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欲望に踊れ
登場人物一覧
PM2:00
鉄帝市街 クリムゾン通り
「とやあーーーーーーッ!」
「ぐわあっ……!」
威勢のいい声が響くと同時に、鈍い音。
そして男の呻く声。
何が起きているのかって?
ヴァレーリヤが男をメイスで殴り飛ばしたのさ。
その後方では、カンベエが敵に掌底を叩き込み、其の意識を飛ばしている。
喧嘩ではない。これは立派な依頼。
路地裏にある小屋を根城にした盗賊団を捕縛してくれ、とのこと……なのだが。
「忘れておりませんわよね!? 依頼料は倒した数が多い方の総取り!」
「勿論覚えてるとも。しかし簡単には譲らんぞ?」
依頼を受けた側にも、色々とあるようだ……
***
PM12:00 鉄帝市街
「うう……手持ちが……手持ちがありませんわ……」
ヴァレーリヤは慣れた鉄帝の道を、とぼとぼと歩いていた。向かう先はローレットの鉄帝出張所。何か手頃で、スパッと直ぐに終われるような依頼はないかと探しに来たのだ。
最初は宣教に来た筈だった。清く正しく美しく、宣教師として鉄帝を訪れた……筈だったのに! 限定の桃酒などと言われれば買うしかない。其れがヴァレーリヤ。お酒には目がなく散財も厭わない、其れが彼女。
美味い美味いと酒を飲み干した時には時すでに遅し。ヴァレーリヤの財布には殆ど何も残っておらず、幻想へ帰る馬車すら手配できぬ有様。
これはなにかで小銭を稼ぐしかない。なにかって? そりゃあ、彼女は特異運命座標だから。依頼を受けてこなせば良い。そう、例えば適当なゴロツキを捕まえるだとか、そういう依頼が良い。
出張所について直ぐに、依頼の貼られたボードへと向かう。猫探し、暗殺、状況偵察……様々な依頼が並んでいる。ヴァレーリヤは空腹でぼやける視界を叱咤し……
「あ!!!」
「あ」
声が重なった。
ヴァレーリヤが振り返ると、其処には。
「か、カンベエ!?」
「おお、やはりヴァリューシャさんであったか!」
着流しに上着を羽織った男が、ヴァレーリヤの後ろからボードを覗き込んでいた。カンベエである。
「ぐ、偶然ですわね」
「そうですなあ。ヴァリューシャさんは宣教を?」
「そ……そうですわね!! 宣教がてら、何か依頼はないかと探しに来たところでしたのよ!」
「……本当に?」
「え?」
「本当に、宣教を?」
うっ。
ヴァレーリヤは言葉に詰まる。だって言えないじゃないか、まさか「宣教に来た筈がお酒飲んじゃって持ち金がなくなりました」だなんて!
「……ヴァレーリヤさんが黙る時は、大抵酒がらみですからなあ」
やめろ。其れ以上心を読むな。
と、ヴァレーリヤの顔に書いてあるのをカンベエは見る。ああ、また彼女の悪癖が出たのだな……
「か、カンベエは何かご用事ですの? 海洋の方に行かれていると聞きましたけど!?」
「その筈であったのだが、ベネクトへ船が一時寄港しましてな。ソルベ殿が同盟を結んだ国でもある。少し見て回ろうと思った次第で」
「な、成程……」
どもりまくりのヴァレーリヤはちらりと背後のボードを見る。此処は会話を長引かせては危険だ。素早く目当ての依頼が書かれた紙をはぎ取ると、その場を後にしようとつま先を出口に向けた。
「わ、わたくしはこれで! 受ける依頼は決まりましたのd」
「ちょっと待った」
がし、と肩を掴まれる。
ヴァレーリヤは其の瞬間、終わった、と思った。
「その依頼、ワシも丁度受けようと思っていたところで。 1人より2人のほうが心強いとは思いませんかな?」
***
PM2:30 クリムゾン通り
「あーっ!! 高級酒が空を舞ってごぜえますーー!」
「えっ!? お酒!? どこどこ!?」
「とうっ! 今のうちに1人!」
「ぬわあっ!」
「あ、あーー!? 騙しましたわね!?」
という訳で、2人で盗賊団討伐の依頼を受け、今に至る。ついでにヴァレーリヤは耐え切れず、道中で事情をカンベエに吐いた。
やはりか、とカンベエは頭が痛くなる心地であった。ヴァレーリヤは活発で真っ直ぐで、決して悪い人間ではない。よき友人ではあるのだが――いかんせん、酒が関わると後先を考えなくなる節がある。其処だけがどうにも心配だった。
それがまさか、宣教に来た筈が酒で有り金を溶かしたなどとなると、いよいよ笑えない。この依頼の報酬も酒に消えてしまうのではないか、という疑念が心の中で首をもたげる。
とすれば、下手に報酬を渡すわけにはいかないのである。
一方ヴァレーリヤとて、譲るわけにはいかなかった。馬車代も夕食代もない。ごはんぐらいお腹いっぱい食べたい。出来ればお酒もついていて欲しい。
そして2人が決めた取り決めは「より多くの盗賊を倒した方が報酬総取り」というルールであった。
「おおーっと! 敵が滑ったあ!」
敵の足をカンベエがよろりとひっかけて、ヴァレーリヤへと受け流す。利敵行為ではない。ヴァレーリヤがかかずらっている間に効率よく敵の意識を刈り取り、数を稼ぐという寸法だ。
「敵が滑る訳ないでしょう!? こっちに寄せるなんて卑怯ですわよ!?」
「卑怯千万おおいに結構! ヴァリューシャ殿の方が制圧力は上ですからな! 頼りにしておりますよ!」
2人はそれぞれのやり方で、敵の意識を刈り取っていく。ヴァレーリヤはメイスでぶんなぐり、カンベエは確実に急所を狙う。
しかしヴァレーリヤもカンベエの甘言につられてばかりではない。ならば、と。
「あ^! あんなところに高級肉と綺麗な羽根が舞っておりますわー!」
「肉はともかく羽根!? いずこ!?」
「貰ったーー!!!」
鈍い音が3つ並び、たんこぶを作った盗賊がばたりと倒れる。
「3人ゲットですわー!?」
「んなっ! ずるい真似を……! 宣教師としていかがなものか!?」
「騙される方が悪いのですわー! よーし、この調子でいきますわよ!」
「くっそ……何だこいつら、俺達じゃ駄目だ! お頭だ! お頭を呼べ!」
奇妙なコンビに押されてはいるが、盗賊たちとて黙ってやられる訳ではない。ヴァレーリヤたちを囲むように並び、そして――
「……俺の可愛い部下たちに、ひでェことしてくれたもんだなァ」
ゆらりと現れたのは目を疑う巨漢。成程、これが盗賊のボスですか。と一目でわかる容姿である。
カンベエとヴァレーリヤは咄嗟に視線を合わせた。2人対十数人。そして敵のボスがお出ましだ。これは酒が舞った肉が舞ったと騙し合いをしている場合ではなさそうだ。
「……少しだけ時間を稼いでくださいまし! 大きめの魔術で部下を薙ぎ払いますわ!」
「応、ならば時間稼ぎはお任せくだされ」
反発もするけれども、状況が変われば手を組むこともある。其れがこの2人の信頼の証。カンベエはヴァレーリヤの悪癖に頭を痛めてはいても、彼女の人柄が悪いと思っている訳ではないし、ヴァレーリヤとてカンベエの人柄には好感を抱いている。
そうして、一時的な共同戦線が展開された……訳だが。
はて、この場合……数はどうやってカウントするのだろうか。其れは戦いを終えて立っていた者のみが知る事だ。