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Our Training is Like a Journey
登場人物一覧
●9:00 集合
わいわい、がやがや。
幻想の町通りは今日も賑やか。
「イーさーんっ!」
手をふる『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガーは満面の笑顔。
「おはよう、リュカシス」
応える『おもちゃのお医者さん』イーハトーヴ・アーケイディアンも笑顔を浮かべます。
「ホンジツはお時間を作っていただき、ありがとうございました!」
リュカシスは、靴を鳴らして礼儀正しく背筋を伸ばしました。
「こちらこそ?」
イーハトーヴはちょっぴり猫背。
大切なオフィーリアを両手に抱えてリスのように首をかしげます。
「それにしても、突然どうしたの。動きやすい格好で来てほしいだなんて。それに、その手に持った紙は?」
「よくぞ聞いてくださいました!」
じゃじゃーん。
黒鉄の子が広げた紙には勝訴――
ではなく『第一回イーさん用トレーニングプラン~番外編~』と力強く書かれていました。
「トレーニング?」
「はいっ。この前の依頼で仰ったじゃないですか。訓練をなさるって!」
イーハトーヴの頭に閃きの花が咲きました。
世界を知りたいとイーハトーヴが誓った時、リュカシスも一つの願いを心に咲かせていたのです。
「それでボク、イーさんと一緒に鍛えられる方法を考えてきたんです」
友達のためですもの、楽しい方がいいに決まっています。
悩んで、考えて。
たいせつな人たちが、この世界をもっともっと好きになってくれますようにと願いをこめて。
「名づけて『イーさんたちを混沌の名所にご案内し隊』!」
「おおー!」
リュカシスが紙をひっくりかえすと大きな地図が姿を現しました。
「ガイド役は僭越ながらこのボク、鉄帝のリュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガーが務めさせていただきマス!」
「おおおー!?」
空は快晴。
トレーニング兼小旅行にはもってこいのお日和です。
「さぁ、イーさん! オフィーリアチャン! 行きますよー!!」
●12:00
「この先には何があるの?」
アルティオ=エルム。
妖精郷への門を抱き、大樹ファルカウの加護深き森の国。
迷宮森林の中で見かけるのは知らないものばかり。
イーハトーヴは子供のように目を輝かせます。
「それはですね!」
元気よく言ったものの、深緑のことはリュカシスにもよく分かりません。
生まれ育った鉄帝のことならおまかせなのですが、他の国へは依頼でしか行ったことがないからです。
色んな人に混沌名所のお話を聞いてきたものの、実際に行くのは初めてのこと。
しかしお二人を不安にさせるわけにはいかないと胸をはります。
「秘密です!!」
分からない事でも、勢いでねじふせるのが鉄帝流。
軍人たるもの即断即決ゴリ押しが肝心であると偉い人も言っていました。
そう、力こそパワーなのです!
「楽しみだなぁ」
それを聞いたイーハトーヴは採れたての蜂蜜みたいに笑いました。
「あっ、もうすぐですよ!」
開けた森の先で、イーハトーヴは息をのみました。
「イーさん! アチラに見えますのはかの有名な混沌名所!」
名所と言っても実は秘境。
鬱蒼と茂った森の奥で、その古い遺跡は静かに水浴びをしていました。
アクアマリンの水面は透き通っていて泉の底まで続いた灰白色の階段がよく見えます。
「水に浸った遺跡群、アルム・アプレディオ遺跡です!」
苔に含んだ水を飲みに瑠璃玉の蝶が集まっています。
崖の上から降り注ぐ滝は細かな粒子として遺跡を覆い、幻想的な虹のカーテンを生み出していました。
「アッ、イーさん、見て見て!」
リュカシスが指さす先には、ぷかぷか。小さくて丸いものがたくさん浮いています。
ターコイズブルーや桜色、それにレモンイエローまで。
「これは……何だろう?」
「ぷわー?」
疑問に返事をするように一匹の丸が口を開けました。
その姿はまるで海に生息する巨大な生き物です。
「クジラ?」
「ぷわー」
そうは言ったものの、イーハトーヴは確信がありません。
何故って、鯨は海にいる大きな生き物ですからね。
遺跡で日向ぼっこをする小さなクジラなんて聞いたことがありません。
「魔物でしょうか。敵意はないようです」
「ちいさい」
じっと見つめられたのが恥ずかしかったのでしょうか。
小さな生き物たちは風船のように空にむかって飛んでいきます。
「ぶおーーん」
入道雲の中からひと際低い鳴き声が聞こえました。
雲の隙間から巨大な二つの夜色が姿をあらわします。
大きな尾びれが、子供たちを導くように揺れました。
「お父さんとお母さんかな」
「そうですね!」
二人は顔をゆるめて空を見上げます。
「さっ、そろそろ次の場所に向かいましょう!」
「え、もう?」
綺麗な景色に気をとられて忘れていましたが、実は迷宮森林の中を歩くだけでも相当な体力を使っているのです。
「そうだった。これは筋トレ……」
楽しいけれど特訓だった。
イーハトーヴはきりりと顔を引き締めました。
●13:30
――とは言え、イレギュラーズは恵まれています。
空中神殿経由の近道を使えば、あっという間に別の国。
果ての迷宮第十階『境界図書館』。
案内人に声をかけて飛びこんだのは本の中。
コウモリ傘のようなお客様を小さな動物たちが取り囲みます。
「こんにちは、鉄のアリス」
「初めましてのアリスもいるね」
「こっちのアリスは時計兎でも三月兎でもないよ」
わいわい、がやがや。
カラフルな世界はまるでおもちゃ箱。
「ここは『黄金色の昼下がり』、通称『ワンダーランド』と呼ばれる場所です!」
目を丸くするイーハトーヴにリュカシスが答えます。
「素敵な場所だねぇ」
幸せそうにイーハトーヴが言うので、リュカシスもすっかり嬉しくなってしまいました。
「おや、そこにいるのは一等賞のアリス?」
「もしかしてコーカス・サーカス・レースに再チャレンジですか?」
フライドバターの羽をもつ蝶々とびしょ濡れのネズミがやってきました。
「しかし残念、今日のレースはお休みです」
「そうですか」
リュカシスは肩を落としました。
「なぜなら今日はキノコ狩りの日」
「みんな『芋虫軍曹の森』にいますよ」
「キノコ狩り?」
沈んでいたリュカシスの顔が輝きます。
「その、芋虫軍曹の森はどっちですか?」
「まっすぐねぐねの道を進んだ先です」
「まっすぐねぐね?」
今度はイーハトーヴが訊ねます。
「超弦理論の道をまっすぐ進めばすぐですよ。反対は編み物羊の洋品店ですから、お間違えのないように」
「分かりました!」
リュカシスは力強く頷きました。
洋品店と聞いたイーハトーヴはそわそわ。すぐさまオフィーリアがお姉さんのように注意します。
「まずは森に行ってみよう!」
茸齢百年は経っていそうな巨大なキノコの森。ここが芋虫軍曹の森に間違いありません。
「俺だけだと、道に迷っていたかも」
「それは当然です。おもちゃのアリス」
「うわぁ、びっくりした!」
イーハトーヴはいつの間にか近くで羽ばたいていたフライド・バターにびっくり仰天。
「アリスは迷子になりやすい存在。だって、迷わなくちゃ目的地に辿り着けなヒット!?」
フライド・バターが吹き飛びました。
周囲にこんがりと焼けた、残酷なバター・マッシュルームソテーの香りが漂います。
咄嗟にリュカシスが肩を掴んで地面に引き倒したので、間一髪のところでイーハトーヴは被弾をまぬがれました。
「見て下さい、イーさんっ! 胞子です!」
「胞子って、目視できるものだっけ?」
一体、何がおこっているのでしょう。イーハトーヴは目を白黒。
それでもオフィーリアを守るようにしっかりと抱えこんでいるのは流石です。
「第二射、来ます!」
「エノキダケって、地面に刺さる堅さだったっけ?」
意外と冷静にイーハトーヴは分析をしていきます。
キノコ狩り。
別名マッシュルーム・ハンティングとは森の茸たちが一斉に狩人と化すお祭り。
アリスたちに狙いをつけた緋色の菌類が一斉に襲いかかってきました。
「つまり、キノコ狩りは森の主サンから美味しいキノコをお譲りいただくお祭りだったんですね!」
負傷兵にせっせと包帯を巻きつけるリュカシスはちょっと焦げているものの元気溌剌。
「びっくりしたけど、楽しかったね」
負傷兵にせっせとハイ・ヒールをかけ続けるイーハトーヴは思わず苦笑い。
激戦の末、リュカシスとイーハトーヴは森の主たる超巨大キノコから実力を認められたのです。
どっさりと譲り受けた森の恵みで、お茶会のテーブルはとっても豪華。
「これで連携の練習もバッチリですね!」
「そうだね。はい、終わったよ」
「わーいっ、痛くない~」
ツバメの子が羽根をぱたぱたと動かします。
「治してくれてありがとう、おもちゃのアリス!」
「どういたしまして」
今日のディナーはバターとマッシュルームがたっぷりと入ったブラウンシチューのパイ。
デザートは木苺と時計果実のチーズケーキです。
「またトレーニングをご一緒しましょうね、イーさん!」
「うん」
旅人は頷きました。
混沌に来てから沢山の場所を訪れたものです。
自分の生きてきた世界と価値観が異なる世界は、まるで冬の幸せな白昼夢のよう。
グラオ・クローネ。
シトリン・クォーツ。
シャイネン・ナハト。
一年を過ごしました。
面白いことも、優しいことも、冒険も経験しました。
隣では親しい人が笑っていて、信じられないほど綺麗なものや可愛いものに囲まれてきました。
それでもまだ、イーハトーヴはこの世界の一部も知らないのです。
「ねぇ、リュカシス。次はどこに行こう?」
――ねぇ、お姫さま。俺、約束をするよ。
ここから一歩を踏み出すって。
オフィーリアの声はイーハトーヴにしか聞こえません。
けれど風は確かにその声を聞き届けました。
――ヒーローくんと一緒なら、すこしは安心ね。