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【PPP三周年】酔いに想い馳せ

登場人物一覧

アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯

 カラン、とグラスの中で氷が動く。アーリア・スピリッツ(p3p004400)はそのグラスを持ち上げ、口に含むと仄かに笑みを乗せた。

 3年前の今頃──混沌では大規模召喚が行われた。これまでちらほらと姿を現していた頻度は比べ物にならないくらいの人数が、全世界の特異なる存在が召喚されたのだ。
 空中庭園には人、人、人。困惑の色を浮かべ、世界を跨いだ者であれば恐慌に陥りもしただろう。けれど結局のところ前へ進むしか彼らに道は用意されていなかった。前へと進んだその先に複数の道が分かれていたとしても、特異運命座標イレギュラーズたちは後ろへ引き返すことだけは出来ない。自身がそうあろうとしても、周囲から向けられる視線は依然と全く同じというわけにはいかなかっただろう。
 だが、3年前のアーリアにとってはそんなこと、全くもって与り知らぬことであった。彼女は一般人として、あいも変わらず酒を楽しんでいたのだから。

 ──カラン。

 酒場には明らかな異装で訪れたヒトや、おおよそ人間の形ではない、混沌ですら見かけないような生き物も酒場を訪れていた。彼らは先駆者と呼ばれるイレギュラーズたちだ。最も、このような大規模召喚がなければ先駆者という名称もつかなかったのだろうが。
『ねえおねーさん知ってる? 大規模召喚の話』
『あら、もちろんよぉ』
 隣に座った同じ年頃の女性に声をかけられ、アーリアは頷いた。すでにほろ酔いではあったけれど、まだまだ意識はしっかりしていたのだ。だから耳をすませれば酒場の音はよぉく聞こえてきていた。
 特異運命座標と呼ばれる者たちがこれまでの比でない量で召喚されている。すわ何かの前触れか、と。軽い調子の声音ばかりだが、気になるものは気になるのだろう。それはアーリアたちとて然り。
『何が起こるのかしらねぇ?』
 吉兆か、凶兆か。どちらだって考えつくけれど。
『さあ。選ばれた人たちにしか分からないんじゃない?』
 大それた未来など、力なき一般人に読めるはずもないから。カウンター席に座った女2人で『もしも選ばれたら』なんて妄想をして。
『ギルドの仕事をするイレギュラーズもいるんでしょ? そしたらモンスター退治とかかぁ』
『ふふ、魔法とか使って華麗に倒しちゃうのかも』
『あ、それは格好いいなぁ!』
 モンスター退治に行って、鮮やかに敵を倒していく自身の姿を思い浮かべたり。それから同士となるのだろう異世界人や純種を思い浮かべてみたり。
『皆で飲み会とかするのかな』
 今の私たちみたいに、と女性は笑っていた。釣られてアーリアの表情にも笑みが浮かぶ。ああ、こんな楽しい雰囲気ならきっと過ごしやすい場所に違いない。
『恋愛ごともあったり?』
『ふふ、あるかもしれないわねぇ』
 グラスを揺らしてアーリアはもしもを考える。自分がイレギュラーズになったのなら、今話したようなことをするのだろうか、と。
(私が戦うのよねぇ、そうなると)
 武器も持ったことがないと言うのに、はっきりした想像が出来るはずもなく。武器といえば剣とか槍かしら、それとも魔術の本とか開いて戦うのかしら、なんて物語からイメージしてみるしかない。
 そう。使命を与えられるだなんて、まるで物語のようだ。

 ──カラン。

(あの時の彼女、元気にしているかしらぁ)
 アーリアはあの時と同じ席に座っていた。それがこの記憶を引き出したのかもしれないが──残念ながら、隣に彼女は座っていない。ただの空席だ。あの時に名前のひとつも聞けば再開できたのかもしれないが、問うた記憶はなく耳に入れた記憶もない。
(また会えるかしら? 私、イレギュラーズになったのよって言ったら……)
 彼女は羨望の眼差しを向けるだろうか。
 それとも純粋な驚愕で見つめるだろうか。
 もしくは偶然遭遇していないだけで、彼女も──なんて。
 カラカラと揺らしていたグラスの中身は、いつしか氷ばかりになり。カウンター越しの店主が何か飲むか、と言うように視線を向けてくる。
「次は……そうねぇ。ブルドッグが飲みたいわぁ」
 アーリアの言葉に店主が1つ頷いて用意し始める。その姿をぼんやりと眺めながら、アーリアは酒場の中に視線を巡らせた。
 大規模召喚から3年。あの大規模召喚後もイレギュラーズは増えており、どこでもイレギュラーズを見かけることが珍しくなくなった。その中に自分も含まれているのだと思えば不思議な心地だ。
(次は何が起こるのかしらぁ)
 出されたグラスに口をつけ、アーリアはうふふと笑う。あの時は『きっと選ばれた人にしか何が起こるかわからない』と言ったけれど、実際のところはイレギュラーズにだってわからない。特異な存在ではあるけれど、アーリアの本質は『ただの人』だから。
 武器を握ることが、傷つけることが怖くなかったわけもなく。この世界に馴染めない者の集まり、その生活空間である再現性東京アデプト・トーキョーだって存在する。イレギュラーズも一概に『特別な人間』ではないのだ。

 自分が選ばれるなど思いもしなかった。
 自分が武器を取るなど思いもしなかった。
 自分の過去に触れるつもりなどなかった。
 大切な──大好きな存在が出来ることも、また。

 今の彼女を前へと進ませるのは仲間の繋がり。大切な人との繋がり。
 あの時彼女と想像した話は決して的外れではなかった。けれどそれだけが全てでもなかったとアーリアはグラスを傾ける。
 アルコールの香りとフルーツの爽やかな香りが、ふわりとその口腔を満たした。

  • 【PPP三周年】酔いに想い馳せ完了
  • GM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年07月29日
  • ・アーリア・スピリッツ(p3p004400

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