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森深き娘
登場人物一覧
静寂の中で、一人の娘が佇んでいる。
美しい射干玉の髪。淡く色付くように木々の彩をその体に宿した女はゆっくりと振り返ってから「アレクシア」とそう微笑んだ。
「ご機嫌よう。来てくださったのね」
「ファルカウさん。
彼女を救い、アレクシア自身が大樹の精霊となる事を受け入れ――そして、影の領域での戦いを経た。
漸くの事で混沌世界に平和が訪れたのだからアレクシアとしては
目の前に佇む女は美しい微笑みを浮かべている。嫋やかな笑みに、穏やかな陽だまりのような彼女の周囲には鮮やかな緑が生い茂るのだ。
その光景を見れば、彼女こそ幻想種が象徴として仰ぐ大樹ファルカウそのものなのだとさえ思わせてくれる。
アルティオ=エルムで生まれたアレクシアにとって、彼女は自らの住まう共同体のシンボルであり、信仰を向ける先そのものでもあったのだから。
――こうして、普通ならば話す事は出来やしなかった筈だ。それでも、幾年物月日を重ねながら、アレクシア・アトリー・アバークロンビーが大樹の精霊へと肉体を変化させていく中で、彼女とは幾度となく逢瀬を重ねられるようにもなった。
「ファルカウさんには、改めてお礼を言わないと! って思って。今日はお話しできる?」
逢瀬を重ねると言っても、彼女はまどろみの淵にあるように感じられた。だからこそ、漸く彼女と面と向かって向き合えたのはこれが久方ぶりであっただろうか。
穏やかに微笑んだ彼女が「ええ、すっかりと」と頷いた。ファルカウにとって、穏やかな微睡は彼女自身が培ってきたこの地の信仰と魔力を回復させる時間そのものであっただろう。
彼女は原初の魔女と呼ばれていた。古語魔法を用いアルティオ=エルムを守護する美しい大精霊出会った。
只の娘であった彼女は人を慈しみ愛し、護り抜くがために大樹の精霊となったのだ。その後のことはアレクシアの知る
「わたくしと話しに来てくださった、それだけで喜ばしいものです。
貴女は蒼穹の魔女ではなく、今やわたくしと同じ大樹の精霊そのもの。わたくしのおころに語り掛ける事など何時だって容易であったでしょうに」
「ううん。やっぱり、ファルカウさんが自分から目覚めた時にお話がしたかったからさ」
にんまりと笑ったアレクシアにファルカウは目を細めた。彼女のこうした所を気に入っている。自身の在り方を理解し、ファルカウをも尊重してくれる。
美しき森の魔女。アルティオ=エルムを愛する幻想種そのものであり、ファルカウが共にと希ったならば自らをも犠牲にしてしまう様な猛き人。
ファルカウは彼女を愛おしいとさえ感じている。幻想種と名付けられた同胞たちは誰もが愛おしかったがアレクシアはその中でも一入、気にかけている相手であったのだから。
「だから、改めて、お話をさせてくれるかな。あの時、私達の想いに応えてくれてありがとう、って。
私達を見守り、育んでくれた大切な人と、生命のやり取りをしなければならないのはとても悲しかったから……えへへ、こうやってお話できてるだけでもとても嬉しいよ」
「わたくしも、あなたがそうやって声をかけてくれるそれだけで嬉しいものです。
掌から零れ落ちてしまった砂は戻りませんもの。それは、わたくしたちの信頼そのもの。信頼と呼び固めた楼閣を崩したのは紛れもなくわたくしの怒りそのものであった。
焔がこの身を焼き、何時かは己さえも飲み込んでしまうのだと、そう思っていましたもの。
それでも、貴女がわたくしにその言葉を下さったその事実だけでも救われるというものですわ。わたくしこそ、ありがとう。わたくしの同胞、麗しき森の魔女」
同胞。その言葉がくすぐったかった。
彼女の為に、アレクシアは人であることをやめた。
何もかもを擲っても構わないと、そう思えてしまう程の――
「同胞かあ。なんだか、尊敬する人にそう呼ばれるとくすぐったいね?
それでその……いまさらなんだけど……大樹の精霊って何すればいいんだろ?」
「何、とは――」
「なったことに後悔はまったくないのだけれど、謎が多すぎて!」
ぱちくりとファルカウは瞬いた。不可思議そうな顔をしたファルカウにアレクシアが「えーと、あーううううん……」と首を傾げる。
なんと彼女に伝えれば分かりやすいだろうか。全く以て分からない。ファルカウは長い時間をかけて今の在り方になっているのかもしれない。
されど、アレクシアは現在進行形で人から大精霊へと変化している最中なのだ。
そもそも、大樹の精霊ファルカウと言えばアレクシアにとっては象徴そのものだった。ファルカウを知らない幻想種はいないという程の。
「ファルカウさんは深緑でずっと崇められてたというか、言うなれば神さまみたいな存在だったでしょ?
いや、厳密には大樹そのものがそうなんだけど……じゃあその精霊って大樹の分身みたいな感じなのかな?」
――ファルカウは魔女だ。それでも、ファルカウと言う名前は大樹だった。
だからこそ、アレクシアにとっては神様との戦いのようなものであったのだ。美しく麗しき同法で在り、唯一無二の自らを見守ってくれる神様。
そんな神様と同じ場所にまで向かう。そう思えばこそ、自分はどの様に振舞うべきなのか迷ってしまった。
ファルカウは「確かに、あなたはわたくしと同じ精霊であり、大樹の分身と呼ぶべき存在でしょう」と首を傾げる。
「難しい話にしてしまったのかしら。わたくしは、あまり分かってやいなくて申し訳ありません。
されど、わたくしの存在と言うのは所詮は蜃気楼に眩むがだけの影のようなもの。この名が独り歩きをし、神そのものになり得たことは理解をしておりますけれど――わたくしは神などではありません」
「ファルカウっていうのは大樹の名前、だけれど、ファルカウさんの名前だよね?」
「ええ。わたくしの名をあの美しき樹々に与えたようなもの。わたくしと、あの樹は同じものですわ、麗しき森の魔女。
けれど、少しだけ違いますもの。硝子の扉を一枚隔てた様なものですわ。レェスのハンカチでくるまれたような存在であったのがわたくしたち、大樹の精霊。
どの様な姿をしているかなど関係はなかったのです。ただ、メッセンジャーであれば構いやしない。人々を愛し、慈しみ、時に手を差し伸べる存在であれば大樹が得る信仰はゆるぎないものとなります」
「それは……大樹の精霊は大樹を保ち続ける役割があるって事?」
「ええ。
――いいえ……あれはわたくしが弱かっただけかもしれません。だから、アレクシア、貴女と言う世界を知るその瞳があれば、もう二度とは炎には巻かれやしないでしょう。
我々は隣人として愛すべき友の行く末を見守るだけでいい。特別な事は何も必要ありませんもの。
きっと、貴女は広き世界と呼ぶべき海原を飛び交う鳥になりたいと願ったのでしょう。わたくしは、それは咎めません」
「今まで通りに、おうちの近くにあるケーキ屋に買い物にいったりとか、アンテローゼ大聖堂に遊びに行ったりとかしても大丈夫?
ああ、でも……それって私だから許してくれるって事なのかな? ファルカウさんはどうやって過ごしてきたの?」
ずっと大樹の中から自分たちを見守っていてくれたのか、それともこっそりと外へと出てくることがあったのか。
興味深そうに問い掛けるアレクシアに「この共同体に住まう同胞は皆、森に抱かれて一生を終えようとするものが多いのです」とファルカウは告げた。
「わたくしもそうだった。広い世界を見ようと思ったことはありませんでした。リュミエなどもそうでしょう。
我々は愛するべき森を守りたいという使命を帯びている。わたくしは、この巨大樹を護り抜く指名があったからこそ外へと踏み出したことはありませんでした」
「えっ、そう……なの?」
「ええ。けれど。貴女が居ればそれも違いますね、アレクシア。
わたくしをも連れ出してくれるのでしょう。美しき樹々を抱くこの場所を多くの同胞たちが愛して慈しんでくれていますもの。
「ファルカウさんも……!」
アレクシアの瞳が鮮やかに煌めいた。その蒼穹の色は眩く、何時だって決意に満ち溢れている。
それ故にファルカウはこの眩い魔女を愛おしく思っていた。麗しき自らの隣人。穏やかな森の魔女であった彼女は、悠々と鳥の様に何処までも飛び立ってしまうとファルカウはそう知っているのだから。
「私は……世界を見守ることはもちろんだけど、やっぱりこの世界が好きだから色んなところに行きたいんだ。
いつまでも旅をしていたい。大樹の精霊となっても、そこは変わらないでいたい。世界を見守るにしても、霊樹を通してみるだけじゃなくて、直接見たほうがきっといろんなことがわかるもの! ……他の幻想種の人達が、もっと森の外を知る切っ掛けにもなれば嬉しいし」
「貴女が教えてくれるならば、きっと皆喜ぶでしょう」
「本当?!」
「ええ。海はどれほどに青く広いのか。山は如何に気高く、そびえたったがままに我々を圧倒するのか。
麗しき白に覆われた景色の中に、蠢く歯車は命を教えてくれるはずです。電子の塔は我々の知らぬ世界を作り出し、威風堂々と異なる世界へと誘ってくれる。
美しき清廉たる都の白さに目を瞠る事もあるでしょう。石畳の街並みは、貴女でない他の誰かがはじめの一歩として踏み出した場所でもあった筈です。
――どの様な場所であったって、貴女が語らえば同胞たちは喜ぶはず。わたくしにも教えて下さらない?」
空が青い事だって、忘れてしまうような怒りに身を焦がしていた女だった。ファルカウはそう微笑んでから真っ直ぐにアレクシアを見つめる。
「わたくしは、貴女という隣人が出来たことを喜んでいますもの」
「本当?」
「ええ、けれど、同時に縛り付けてしまったことを悔やんでもいます。
わたくしは、わたくしという在り方だった。その在り方に貴女を巻き込んでしまったことを後悔していますもの。その事には、違いはありません。
されど、その後悔をいまさらを持って貴女にぶつけようなどとは思っていません。麗しく美しい森の魔女。それを、望んで等居ないでしょう?」
「勿論。なんにせよ、これからは先輩として、同胞としてよろしくね!
そう言いに来たんだよ。
以前、1000年だって1万年だって、あなたの想いを共にしてみせると言ったことは嘘じゃない。二度と悲しい想いなんてさせないからね!
だから、謝らないでほしい。あなたの人生に巻き込まれたなんて思ってない! これは私が選んだ道なんだから」
自慢げにそう言ったアレクシアにファルカウは微笑んだ。
そっと手を伸ばし「何も変わらないまま、貴女は進んで」とファルカウはそう囁いただろう。
「そうして――そうして、貴女が大樹の精霊となった時、きっと、貴女は何にも囚われない鳥となって飛び立つことができる。
その目で人々を見て、その足で世界を歩き、そうして、その心で今あるべきを受け止めるのです。
貴女が与えるのは人々への祝福で在り、悪意などではない。わたくしが全てから目を逸らすように眠っていたことが惜しいとさえ思えるほどに貴女は愛するべき全てを抱きしめて、しっかりとその目で見てきてほしい」
「何も変わらずに、私は冒険者なんだね」
「ええ、それはきっとわたくしも同じですわ。アレクシア」
ファルカウは自らの胸に手を当てて穏やかに微笑んだ。
自身だって冒険者のように彼女と何処までも走っていける気がしてしまった。そんな不可思議な
その手を引いてくれるであろう美しき娘にファルカウは祝福の様に一つ
――どうか、未来永劫貴女と言う美しい灯が消えませんように。
「ファルカウさん?」
「いいえ、麗しき森の魔女。今日も行ってらっしゃい。帰りを待っていますから」
これから、ずっと、貴女と共に生きていく。
- 森深き娘完了
- GM名夏あかね
- 種別SS
- 納品日2026年06月25日
- テーマ『これからの話をしよう』
・アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
・ファルカウ(p3n000370)
