PandoraPartyProject

SS詳細

0512

登場人物一覧

カンベエ(p3p007540)
大号令に続きし者

 海洋の朝は──いや、漁師の朝は早い。それこそ太陽が上がるよりも早く船を出し、沢山の魚を釣って港へ戻ってくる。けれど釣ってきたら終わりではない。
「カンベエ、よろしく頼むぜ!」
「はい!」
 漁師たちに紛れ、彼らに負けぬ大きな声で返事をする青年。カンベエ(p3p007540)は乗っていた船から降りると漁師たちに交じって魚を運搬し始める。
「すっかり慣れたなぁ」
「ほら、この前なんかちびっこが『漁師のあんちゃん』って言ってただろう」
「ははは! わしなぞ皆様に比べればまだまだ未熟でごぜえます!」
 運びながら漁師たちと交わす言葉も気易いものだ。カンベエは漁師ではない──どちらかと言えば、便利屋と言うべきか。漁の手伝いから船の修理、調理や警備にエトセトラ。ただ彼の起床時間的に、早朝というこの時間は漁師たちと行動を共にしていることが多いかもしれない。
「さあさ、朝市までに間に合わせるぜ! 魚をダメにするんじゃねぇぞ!」
 親方の言葉に漁師たち、そしてカンベエが元気に応えを返す。鮮度の良い魚を海洋の町民たちが今かと待っているのだ。溢れんばかりの人々に、競りを行う声があちこちで飛び交う市。この間も魚の鮮度は落ちて行ってしまうから、売り手買い手双方ともあっという間に競りを終わらせる。そして市は閑散とした様子となるのである。
 ──が、カンベエの周りはそうもいかない。
「お、カンベエじゃねぇか!」
 よおと声をかけてきたのはカンベエもよく知る海鮮調理店のオヤジだ。にこやかに挨拶をしたカンベエへ、男は本日の成果を見せる。
「こいつを競り落としたんだが、何かおススメの調理法はあるかい?」
 そうですねと魚を見るカンベエ。ぱっと思いついたものを述べると男は笑顔で頷いて去っていく。入れ替わりでやってきた主婦のおば様や町の自治を担う男たちと言葉を交わし、カンベエはようやく次の仕事場へ。最も場所はそう離れているわけでもなく、先ほどの船の修理手伝いである。
「おっ来たか」
「相変わらず顔が広いな」
 遅れたことを詫びれば、親方たちは気にしないと笑い飛ばした。カンベエも町の一員なのだから好かれているのは良いことだ、と。
「これを見ても気にしない方ばかりで。有難いことでごぜえます」
 ちらりと自らの体へ視線を向けたカンベエは、すぐに船へと向ける。青の着流しから見え隠れする刺青は彼がここに流れ着いた時からあったものだ。だがこの町の住民は刺青も彼の過去も詮索しない。以前──流れ着いたばかりの時は必ずしもそうではないだろうが、もはや今となってはというやつである。
「そういえば、お前さんがここに来るのは久しぶりか?」
「忙しそうだもんなぁ」
 大号令の話は既に彼らも聞き及んでいる。そしてカンベエが絶望の青で奮闘しているということも。よく手伝ってくれる、しかも気風の良い若手がいないとあっては一抹の寂しさがあるのも──海の男が、と笑われてしまうが──事実で。
 けれど彼自身は気づいているだろうか。そんな言葉へ嬉しそうに、けれどどこか一線を引いたような返答をしていることを。
 何処か達観した雰囲気があれど、どう見ても成人していない青年だ。そんなことを口にしてしまえば気にしてしまうかもしれないと不器用な男たちは不器用なりに気遣っている。その気遣いはどうやら、カンベエに気づかれていないようだが。
「よし、こんなもんだな。カンベエ、この後は」
「はい。商店街の警備へ行ってまいります」
 忙しい奴だな、と笑う親方から賃金を受け取るカンベエ。働けば当然報酬が出るもので、カンベエは受け取って頭を下げると次の現場へ向かった。
「お待たせしました!」
「おう、よろしく頼むぜ」
 声をかけたのは先ほど朝市で話していた自治体の男である。ニッと笑った男の指示に従い、カンベエは商店街の1区画を警備することとなった。
「カンベエ! 仕事か?」
「はい! 見回りでごぜえます」
「じゃあ後でウチ寄れよ、いい食材が入ったんだ」
「あ、こっちも──」
 カンベエが仕事中であるからか一言二言、あるいは手を上げるだけの者もいる。けれど顔の広さは目が合う人数で分かると言ったところか。商店街の賑やかさに笑みを浮かべながら、しかしカンベエはさっと視線を走らせて不審な人物がいないかチェックしていた。
 ──不意に遠くから悲鳴が上がる。
「なんだ!?」
 ざわめく商店街を駆けるカンベエ。盗人だという声と共にこちらへ駆けてくる姿がある。皆が思わず中央を避ける中でカンベエが立ち塞がると、その影は懐から光るものを取り出した。
 咄嗟に腰から鞘ごと刀を引き抜いたカンベエは切りかかってくるそれを鞘でいなし、すれ違いざまに足払いをかける。倒れこんだ背へ馬乗りになって抑え込めば、自治の男たちが駆け寄ってくる気配がした。
 こうして捕縛された者を見送ったカンベエは──まるで何事もなかったかのように、次の約束事(手伝い)へ向かうと告げる。そんな姿に商店街の皆は「若さだ」とか「そのうち過労死するんじゃないか」などと言っていたが、
「情けは人の為ならず、自分の為でごぜえますよ」
 とカンベエは笑ってみせた。



 ──しかし、この日はどうにも寝付けなかった。昼間の捕り物のせいか、それとも。

 カンベエは静かに床を離れて電気ランプを灯す。光がぼんやりとカンベエを、そして机上と部屋を照らした。机の前に座った彼はガラス蓋のついた木箱を取り出し、蓋をそっと開ける。
 中に収められているのは鮮やかな羽根や、スレート・グリーンの鱗。その中でも鱗を壊してしまわぬよう、そっと手に取り。カンベエはランプで照らしながら凝視した。
(……サイレン)
 魔種になった海種。絶望の青で死んだ人魚。かの海へ再び向かうのは──明日。
 全てが終わったら彼女の墓参りに行こうと、ずっと思っている。絶望の青はおいそれと迎える場所ではなく、死んだあの場へ向かうには厳しいだろう。けれども彼女のルーツを辿ればきっとどこかに故郷と呼べる場所があるはずだ。鍵となるのはこの鱗と、先日の──自らが行くことは叶わなかったが──悲痛なる歌を身の内に秘めていた狂王種討伐の報告書といったところか。
(いや、今はそんなことを考えている時ではない)
 鱗から視線を外し、たまたま見えたのは机の上に置いてあった小瓶。握りこめば隠せてしまうくらいのそれには『海』が存在していた。
 白波を表すような細かな白に、青。この小瓶に込めた決意を果たさなくてはならない。そう思って手に取ったカンベエは、自らの思考に思わず苦笑してしまう。
 今日は折角依頼など何もない普通の──それこそイレギュラーズとなる前のような日だったというのに。彼の頭は『絶望の青』を、そこへ向かうことを考えてしまっているのだ。
(このタイミングだ、仕方ないかもしれないが)
 海洋に記憶を失い、流れ着いて数年間。この国への恩返しを出来る機会でもある。どうしても成し遂げなければと思うのも必然だ。
(さあ、寝なければ)
 体調管理は大事。ここで世話になる間、よく町の皆に言われていたことだ。たまの夜更かしも悪くはないが、これが身体に染みついてしまっても困る。
 ランプの明かりが消えて衣擦れの音が小さく響く。ややあって寝息が聞こえ始めるが、あとは只々静謐が満ちていた。

 普通の日はこうして終わりへ向かっていって。
 出立の時が静かに、刻々と。

  • 0512完了
  • GM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年05月12日
  • ・カンベエ(p3p007540

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