PandoraPartyProject

SS詳細

Our Journey is Like a Still.

登場人物一覧

リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)
無敵鉄板暴牛
イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って

●鉄帝旅行となればお任せを。自宅の庭のようにご案内いたしましょう!

「勝負だ、リュカシスゥー!」
 天を貫いた閃光が、膨大な熱量を伴って石床に突き刺さる。
 荒れ狂った瓦礫の群れが、飛び退く二つの影を襲った。
 小柄な体躯が急旋回し、力をこめた軸足が滑りながら廊下を抉る。
「それっ」
 軽い掛け声に反して鈍重な音が響く。地へと叩きつけられた破砕の群れに、既に廊下であった頃の原型などありはしない。衝撃で粒子と化した床が砂嵐のように舞い上がる。
「リュカシス!」
 遥か前方を走っていた紫髪が風に踊る。大きく見開かれた瞳に向かって、鉄の肌をもつ少年は一度頷いた。

「ここはボクがオトリになるから! イーさん! オフィーリアチャン! 先へ!!」

 こぼれる白髪は夢幻のように風に揺れる。
 騎士の佇まいを抱く少年は瞳孔を広げ、獣の如く金の瞳を爛々と輝かせた。
 自身を囲む相手には目もくれず、リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガーは背にかばった友に犬歯を見せて笑う。
 病人にも見紛う肌を一層蒼褪めさせながら、イーハトーヴ・アーケイディアンは頷きを返した。
 それ以上の言葉はいらない。
 友の背中を見てリュカシスは優しく微笑んだ。ちゃんと「任せました」が伝わったと、分かったから。

「……っ」
 だから、イーハートーヴは振り返らない。
 止まりそうになる足をがむしゃらに動かして前へと進む。
 リュカシスは最初からこうなる事を予想していたではないか。

 ――いざとなればボクがオトリになります。
 ――だからイーさんとオフィーリアチャンは立ち止まらないで、先に進んでください。
 ――大丈夫、ボクは慣れっこですからね。すぐに追いついてみせますよ!

 これは、必要なこと。
 荒い息の中でイーハトーヴは自らに言い聞かせる。
 ここで立ち止まれば全ての歯車が狂ってしまう。
 リュカシスの実力を信じている。なのに、心臓の音が逸って仕方ない。
 走れ、止まるな。
 焦るな、落ちついて。
 火薬と錆びた鉄の匂いの中、夕暮れの瞳は前を見据える。
 イーハトーヴのわがままをリュカシスは聞いてくれた。
 そして大丈夫だと言った。
 ならば信じて先へ進むだけだ。
 ぬっと現れた山のような人垣が視界を遮る。

「約束したんだ。だから」

 震える腕で愛しい存在を確かめるように抱きしめる。勇気を奮い立たせるように深く深く、肺に酸素をおくりこんだ。

「……いくよ、お姫様」
 ――いつでも、いいわよ。

 駆けるイーハトーヴは鋼鉄の荒波に挑む小舟のようだった。
 追いついたリュカシスが見たのは鉄と黒色の制服の渦に飲み込まれていくマブダチの姿。

「ひゃわぁぁぁっ!?」
「イーーさぁーん!?」
 悲鳴、怒号、喧噪の中、遂にその時は訪れた。

「リュカシスーっ」
 彼らは勝った。そして、買った。
 高々と掲げたイーハトーヴの手には二枚の食券。

『B定食』
「買えたよ!」
 もみくちゃにされ、乱れた髪の毛の下でイーハトーヴは誇らしげに笑う。
 掲げた戦利品は勝利のトロフィーよりも輝いて見えた。

 午後12時。ランチタイムにハイタッチ。
 学食と書いて死線。
 食券購入と書いて死闘。
 はらぺこの生徒と書いて餓えた肉食獣と読む。
 
●学校?
「すごかったねぇ」
 B定食ことハンバーグランチを食べながら、イーハトーヴはその美味しさに花を飛ばした。
 ちなみに背後では戦場の如き咆哮が続いている。慟哭や慨嘆の声が混じっている事から、また何かが売り切れたのだろう。
「リュカシスが『お昼は過酷』と言っていた意味がようやく分かったよ」
 恥ずかし気に頬を染めるイーハトーヴに、リュカシスはいいえと力強く拳を作った。
「初戦でB定食をゲットできるなんて、流石はイーさん。お見事です! 特訓の成果が出ましたね」
「そうだったら嬉しいな。これもリュカシスのおかげだね」
 リュカシスに倣ってムキッと腕の筋肉をアピールするポーズをとってみたものの、以前とどう変わったのか。いまだに違いがよく分からない。
 そういえば、どうしてこんなことになったのだっけ?

「ここがボクの学校です!」
 巨大な建築物を晴れやかな顔で紹介するリュカシスの表情は明るかった。両手いっぱいを広げて無邪気に笑う。
 自慢の校舎なのだろう。なるほど確かに珍しい、とイーハトーヴは目を開く。
「鉄帝の、軍学校」
 イーハトーヴには学校に通ったという記憶は無い。
 生まれてすぐに捨てられ、物心ついた時には孤児院で暮らしていた。成長という名の稼働年数がある程度過ぎれば、そのまま騎士団の雑用係へ。同級と机を並べた事もなければ、誰かに師事した事もない。友は……もし彼をそう呼ぶのが許されるのならば確かにいた。
 精神と識見の重要性も知らず、どうやら自分は酷い環境に置かれていたらしいとイーハトーヴが認識したのはつい最近の事。
 故に、イーハトーヴにとって日常とは夢のように遠い存在だ。

 だから、明らかにトゲトゲしてて謎の歯車やら機械の部品やらがくっついた世紀末感漂う巨大な建物が学舎でも。
 だから、明らかにそこかしこから咆哮と爆煙が響き、荒ぶる戦闘中毒者が制服を着ていたとしても。

 これが学校だと言い切られてしまえば、それは憧れの学校だし。
 これが普通と言われてしまえば、素直に信じるし。
 鉄帝出身のリュカシスにとっては、これって見慣れたいつもの授業風景だし。
 
「アッ、イーさん、気をつけて!」
 心ここにあらずといった様子で学舎の門に近づいたイーハトーヴに、リュカシスが慌てた様子で声をかけた。
「学校は大変危険な場所なんだ! 死にますよ!!」
 ちゅいん。
 その言葉を肯定するように熱線がイーハトーヴの足元を抉る。
「学校は凄いところなんだね」
 学校って、油断すると死ぬらしい。
 間違った認識のすり合わせが、ツッコミ不在のまま行われていく。
 真摯な瞳のまま、リュカシスはイマジナリーろくろで鶴首を作成するかのように手を上下に動した。
「校内に一歩でも足を踏み込めば、そこは戦場ですから」
「そうなんだね」

 自分のような部外者の未熟者が中へと立ち入ればきっとリュカシスに迷惑をかけてしまうだろうとイーハトーヴは苦笑を浮かべた。

 重ねて言うが学校は戦場ではない。
 各国を巡ってみても日常的にマジ戦場と化すのはごくごく一部の鉄帝の学校だけであるし、ちなみにピンポイントでリュカシスの通う学校である。

「学生食堂、行ってみたかったな」
「なんと!?」

 何の気無しに呟いた言葉が、困難を好む鉄帝軍人魂に火をつけた。

 学生食堂。
 それは一般市民にとって伝説の存在。
 日替わり定食やカレーうどんや焼きそばパンがお安く集う、奇跡のような場所なのだとか。
「イーさんは学食に行かれたことがないのですか」
 今日のリュカシスは気合が違う。
 ここは彼のホームタウンにして母校。前のご旅行よりもっとイーさんに楽しんでもらいたいと五割増しのホスト精神が燃え上がった。
「行きましょう! 学食へ」
 その為ならば危険困難何のその。
 と、言う訳で冒頭へ戻る。
 
 学校という場所には特有の空気感がある。常日頃からリュカシスはそう思っている。
「そういえば、リュカシスはローレットの仕事で学校を休んだ時にはどうしてるの?」
「その時々によって違いますが、大抵はレポート提出の宿題が出ますよ」
 いつもと同じ会話なのに、まるでイーさんが同級生になったみたい。
 自然とゆるんだ口から笑みがこぼれる。
「そうだ! さっき写真部の人に現像してもらったのですが」
 リュカシスは机の上に絵葉書ほどの紙の束を広げた。
「何でもスチール写真、というのだそうです」
 そこには午前中に訪れた鉄帝の、二人の旅の記録が並んでいた。 

 ハグルマ市場は『ギアバジリカ事件』をきっかけに更地となったモリブデンにできた小さな市だ。
 歯車やギアばかりを集めたテントが軒を連ね、星屑商店街と比べれば規模は小さいものの活気溢れる屋台の呼び込みは力強い。生命力に溢れた鉄帝の隠れた名所、と言うのがリュカシスの見解だ。
 オフィーリアのドレスに合う歯車ボタンや真鍮のリボンを見つけたイーハトーヴは大喜び。
 近くに置いてあった桃銅色の手提げ洋灯は優し気なオレンジ色の光を宿していて、イーさんの目みたいと今度はリュカシスが大騒ぎした。
 せっかく洋灯があるのだから探検に行ってみましょうと、と次に二人が向かったのは洞窟だった。
 壁面に生えた黒い鋼鉄鉱石は水晶のようにぴかぴかぼんやりと光を反射する。
 夢中になり過ぎたのか。洞窟奥にお住まいの、メタルカメ一家の自宅にまで訪問してしまった。
 ゴロゴロと転がる巨大甲羅に押しつぶされそうになりながら、悲鳴をあげて二人で坑道を走った。
 悲鳴が笑い声に変わる頃、眩い光が出口を示した。
 久しぶりの広い青空と飛び込み台みたいな長いレール。
 打ち捨てられた飛行船の残骸は朽ちた巨大な鉄骨を肋骨のように晒していた。
 かつては人で溢れた天空廃線路も今では無人。
 誰も来ない静かな駅は蕩々と佇み、自然の緑と水たまりが小さな植物園を生み出していた。
 草に覆われたレールから眼鏡のような物体を拾い上げたリュカシスはイーハトーヴへと差し出した。
 持ち主のいない、壊れてしまった忘れ物。
 きっとイーさんなら直せます!
 その言葉の通り、小さな飛行機乗りのゴーグルはオフィーリアの額を飾った。

「ねぇ、リュカシス?」
「はい、何でしょう」
 流れるように、導かれるように、イーハトーヴは鉄帝を楽しんだ。
 偶然にしてはあまりにも順調過ぎる道筋ではないか。
 だから、もしかしたらと思ったのだ。
 彼も最初に言っていたではないか。鉄帝は『自分の庭』のようなものだと。
「今回の旅行、どこまでが偶然だったの?」
 案内人は楽しげに目を光らせると人差し指を唇の前にたてた。
「それは、秘密です」

  • Our Journey is Like a Still.完了
  • NM名駒米
  • 種別SS
  • 納品日2020年06月20日
  • ・リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371
    ・イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934

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