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SS詳細

ラピスラズリの夜空に

登場人物一覧

ラノール・メルカノワ(p3p000045)
夜のとなり
ラノール・メルカノワの関係者
→ イラスト
エーリカ・メルカノワ(p3p000117)
夜のいろ
エーリカ・メルカノワの関係者
→ イラスト


 ペール・ブルーの空は高く。
 荒涼とした岩肌が冬の陽光を遮っていた。
 広大なアルダハ遺跡から出てきたラノールを、吹きすさぶ砂の風が浚う。
 ラノールの腕には小さな身体が抱えられていた。
 ひとりは黒く。もう一人は白い。双子の子供達。
 黒い少年は泣きはらした目で疲れて眠っている。
 傷だらけの白い少女は永遠に覚めない眠りについていた。

 戦いがあった。
 痛みを与えられ続けた奴隷の少女が縋った力。
 魔種に堕ちるという救いのカタチ。
 誰にも止めることが出来なかった悲しい結末。
 白陽の砂に紛れて激しく散った命があった。散らずに済んだ命があった。
 最後の願いをラノールに託して少女は命の灯火を消したのだ。

 ラノールは父と共に『弟』と『妹』を連れ帰る。
 彼が育った家に一緒に帰るのだ。

 ――――
 ――

 日差しは熱い程なのに、日陰となると凍える程の寒さが感じられる。
 冬の砂漠。
 ぞろぞろと男達が砂に足跡を着けていた。
 彼らは須く満身創痍。血だらけ傷だらけで疲弊しきっている。
 先頭を行くは『白牛』マグナッド・グローリー。
 傭兵団『白牛の雄叫び』の団長である。
「オらぁ! お前らもう少しで家だ! 頑張れよ!」
「「うえーい」」
 マグナッドの声に団員達が声を振り絞る。

 肉眼に堅牢な石造りの砦が見えてきた。
 ベージュの石が組み上げて作られた要塞は、砂漠の砂嵐にも耐えうる。
 様々な種族の身寄りの無い子供達を、生きて行けるように育て上げる傭兵団。
 苦楽を共にし同じ釜の飯を食う彼らは、傭兵団であり一つの家族のカタチだった。

 地平線に動く人影が段々と近づいてくる度に、エーリカの胸は高鳴った。生きているのだろうか。手足を失ってはいないだろうか。大怪我を負っているのではいか。
 ラノールがアルダハ遺跡に向かってからというもの、片時もこの場を離れなかったエーリカ。
 砦の麓で無事を祈り続けていた。

 エーリカの目に。傭兵団の顔が見える。
 近づいてくる男達の中に愛しい人を探した。
 そして、見つけた。
 夜鷹が追いかけた星の輝き。
 ラピスラズリの空に浮かぶ煌めく星に。
 ラノールの胸に飛び込むエーリカ。

「……、っ、おか、えり」
「ただいま」

 温もりは響いて。エーリカの胸を満たす。
 帰って来たのだ。傷は負っているが、無事に帰ってきたのだ。
 それが、どれだけ嬉しい事かは。死闘を経験した者なら分かるだろう。
 再会の余韻も早々に、ラノールとエーリカは重傷者を砦の中に運び入れていく。
 もちろん、双子も一緒に。

 エーリカは少しだけ不安を感じていた。
 自分の周りに集まる精霊たちに、傭兵団の人々が怯えてしまうのではないだろうか。
 そうなったら、此処でも除け者にされ虐げられるかもしれないという、本能的な恐怖。
「大丈夫」
「……っ」
 彼女の不安を感じとったのだろう。ラノールが娘の手を握る。
「へぇ。精霊か。珍しいな」
「本当だ。可愛いなあ。……おお、お嬢ちゃんが治療してくれるってのかい? 有り難いねえ」
「綺麗だね。俺、精霊って初めてみたかも」
 不安は一瞬にして取り払われた。
 怯えるどころか興味津々の彼らの言葉にエーリカは心の底から安堵したのだ。

 献身的な治療の甲斐あって、多くの傭兵達が動ける程度には回復した。
 そうなれば、彼らが気にするのは砂狼を追ってきた娘の存在。
 妖精を連れた愛らしい少女のこと。

「……エ、エーリカ、です」
 小さな囁きの声。懸命に声を張っているのが見ただけで分かる。
 ラノールに背を押され前に出る少女。
 恥ずかしげに頬を染め、下を向きそうになる心を押し込めて――前を向く。
 その意思をくみ取ってマグナッドは子供達に声を落とすように促した。
「ラノールに、特異運命座標としてのみちゆきを守ってもらいながら、ここまで来ました」
 初めてあった時の事を覚えている。
 忘れるはずがない出会い。
 暗い目をした『夜鷹』を掬い上げてくれたのは、隣に立つ『砂狼』だった。
 始めは目を合わせることさえ出来なかった少女に、約束を取り付けたのは運命だったのだろう。
 次へ繋ぐための口実。優しい言葉の数々。
 心を閉ざし、耳を塞いでいた少女を緩やかにあたためた。
 いつも傍に居ようと決めたのは何時だっただろう。
 此処にたどり着くまで、長い道のりだった。
 けれど、お互いの温もりが。言葉があったからこそ歩んで来ることができた。
「いつも、わたしの歩みを、みちびいてもらっています」
 小さなエーリカの声を聞き逃さないように、しんと静まりかえる部屋。
「それはつまり、どういう事だ?」
「仲間ってことか?」
 顔を乗り出して団員たちが口々に質問を投げかけた。
「えーっと……一応、その……。将来を、約束しあっても、いる」
 ラノールがエーリカの肩を抱き、宣言すれば。

「「おおおおお!!!!」」

 歓喜の声が上がる。
 たくさんの祝福。優しい言葉。
「がっはっは! お前ら落ち着け落ち着け」
 口々に騒ぎ立てる子供達を制して、マグナッドが一歩前へ出てくる。
 少女と目線を合わせるように少し屈み込んだ。
 エンジェル・ブルーの瞳をした儚げな少女。
 あの一匹狼のラノールが選んだ娘はこんなにも美しいのかと感心する。
「エーリカだったか。可愛い嬢ちゃんじゃあねえか」
 豪快な笑い声が部屋に響き渡った。
 しかし、一瞬の間を置いてマグナッドは真剣な表情でエーリカに向き合う。

「だがな嬢ちゃん。傭兵……運命特異座標も同じようなもんだろうが……。傭兵の嫁になるっつうのはそんな気楽なもんじゃあない」
 真面目な声色に、エーリカに緊張が走る。
 怒られるのではないか。反対されるのではないか。
 不安は表情になって表れるのだろう。
 儚げな少女の眉が下がっていく。
 けれど。話さねばならぬことがあるのだ。
 嫌われようとも、第一印象が悪かろうとも。
「俺達は戦って生きる奴らだ。当然何かの命を奪うし、奪われることだってある。
 命を奪えば恨みを買う。命を奪われれば二度と帰れない。
 その不安を常に抱えることになる。それが幸せな生活とはとてもじゃないが言えねぇ」
 真摯に真正面からぶつかる。試すような言葉かもしれない。

「エーリカ。引き返すなら今の内だぞ?」

 少女は白牛の瞳を見た。
 真っ直ぐで。強く逞しい父親としての言葉。
 問いというよりは、助言ともとれる物言い。
 ラノールを、そしてエーリカを気遣う、大きな温かさに包まれた言の葉。
 少女は何かを言おうとして、詰まる。
 震える耳。誰かに何かを伝えると言うことは難しい。
 自分の吐き出す言葉で誰かが嘲笑ったり怒ったりする恐怖は、いつまで経っても拭えない。
 でも。
 大きく息を吸う。
 ゆっくりと吐いて。
 それから――真っ直ぐにマグナッドを見上げ。

「ラノールと出会うまえのわたしは、……”ただ生きているだけ”の、ヒトガタでした」

 小さな。けれど透き通る声が部屋に響く。
「ラノールが、わたしにおしえてくれました。”生きる”ということを。呼吸の仕方を」
 エンジェル・ブルーの瞳が潤んでいく。今にも泣き出しそうな呼吸。
「……”うれしい”ということ。”しあわせ”ということ」
 これまで二人で歩んできた記憶が一つ、一つよみがえる。
「その最中で……、傷つくこと、傷つけることの痛みを。恐怖をしりました」

 守る為には他者を傷つけなければいけないこと。守る為に他者から奪わなければいけないこと。
 たとえ、自分自身が刃を下さなくても。代わりに仲間が己の剣となる。
 それはきっと己が傷つけるのと同義だ。
 必ずしも綺麗事だけでは無いことをエーリカは知った。

「たたかうことも、ただ帰りを待つことも、こわいです」
 幾度、砂狼の背を見送っただろう。
 閉められたドアが再び開くことが無いかもしれない。そんな悪夢に囚われたのは一度や二度ではない。
「それはきっと、ずっと慣れることはなくて……」
 無事に帰ってくる度に、嬉しさがこみ上げその温もりを噛みしめただろう。
「ううん、ずっと抱き続けなければいけないことだとおもいます」
 特異運命座標は世界の救世主たり得るだろう。
 世界に選ばれ可能性を蒐集する。
「わたしたちは”救うもの”であると同時に、”奪うもの”なのだと」
 一人の命を助ける代わりに何人の命を犠牲にしたこともある。
 それは敵味方関係ない命の数で言えば。より多くを奪ってしまったのかもしれない。
 しかし、それはミクロの視点である。
 マクロの視点で考えるならば、敵を打ち倒す事で未来を救われた人々の方が多いに決まっている。
「そのうえで、わたしは、……ラノールのことをまもりたいと。そう、おもっています」
 ただ、守られるだけではない。
 背中を任せ同じ戦場に立ち、支え合える存在。
 対等であること。そうありたいと。
 ずっと、並んで立っていたのだと。

 エーリカの言葉は真摯で真っ直ぐだった。
 そこに偽りはなく、本心からそう思っているのだろう。
 覚悟をした瞳。
 だからこそ。
 マグナッドは言葉を重ねる。

「生半可な覚悟なら……エーリカ。悪いことは言わねぇ。やめておいた方がいい」

 もう一度聞くのだ。
 覚悟はあるのかと。
 震える夜。一人で待つ事になっても。
 血だらけの砂狼を見ても平気なのかと。
 道半ばで命を落とすような事になっても。
 それでも共に歩もうとするのかと。

 ラノールよりも大きな体躯の白牛の姿。
 少女の目には本当に大きく見えて威圧を感じさせるだろう。
 鋭い視線。覚悟を問う瞳。けれど、そこに冷たさはない。
 真意を問う戦士の目だ。
 少女の言葉を全員が、固唾を飲んで見守る。
 答えは分かっている。
 けれど、エーリカの口からそれを聞きたいのだ。
 娘の言葉が聞きたいのだ。

「かくごなら、もう、できています」

 揺れる薄氷の瞳。濡れて今にも溢れそうだけど。決して雫を零すことはない。
 それは覚悟の表れ。下を向いて泣いてばかりの夜鷹はもう居ないから。

 少女の言葉を聞いて。ラノールはこれまでの事を思い出していた。
(エーリカ……)
 彼女の気持ちを聞く機会は少なからずあった。
 酒場で食事をしているとき。小さな二人だけの家でココアを飲んでいるとき。
 小さな唇に乗る拙い言葉を砂狼は覚えている。
 けれど、少女が何を思い、感じ、覚悟を抱いたのか。
 何時心の変化があったのか。近くに居たのに気付かなかった。
 二人で歩んだ時間。成長と共に少女の心も育まれたのだろう。
 それは、心を閉ざしていた『夜鷹』を知っているラノールにとって感慨深く、嬉しさと、感動と。
 照れも相まって。色々な感情があふれ出す。
(ああ、こんなにも……)
 砂狼の瞳にも膜が張るのだ。

「………」

 沈黙が部屋を包み込む。
 眉一つ動かさず、少女の薄氷の瞳を見つめ続けるマグナッド。
 エーリカは心臓の音を聞いていた。
 トクントクンと緊張しているけど、嫌じゃない。
 彼はラノールの父なのだ。
 自分を害する人々とは違う。
 けれど、この沈黙は何なのだろう。
 少しだけ不安になってくる。
 言葉を間違っただろうか。もっと他の言い方があっただろうか。
 自分は世間知らずだからこういう時の言葉が上手く思い浮かばない。
 何か言うべきだろうか。
 正解を探してしまう自分。
 でも、きっとこの言葉以外出てこない。
 エーリカの言の葉は間違っていない。
 長い長い沈黙のあと。白牛の顔が喜色に歪んで。

「がっはっはっは! 俺ぁちょっと勘違いしてたみてぇだなぁ」

 部屋中に響き渡る豪快な笑い声。
 そこに嘲りや馬鹿にするような意図はありはしない。
「家を守り、ラノールを後ろから支える。そう言う生き方だとばっかり思ってたが……」
 腰に手を当てて、もう片方の手で顎を擦るマグナッド。
「ラノールの事を守りたいときたもんだ!」
 予想外の言葉に恐れ入った、感服だ、きっとそう言った意志の籠ったものなのだろう。
 見た目は儚くか弱い天使の様で、喋りもそんなに上手くは無い。
 きっと家で大人しく家事をして、小さな幸せを噛みしめて慎ましやかに生きて行く事を好むのだろうとマグナッドは思って居たのだ。
「あー、こいつぁ参った」
 そんなか弱そうに見える少女が、震える声で言うのだ。砂狼を守りたいと。
「傭兵の隣で支える伴侶なんて、そんな覚悟見せつけられたらなんも言えねぇや」
 だが、彼女は違う。見た目こそ繊細だが心の深い所では確固たる意思がある。
 この覚悟は『普通』の生き方では到底たどり着かない領域のものだ。
 ただ、家族に囲まれて何不自由無く幸せに暮らしているだけならば、こんな覚悟の仕方をしない。
 おそらく、この傭兵団と同じような境遇なのだろう。
 一種の依存と言ってしまってもいい。人は何かしら依存をして生きて行くものだけれど。
 この少女の場合はラノールこそが拠り所なのだ。
 それは決して悪いことではない。
 事、戦場においてそういう存在が居る者ほど『生還』することが出来るのだ。
 何が何でも生きて、必ず帰ってやるという意思は、どんな剣にだって勝る。
 それはマグナッドが掲げるこの傭兵団の教訓にも合致するのだ。
 流石、ラノールが選んだ女だ。
 申し分の無い『家族』だ。

 マグナッドは手を大きく打ち鳴らした。
 部屋に響き渡る音に、皆の注目がマグナッドに集まる。
 大きく息を吸い込んで。

「───野郎ども! 家族が増えたぞ!」

 白牛の大声に。
 部屋中が割れるほどの大歓声が巻き起こった。
「やったぜ! 家族だ!」
「わーい! 可愛い女の子! 女の子!」
「ばぁか! その子はラノールのものだって!」
「めでたいなぁ! こんな可愛い子が家族に加わるなんて」
 皆口々に、嬉しさを言葉にする。
 それはどれもこれもエーリカを暖かく迎え入れるもので。
「エーリカ うれし?」
「こころ ほんわか」
「うれし」
 精霊達もエーリカの心を感じとって嬉しそうに辺りをくるくると回り出す。
「ぅ……、っ、ぅ」
 覚悟を語ったときは零れなかった涙が。
 優しさと温かさに触れた途端、堰を切ったようにあふれ出した。
 拭っても、拭っても止まらない涙。
「エーリカないてる?」
「かなしい?」
「ちがう?」
 心配そうに見つめてくる精霊達を撫でて、エーリカは顔を上げる。
「ううん。悲しくないよ。とっても嬉しいの」
「エーリカ」
 肩を抱くラノールにそっと寄り添って、心配そうに見つめる『家族』を見渡す。

「うれし泣き、です」

 健気で儚い印象の少女は。何処か守って上げたくなるようなそんな人だ。
 まだ幼い子供が興味津々でエーリカのマントの裾を引っ張った。
「ね、これ。どうぞ」
 差し出されたのは、使い古された。けれど、清潔なハンカチ。
 宝石みたいに煌めく涙を拭うため。幼い子供が新しい家族に自分のハンカチを渡す。
 エーリカは少女の目線に合うようにしゃがみ込んでハンカチを受け取った。
「ありがとう、ございます」
 薄氷の瞳は宝石のようにキラキラと輝いている。
 長い睫毛も白い頬も。艶やかな黒髪も。どれもが美しい人形のようで。
 少女の目はエーリカに釘付けだった。
「エーリカはキレイだね」
「ぇっ!」
 純粋な瞳でエーリカを見つめる少女。
 何の曇りも無い本心からの言葉だということは誰の目からも明白で。
 色眼鏡ではない。お世辞でもない。下心でもない。純粋な言葉はエーリカの心を解きほぐす。
「あ、ありがと……ぅ、ございます」
 次第に頬を染めていくエーリカに首を傾げた少女は「おねつ?」と額に手を当てた。
「えっと、これは、その……」
「嬉しいということだ」
 ハンカチをぎゅっと握りしめて、目を閉じたエーリカの代わりに。しゃがみ込んだラノールが子供の頭を撫でながら代弁する。
「そっかぁ! よかったぁ!」
 子供の屈託の無い笑顔に。エーリカも頬を緩ませる。

 こんなに暖かくていいのだろうか。
 簡単に自分みたいな者を迎え入れてくれる懐の大きさ。
 エーリカはマグナッドに向き直り、改めて頭を下げる。
「マグナッドさん、ありがとうございます」
「はは。お前さんはもう家族だ。だから、此処に居ることに負い目を感じる必要はねえのさ」
 もうよそ者では無いのだから。
 居させて貰う事自体に礼を言う必要は無いのだと、マグナッドは豪快に笑う。
 その笑いは。人を安心させる笑いだ。
 マグナッドが笑えば、子供達は安心する。此処に居ていいのだと思わせてくれる温かさ。

「……そうだ。あと、もう一人。家族が増えた」
「親父、いいのか」
 マグナッドの意図をくみ取ったラノールは驚いて視線を上げた。
「当たり前だろ。お前とキアンの『妹』は、俺達の家族だろうが」
 本当にこの男は何れだけ懐が深いのだろう。
 戦場に赴いた戦士達も同意見だと頷いている。
「キアン」
 名を呼ばれた少年は部屋の片隅で座っていた。
 傍らにマントに包まった妹を抱えて。
 そのマントを少しだけ取って顔を露わにする。
「俺の妹。ミトラだ」
「ミトラ寝てるの? しんどい?」
 眠ったまま動かない少女を心配して覗き込む幼い子供。
「……もう、死んでるから。動かないよ」
「そっかぁ。おやすみだね」
 この歳で死という概念を理解しているのは、過酷な状況に居たという事なのだろう。
 不必要に取り乱す事は無い。けれど、悲しんでいないわけではない。
 ポケットから小さなあめ玉を取り出した子供はミトラの胸にそっと置いた。
「おわかれのプレゼント」
「うん。ありがとう」
 ミトラの代わりにキアンが子供にお礼をする。

「――さあ、お前ら宴の準備だ!」

 新しい家族を歓迎する宴。そして、送り出す宴。
 日が沈んだ真っ暗な夜に。オレンジ色のあたたかい光が零れていた。


 満天の星空はラピスラズリを散りばめたように美しい。
 振り返れば、あたたかなオレンジ色のライトが揺れている。
 沢山の『家族』たち。
 ラノールとエーリカは大きく手を振って踵を返した。
 自分たちの家に帰るために。

「よかった、ラノールの家族があたたかくて」
「エーリカもよく頑張ったな」
 声を震わせて『宣言』する少女の姿を思い出す。
 普段の彼女からは考えられないような決意の言葉だった。
 それが、ラノールは嬉しくて仕方がない。
 本当に。傍に居てくれてよかったと。心から思うのだ。

 その背を見送る傭兵団の面々。
 マグナッドにキアン、それから他の戦士達。
 家族総出で二人の帰路に手を振り続けた。
 彼らの背中が小さくなった頃、マグナッドはぽつりと漏らす。

「ラノールのやつ、いつの間にか立派な男になってたな」

 それは感慨深かった。
 拾った当初は虚ろな目をしていたあの少年が。
 今はあんなに素敵な伴侶を見つけて、己の道を歩んでいる。
 自然と鼻の奥が染みてきた。
 その横顔に。
「……あれ? 親父もしかして泣いてんのか?」
 戦士の一人がニヤニヤとからかう言葉を投げる。
「ばっきゃろう! 俺が泣くのは賭けで身ぐるみ剥がされた時だけよ!」
 怒鳴り散らすマグナッドの声が辺りに響いた。
「おいお前ら! 酒片づけたら訓練だ!」
「ええー! 今からかよ!?」
「俺もう疲れたぁー!」
 マグナッドの声に不満を漏らす子供達。
 けれど。

「また一つ、死ねない理由ができたからな」

 その言葉を言われてしまえば、逆らう事なんて出来はしない。
 家族を守る為に振るう力が必要なのだ。
 それは何時訪れるか分からない。
 だからこそ、日々鍛えなければならないのだ。

 我が子の成長を。
 そして願わくば、『孫』をその目で見るまでは。
 なんとしてでも生き残ろうと、白牛の雄叫び達もまた決意して。

 ラピスラズリの空に。願いは生まれる――



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