PandoraPartyProject

SS詳細

XYZ

登場人物一覧

夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼

 ——Bar Phantom
 この看板を見るのもどれだけぶりだろうか。ジェイク・太刀川は緊張していた。
 俺は死ぬもんだと思っていた。悲しむ顔も傷つく姿も見たくなくて、恋人だった夜乃幻を一方的に振った。
 だが、冠位魔種アルバニアとの戦いに勝利し、廃滅病は消えてなくなった。そして、その戦いの最中、幻はアルバニアの前で啖呵を切った上で、俺の為に必死に戦ってくれた。そんな女に惚れ直さない男なんて漢じゃねぇ。

 扉を開けると仄かに黴臭い本の匂いとウイスキーの芳香が混ざった香りがする。
「……ジェイク様、よくおいでになりましたメェ……。……まさかカクテルを飲みに来たわけではないでしょうメェ……?」
 カウンターの中から日頃は穏やかなムー・シュルフの誰何が突き刺さる。この激怒具合からして、幻も相当辛かったのだろう。改めて心が痛む。
「幻にもう一度告白しようと思って来たんだ。怒るのは分かるが、幻に会わせてくれ」
「……幻様はショーで夜まで帰ってきませんメェ……」
 ムーはジェイクを値踏みするように上から下までジッと見る。上下白スーツに蒼い蝶のネクタイピン、そして青薔薇の花束。告白しにきたことは確からしい。それはムーにとっても喜ばしいことだ。だが、ジェイクは現状を理解していない。
「……最近幻様がどんな食事をしているか知ってますメェ……?」
「いや、知らない。だが、見た目はいつも通りの幻だった」
「……それはそう見せているだけのことですメェ……! ……ジェイク様に振られて以来、幻様は殆ど食事もとらず、酒に溺れる日々だったんですメェ……! ……酒の中のジェイク様の幻影に縋っては泣いていたんですメェ……。……毎晩、幻様の部屋から啜り泣く声が聞こえるんですメェ……」
「そんな酷い状態で戦っていたのか……。全部、俺のせいだ」
「……ええ、全部ジェイク様のせいですメェ……。……それで、まさか、花束を渡して『愛してる』なんて言えば、事足りるなんて思ってないですメェ……?」
「うぐっ……、それじゃダメなのか……?」
 図星をつかれたジェイクに、ムーの呆れきった顔と長いため息がその結果を物語る。
「……全くこんな唐変木の朴念仁のどこがいいんですメェ……? ……幻様の趣味を疑ってしまいますメェ……。……はぁ……ちょっと、いや大分レクチャーが必要そうですメェ……。……いいですメェ……? ……女性というものは——」
 ムーは仕方ないという顔で、ジェイクに様々なアドバイスをするのであった。

 ——

 ————

 幻はいつも通りBar Phantomの扉を開いた。だが、最近は全く見なかった姿がそこにはあった——ジェイクだ。思わず扉を背にして閉めてしまう幻。胸が跳ねる。期待なんてしては駄目、僕はジェイク様に嫌われているのだから、と心の中で繰り返す。
 突然、背中の扉が開いて、ジェイクが顔を出す。咄嗟に逃げようとする幻をジェイクが抱きとめる。懐かしい、欲しくて仕方なかった逞ましい温もりと煙草と硝煙の匂い。そして、脳裏に過ぎるジェイクに抱かれていた二人の女性のこと。口は心と逆のことを口走る。
「そういうこと、誰にでもなされるんですか?」
 自身でも思った以上に冷たい声だった。ジェイクは苦虫を噛む。あの過ちを咎められるのは分かっていた。それでも、幻を想像以上に傷つけたことが分かっていて、どんな顔をすればいいか分からない。
「あれはお芝居だったんだ。そうでもしないと、別れられなくて」
「そうまでして別れたかったんでしょう! 離して! 離して下さい!」
 幻は涙をポロポロ零して必死に抵抗する。だが、その力は弱くて、ムーに言われたことをジェイクは苦味と共に燕下せざるを得ない。こんな風にしたかったんじゃないんだ。ただ不幸になって欲しくなかっただけなんだ。だが、今、幻は不幸に陥っていて、ジェイクは自分の浅はかさを噛み締める。
「幻、お願いだ、聞いてくれ。冠位戦なんて危険に幻を晒したくなかったんだ。俺が廃滅病で死んで悲しむ顔なんて見たくなかったんだ。別れれば、俺のことなんて忘れて、危険からも悲しみからも遠ざけられると思っていたんだ」
 ここまで一息で言ってジェイクは息を吸う。幻の心に届くように、真っ直ぐ目を見て、はっきり言う。
「でも、幻はそんな柔な女じゃなかった。俺の為に戦って冠位にすら大見栄切って、俺は勘違いしてたことに気がついたんだ。酷いことを言って酷いことをして、幻のことを傷つけて本当にすまなかった」
 ジェイクが幻を離して、腰まで頭を下げる。幻は期待を打ち消そうという気持ちと、期待したいという気持ちの板挟みになって、ただ一言しか言えない。
「本当に全部嘘……?」
 幻の声は震えていた。ジェイクは幻の顎に手をかけて、目を合わさせる。
「全部嘘だ。俺は幻に会った、その時から、ずっと愛している!」
「……ジェイク様! 僕、僕……!」
「辛い想いをさせて、本当にすまなかった。愛してる、ずっとずっと」
「……僕も今でも愛しています」
 幻は崩れ落ちるように、ジェイクの胸に縋って、子供のように泣き続ける。ジェイクは幻が落ち着くように、ずっと背中を撫で続けた。

 ——

 ————

 ジェイクは少し落ち着いた幻の肩を抱いて囁く。
「話したいことがあるんだ。カウンターでゆっくり話さないか」
 カウンターの中には、ムーがいる。さっきまでのを聞かれていたのではないかと思うと幻の顔が真っ赤になる。
 ジェイクが幻の肩を抱いて、髪を撫でる。優しい声で幻に尋ねる。
「泣き疲れただろう。カクテルでも飲むかい」
「では、遠慮なく」
「XYZを」
「……かしこまりましたメェ……」
 シェイカーの音がジャズの音楽に混ざって、小気味いい音が店内に響く。ムーは、すっとXYZを二人の前に出す。その色は純白。レモンの香りが爽やかだ。
「……外に買い出しに行ってきますメェ……。……幻様、店を閉じておきますから、ごゆっくり、ですメェ……」
 気を使うムーに、幻は恥ずかしいやら、嬉しいやらで、どうしていいか分からなくなる。ここはとにかく飲むしかない。
「——うん、爽やかで美味しいですね」
「幻の心みたいに真っ白だ。あー、それ、XYZのカクテル言葉はさ、『永遠に貴方のもの』って意味らしいんだ」
「へー、そうなんですか」
 赤面しながらジェイクが強調したにも関わらず、幻の反応は素っ気無いものだった。まだ自分のことなんて思い至らないのだ。
「だから、幻は永遠に俺のものだし、俺は永遠に幻のものだってこと!」
 真っ赤になって、ムーのやつめと思いながらも、ジェイクは解説する。
「ジェイク様、嬉しいです」
 まだ伝わらない。ジェイクは確かに朴念仁だが、幻はそれを上回る浮世離れした世間知らずなのだ。
「あー、えっと、だから、俺と幻は永遠に一緒になるってことで、俺と結婚して家族になってくれないか!」
 隠しておいた青薔薇の花束を幻に渡す。薔薇の数は勿論108本。結婚してください、という意味だ。
 幻はキョトンとした後、ボロボロと泣きながら、薔薇の花束を受け取る。
「僕でいいんですか? 本当に?」
「幻じゃなきゃダメなんだ。幻がいいんだ!」
「僕、今、一生で一番幸せです」
「もっと、もっと、幸せにしてやるから、覚悟しておいてくれ」
 幻の言葉はジェイクのキスに封じられる。二人は、今までの溝を埋めるように、長く長くキスをしたのだった。

  • XYZ完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年06月16日
  • ・夜乃 幻(p3p000824
    ・ジェイク・夜乃(p3p001103

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