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美酒に酔いしれて
登場人物一覧
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「誕生日おめでとう。たしか、成人は去年の時点でしていたのよね」
グラスをトール=アシェンプテルへと傾けてイーリン・ジョーンズは微笑み問うた。
「はい、でもあの時は決戦の最中だったので誕生日祝いどころではありませんでした」
「それもそうね。2年分の誕生日祝いと、それから決戦を生き残ったことに乾杯しましょうか」
こくりと頷いてみせたトールにイーリンはそう微笑んでグラスを合わせ乾杯しよう。
トールは初めての酒の席だ。お酒との付き合い方を教えてやることになったのは偶然と呼ぶほかないのだろう。
「あの子とはちゃんとしていけてるのかしら? やっていけてないようなら――」
「はい。仲良くやっています」
微笑むままにそう続けたイーリンに食い気味でトールが言う。もちろん、そんなことはイーリンとてよくよくと理解している事だった。
「しかし、まさか夫婦そろって最初の酒の相手を私がすることになるなんてねぇ」
グラスを片手にイーリンは小さく息を吐いた。今は未だ婚約者でしかないとしても、当たり前の毎日を過ごせるようになった今、いずれはそうなることだろう。
そんな風に考えてから、改めて隣に座るトールへと視線を投げかける。其処に居るのは明るめの茶髪を腰まで伸ばした色白の娘だった。
「別にいいけれど、どうしてそっちの姿で?」
少しばかり前まではその姿であったとはいえ、今はもう男であることを公言して、男性として活動をしているはずだ。
天色の瞳を瞬いたトールは「いえ」とそう呟いた。
「婚約者が居るのに女性と二人きりでお酒を飲むのは良くないのかなと思いまして」
「……そう、まぁ、いいでしょう」
カウンターに頬杖をつきながら片眉をあげたイーリンはそう応じて視線をグラスへと戻す。
それはそれで、疚しいことがあるように映るのではないか――という言葉はお酒で飲み込んでしまおう。
「えっと……」
不思議そうな顔をしてイーリンを見たトールがそう言葉を探すように呟く。
「イーリンさんは普段どんなお酒を飲んでるんですか? 同じものを飲んでみたいです」
そうトールが言ったこともあって、グラスに入った甘めのカクテルはイーリンが好みのものだ。
「そろそろ飲みましょうか」
コクリと頷いたトールはグラスを手にするとカクテルの入ったグラスを傾ける。
「緊張してグイグイいくとすぐ駄目になるわよ?」
そう言って微笑むイーリンの表情は何処か妖しく、艶っぽい。
「は、はい」
緊張でもしているのか、そう言って頷いたトールの視線はカクテルのミルクコーヒーにも似た色合いをじっと見下ろして止まっていた。
こくりと、喉を鳴らしてそっと持ち上げたグラス、口に含むと何処か円やかなチョコレートのような甘みを感じて飲みやすい。アルコールの存在すら気付かない程に優しく甘やかな味に気づけばこくこくと何度も喉を通す。
「そんなに一気に飲んだら危ないわ。お酒は自分のペースで楽しく、が一番よ」
そう制止の声をかけなら、トールはきょとんとした顔を浮かべ「なるほど」とそう呟いた。
グラスをテーブルに置いたならばもうほとんど空になったグラスがそこにある。
「マイペースで、楽しく、ですね……」
ほぅ、と小さく呟いたトールは「それなら」と小さく呟いて。
「まずは自分の酔うまでのペースを把握するところから、でしょうか」
「そうね。悪酔いをしてお酒の楽しさが分からないなんてもったいない」
そう言って妖艶に微笑んだイーリンがグラスを微かに傾け、カクテルに口を着けた。
「まぁ、初めてだからこそ自分の限界を知るためにたくさん飲むのもいいかもしれないけど、おすすめはしないわよ」
そう続けて微笑んだイーリンにトールは頷いてもう一度グラスに口をつけた。
「初めてのお酒、これくらい甘い物からの方が飲みやすくていいでしょう」
「そうですね、とても美味しくて飲みやすい、です」
頬杖をついて微笑むイーリンへとトールはコクリと頷いた。顔一つ変わっていないイーリンの眼差しに少しだけどぎまぎしながらトールは少しずつカクテルを飲み込んでいく。
最初の一杯はとにかく酒へと苦手意識を作らないようにすること。ドライフルーツとチョコレートを肴として愉しむのを忘れず、トールと同じようにカクテルを一口。
「このカクテルみたいに甘い夜を過ごせるといいわね」
一気に飲んでしまうには度数のあるカクテルを呑み終えた彼は少しだけ頬を赤らめているようにも見えた。今度はさっぱりとしたカクテルの方がいいだろうか。
「……さっきのとは全然違いますね、なんていうか……綺麗だと思います」
ライムの乗った透明のグラス。しゅわしゅわと炭酸泡がカクテルの中を泳ぎ、弾けるのが見える。
「さっきのとは全く違うと思うわ。飲んでみなさいな」
イーリンはまだ残っているドライフルーツを口に入れてからそう彼に告げようか。
「はい……」
微笑むイーリンにこくりと頷いてトールは口を着けた。
「それからもう1つ」
こくりとカクテルを飲み込むトールへ向けて、イーリンは更にそう言葉を重ねよう。
「お酒の愉しむときは、無理強いしないこと。酒は楽しい時間の友人であり、悲しいときに頼らないこと。分かった?」
そう、諭すように彼に告げてから笑みを溢したならば、トールが目で頷いたように見える。
「ほら、お酒だけじゃなくて食事と水もしっかりとりなさい」
一応、そうアドバイスはしておこうか。イーリンの見る限り、トールがチェイサーの概念を知っているとは思えなかった。
「ありがとうございます」
こくんと落ちるように頷いたトールを見ながら小さく笑おう。
頼んでおいたスモークしたハムやチーズを口に運び、トールにそれを進めたなら、彼も皿から取ったそれを口に運んでいく。
少しずつ身体が熱くなっていくのをトールは感じていた。
「どれが好きだった?」
「どれも美味しいですよ」
へにゃ里と笑うトールに「そう」とだけ微笑み応じたなら、「うぅ~ん」と彼が唸る。
「イーリンさんがとびきり美人な大人のお姉さんに見えるぅ~……」
「あら、今は美人な大人のお姉さんには見えない?」
「そういうわけじゃ、ないれすよ」
ぼんやりとした視界では何かをメモしているイーリンの姿が見えたか。
「これは大切にもってなさいな」
そう言う、彼女が胸ポケットに何かを突っ込んでくる。ぼんやりとした頭でお礼を言った。
●
「……んん」
瞼を貫いて感じる光にトールは小さく唸り、両目をぎゅっと閉じて諦めたように力を抜いて瞼を上げた。
良く知っている壁と窓、カーテンの向こうからは陽光が差しているのが見えた。
ぼんやりと、それを眺めながら昨日の事を振り返る。昨日の事はよく覚えていた。
二十歳を迎えたからとイーリンと一緒に初めてのお酒の席を設けてもらったのだ。終始穏やかに進んだ酒の席、ほわほわとする頭ですっかり酔ってしまった己は馬車やらタクシーやらに乗せられ家に帰ってきたのだった。
後半に幾らか記憶が曖昧なところはあるが、最終的に眠ってしまったのだろう。
ただ、分かっている事、覚えていることは間違いなくあった。
「……楽しかったな」
そればかりは、間違いのない事だった。大きく息を吐いて、ゆっくりと立ち上がる。
ゆっくりと窓辺に近づいてカーテンを開く。燦燦と差す太陽は今日というがとっくに昼に近づきつつあることを教えてくれている。
- 美酒に酔いしれて完了
- GM名春野紅葉
- 種別SS
- 納品日2026年08月15日
- テーマ『これからの話をしよう』
・イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
・トール=アシェンプテル(p3p010816)
