコは座り込んで休憩していた。
(……こ、ここまで来たら、きっと大丈……)
「リリコ様ー!!!」
(……来たー……)
「リリコさーん!!」
(……こっちからも来たー……)
挟みうちにされたリリコは腰が抜けてふるふる震えていた。大の男が血相変えて言い寄るんだからしかたがない。あと忘れ去られているだろうから補足しておくと、彼女の外見特徴はいたいけである。
(あれ? もしかしてリリコさん、意外とかわいい?)
(ん? まさか俺、ロリコンというやつなのでは?)
一瞬頭によぎった疑問は打ち消して、ふたりはリリコに詰め寄った。とりあえず二人の頭にはリリコを落とすことしかなかった。
「リリコ様、改めまして鵜来巣 冥夜です。一目見た時からあなたしかいないと思い、馳せ参じました。どうかこの花束を受け取っていただけませんか。毎日愛を囁きましょう」
「リリコさん、こんな馬の骨の言うことを真に受けてはいけません。貴女は私と一緒に来るんです。これからは私が貴女をお守りします。どんなことがあろうと、私が盾となり剣となりましょう」
「ええい、出しゃばるな悲劇野郎!」
「はあ、何をおっしゃるやら。機会は平等のはずですよ。それにしても薄っぺらいセリフですね、さすが馬の骨」
「言ったな悲劇野郎!」
「まあそこで私に取られるのを黙ってみてなさい」
(……い、言うべきかしら。『私のために争わないで』)
リリコだって女の子だ。一度は言ってみたいセリフトップ10に入る。なお、栄えあるナンバーワンは「増援は出せない。現状の戦力で対処せよ」だ。そうだ、自分の力でなんとかしなくてはならないのだ。私はそれを知っている。
「……気持ちはうれしいわ。ところで、私、気になってることがあるの」
「なんでしょう」
「……冥夜さんは『シャーマイト』の店長よね」
「ええ、そうですよ」
「……冥夜さんは『シャーマナイト』のレガシーゼロだった気がするのだけど」
「「あ」」
今のうち!
リリコは全力で林へ飛び込み、二人をまいた。そして暮れてきた空を見上げて思った。
(……ああ驚いた。でも同じことを銀の月に言われたらついていっていたかも)
風が吹いてリリコの大きなリボンをさやさや揺らした。
(……どうして私、今そんなことを考えたのかしら)
「あーもう、逃げられたじゃないか悲劇野郎」
「そろってふられましたねえ」
「……飲みに行くか」
「では『シャーマイト』店長、スクリュードライバーをお願いします」
「意外と強いな、おまえ」