PandoraPartyProject

SS詳細

幻想ぶらり旅~蒼海の滸で

登場人物一覧

ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
白薊 小夜(p3p006668)
永夜

 長雨の明けた王都では、青葉から滴る雫が輝き、陽の到来を知らせる。久しぶりの晴天のためか、通りは人馬が絡繹として殊更賑やかな光景を呈した。雨水の染みた石畳も、今日ばかりは雨でなく朗笑を弾いている。
 二人の少女が佇む石造りの橋も、例に違わない。
 王都の日常を橋上から眺めていたジェックは、望む城へぼんやりと顔を向けたまま、ねぇ小夜、と呼びかける。
「ウミまで歩いてタビしてみない?」
 飾るでもなく、緊張を孕むでもなく、至って普通に投げた誘いだ。喧騒をよそに紡いだ少女の指先が、湿った欄干を小気味よいリズムで叩く。気まぐれな様相を空気だけで察して、小夜は四方から響く騒がしさから、友のものだけを確実に拾い上げた。
「あら、いいわね。たまには歩き旅をしてみましょうか」
 ワープポータルでの移動は楽だが、のんびり歩を運んで行くのも一興だろう。
「決まりダネ」
 賛成を得られた後は早い。出立の準備のため橋を下りた二人は、大通りの賑わいへ紛れ込んでいく。
 声を立てて語らう人々の中をゆけば、急ぎの荷なのか幌馬車がラッパを鳴らして通過し、駆け回っていた子どもたちが馬車との競争を始めた。
 平穏の象徴とも言える景観を横目に、ジェックは小夜の半歩先を行き、小夜が杖で道を小突いて歩みを刻む。
 何を持っていこうかと、旅程に必要なものを揃って考えながら。

 ──蒼海の滸で──

 街の喧騒を離れた二人の耳に届くのは、風が生み出す音ばかりだ。草花のダンスと、鳥のさえずりが重なって届く。つられて小夜が顔を向けると、闇の中でもはばたく鳥の様子が想像できて微笑む。
 直後、なだらかな斜面をのぼる足に、砂と草の切れ端が纏わりつく。触れるだけの草の感触がくすぐったくて、小夜が小さく笑う。草花が衣服や手足にぶつかったときの、ぱらぱらとした音までもが、小夜の世界を楽しませた。
「カゼが結構強いネ……飛ばされないカナ、アタシ」
 ガスマスクに遮られたジェックの所感は、風に煽られか細くなる。
 それでも呟きを受けとった小夜が、気をつけてと言い、杖で先を辿っていく。土を突いた感覚が柔い。まぜ返したわけでもないのに、土のにおいが小夜の高さまで込み上げてきた。
 あ、とジェックが小声をもらす。彼女の視界に飛び込んできたのは、風に後れをとらず舞う蝶だ。行く手を横切った翅は白く、物珍しげにふたりの少女を眺めて飛ぶ。そんな蝶を目で追いつつ、ジェックは先へ行こうとする小夜に近づく。
「水……いえ、これは、花の香?」
 湿った緑の隙間から覚えた香りに、小夜が首を傾ぐ。
 彼女の言葉を参考にジェックが辺りを見回すと、天へ向かって伸びるミソハギが、川辺で鮮烈な赤を揺らしていた。茎の先端で穂のように咲く花があると、ジェックが小夜へ伝える。
 情報に小夜が返したのは、綺麗ね、という短い一言。そんな花が咲き誇っているのだと耳に入れば、小夜も想像せずにいられなかった。
「辿ってみましょう、その花たちを」
 少女の提案に、イイね、とジェックも応じ、花の道に沿って進み出す。
 快いせせらぎと鮮紅色に誘われていくうち、だんだんと緑が濃くなり、風音が遠ざかった。群生していたはずの穂状の花たちも、いつしか姿が見えなくなっていて。代わりにふたりを招き入れた清流の音が強い。
「フカくなさそうだけど、モリかな」
 街道沿いに、こんな小さな森があったのかとジェックが驚く。
 足を先へ運ぶたび、新緑の天蓋が涼やかにお喋りするのを二人して聞き届ける。木漏れ日のかかった道は、汗ばんだ肌を静めるのにちょうど良い気温だ。
 やがて五彩の陰が深まり、かぶさるように繁った葉が小川を暗くする。そうした明暗も、川面にこぼれ落ちる葉の踊りも、小夜には杳として知れぬもの。けれどそんな彼女を満たすのは、緑と水の香。
「キュウケイ、していこう」
 座るのに敵した岩場を見つけて、ジェックが小夜の手を取る。
 唄う鳥に、陽の温もり目掛けて鳴き続ける虫。そして、さわさわと雑談に勤しむ葉っぱたちも、旅の途中である少女たちを興味津々に覗き込む。辺りの色彩が鮮明になればなるほど、黒のセーラー服を着た少女二人の姿は、くっきりと景勝に浮かび上がる。
 川瀬が奏でる音へ耳を傾けていた小夜は、混じる生き物たちの声に吐息で笑んだ。
 一方のジェックは、ボロボロの外套が濡れぬように掻き抱くと、胸を衝く情景に、たとえ難き情から呻く。となりを一瞥すると、小夜の杖が櫂となって川面を掻いていた。
「そういえば舟歌があるの。川を下って、海へ漕ぎ出す青年の歌」
 昔のまま聳える山河に別れを告げ、とも綱を解く。
 失意から発つのではなく、変化を受け入れるために彼は大海へ出る。
 そんな『変わりゆくもの』の歌を小夜が口ずさむものだから、ジェックも暫く黙考する──ふたり腰掛けた岩が船端なら、ここもまた海へ流れる舟となるのだろうか。
 やがて小夜の歌声の脈は、岩影となった川の淵へ緩やかな波紋を描き、消えていった。
 海はまだまだ遠そうだ。

 背を押して北からそよいだ風が、夕暮れの寒さを連れて来る。
 宿場町へ向かう予定だったが、迷いに迷って進んでいくうち、ジェックが煙りを発見していた。夕陽の橙を映した煙りがたなびいて、二人を手招いてくれる。夕焼け色の煙を頼りに辿り着いたのは、ぽつんと建つ一軒のカフェ。
「おや、こんばんは。姉妹かい?」
 似た服装の少女たちへ女性が問い、問われた側は友人だと声を重ねて返す。
「どこから来たんだい?」
「王都からよ」
 あれま、と女主人が目を瞠る。
「そりゃ長旅だったでしょうに。美味しいもの用意するから、部屋で休んでいきなね」
 部屋という単語に、二人して首を傾げた。

 女主人の話では、昼は茶店ゆえ夜に入れば商売相手もなく、ささやかな宿も営んでいるそうだ。
 誘いに甘えて、荷を下ろし一息ついていると、まもなく夕食の声がかかった。
 ここいらは海に近いからね、と女主人が並べたのは海鮮料理。
 どれでも好きなのをお食べよ、と主の厚意は笑顔と声から溢れ出す。
 ひときわ鮮やかな焼き魚が、ふっくらとした身で横たわっているのを前にして、ジェックはこくりと喉を鳴らす。外れないマスクのおかげで、魚をつつき頬張ることは叶わないが、その分は小夜が味わってくれる。
 すんすんと鼻を動かせば、小夜に染み込むのは馥郁とした香ばしさ。身を口に含み、熱さにほふほふと僅かに焦りつつ噛むと、小夜の咥内を白魚の優しい風味が泳ぎだす。おいしい、と意識せず呟くほどに。
 ジェックも、貝の入ったスープへストローを挿して味わった。歩き疲れた身に染み渡る出汁の味に、マスクの下で陶然とため息を吐いて。
「こんなにオイシイなんて」
「本当ね、海の近さを感じるわ」
 そうして腹も心も満たした二人へ、主人が何かを差し出す。カフェの残りだという、蒼海のゼリーだ。
 言葉通り青々としていて、触れるだけで崩れてしまうほど柔らかい。おかげでジェックも、ストローで砕けば簡単に吸い込める。するすると駆け抜けた青は、甘さを滲ませたかと思うと、ひんやりと喉の熱を冷ましてくれた。
「蒼海のゼリー……どんな色をしているの?」
 不思議そうに尋ねた小夜へ、ジェックはー拍ののち、こう告げる──深くてとても綺麗な青色だと。

 灯を消せば、星の数が読める程に晴れた大空だ。
 食後に二人して足を投げだして涼み、小夜が湿る夜気のにおいを、ジェックは星を記憶に刻む。
 窮みのない空を眺望したジェックは、小夜の名を紡ぐ声も密かに。
「道にマヨうのも、悪くナカッタ」
 囁く間も、薄暗い四辺にあるのは木々のざわめきのみ。
 視線を遠くへ投げかければ、こんもりとした森が真っ黒な影を川に映している。水面で砕けた星明かりはどこか楽しげで、ジェックの眦も微かに和らいだ。
「……よかった。私もそう思ったから」
 互いに打ち明けた心境が重なったのを知ると、温かさで心が夜に溶けていく。
 歩き旅の疲れで足に熱が篭っているのにも拘わらず、二人は長い夜を、のんびり過ごした。


 まだ陽も昇り切らぬうちから、軒先で水を撒く女主人に見送られ、二人は海を目指した。
「なんだか覚えがある……潮の匂いよ」
「シオ?」
 ガスマスクに阻まれ、香りが鼻孔を抜けることのないジェックは、小夜の言葉を頷きながら飲み込んでいく。
「懐かしいぐらいに、落ち着くにおいなの。そろそろ海ね」
 潮がさし、波の立てる音が聴こえてきた。どこか懐かしく感じる海の香は、街や村から離れているがゆえか、人や獣のにおいすら混ざっていない。陸にあがった魚も舟もない海岸沿いは、なんとも爽やかなものだ。そう小夜はジェックに話す。
 逸る気持ちを抑えるも、滑らかな曲線を描いた陸の終わりが彼女たちを呼んでいる。誘いに応じてジェックが小夜を先導し、魅惑の青へと近づいた。
 すると、ジェックの前に広がったのは、眸がさめる程の青。蒼。アオ。
 旅路でこれまでジェックが見てきたのは、光と影とを明らかにするものだった。川と木陰、星と大地、小夜の横顔と杖の先といったもの。
 だが、いま眼前に広がるのは目映いばかりの光だ。茂る木陰も庇もない。美しい風光が、明媚な世界そのものが、呼気を乱そうとしてくる。マスクの内側に更なる熱が充満するのを感じながら、ジェックはアァと息を落とす。
「……銃がサビそうだ……」
 潮の香りは嗅げずとも、湿った海風は伝わる。髪の芯まで湿気りそうで、ジェックは癖のついた髪を手で梳いた。
 そこは幻想の南端、フィッツバルディ領の海。
 波も泡も澄んだ青みを帯び、あふれる海水も今日ばかりは一切の濁りなき色目で、二人を出迎えてくれた。
 ほとりを逍遥する二人の元へ青が打ち寄せ、二つ分の影が薄く小さく浜辺を滑っていく。
 沖は凪ぎ、寄せる漣のしわもない。あまりにも謙虚な波が打ち寄せるのを、ジェックはじいと凝視する。マスク越しでもわかるぐらい、湖に似てささやかな波だ。
 靴を脱いで海へ近寄る小夜の手を、ジェックが引く。連れ立つ二人を歓迎しているのか、浜風は変わらず穏やかだ。
 くん、と小夜が鼻先を鳴らし潮風を捉える。
 先ほどよりもずっと近い。濃くなった香と音が、彼女の世界を広げていく。
 つま先を撫でていく波に、ひゃっ、と驚きこそしたもののすぐに可笑しさから小夜が笑う。次の瞬間には軽快に薄青を踏み、潮に連れていかれた砂粒が指間を流れるのがくすぐったくて、笑壺に入る。
 すると彼女の笑い声に反応したのか、足元にまできらきらと白い陽射しが染み、砂が輝きだす。
「海はどんな色? どんな風に青いの?」
 小夜に尋ねられて、ジェックは大海原へ目をやる。水平線から陸までを、金色に滲んだ海面が道のように続いている。陽の光が跳ねるその場所こそ、心をくすぐる清々しい青で。
 だからジェックは答えた。どこまでも深くて綺麗な青だと。
「青、青……そんな色なのね」
 小夜が思い浮かべてみる。景色が明瞭に映らぬまなこにも一方ならぬ輝きが宿り、頬には血がのぼった。
 知らぬ青を恐れもせず、わからぬ波のかたちに怯えもせず、小夜は陸と海の境目をなぞる。
 そして徐に荷物から取り出したのは、今朝方「お腹が空いたらお食べよ」と宿の主人に渡された蒼海のゼリー。
「このゼリーみたいな色なのね、きっと」
 小夜は蓋を開け、掲げてみる。彩りこそ知らずとも、ゼリーを射抜く陽射しの暖かさは感じ取れる。
 玉音を弾ませて話す小夜に、手を引きながらジェックはウゥンと唸った。
「海がゼリーだったら、魚のエサにするのはもったいナイ」
 彼女の素直な感想に小夜が一笑すると、足元で波の花が咲く。
 そのとき突然、ジェックの外套が潮風に翻った。
 わっ、と思わず上がったジェックの声と共に、元気になびいた外套を小夜の耳が知る。
 ──ああ、なんだか。
 まるで出航の際に掲げられる旗のよう。
 見たことはなくとも聞き覚えのある海景を思い浮かべて、小夜は青のにおいを胸いっぱいに吸い込んだ。

  • 幻想ぶらり旅~蒼海の滸で完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別SS
  • 納品日2020年06月13日
  • ・ジェック・アーロン(p3p004755
    ・白薊 小夜(p3p006668

PAGETOPPAGEBOTTOM