PandoraPartyProject

SS詳細

紅茶の香りにつつまれて

登場人物一覧

紫桜(p3p010150)
これからの日々

 混沌に平和が訪れたあとも、時間というものは流れて行く。
 希望ヶ浜の日常は然程変わり無く、過ぎて行くものだ。
 燈堂家が担う祓い屋の仕事も、人が生きて居る限り無くなりはしない。
 不倶戴天の魔種が居なくなったところで人の悪意や恐怖から夜妖は生まれてしまうのだから。

「暇だ……」
 幼子の姿でごろりと燈堂家本邸の居間に寝転んだのは『繰切』の片割れクロウ・クルァクである。
「そうですか? こうして二人でのんびりしてるのも楽しいですけど」
 クロウ・クルァクの傍にぽてりと座ったのはもう一人の片割れ白鋼斬影だ。彼も幼子の姿をしている。
 燈堂家を巡る物語の結末において、分かたれた二柱の神は、その力の殆どを喪ってしまった。大人の姿になることも出来るらしいが、普段はこの幼子の姿で過ごしていることが多い。これから少しずつ力を取り戻し、善き神として二人でこの地を見守っていくのだろう。
「……お。玩具が来たな」
 むくりと起き上がったクロウ・クルァクは白鋼斬影と共に本邸の玄関へと駆けて行く。チャイムが鳴って、カラカラと開いた引き戸から現れた紫桜を迎えたのだ。
「やあ、お邪魔するね」
「よく来たな紫桜」
「いらっしゃい紫桜」
 紫桜を挟み込み手を繋いで居間へとつれて来る二人。
 クロウ・クルァクと白鋼斬影の寵愛を受ける紫桜は、この本邸へ自由に上がる事を許されている。紫桜自身、神と崇められる存在であり、謂わば神様たちの団欒といった感じになっていた。

「時に紫桜、今日は何の用だ」
「うん、今日はね……美味しいケーキを買ってきたんだ」
 紙袋から取り出されたのは希望ヶ浜にあるプリオールという有名な洋菓子店のケーキだった。
「おお……これは!」
「美味しそうですねぇ!」
 ケーキの箱を覗き込み目を輝かせる二人を見つめ紫桜はくすりと微笑む。
『繰切』だった頃は尊大な態度であった彼らも、見た目に言動が引っ張られるのか、幼子のようにはしゃぐ事が多い。特に甘い物やお菓子が大好物らしい。最近では秘蔵の梅酒を飲む機会もめっきり減ってしまっていた。
「おい、紫桜はどれがいいんだ」
「えっと、俺は……このチョコレートケーキかな」
「そうか!」
 それでも好きなものを一番に選ばせてくれるあたり、大事にされていると実感する。其れに時々は大人の姿になって酒に付き合ってくれるから構わないのだ。
「我はこのド派手なケーキにする」
 クロウ・クルァクが取ったのはルージュ色のチョコレートコーティングがされた、ラズベリー味のケーキだった。コーティングの上にはチョコで象られた鳥の姿がある。いかにもクロウ・クルァクが好みそうなものである。
「では私はこっちのいちごのショートケーキを頂きましょう」
 白鋼斬影が選んだのはスタンダードな苺のショートケーキだ。
 しっとりとしていて美味しいと評判のプリオールの看板ケーキだった。
「よーし! いただきます!」
「いただきます」
 紫桜はチョコレートケーキをぱくりと口に頬張る。
 舌の上にチョコレートクリームが乗った瞬間にとろりと溶け出した。
 しっとりとしたスポンジにもしっかりとチョコの味がする。
「美味しい……」と紫桜が目を細める向かいで幼子の姿の二人も舌鼓を打った。
「ふむ……甘酸っぱくてこれは良いな」
「私のは生クリームの甘さが上品で看板ケーキというのも頷けます」
 小さな口で白鋼斬影が食べるのをクロウ・クルァクがじっと見つめる。
 その視線に気付いた白鋼斬影が苺をスッと切ってスポンジごとフォークに乗せた。
「はい、あーん」
「む……」
 差し出された苺のケーキを前にクロウ・クルァクは固まる。
「食べたかったのでしょう?」
「そうだが……キリの苺が半分になってしまうと思ってな」
 クロウ・クルァクの言葉にぱちくりと瞳を瞬かせた白鋼斬影は笑みを浮かべた。
「愛しい人と同じ味を分かち合うのは嬉しいことですよ」
 繰切として一体となっていた時とは違う。手を繋ぎ温もりを感じあい、同じケーキを分かち合える。白鋼斬影にとってそれはとても嬉しいことなのだ。
「なら……遠慮はいらぬな」
 白鋼斬影の差し出したケーキをぱくりと頬張るクロウ・クルァク。
 味わうように「うんうん」と頷きながらクロウ・クルァクは自分のケーキを白鋼斬影の口に入れる。

 仲睦まじい幼子たちのやりとりに微笑みつつも、紫桜は少しだけ寂しさを感じていた。
 クロウ・クルァクと白鋼斬影、二人の間には切ることのできない深い絆が結ばれている。一方で自分はその寵愛を受ける立場であった。だから時折考えてしまうのだ。自分は居ない方がいいのではないかと。きっと、二人はそんな些細なことは気にしておらず、紫桜のことをありのままに受け入れてくれるはずなのに。それでも、仲が良い二人を見て居ると嫉妬してしまうのだ。
「……紫桜? どうした?」
「具合でも悪いのですか?」
 いつの間にか両隣に来ていた二人が心配そうに顔を覗かせる。
「あ、いや……二人は仲が良いなと思ってしまっただけで」
「そりゃそうだろう。我らは二人で一つだ。お互いが居なければ生きていけぬ」
「クル、そういうことじゃないんですよ。ねえ紫桜。私達は番で同一だから半身を自分の一部として扱いますが、それは決して貴方を愛していない訳ではないのですよ。むしろ紫桜が居るからこそ私達はお互いを個として認識できる。二人だけしか居なければまた同一になってしまいます」
 紫桜がクロウ・クルァクと白鋼斬影だと認識するから、『繰切』では無くなる。
 それは抑止であり、愛の拠り所でもあった。
「だから、紫桜が心配することは無いんですよ。あなたは私達ふたりの寵愛を受ける者なのですから」
 白鋼斬影は紫桜の手をぎゅっと握る。
 クロウ・クルァクは紫桜の頬をそっと撫でた。子供の手ではない。いつの間にか大人の姿になっていたクロウ・クルァクは紫桜を膝の上に乗せ、その上に白鋼斬影がちょこんと座り込んだ。
「こうして挟み込めば我らの愛を感じられるだろう」
「ふふ、そうですね。私達の愛を受け取ってください」
 背中から前から抱きしめられ、紫桜は二人のぬくもりを存分に味わう。
 思えば昔からそうして膝の上に乗せては宥めてくれていた。
 あたたかくて安心すると紫桜はクロウ・クルァクの胸板に頬を擦り付ける。

 しばらく団子になってぬくもりを感じていると、居間の襖が開く音がした。
 この燈堂家本邸には、他の住人もいる。
 慌てて膝の上から降りようとした紫桜をクロウ・クルァクは離さない。
「紅茶をお持ちしました」
 白鋼斬影と同じ声と顔をした白銀がトレーを持って入ってきたのだ。
 彼は白鋼斬影の『息子』である。それ故にクロウ・クルァク達が団子のようになっている事にも何ら驚かない。
「……ごめんね、なんか」
「いえ。大丈夫ですよ。紫桜さんが来られると二人とも楽しそうですし、お客様にお茶を出すのは私の仕事ですから。お気になさらず」
 そう言われてもやはり恥ずかしいものはある。

 ようやく離してもらえた紫桜は、両隣の二人と一緒に紅茶を飲む。
 茶葉の良い香りを味わいながら平穏な時間を過ごす。
 それは紫桜にとっても二人にとっても幸せな時間であるのだ。


PAGETOPPAGEBOTTOM