PandoraPartyProject

SS詳細

潮騒の春に

登場人物一覧

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤの関係者
→ イラスト
ルブラット・メルクライン(p3p009557)
61分目の針

 混沌世界に平和が訪れました。
 そう告げる彼女のかんばせを見ているだけでルブラットは幸せな心地になるのだ。
 二人でどこかに出かけようと約束したのは何時の事だっただろうか。すっかりと平穏を取り戻してしまった混沌世界では冒険者たちが忙しなく行き交う街並みを眺めているだけでも、日常そのものだと安堵を覚える事だろう。
 アミナは窓の外の様子を眺めながら日々を楽しむように唇に笑みを浮かべる。
 ――ああ、楽しいな。こんなに穏やかな生活をしていてよかったのかな。
 そう思えるほどに、毎日が充実していた。当たり前の様に食事をして、誰かと笑いあって、暖かいベッドに入って眠る。
 なんて幸せな時間だろう。そんななかにが来るのだ。
「アミナ。出かけようか」
「はい。ルブラット」
 二人でシレンツィオ旅行をしようと約束していた。
 鉄帝国が統治をおこなう五番街を中心としながらも、他の街も渡り歩きながら、思う存分に観光しようと決めていたのだ。
 ルブラットは旅行鞄を手に「楽しみですね」と笑う彼女の横顔を見る。何時だって、充実していることをその表情全てで伝えてくれるこの人がルブラットは好ましかった。
「アミナ、荷物を持とうか」
「えっ、いいえ! 大丈夫ですよ。私は、結構力持ちなので」
 何時だって気丈に振舞うのも彼女らしい。ルブラットはアミナのそうした気遣いや、彼女らしさを否定する事はなく緩やかに頷き、何時だって彼女がやりたいようにと促すのだ。
 それでも――時には心配になる事もあろう。
 彼女はラサでの決戦に駆け付けてやってきた。慌ただしくやってきた彼女の姿を見た時を思い出すとルブラットは言葉につまるというものだ。

 ――――アミナ。初めての国外旅行にしては物騒な地を選んだな。全剣王の時の疲れは取れているのか?
     私は取れていない――が、この身も、君がくれた短剣も欠けてはいない……止まる訳にはいかない、な。

 ――――あなたが、それに先輩がいるからここまで来ることが出来たんです。

 春告げの光を求めて、彼女はそうやって笑ってくれたのだ。
 彼女のの印象を塗り替えるようにして海洋王国での時間は有意義に過ぎていく。
「すごいですね、鉄帝国とはまるで違います。太陽の光が温かくって、それに、海が心地いい」
「ああ、そうだな。鉄帝国の海は凍り付いている事も多いから、こうして水を手に掬い上げて心地よいと感じられる気候はきっとここならではだ」
「はい。それに、それに……ふふ、楽しいって伝えられることが何よりも嬉しく思えたんです」
 海洋王国での時間をのんびりと過ごしていたルブラットはアミナの微笑みを見てから緩やかに頷いた。
 時間がゆったりと過ぎていく。アミナにとってのはじめてばかりの時間をルブラットは傍でのんびりと眺めていた。
 最終日となる晩はテラスでのんびりと晩酌でもしようとルブラットは誘った。それもアミナがおいしそうだと買い込んだお土産を少しばかり独り占めしたい欲を見せていたからだ。
 お土産に買って帰るのはなんだか勿体ないと告げた彼女に宿泊先に戻ったならばその中で好きなものを幾つか酒の肴にでもしないかと声をかけた。
「ふふ、こんなにゆっくりと食事をして、宿泊をして良いだなんて、不思議ですね。
 これまでは考えられませんでした。とっても、とっても嬉しいです」
「それはよかった。アミナ、この購入した魚もパッケージを開いて良いのかな」
「勿論。一緒に食べましょう!」
 弾けるように笑ったアミナにルブラットは頷いた。
 初めて会った頃は――鉄帝国が動乱に溢れていたころは、聖女の一人となるべくして邁進していた少女には決して浮かぶことのなかった微笑みだ。
「あ、これ美味しいですね。ルブラットも良かったら」
「有難く頂こうか。君が用意してくれたものだから、美味しさも一入だ」
 そう告げれば、アミナはぱちりと瞬いてから頬を赤らめた。その幸せそうな表情を見ればルブラットはふと、思う事だってある。
 あの時、ラサへとやってきた彼女の言葉は確かに、救いだった。

 ――「……世界は絶望に満ちている。本当は……分かってしまうのだ。君もそうだろう? アミナ。
    だが、喪い疲れ、諦めかけても、光が見える瞬間があったのだ。それはきっと私だけではなかった。
    ……手を、握ってくれないか。君がそうしてくれれば、こんな私でも届けられる気がするから」
   「力になれるのであれば、嬉しいです。あの寒々しい冬に、凍え止むこと無き吹雪に、遠く天に降臨した二つの太陽に。
    私達は打ち勝てたのですから。私こそ……手を握ってください。何倍にだって強くなれる気がします。だって」

 自分にとって彼女が救いであるように。彼女にとっても自分は特別な存在であるという自覚がその体の中を駆け巡った。 
 じわじわと、愛するという意味を実感するようにしてルブラットは目の前の少女を見つめる。
 今までは彼女にとって数多くいる大切な存在の一人にすぎないと、そう思っていた。
 彼女の一番近くで力になりたい、笑顔を見たい、彼女にとっての特別となりたい――そう自覚をしてしまった途端に徐々に想いが増していったのだ。
「アミナ」
 呼び掛ければ彼女がゆっくりと顔を上げた。「はい」と笑うその表情を眺めてからルブラットはゆっくりと彼女の手を握り締める。
「楽しんでくれたかな? 私はとても楽しめたが、あの煌めきの一欠片を世界中に分け与えたいと憂いてしまうのは……我々の職業病というものだな」
「ええ、とっても楽しかったです。あんな綺麗な場所初めてで……私、ずっと覚えていると思います」
「ふふ、まだまだ世界は広いからな、共にまた旅行に行こう」
「……ありがとうございます。次の旅行も、楽しみにしていますね」
 少しだけ躊躇いがちにそう言ったのは、アミナにとってそうした願いを口にすることが、あまりに恐ろしかったからだ。
 恵まれた人生だとは決して言えなかっただろう。
 少なくともは恵まれて何ていてはいけなかったのだ。
 聖女は人々を慈しみ、施す存在だ。自分が必要以上に恵まれているなどと決して許される事ではない。
 そう、知っていた。家族も故郷も、穏やかな暮らしも、何もかも、願えば願っただけ失くしてきた。聖女となりえる存在が願うなど下品な事だと神に蔑まれているかのようだった。
 だから、願う事だって恐ろしかった。
 ――だから、は気付いてはならなかった。気のせいにしなくてはならない。
 冬の風が全てを取り去ってしまう様に。春の雪解けを待てば、それら全てを押し流してしまうと思っていた。
 けれど。
「ルブラット……」
 ルブラットが手をぎゅっと握り締めるから、溢れてしまいそうになる。
 ずっとずっと、我慢は得意だった筈なのに、彼に手を握られているだけで全てが溢れ出してしまいそうになる恐ろしさがそこにはあった。
 そう、ルブラットの事になるとアミナは我慢何てできなくなってしまうのだ。
 これまでは上手くやってきたというのに、ルブラットがこの世界からいなくなってしまうのではないか、と。アミナの未来からルブラットが消えてしまうと、そんなことを想像した時に居ても立ってもいられなくなった。
 恐怖がその体を包み込み、気が付いた時にはメイスを手に駆け出していた。
 願ってはいけないのに、願ってしまった。
 求めてはいけないのに、求めてしまった。
 ルブラットが無事に帰ってきてほしい。当たり前の日常を送って欲しい。それが、初めてアミナが抱いた心からの願いだった。
 それが叶ったのだから、もう望んではいけないのだ。
「本当に、楽しみにしています」
 どんどん、欲張りになっていく自分に気が付いているからこそアミナは振り払うような言葉を告げる。
 その言葉の意味はきっとルブラットにも伝わっていただろう。
「次、何処に行きましょうか? ルブラットは行きたい所はありますか? 私はルブラットが行きたい所ならば、どこでも」
「アミナ」
「どこでも、楽しいですよ」
「……アミナ」
 せめて、ずっと一緒に居てください、だなんて。そんな言葉を含んでいた事に彼はきっと気付かない。
 せめて、別れが少しでも遠くであれば、だなんて。そんなことを願う様にの話をするのだ。
 この人は優しいからこそ約束を破る事はないとそう分かっていた、ずるい言葉だっただろうか。
「そう、未来。未来の話をしてもいいだろうか。昔は確実に訪れる保証がない未来を考えることを空虚に感じていたが、君のお陰で変わってしまってね」
「……は、い……?」
 アミナはぱっと顔を上げた。彼の変化とはなんだろう。
 アミナがぱちくりと瞬いたならばルブラットはその手を強くぎゅうっと握り締める。
「私は……君の隣にいたいと思っている。君自身が己をどう評そうとも、君は私に希望を見せてくれた大切な存在なんだ」
「え――」
「アミナ」
「あ、るぶらっと」
「……アミナ」
「わ、わたしで、いいんですか? ほ、ほんとうに……?」
 ぽろぽろと涙がこぼれていく。アミナはじっとルブラットを見た。
 優しい人。穏やかな体温が伝わるような、そんな人。泣いてはいけないのに、目の前の人を困らせてしまうと知っているのに、どうしようもなく止められない。
 願ってはいけないのに。叶えてはいけないのに。
 なのに、欲しい言葉をくれるから。
「わ、わたし……」
 ぽろぽろと涙を流すアミナは蚊の鳴くような声で「わ、わたしは、本当に、だ、だめで」と呟いた。
 いけない。困らせてしまうから泣いてはいけないのに。
 体は言う事を聞かない。俯いたアミナの背をルブラットの手が優しく撫でてくれた。
「アミナ。私のたったひとりの聖女」
「わ、わたしは……だって……ッ」
 アミナの声が震えている。みっともない顔をして、みっともない姿になって、きっと幻滅させてしまう。
 これは夢かも知れない。都合が良すぎる、夢のように思えて仕方がなかった。
 アミナはぼろぼろと涙を流しながら「私は、ダメなんです」と呟く。
 泣き腫らした声を聞きながらルブラットは「何がダメなのか聞いてもいいか」と彼女の顔を見た。
「私、とっても我が儘ですよ」
「そんなことはないだろう」
「毎日一緒に居て欲しいですし」
「私もだと言ったら?」
「ご飯も一緒に食べたいです」
「二人で食べる食事は、きっと楽しいだろう」
「お誕生日には絶対に帰って来てほしいですし」
「誕生日はサプライズもいいだろうけれど、共に過ごすことは約束したい」
「一緒にサラダやケーキを作って、二人だけでお祝いしたいです」
「それは素晴らしいな。……二人だけ、というのは、君の可愛い我儘だ」
 ルブラットはその全てを納得し、包み込むようにそう言った。アミナはぱっと顔を上げて「我儘です」と呟く。
「こんな、こんなわがままを言ってはいけないんです」
「そんなことはない。……私は君の家族になりたい。そうやって、君の隣を歩んでいきたい。
 主に誓って、君を愛してる。今でなくても構わないから、いつか答えを聞かせてほしい」
 泣き顔を肯定する様にルブラットはそっとアミナの身体を抱きしめた。
 あれだけ猛き少女に思えるのにこうやって抱き締めれば小さいと思える。守ってやらなくてはならない。
 そうおもう程に力が強くなった。
「私は、本当に我儘だから」
「ああ。……君はきっと我儘すぎるぐらいがちょうどいい」
「うそ」
「嘘じゃない。……愛している。アミナ」
 そっと彼女が顔を上げた。その瞳には涙が滲んでいる。
 それでも、彼女は一番に幸せそうな顔をしてルブラットを見つめるのだ。
 ――この人が、世界を変えてくれたのだと、そう思う。
 人を愛する方法も、誰かを独り占めしてしまいたいと思う程の悪い気持ちだって、この人が与えてくれた。
 主よ、どうぞ許してください。
 私は、この人を照らす光になりたい。
「私も、愛してます。……私と、ずっと一緒に居て下さい」
「傍にいるよ。ずっと――」


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