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変わらぬ武運を
登場人物一覧
●平穏のある日
混沌世界は概ね平穏と言って良い状態になった。
都市や、国家、果ては海を越えた世界そのものの存続の危機――そういった大規模な危機は、その予兆も含めて失われて久しい。
魔種ですら、完全に消滅こそしていないものの、何か厄介な事件を起こしているような話はすっかり聞かない。
今はまだ大地に残っている戦いの爪痕もいつかは消え失せて、イレギュラーズの世界をかけた戦いも遠い夢物語として語られる日も来るのだろう。
「でも、正直張り合いがねぇんだよなぁ~!」
そんな尊い平和に物足りなさを感じる人間もいる。彼は今イレギュラーズに旅路の護衛をされている商人だ。
行商の道中にモンスターの出没が噂されている地域を通るということでローレットに護衛依頼を出し、こうして馬車での旅の最中にかつての日々を語っていたのだった。
「今が悪いとは言わねぇよ? あの頃は毎日悲鳴ばっかでさ、商品仕入れに行くのもやべぇの! 隣町が一夜で無くなった話とかさぁ!」
「あら。そんなにスリルが欲しいなら、今からでも護衛を外れた方がいいかしら?」
不満を零し続ける商人に、愛嬌たっぷりのウインクを送る『特異運命座標』フェイツイ (p3p010993)。
「フェイツイ様、それはあまりに酷というものでしょう。我々は彼を守るため此処にいるのですから」
仮面越しで表情の見えない『愛星』雨紅 (p3p008287)。フェイツイのウインクから目に見えぬ圧を感じた商人だったが、雨紅は自分の味方をしてくれると見ていそいそとその頼もしい背に隠れた。
しかし。
「この護衛任務の後に、彼が率先して死地へ赴かれるようなことがあれば残念ですが……」
「そうね。その時は仕方ないわ」
「人を死にたがりみてぇに言うな! 今が悪いとは言わねぇって言っただろうが!!」
頼みの雨紅にもフェイツイにも残念そうに言われ、商人は盛大に憤慨したのだった。
●守るための戦い
かつての命がけの日々を熱く語っていた商人が、流石に熱くなり過ぎたのか「疲れた」と言うので一行は休憩を取ることにした。
街道沿いの森の木陰に馬車を止めると、周囲への警戒はしながらフェイツイが雨紅に声をかけた。
「それにしても久しぶりね。元気だった? 雨紅」
「ええ、お陰様で。フェイツイ様もご健勝のようで何よりです」
口元を綻ばせた雨紅の答えに、フェイツイは大きな声で笑う。
「あっはっは! アタシは相変わらずの根無し草だけどね。今回はたまたま依頼を探しに来てたら、雨紅を見つけたから。今もローレットにいるの?」
「私は、今は旅の日々ですよ。旅先で芸を披露して、人々に笑顔をもたらせるように。その為に必要なら、武器を取る。……今までと、そう変わらないかもしれませんね」
「なんだ、お互いふらふらしてて似たようなもんじゃない。ちょっと親近感」
人々を笑顔にするため諸国を旅する雨紅と、憧れた師匠に近づくため戦いを求めて武者修行の旅を続けるフェイツイ。
目的は多少違えど、彼らは「守るため」にこそ戦う。だからこそ、二人がこうして人を守るための依頼に集まったのは必然であったかもしれない。
「うわぁぁぁぁ!! 助けて助けてぇぇ!!」
情けない商人の悲鳴が響いて、朗らかな再会の語らいはしばし預けられる。
雨紅とフェイツイも目配せひとつで緊張に口を引き結ぶと、互いの得物を手に取り、商人を背に庇って前へ躍り出た。
相手はゴブリンのような姿だが集団で、質も技量も粗末ではありながら武器を扱う程度の知能はあるようだ。
この程度、歴戦を経たイレギュラーズの敵ではない。しかしイレギュラーズの敵ではなくとも、力なき者にとっては十分にその命を奪う脅威足り得る。
「何処へ行こうと言うのですか」
ズン、と地を踏みしめる雨紅。
それは舞の始まりの一歩。空気を震わせ舞台へ振り向かせる音。敵であれば尚更押し寄せずにはいられない戦神の舞、『干戚羽旄』。
かくして勇壮な舞に魅せられた――あるいはもっと本能的に、戦意に引き寄せられた――ゴブリンの一団は雨紅へと襲い掛かる。
「おっと、雨紅ばっかりいい恰好はさせないよ!」
負けじとフェイツイが血蛭を振り回し声を張り上げれば、雨紅の舞を振り切って商人へ向かおうとしていた一部のゴブリンがフェイツイへ向かう。
「フェイツイ様も、十分頼もしいですよ」
「やぁね。アタシの分も残しといてくれないと困るってだけ」
短く言葉を交わすと、二人はそれぞれに引き付けた敵へ向き直る。
元々大した知性を持たないゴブリン達は我先に集まっては、何が己をそうさせるのかもわからないまま粗末な槍や棍棒などでイレギュラーズ達を傷つけようとしていた。
しかし、そのほとんどが掠ることすら叶わない。
集まる群れを打ちのめしながら、ひらりひらりと紅の軌跡を描いて舞うように雨紅が躱した後、一体を槍の穂先で激しく突き飛ばした。飛ばされた勢いのまま反対方向にあった木の幹へ打ち付けられると、そのまま動かなくなった。
だが、仲間が戦闘不能になろうが押し寄せるゴブリン達は止まらない。
「攻撃は最大の防御ってねぇ!」
群れを妖刀で斬り払い、ゴブリンの首を飛ばすフェイツイ。単体の戦力で圧倒していても、物量で勝る相手を前に防御へ回ってはジリ貧になるだけだ。少しでも切り開いて数を減らすことこそが戦闘を終わらせる道であり、最大の守りでもあるのだ。
「それにしても数が多いですね。この辺りが縄張りだったのでしょうか」
「だったら、親玉なんかもいるかしら?」
いくらこちらに注意を向けているとは言え、各々でゴブリンを仕留め続けていても目立った手応えが感じられないことに違和感を覚え始める雨紅とフェイツイ。もっと根本的な部分からの解決として、ゴブリンの親玉を探すことにした。
「親玉がいなくなれば、縄張りも消えるでしょうから。この辺りも平和になるでしょう」
「新手の雑魚が出張ってこないといいけど、その時はまたぶっ飛ばせばいいわね!」
「お、おい! 護衛なんだから俺を置いていくなよ!?」
馬車から離れようとした二人が自分をゴブリンの群れに置いていくと思ったのか、馬車に避難していた商人が声を裏返らせながら話に割り込んでくる。
「貴方はここにいて。あいつらはアタシ達が馬車から引き離すわ」
「今は我々が同じ場所にいる方が危険です。どうか信じて頂けませんか」
当初は今の平和を「張り合いがない」と言っていた男が、実際に戦闘に巻き込まれれば馬車の中で縮こまるばかり。
フェイツイと雨紅は、その姿を今この時は貶しはしなかった。
当然の姿だったからだ。依頼主としてだけでなく、自分たちがこの世界で守るべき人間として。
「うう……絶対この馬車に近付けるんじゃねぇぞ!!」
二人の真剣な声と姿勢を受け取ったのか、商人の男はそれだけ言って馬車の中へ顔を引っ込めた。
「さて。これで心置きなく暴れられるわね」
「出てきてもらいましょうか。貴方たちの親玉に」
血蛭の刃が木漏れ日に煌めき、舞槍の穂先が風を切る。
二人が馬車から離れて駆け出すと、ゴブリンの群れと共に戦場が移っていく。
目指したのは、最初に商人が逃げてきた方角。ゴブリン達が最初に近付いてきた方角だ。
「ここまで来てハズレは引きたくないわ……。駄目な下っ端に任せてないで、そろそろ親玉が出張ってきてくれないかしら!!」
フェイツイが自分の居場所を告げるように声を張り上げ、ゴブリン達が自分達より後ろへ抜けない状態を保つ。
あわよくば、どこかにいるゴブリンの親玉にも声が届くように。
――その効果か。
「フェイツイ様、あれは!」
雨紅が舞槍を構えた先。ゴブリン達の倍はあろうかという個体が姿を現すと、斧を振りかぶって雄叫びを響かせた。
「やっと親玉のお出ましってわけね。行くわよ雨紅!」
「ええ……私の舞台に上がって頂きます!」
雨紅が大地を力強く踏み抜き、槍を繰り出す。重い斧と槍の刃が鈍く交差した。
「その首貰った!」
フェイツイの妖刀が鋭く親玉の首を裂くが、まだ倒れない。追撃しようとすると雑魚ゴブリンの残党が妨害する。
「この……っ、雨紅! やっちゃって!」
自分を助けるより、親玉へのトドメを頼むフェイツイ。その意を汲んで、雨紅が斧を叩き落とすと返す刃で親玉の急所を貫いた。
血を噴いて倒れ伏す親玉。
恐れをなした雑魚たちは、蜘蛛の子を散らすように我先に逃げ出していくのだった。
●また会う日まで
無事に商人を送り届け、ローレットにも任務の完了を報告した二人。
「フェイツイ様はこれからどちらへ?」
「そうね……当分は強いやつを探して、武者修行の続きかしら。まだまだ、師匠の足元にも及ばないわ」
そう答えたフェイツイが「雨紅は?」と聞き返すと、雨紅もまた旅芸人の旅路へ戻るという。
「練達には兄弟機や知人もいますから、そちらには定期的に顔を出すつもりです」
「そしたら、いつか練達に行ったら雨紅と会えるかもしれないってことね! 楽しみにしておくわ」
フェイツイは喜ぶが、敢えて再開の約束はしない。
今回二人が会えたように、縁があれば約束がなくともきっと再会は叶うだろうから。
「フェイツイ様」
背を向けて歩き出す前に、雨紅が声をかける。
「守ることも、強さを得ることも、どちらもとても難しいことです。ですが『それでも』という気持ちは、私もわかりますから。ご武運を、フェイツイ様」
目元の表情は仮面に隠れて見えずとも、穏やかに笑みを作る雨紅の口元に、フェイツイも大きく笑った。
「貴方もね、雨紅。次に会う時は、どんな人を守ったとか、こんな楽しい事を経験したとか、そういう話もしましょ。アタシ、貴方の話を聞くの好きなのよね」
次の再会までに、より多くのものを守るために。より多くの笑顔を生み出すために。
友人たちは、再びそれぞれの旅路へ戻った。
- 変わらぬ武運を完了
- GM名旭吉
- 種別SS
- 納品日2026年10月29日
- テーマ『これからの話をしよう』
・雨紅(p3p008287)
・フェイツイ(p3p010993)
※ おまけSS『練達の或る日』付き
おまけSS『練達の或る日』
フェイツイが練達に足を運んだ機会に、雨紅と再会できた時があった。
あの護衛依頼から再会までの間にあった、良かった事、良くなかった事、思い出に残った事。
尽きぬ話題の中に、『橋』があった。
練達にあるその『橋』は、『橋』の向こうへ渡れる者は限られているらしい。
雨紅の知人は『橋』の向こう側にいる存在で、いつも会えるわけではないと言っていた。
幸い言葉や物を預かってくれる人物はいるから、そういった人々の世話になることはある、とも。
そこにあるとわかっているのに、『雲』や『雨』に隠れてしまって届かないことがある。
かつての戦いの中では、そういう思いを幾度か味わってきた。
でも、ここでは。
「次の巡り合わせでは、きっと。そう思えるようになりました」
「そうね……いいわよね、『次』があるって」
――アタシ達も、また会えたみたいにね。
静かな月夜。
そう言って、二人は穏やかに笑った。
