PandoraPartyProject

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黒葉と○○○

登場人物一覧

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
クロバ・フユツキの関係者
→ イラスト

「またかこの!!!」

 変声期を迎えていない、いたいけな声がとんでもない怒気を含んでいる。しかしそれをものともせずクオン=フユツキは「見つかったか」と肩を竦めた。そんな一挙一動がクロバ──いや黒葉を苛立たせる要因であると気づいているのか否か。
 またなとクオンが手を振っている相手は知らない女だ。昨日は違う相手だった。その前もやっぱり違う女だった。そう──この光景は黒葉にとって日常茶飯事である。そしてクオンがその『知らない女』を理由にいざこざを起こすのもさほど珍しいことではない。
 そしていつもいつも、本当にいつも──子供である黒葉がこの男を怒ることになるのである。そこに反省の色がないこともますます怒りを助長させるのだが、クオンのナンパ癖は治る気配どころか治そうとする気配もなかったのだった。

 それだけ嫌っていて、それでも『家出してやる』『絶縁だ』というようなことにならないのはひとえに妹の存在があってのことだっただろう。これから起こる日課のような行為でさえも、全ては妹の為なのだから。
「はあぁっ!」
 剣を振りかぶる黒葉をいなし、軽々と剣を黒葉の手元から弾き飛ばすクオン。くるくると回転する剣は地面に突き刺さって動かなくなる。まるで遊ぶような手つきだが──クオンは真実、遊んでいた。そもそも黒葉とは実力差がありすぎて、本気を出せば戦いとも呼べないものになる。あしらう程度で丁度良いのであった。
 しかし黒葉は本気も本気である。たった1回で折れるような精神力ではない。既に500、いや1000回以上この男に挑み続け、悔しくも敗退続きなのである。今更1回が増えたところでどうということはない。
 ──もちろん、悔しいことに変わりはないが。
「くそっ、もう1回だ!」
 クオンを睨みつけた黒葉は剣を抜きに走り、思いのほか地面へしっかり刺さった剣を引き抜いて──振り返った先を見て唖然とする。あんぐりと開いた口が塞がらない。
「に……に、逃げ、」
 先ほどまでそこにいたはずのクオンがどこにも見当たらない。黒葉としては全く終わった気でなかったのだが、クオンとしてはそうでなかったらしい。
「逃げられた……!? どこ行きやがった!! 出てこい!!」
 吠えた黒葉はぜーはーと肩で息をする。大声に驚いた鳥たちがバサバサと飛び立っていくが、肝心のナンパ男はちっとも姿を現さなかった。
 青の双眸を怒りに煌めかせ、黒葉はやみくもにクオンを捜そうと走り去る。どこだ姿を現せと喧しい声は、しかし悪戯に野生の動物たちを驚かせるだけであった。
 少なくともこの辺りにあの男はいない──黒葉はこの捜し方は得策でないと口を閉ざす。元より動物を驚かせ、怯えさせることを望んでいるわけではなかった。
(……僕は、ただ)
 黒葉は立ち止まって、俯く。ずっと剣を振り続けている手は擦り剝けて剣ダコができて硬くなって。それでもまだ足りない。妹を守るためには──あの男を認めさせるためには、まだまだ足りないのだ。
 深く深くため息ひとつ。黒葉は帰路へ着くために1歩を踏み出した。これ以上遅く帰ると、もれなく妹の料理を食べることになる。必要不可欠なスキルであるが故、剣の練習と共に黒葉は少しずつ料理を覚え始めていた。
 静かに歩いていれば木々が風にざわめく音や、動物や昆虫の営みが見える事もある。そんな平和な一幕が、戦いや争いのない日常が黒葉は好きだった。
(本当は──)

 剣なんて握らなくていい毎日が良い。
 皆で平和に幸せに過ごせたら良い。

 些細な願いは、けれどどうしようもなく叶いにくいもので。黒葉は大事なモノ(妹)を傷つけられないように、自ら剣を握ったのだ。
 剣は握るだけなら誰にでも出来る。大事なのはそこから精進することで、黒葉の近くにはお誂え向きに師事できそうな腕前の男がいた。──とてつもなく女癖の酷い、父親代わりの男だが。
 ああ、思い出したらムカムカしてきた。そういやあのクソ野郎に逃げられたんだった。
 渋面を浮かべた黒葉は帰路を急ぐ。妹が作り始める前に夕飯を作って──帰ってきたクオンへ再度勝負を挑むために。


 一方のクオンは──黒葉が喧しく自らを捜して去っていく姿を尻目に、そっと木立から姿を現していた。気配も探れない様ではまだまだ、などと思いながら小さな背をそのまま見送る。クオンを捜しているはずの少年は後方の男に気づかぬまま去って行ってしまった。
(……まだまだ先が思いやられるな)
 剣を覚えたいと願ったり叶ったりな事を言うから教え込んでいる──叩き込んでいるともいう──が、その実力はまだひよっこだ。彼を後々”死神”として覚醒させなければならないが、果たしてその頃までに自らの技を習得させることができるだろうか。
 クオンの姿はずっと変わらない。永遠の命を手に入れてしまったクオンは、この先もずっと──自らを殺せる誰かが現れ、殺されるまでこの姿を保ち続ける。その永遠のうちのほんの数年と思えば短いものだ。
 だから『父』と呼ばれなくとも気にすることはない。元より父親らしいことなど出来ていないのだ、慕われて情が湧いても互いに困る。
(私を早く殺しておくれ、黒葉)
 早く殺せるように育って【無想剣】を継いでくれ。情など抱かず、何も想いを抱かず殺してくれ。
 クオンの編み出した無想剣という剣術はその望みを叶えるもの。殺すことに何も想いを抱かない無情の剣だ。彼自身はこんな剣術を使わなくとも斬れようが、きっと黒葉には必要になるだろう。でなければこの”剣聖”を殺すことなど出来はしない。

 ──必要になるだろう?

 その考えにクオンは思わず目を瞬かせ、ゆるゆると瞑目する。嗚呼、多少の情が移ってしまうのは仕方がないか。永遠の命を持っているとしても、1日が短いというわけではないのだから。むしろ長い。一日千秋という言葉があるように、長くて永くて仕方がない。これほど”彼女”へ逢いたいと思っているのに、叶うのはいつになる事やら。
 クオンは1歩、足を踏み出していた。向かう先は息子と娘が待っている自宅。今頃は夕飯の匂いがするのだろう。娘が息子のそばで楽しそうに料理する姿を眺めているかもしれない。
 1歩、また1歩。1日を終わらせるために、そして明日という”彼女”のいない1日を迎えるためにクオンは進む。
 見慣れた道を通り過ぎて、見慣れた家の前へ立ち。鍵を開けて扉を開けば、飛び込んできたのは──。

「あっ! さっきはよくも逃げたな!!」

 ──眦を吊り上げる黒葉。背後では美味しそうな匂いが立ち上っている。
 彼の口からはやはり、そしてきっとこの先も──『父』という言葉は出てこないのだろう。

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