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卵の縁から繋がる未来
登場人物一覧
鮮烈なる緑が揺れる。その木々のさざめきを聞きながら、樹上のツリーハウスで私語を交わすように少女達は頬を寄せ合った。『卵の縁』と銘打てば何処かこそばゆくも感じられるが、それは言い得て妙。幻想貴族が一角、しなやかな金色の雌鹿を家紋とする大貴族たるバルツァーレク伯は文化人としてその名を国内に響かせる。彼と言えば、美食家としての側面が強く、ローレットへと依頼してきたのが『ワイバーンの卵』の確保であった。共に依頼をこなすための冒険者としてテーブルで向き合ったな仲――という事で『卵の縁』だ。
ひょんな事で結んだ縁の糸を辿り、偶然ルル家が口にしたのは魔女を思わせるローブに身を包んだアレクシアの『私服』の事だった。
「そういえばアレクシア殿、今は依頼のときに見かけたのと同じ格好ですが私服みたいなの着たりするんですか?」
深い森の夜を思わせるような昏い帽子とローブは魔女を想像させる。柔らかな森の木々を織り込んだようなマントを揺らし、大輪の花を咲かせた杖を手にすれば、『森の魔女』の出来上がりだ。ローレットの冒険者として――『魔法使い』として、仕事をするときはそうした格好を好むアレクシアだが、日常的には様々なファッションに身を包む。
寒々しい冬ならば柔らかなニットを好むし、ブラウスの上にカーディガンを羽織るラフな格好も読書にはピッタリだ。季節折々、そうした格好をするのも好きだけれど、と頭の中に思い浮かべて指を折る。
「色々着てみたいなーって思う服は多いね! 季節ごとにあれこれ買ってみたりさ!
ルル家君はどうなんだろ? 今の服とか、可愛いなーって思うけど!」
「拙者、あまり頓着しないほうですね」
それこそ、ボロ布一枚身に纏って大切な場所が隠せればそれでいい。アレクシアはその言葉にギョッとした後、ルル家をまじまじと見やった。小花模様の可愛らしいアウターに白いブラウス、若葉色のショートパンツは快活な彼女に良く似合っているが――
「……んんー、ルル家君、今度一緒に服買いに行こう! そのまま放っておくわけにはいかない!」
女の子が湿った衣服を着ては風邪をひく。それ以上に、『おしゃれ』は女子の特権であるところもあるのだ。アレクシアのその言葉にルル家はきらりと瞳を輝かせた。『伝説の』アレクシアと外出(デート)が出来るならば――それ以上に『初めて』の友人とのお出かけとなれば心躍らぬ訳がない。
「お待たせしたであります! いやー、レジェンドアレクシアとデートなんて役得!」
「だから、伝説じゃないって」
ひらりと手を振ったアレクシア。衣服に頓着していないことからボロ布一枚纏って現れたらどうしようか、とも考えていたが――どうやら心配はなかったようだ。以前と同じ小花模様の入った可愛らしい衣服に身を包んだ彼女にアレクシアはほっと胸を撫で下ろす。
「私もファッションはそれ程詳しくないよ? けど、今日は色々見て回るから。覚悟してね?」
「了解でありますっ!」
びしり、と警察忍者らしく敬礼を決めて見せたルル家にアレクシアはくすりと笑みを漏らした。今日のアレクシアは春先に合わせプリーツ切り替えのシフォンワンピースを着用していた。柔らかなカラーに合わせて髪飾りはふんわりとした素材をセレクトしている。折角の『おしゃれ』巡りなのだからやる気は十分にと、仕事の合間を見つけて、クローゼットから卸したばかりのコーディネートだ。
「今日もアレクシアン接種出来て嬉しいです! ふふふ、どこから行きますか?」
「アレクシアンって」
くす、と笑みを漏らしたアレクシアはローレットの膝元である幻想国内のブディックを回ってみようと提案した。貴族の御用達店から、庶民派、そして一見奇抜にも思われる商品が並んだブディックなど、通りを返るごとに様々なものを見ることが出来るのがこの国の特徴だろうか。
「さて、ルル家君はどんな服がいいかな? ……って聞いても、あんまりこだわりないと思うんだけど」
「うーん……」
早速ブディックの棚を見回しながらアレクシアは幾つか手に取ってルル家に宛がってみる。柔らかな金の髪にくりくりとした丸い緑の瞳が愛らしい彼女には可愛らしい服が良く似合う。この機会にルル家にプレゼントしたいのは普段から着用しやすい対応幅が広い服だ。コルセットワンピースやドレス類も可愛らしくはあるが彼女の性格からあまり着用する機会もないだろうという事がアレクシアの中では考えられた。
むむ、と唇から思わず漏れ出した悩ましげな声。それはどちらのものだっただろうか――アレクシアの服を選ぶ、と考えた時にルル家は「無理です!」がまず最初に飛び出した。ファッションのセンスが、という事ではなく『興味』の範囲外だったのだ。『伝説的カワイイ』に衣服を与えるというだけでも重責が重たいのだから、とルル家は『アレクシアの為に選ぶ』のではなく自分が着用するならば、という着眼点で妥協し、衣服を探し始める。
「……ルル家君?」
それ、着るの、と。アレクシアの幾ばくか固い声音が降ってくる。手にしていたのは宇宙の銀河煌めくような柄のパーカーだ。単体で見れば可愛らしくもあるが着用には人を選びそうなそれをまじまじと見遣った後、ルル家はゆっくりと首を振った。
「故郷に似ていたので」
「……そ、そっか」
宇宙警察忍者だったからだろうか。ルル家はその若葉の色の瞳をぱち、ぱちと何度も瞬いた。アレクシアは緩く頷いてから、むむ、と唇を尖らせる。
幾つかの店舗を回ってから、結局戻ってきたのは一番最初に足を運んだ大衆向けの店舗であった。目についたものは粗方覚えてる。アレクシアは「これと、これ」と抱えながらルル家ににっこりと笑みを浮かべる。
「ルル家君、試着してみようよ?」
「試着でありますか?」
「そう。やっぱり、試着してサイズとかを見なくっちゃ。全身トータルコーデ選んでみたから、行ってみよう!」
ぐいぐいと引っ張るように押すしかないとルル家の背を押してアレクシアは抱えていた衣服を全て手渡した。
「あ、アレクシア殿の服、拙者も選んだので。その、自身がないのでアレクシア殿に似合う服じゃなくて自分が着るなら基準ですけど!」
「本当? じゃあ、私も後で着てみるね」
にっこりと微笑んだアレクシアにルル家は大きく頷き、『慣れない試着室』の中へと一人入ってゆく。カーテンを音を立てて閉じてから着用してみればどんな風になるだろうかと、そわそわとアレクシアは待ち続ける。
コンセプトは『普段遣いしやすく、どのような場所にでも対応できるもの』。
普段遣いしやすいとなればルル家の事だ。コーディネートもあまり気を配らないだろう。
それならば、ワンピース類の方がきっと着用しやすい。チュールトップスにビスチェ風のワンピースを合わせる。バックには大きめのリボンが愛らしく、ウエストがゴムであればそれほど締め付ける事無く動きやすくもあるだろう。肌寒い時にも、とデニムジャケットを合わせれば可愛らしさの中に快活さも見せられる。
試着室の中でもそもそと着替えるルル家を待ちながらアレクシアは自身が抱えていた衣服を見下ろした。ルル家がアレクシアの為に選んだ――ゴッドの服を選ぶのは恐れ多いと自身で着るならと考えて選んだらしい――衣服は動き易そうなシンプルなものだ。メンズサイズのビックシャツをワンピースに見立て、その下にはショートパンツを。ブーツやキャップと合わせればボーイッシュで動きやすいコーデの完成だ。
(うん、こういうのも面白いかも? ……やっぱり自分で選ぶと同じような服になるもんね)
落ち着いたロングスカートやシンプルな衣服を好ましく思う所はある。そう思えば、他人の好みや流行を取り入れてみるのもファッションを楽しむうえでは悪くはない。
「ア、アレクシア殿~。どうでしょうか~?」
カーテンの隙間から問いかけてくるルル家にアレクシアは「うん、似合ってる!」と大きく頷いた。
自身もルル家が選んでくれた衣服を試着してみて、どこか普段の自分とは違う感覚が感じられる。嬉しそうに笑っているルル家にほっと胸を撫で下ろし、アレクシアは購入しようと微笑みかけた。
「今日はありがとうございました! いやー、これで湿った服を着ないで済みますね!」
「良かった。それじゃあ、着ていく服が決まったなら、またの機会にラサのサンドバザールなんかを見て回ろうね?」
冗談めかして唇に笑みを浮かべて見せたアレクシアにルル家は大きく頷いた。友人とのお出かけというものはこんなにも楽しい物か、と新たな経験に少女の頬が緩む。
「これで、恋もバッチリであります!」
「恋だけじゃないよ!? あ、下着はちゃんと確保しておいてね!?」
勿論、といたずらめいて笑うのはルル家の方だ。吹いた風に買い物袋が揺れている。次は何処に出かけようかな、なんて楽し気に口にしたアレクシアの隣を歩きながらゆっくりと顔を上げる。
王都はいつもと変わらない。けれど、世界は瞬きをする間に変化を続けていく。
竜の卵を探すなんて荒唐無稽な話から、楽しい未来に繋がれば、どれ程に嬉しいだろうか。
「アレクシア殿、また家にも遊びに行きますね!」
「うん。いつでも来てね」