PandoraPartyProject

SS詳細

シラスと隻眼の女性剣士

登場人物一覧

シラス(p3p004421)
超える者

●遭遇
「へへ、今日も熱い試合が目白押しか。ラド・バウの戦闘的な空気は実にいいぜ」
 本日もシラス(p3p004421)は熱心にラド・バウに通い戦闘研究をしている。
 C級闘士でもあるシラスは己の技量を向上させる為、日々の研鑽に余念がないのだ。
 しかし、とある試合が開始された直後、彼は観客席に居ながら思考停止に陥る。
「そんな……。バカな!?」
 あろう事か、隻眼の女性剣士が青龍刀の鮮やかな一太刀で対戦相手をKOしてしまった。
 ほんの一瞬の出来事に、刹那の一撃の末路に、シラスは己の眼を疑うが……。
「ほお? 流石だね彼女? また一撃で試合終了か。しかも試合開始前の宣伝通りに」
 シラスの席の付近でとある情報屋が一言漏らす。
 彼はローレットの情報屋の一人でありシラスとも依頼で面識がある男だ。
 シラスは呆気に取られていた事を悟られまいと気さくに話し掛ける。
「よお、情報屋、元気か? なあ、アンタ、あの女剣士を知っているのか?」
「うん、まあね。最近、ラド・バウで名を上げている女剣士として有名だからね」
 どうにかして彼から情報を捻り出せないものかとシラスが思案する。
「よし、今度、ローレットでおごるぜ? ケチケチしないで教えてくれよ?」
「え? ご相伴にあずかっていいの? うん、実は彼女ね……」
 情報屋によると、隻眼の女性剣士の名前はシェフォン・シェイエン。
 出身は鉄帝の辺境であるが、己の実力を試す為の旅をしているらしい。
 本業は各国を渡り歩くフリーファイターで腕利きの鉄騎種だそうだ。
 特に青龍刀二刀流という流派を駆使する戦闘ならば誰にも負けない自信があるとの事。
「へぇ? で、旅の果てに鉄帝に戻ってラド・バウで名を上げているのか? 面白れえ……。一度、手合わせしてみたいもんだ」
 シラスが悪童みたいに邪気な笑みを浮かべて呟いた。

●挑戦
「ああ、面白くねえ……。おい、オヤジ、強炭酸のお代わりもう一杯!」
 シラスは不貞腐れながらもとある酒場で強めの黒炭酸(ソフトドリンク)を煽っていた。
 どうにもこうにも最近のラド・バウは腹立たしくて仕方がない。
 あのシェフォンという女剣士が圧倒的な実力でランキングを駆け上がっているらしい。
 そして先日、彼女がついにB級昇格を達成したという話を聞いた。
「おのれえ……! C級ではこの俺が一番強いんだ!」
「まあまあ、シラス君? カッカせずに白身魚の唐揚げでも食べて落ち着こう?」
 マスターのオヤジさんに唐揚げを勧められてとりあえず食事をするシラス。
 丁度昼飯時であり腹の虫が騒いでいた頃でもあった。
 だが、シラスはとある来客により昼飯どころではなくなってしまう……。
「ぶっ!! あいつ……!?」
 思わず強炭酸を噴いてしまうシラスであったが、それもそのはずだ。
 なぜなら、あの隻眼の女性剣士がシラスの付近で着席したからである。
 もはや考えるよりも感じるのが先だろうか。
 シラスはシェフォンの席まで歩み寄るや否や宣告していた。
「おい、アンタ、面を貸せ?」
 とりあえず表に出ろ、と言わんばかりにシラスが器用な指先の仕草で示す。
 突然の事である為、面食らったシェフォンが質問で返す。
「おや? 貴方は何方ですか? 面を貸せとは何の事でしょう?」
 ラド・バウ闘士同士の殺気が酒場に鋭い緊張感を発生させる。
 間に入ろうとしてくれるマスターや傍観している客層も冷や冷やしている。
 気まずくなったシラスはひとまず名乗り上げて経緯を語る。
「俺はシラス。アンタと同じラド・バウの闘士だ。ま、C級だがな。どうもアンタの快進撃を見ているとむしゃくしゃして仕方がねえ。よかったらさ、店の外で俺とストリートファイトしてくれねえか?」
 シェフォンは青年闘士の心情を察したのだろうか、盛大に爆笑した後に頷いた。
 そして、酒場全体の人々に向かって芝居臭く大仰に語り掛ける。
「シラス君とやらは実に可笑しな青年ですね。私も貴方を見ていますと、なぜか心中で燻る物を感じます。まさか、恋心ではないですが……いや、敵愾心とでも言いましょうか」
 シェフォンは突然に立ち上がり諸手を振り上げて宣言する。
「では、闘士同士のエキシビションマッチを開催しましょう。只今からラド・バウB級闘士シェフォン・シェイエンVSラド・バウC級闘士シラスの場外戦が当酒場の店前で開始されます。審判とギャラリーは、今、この酒場にいるマスター、従業員、お客様の皆様です!」
 シラスもこのノリには憤慨したようで苦笑いを浮かべて声を張り上げる。
「いいじゃねえか、やってやる! どっちが上かたっぷりと教えてやるぜ!」
 即席の審判や観客達も大騒ぎで盛り上がり、もはや、誰も後には退けなくなった。

●決闘
「よお、シェフォン? 得意の青龍刀二刀流とやらで掛かって来いよ?」
 シラスは対峙している決闘相手にガンを飛ばしながら怒鳴る。
「そうですねえ……。青龍刀ではなく拳法で戦わせて貰いましょうか?」
 シェフォンはなぜか青龍刀の二刀を地面に置いて拳法の構えを取る。

 シラスは彼女の唐突な対応にやや驚くが相手の判断をこう理解する。
「なるほどな? アンタの本気は拳法か? 青龍刀よりも拳法の方がアンタは強いと?」
 ラド・バウに限った話ではないが実際にそういう闘士もいる。
 長物の方が一見すると攻撃力があるが、長物を使うよりも拳で戦う方が秀でる者もいる。
「いいえ、違います。その真逆の判断です。青龍刀二刀流で戦う方が私は明らかに強いです。拳法で戦って差し上げるのはサービスとでも言いましょうか。要するに、手加減してあげる、という話ですね」
 シェフォンは涼しい顔でそう言い放つが、一方のシラスは身体が熱くなりカッとなる。
 彼女の言動は挑発の類である事がわかる上に事実なのだろう。
 こうもバカにされたシラスは本気の殺し合いでもする気迫でシェフォンに殴り掛かる。

「なめてんじゃねえよ!」
 駆け抜けるシラスの重たい右ストレートの一撃が瞬時に標的を捕らえる。
 シェフォンは蟷螂(かまきり)のような体勢で重たい拳の一撃をひらりと避ける。
「ふふ、良い拳ですね? ですが肩に力が入り過ぎていますよ?」
「うるせえよ!」
 余裕で回避されてしまったがシラスは彼女の戦い方についてある事に気が付く。
(あの蟷螂みたいな体捌き……。蟷螂拳(とうろうけん)といった拳法か? つまり、奴は近接型戦闘が得意でスピード攻防に優れたタイプか……)
 シラスは軽く分析を入れると次の手に備える。
 時に彼が戦法の分析が出来るのは日頃の研鑽の賜物である。

「次は私から仕掛けますよ? 痛かったら泣いて降参して下さいね?」
「へっ、誰が泣いて降参なんかするかよ!」
 お互いに無駄口を叩く間もなく次の攻防戦が開始される。
 シェフォンの両手は蟷螂の鎌のような手刀となってシラスを強襲する。
 足捌きもまるで蟷螂のそれであり、すばしこく、一瞬でシラスの間合いに入る。
「ふん、当たるもんかよ!?」
 迫りくる手刀の一撃をシラスが紙一重でかわす。
 シラスの群を抜いた回避力であれば今ぐらいの手刀ならば回避出来るが……。
 実際に「紙一重」であった為それを悟られまいとシラスは軽口で笑っていた。
「攻撃は一撃だけとは限りませんよ?」
 シェフォンは分析の通りにスピード攻防に優れた闘士だ。
 初撃直後の飛び蹴りの一撃がシラスの胃を痛めつけた。
「くっ……。やるな……」
 もっとも、シラスと雖も無防備ではなく、それなりに防御技術も高い。
 それでもラド・バウの試合で一撃KOを連発できる闘士の蹴りだ。
 シラスは込み上げる胃液をぺっと吐き捨てると、一旦後退して拳を構え直した。

「さて、いよいよ俺も魔術を使わせてもらうぜ?」
「ほお、シラス君は魔術も使えるのですか? ぜひ見てみたいですね」
 余裕の笑みを浮かべながらのシェフォンに挑発されるが、シラスも本領を発揮する。
 魔法陣が世界法則の計算式を導き出してシラスの思考回路に組み込まれる。
 そして侵されざるべき聖なるかなを躰に降臨させて増強する。
 今なら見抜けるはずだ、シェフォンの攻撃が、防御が、速度が!
「行くぜ! 吠え面をかかせてやるよ!」
 限界を超えた猛速度で駆け抜けるシラスが拳の連打攻撃を放つ。
 流石に初手は難なく回避されたが、二手、三手と拳の追撃が止まない。
 やがて三手目でシェフォンの顔面を捕らえると重厚な一打撃を浴びせた。
「どうだ? 降参するのはそっちの方じゃねえか?」
 今の一撃にシラスは自信があったが、シェフォンは軽く口を切った程度だ。
 隻眼の女性剣士は鋭い眼光でシラスを睨んで語り掛ける。
「とても良い一撃ですね。それ、最初からやって下さいね? 私ももう少しだけ本気を出してあげますから!」
 互いに至近の間合いで激しい殴り合いの応酬が始まる。
 魔術で身体強化されたシラスともう少しだけ本気になったシェフォン……。
 シラスはなぜか、この隻眼の女性剣士と殴り合う事に楽しさを覚えた。
(ははは……。痛てえ、痛てえよ、こいつの蟷螂拳……。だが今、俺はとても充実している……。出来る事ならばこのままずっと殴り合いたいが……)
 そろそろ体力的な限界が迫ってくるとシラスは後退して態勢を立て直す。
 シェフォンもシラスを後追いする事なく後退して構え直した。
 彼女も彼女でなぜかとても楽しそうだ。

「次でそろそろ終わりにして差し上げましょう」
 シェフォンは蟷螂が体を大きく見せ掛け威嚇して蝉を狙い殺すような構えを取る。
 その姿勢にはどこか禍々しいオーラのような空気が滲み出ていた。
 おそらく彼女の方も身体強化の体術でも駆使して己の実力を増強させているのだろう。
「同感だ。俺も次あたりでアンタを仕留めようと考えていたところだぜ」
 シラスの方は魔術を駆使して再び身体強化を図る。
 今回の決闘で有用な聖なるかなに加えて世界法則の演算魔術でも強化する。
 互いに最後の一戦に向けた準備が終わると拳を構えて駆け抜けた。
「シラス君、さようなら、お眠りなさい!」
「シェフォン……その言葉、そっくりアンタに返すぜ!」
 シラスがシェフォンの猛撃を回避して会心の一撃を見事に喰らわせる。
 シェフォンの腹部に鋭い拳の連打を打ち込んで勝利を実感した。
(やったぜ……。奴の全ての攻撃を避け切った。そしてこの手応えは……もしかすると!?)

「シラス君……。私の対応が『わざと』だと思いませんか?」
「なっ、バカな!?」
 シラスに会心の連撃を『わざと』当てさせるのはシェフォンの作戦だったのだろうか。
 現に彼女はあれだけの強打撃を受けながらも未だに地面に手や膝が着いていない。
 それどころか面白い攻撃を受けたとでも言わんばかりに気味悪く微笑している。
「ぐはっ……。う、そ、だ……!?」
 最後の最後で油断、いや、動揺してしまったシラスの隙に手刀と蹴りの連打が入る。
 高度な命中率を誇る鋭利な蟷螂拳で血祭にされたシラスが地に伏せた。

●完敗
「シラス君、起き上がれますか?」
 シェフォンが倒した対戦相手に笑顔で手を差し伸べる。
 シラスはKOされたものの意識はあるので痛い体を起こして地面に座る。
 彼女の手を取りながらもシラスは爽やかな笑顔で礼を述べる。
「ああ、なんとか、な……。いやあ、それにしても完敗だ。でも、良い戦いだったぜ、ありがとうな」
 シラスは結果として敗れたが今やシェフォンに対して憤怒も嫉妬もしていない。
 むしろ、やれるだけやって負けたのだから正に清々しい心境である。
 ただ一つ心残りがあるとすれば、それは観客達の前で彼女の昇格に自ら華を添えてしまった事だろう。
「シラス君、こちらこそありがとうございます。そして客席の皆様もご声援ありがとうございました! 今回の場外戦は私の勝利ですが、次回こそはラド・バウの試合で決闘となりましょう。その時はぜひ皆様で揃って応援に来て下さいね! 勿論、勝つのは私ですが!」
 シェフォンが相変わらずのおどけた調子で今回の騒動を締め括る。
 即席の審判や観客達も最後にまた騒ぎ立てての声援を送り出して楽しそうだ。
 終いにはシラスも皆と一緒になって大笑いしていたが、一つの決意が彼の中で生まれた。

――そうだな、次はラド・バウの試合で対戦してえな。次こそ負けねえからな……。首を洗って待っていろよ、シェフォンめ!

 了

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