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きっと幸せになるから
登場人物一覧

- ココロ=Bliss=Solitudeの関係者
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深緑アルティオ=エルムはリオラウテ村――そこはトール=アシェンプテルにとっては緊張を禁じ得ない村であっただろう。否や、多くの男性にとってすればどうしたって緊張しないでいられない人生のイベントとならざるを得ない場所といえるだろう。
結婚相手の父が住まう場所だ。複雑な親子関係でもなければまず起こるだろうイベントだ。
「緊張しすぎよ」
そう言ったイーリン・ジョーンズにココロ=Bliss=Solitudeも「そうですよ」とうんうん頷いてみせる。それは果たしてどちらに向けた発言であっただろうか。いや、むしろどちらにも向けた言葉であったのだろう。
トールは意を決したように対面に向かう人を見た。
ココロと同じ金色の髪をした男の人は対面にて背筋を伸ばして座っている。
視線を泳がせればトールの横にはココロが、トールとジョゼッフォで挟まむような形でイーリンが腕を組んで立っている。
「全く、二人とも黙ってちゃ始まらないでしょう」
暫く黙っていた呆れかえったようにイーリンが言った。
「そうですよ! お父さんも、トール君も」
それにうんうんと頷いて明るく笑ってさえして、ココロが続けた。
(この人がココロちゃんのお父さん)
実のところ、父親というもの在り様をトールはあまり良く理解していない。そもそも生まれからして特殊なトールには父親と呼べるような存在は居ないにも等しかった。
それでも何故か緊張してしまうのは不思議な感覚であったろう。あるいは人間というものの根源で本能的に刻み付けられたものであるのかもしれなかった。
向かい合うその人は、何も言うことはなくじっとこちらを見つめている。
「これじゃあ結婚相手にするのは危ぶまれるんじゃないかしら? 話が進まないでしょう。先ずは挨拶!」
パンと手を叩いてそう言ったイーリンがトールの方を見た。
「トール、アシェンプテル、です。ココロちゃんとはお付き合いをさせていただいています」
抜けない緊張に声を震わせながら、そうトールは言い切ろう。
「ジョゼッフォ・アトアスワラ……ココロの、父です」
何とも硬く、どこかたどたどしさを感じる声で彼はそう続けた。
(……お父さん、か)
目の前の彼が何を思っているのか、トールには分からない。
何も分からないけれど、もしも何かが分かるようになる時が来るのならば、それはきっとずっとずっと先の未来であるのだろう。
「……二人とも緊張してますね」
ココロが「ふふ」と笑って言う。なんだかとっても他人事のようにさえ思われるゆるふわとした雰囲気はトールに向けての信頼の現れであるのだろう。
「そんな調子じゃどっちにもココロは任せられないわね」
組んでいた腕を解いて腰に当てたイーリンはそう言うとジョゼッフォの隣に移動してトールの方を見た。
「イーリンさん……?」
隣に来たイーリンに驚いたようにそっちを見たのはイーリン以外の全員だったろう。
「トール、貴方、本当にココロを幸せにしてあげることが出来る?」
グッと睨むようにしてそうイーリンが言った。
「――幸せにしてみせます」
「言葉で言うだけなら誰だって出来るわ」
そう、トールが真っすぐに言葉を重ねれば、イーリンは腕を組んで食い気味に言い返す。
「こんなところで立ち止まっていてこの子の事が守れるっていうの?」
「守ってみせます」
「わたしもトール君と一緒に幸せになりますよ」
トールに続けてふわふわと笑ってココロも続けよう。
「……そこまで言うなら、あんたたち、これから先どうやって生きていくつもり?
混沌の危機は過ぎたわ。ここから先は普通の日常になっていく。ココロは医者になるでしょう。
それなら貴方は? トールはこの世界の出身ではないでしょう。たしか、元の世界では近衛騎士だったかしら? 元の世界に還るつもりは?」
「当分の間はローレットでイレギュラーズとして活動を続けます。
元の世界に還る予定はありません。僕が仕えていた主は練達で研究者を始めています。
他の故郷の知り合いといえるような人たちも混沌にいます。元の世界に戻りたいと思う理由はありません」
そうトールは続けようか。
「ローレットでイレギュラーズとして、ね。でも今後の世界は平和になっていくでしょう。
モンスターや賊なんかの退治に駆り出されることはあるかもしれないけれど、イレギュラーズが対処しなくてはならないような仕事なんてどんどん減っていくかもしれない。その時どうするつもり?」
腕を組んでどんどんと詰めるようにしてイーリンは言う。
「その時は――」
じっと視線を真っすぐにトールに向けるイーリンにトールは息を吐く。
「その時は……その時は、場合によっては研究者をしている知人の下で用心棒になると思います。他にも仕事を探してやっていきます」
「そう――なら子供が出来たらどうするの? ココロは医師として忙しくなった時、貴方は冒険者で留守をしてる、なんて子供たちの世話は?」
「――それは」
怖気づくことなく言葉を重ねていたトールの言葉が、止まった。
(……僕に子育てなんて出来るのだろうか)
口を噤んだトールの手を、ココロが握る。ちらりと横を見たら、彼女は柔らかく笑っていて。
「……子育ては、分かりません」
息を吐いてからトールはそう言葉を作った。
「僕は『普通』とは程遠い環境で育ちました」
きゅっと結んだ手に少しだけ力が籠った。深呼吸をしてから、トールはイーリンを見て、ジョゼッフォを真っすぐに見た。
「僕には父親が居ません。母も――愛してくれていますが、きっと一般的な母親とは異なるでしょう。それでも母は僕を愛してくれていると思います。でも、僕は『お父さん』というものはきちんと理解できていないと思います」
真っすぐに彼を見つめてそう続けた。ジョゼッフォは静かにトールの事を見つめ返して黙ったままだ。
「……でも、分からないまま、理解しないままでいるつもりはありません。
これから先、『お父さん』と『お母さん』を一生懸命勉強していきます」
「……わたしも一緒に」
そう続けたトールに、ココロがそう付け足した。
「師匠、お父さん……わたし達はきっと幸せになりますよ」
そうして、結ぶように心は言葉を重ねただろう。
「勉強していく、ね……果たしてそれは勉強するようなことかしら?」
そう続けたイーリンに「イーリンさん」と黙っていたジョゼッフォが声を掛ける。
「せっかく二人で愛し合って愛されて生まれた子供だって、貴方達次第では不幸になってしまうわ。それは巡り巡って貴方達自身の不幸にもつながるでしょう」
むっと腕を組んでそう言葉を続けるイーリンはそれでも止まらない。
「もういいんだ、イーリンさん」
そんなイーリンを宥めるようにして言ったのはジョゼッフォだった。
「何? 貴方もそう思うでしょう?」
片眉を吊り上げてそう告げるイーリンにふるふるとジョゼッフォが顔を振る。
「妻が居たら、もしかしたらそんな風に言っていたのかもしれないが」
「誰がココロの母さんよ!」
そう続けたジョゼッフォにイーリンはタイミングを計っていたかのようにゆっくりと腕を解いた。
「……2人は2人でしあわせになっていくんだね」
イーリンの勢いが削がれたのに息を吐いてからジョゼッフォは視線をトールたちの方に向けて言う。
「はい、きっとトール君は幸せにしてくれますよ」
こくんと頷いたココロにジョゼッフォがコクリと頷いた。
「トール君、でしたね」
「はい」
「……私の方でも何か手伝えることがあれば言ってほしい。
もしも将来子供が出来たのなら、それは私の孫でもあるんだ。
あまり役に立つような祖父ではないかもしれないが」
真っすぐにトールを見つめてジョゼッフォはそう続けた。
●
「ココロの事を、よろしくお願いします」
そうして、ジョゼッフォは深々と頭を下げて言った。
「こんなことを私が言う資格はきっとないのでしょうが……」
急な事にトールが目を瞠り、ココロも父を呼ぶ。頭を下げたままのジョゼッフォはそう言葉を重ねた。
「お父さん……?」
言葉少なな印象を受ける父のそんな姿にココロは重ねるように父を呼ぶ。
「私は父親としては落第だ。そんな私が家族の形について何も言える筈もない。
ただ、ココロの事を幸せにしてやってほしい」
そう、頭を下げたままジョゼッフォは続けていく。
「その子がずっと幼い頃、その子の母親が流行り病に罹った時、私は妻を救おうと海洋を飛び出して各地へと旅に出ました。妻を救いたい、私が愛した人一人を助けたい、その一心で世界中を旅しました。
漸く生命の秘術を有したこの村に辿り着いた時には、もう妻は亡くなっていた」
それはココロも伝え聞いてきた父の事情だっただろう。その後、父はココロの下へ戻ってこなかった。ただそのまま、冠位怠惰の戦いが起こるまで親子は生き別れたままであったのだ。
大切な誰かを失うことがどういうものかを、この数年でココロはよくよくと思い知っただろう。何もかもを知らない白紙のようだったココロに沢山に刻まれた物がそれを教えてくれた。
「……此処への恩返しにずっと此処の衛兵をしてきた。いつも、仕事に没頭して忘れようとした。忙しいと言い訳をしてココロの下へと帰ることもなかった。
此処に残り、仕事を理由にして父親としての責務さえも放棄してしまっていた。
今はこうして家族の縁を結び直すことも出来ましたが、それも私一人では出来なかったことです」
寡黙で話すのが苦手な部類であろう不器用な父が、それでも、今この瞬間にかき集めるようにして言葉を作る。
「父親らしい事も、家族らしい事も、その子の記憶の中に遺すことも出来なかった。
そんな私がココロが結婚したいというのに口出ししようというのは、烏滸がましいことでしょう。
もちろん、その結婚でココロが不幸になるというならば反対したでしょう……しかし」
頭を下げたままだったジョゼッフォが顔を上げる。そうして、ココロを、トールを見る。
「貴方がそうではないと、私は信じたいと思う。ココロが選んだ相手だから。
会ったばかりの私に自分の身の上を曝け出せる勇気を持つ人であるのだから。
ただ、願わくば私のような父にはならぬようにしてくれたのなら……」
ココロはそれを見て、聞いていた。頭を下げた目の前の人が、自分の父親であるということがそれはもう、心の底から理解できた。
あれは深緑を救った後のグラオクローネの時だった。
一度は再会した父の下へと会いに行けと、そう告げる
結局、グラオクローネを理由にして漸く会いに行った父。グラオクローネの贈り物をした時に、本の僅かばかりに敬語を崩した父。
あの日までの自分と、目の前で頭を下げる父の心の形はきっと同じだった。
「ぉ――」
分かっていて理解していて、何度か家族として接するようになって――でも、今日この時ほどに自分が彼の血を受け継いでいると思った時はあったろうか。胸の内からこみ上げてくる感情に、ココロは息を吐いた。
「……お父さん」
深く、深く息を吐いて、言葉を噛みしめるようにして父をそう呼んだ。
会いたいと思って、交流していきたいと思って、そうするべきだと理解して、実際に交流するようになった。それなのに前に進むのを拒否していた。
そんな、わたしとそっくりな父が、きっとわたしの為に頭を下げてくれている。
「わたしたち、確かに血の繋がった家族だったんですね」
混沌でたった2人の親子。不器用で寡黙な父と、今こうして少し前の自分を振り返ったわたし。
さっき、トールは自分の家族を『普通じゃない』と言っていたけれど、きっとココロと父のこれも普通ではないのだろう。それなら、きっとそれでも構わないのだ。
「わたし」
気づいたら手が握られていた。ココロはその手を握り返して顔を上げた父と視線を交えた。
「――幸せに、なります。なっていきますよ」
笑ってそう言えば、父が目を瞠った。
「だからどうか心配しないで」
他はどうであれ、少なくともそれだけは伝えたくて今日は父に会いに来たのだった。
「その心配は、していないよ。ココロ――きっとココロは幸せになれる」
ほんの仄かに、父が笑った気がした。
視線を動かしたら、すっかりと黙ったままの師は静かに頷いていた。
- きっと幸せになるから完了
- GM名春野紅葉
- 種別SS
- 納品日2026年07月03日
- テーマ『これからの話をしよう』
・ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
・ココロ=Bliss=Solitudeの関係者
・イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
・トール=アシェンプテル(p3p010816)
