SS詳細
傷らだけの魔女に送る
登場人物一覧
混沌世界は平和になった、らしい。おかえりなさいを聞くことが出来たのはアレクシアがようやく落ち着いたと感じた頃だっただろうか。
森の中を駆けていく脚は、少しだけ縺れていた。緊張しているのは確かだったのかもしれない。
アレクシア・アトリー・アバークロンビーと呼ばれた一人の少女が精霊アレクシアになってから、初めてこの森に受け入れられた瞬間であったからだ。
ざわめく木々の祝福と歓迎を聞く。それだけでも、自分はただの幻想種ではなくなったのだと感じてしまう。
同胞として受け入れてくれたのではない大樹の精霊としての在り方を教えてくれるかのような木々の囁きにアレクシアは胸の高鳴りを感じながらゆっくりとアンテローゼ大聖堂の扉を開いた。
「おかえり」
優しい、優しい声色だった。ベンチに腰掛けていたのはアレクシアにとって師匠と呼ぶべき存在だっただろう。
イルス・フォル・リエーネは押しかけ弟子であった、一人の少女を見遣ってから何かを察したような顔をする。
それから、普段は仏頂面をしているというのに本当に楽し気に、幸せそうに笑うのだ。「アレクシア」と、呼ぶその声音が心地よく感じる程のやさしさにアレクシアの脚がゆっくりと動く。
「ただいま」
「お帰り、アレクシア」
「ッ、ただいま!」
弾けるようにそう言ったアレクシアの笑みをイルスが真っ直ぐに受け入れてくれる。イルスが立ち上がったのと同時に、アンテローゼ大聖堂の廊下に繋がる扉が勢いよく開かれた。
本来ならば歩く事だってまだまだ不器用なくせに、それでも必死にやってくるルクア・フェルリアールは「アレクシア」とその名を呼ぶのだ。
「帰ったの?」
「うん。ただいま、ルクア君。元気だった? 無事だった?」
「それ、私が貴方に言うべき言葉だったんじゃないかしら?」
少し泣き笑いのような表情をしていたルクアはゆっくりとアレクシアの元へと近付いてその体を抱きしめる。
「無事でよかった。貴女も、フランツェルも何時も無理ばっかりするのだもの。……寝てなんかいられないじゃない」
優しく抱きしめてくれる彼女の背をアレクシアは優しく撫でた。何度となくアレクシアと呼んでくれる優しいその人の声を聞いていれば幸せな心地にだってなる。
「もう怯える必要もないのよ。だって、あなた達が頑張ったんでしょう? 本当にすごいわ。本当に……」
「ふふ。そうかな? でも私だけじゃないよ。皆で成し遂げたんだ! でも、ルクア君にとってのヒーローになれたら嬉しいな」
「ルクア、そろそろ座りなさい。アレクシアも、疲れているだろうから」
イルスはまずはルクアを支えるように椅子へと誘う。アレクシアにも隣に腰掛けるように指示をしてからアンテローゼ大聖堂の中で小間使いのように動き回っていた妖精に紅茶を淹れてほしいと頼んだ。
「そういえば、フランさんは?」
「フランツェルなら留守はルクアに任せて一度事後処理の為に幻想に戻ったよ。あの子も、まあ、面倒な身の上だからね」
イルスは肩を竦める。アンテローゼ大聖堂の魔女であるフランツェル・ロア・ヘクセンハウスは本来の名前をフランチェスカ・ロア・アズナヴェールと言う。
幻想貴族アズナヴェール卿の娘であり、
幻想貴族の血筋であるだけでも彼女は面倒事も多かったのだろう。今は席を外してしまったそうだが、彼女自身がヘクセンハウスの魔女と言う立場である特異性は彼女自身を深緑に縛り付けていた筈だ。
「ルクア君に留守を任せるだなんて、信頼してくれているんだね」
「そうね。……フランチェスカは私に此処を継がせる気みたいだから」
「あ、あー……そう、だね。なんだか言ってたような……」
アレクシアはふと、決戦のさなかにリュミエ・フル・フォーレの護衛を行っていたフランツェルがそのような事を言っていたと思い出す。
――次代の選定はしてるのよ。……ウチに病気だけど、一度は死のうとしたけど、のびしろのある子が居るのよ。
ルクアって言うんだけどね。ちゃーんと指導してくれるかしら。リュミエなら育てられるでしょうし。
フランツェルはそう言っていた。その言葉の通り、彼女はルクアを次代のヘクセンハウスの魔女としようと考えていたのだろう。
「えっ、えっと……ルクア君は本当にアンテローゼの神官になるのかな?」
「ええ。まあ、此処で過ごしているし。この縁は大事にしたいとは考えているから。
……それに、もう話は聞いたから。アレクシアにとっても私がそうであった方が嬉しいでしょうし」
「あー……」
アレクシアはじっとルクアを見た。それからその傍らにいるイルスをみ眺める。二人の瞳がじっとアレクシアを見ていることに気が付いた。
そろそろと視線を逸らす、が、やはり素直に伝えるほかにない。アレクシアは少しばかり困ったような顔をして肩を竦める。
「えっへっへ……同じ戦場で見ていたフランさんから聴いてるかもだけど……私ね、大樹の精霊になっちゃったみたい!
正確にはまだなりかけ~らしいんだけど~……まあ、なんていうかほら、ほっとけないなあって思ってできそうなことやってたらこうなってたっていうか……ね?」
「……」
「……」
「う、な、何か言ってよ……」
正直な事を言えば、後ろめたさはあった。流石に無茶をした自覚があったからだ。
ファルカウを助けた事や、様々な理由が生じて結果として大樹の精霊となったことに後悔はしていない。それでも、アレクシアという一人にの人間が変化してしまったのは確かだった。
それはアレクシアという個人が変わったというよりも、アレクシアそのものが変化したというべきだ。
「でもさ! どうなっても私は私だし、変わらないから! そこは心配しなくっても大丈夫!」
そう明るく告げるアレクシアにイルスが肩を竦めた。全く問題事ばかりを持ってやってくる弟子である。
イルスが嘆息したならば、アレクシアが困ったように頬を掻く。醒めた瞳を向けてくるルクアも「本当にね」とそう呟いたか。
「うちは面倒事ばっかり用意して、何時だってトラブルを持ち込んでくるような変な人が居るのよ。
あの魔女よりも更なる厄介事を持ち込んでくるようになっては困るわ? アレクシアは何時だってトラブルを楽しんでしまうんだもの」
「そうだね。うちの弟子は本当に何時だってそんなトラブルばかりに見舞われてしまうから……」
嘆息するイルスに「反省はしてますぅ……」とアレクシアは小さく小さくなった。本当に反省はしているつもりなのだ。
アレクシア自身、無茶をした自覚も無理をした自覚もあったのだから。それを責められてしまったならば、謝り続ける他にはない。
だが、二人からは怒っているような、そんな雰囲気を感じる事はなかった。どちらかと言えば、呆れているような空気感であったのは、きっと彼らが本当にアレクシアを大事にしてくれていたからなのだろう。
「病で体が硬直してしまう様な私だった。歩く事だって慣れちゃいないわ。
自由にフランツェルのように動き回れないかもしれない。症状がゆっくりと緩解したとしても、私は長く生きられるかも分からない。
だから、最初はアンテローゼの神官になる事も、ヘクセンハウスの書架守になることだって断っていたの。
フランツェルからみれば、私は向いていたそうだけれど、向き不向きだけでは次代を決められるわけがないでしょう?」
「そう、だね」
「それは同意するよ。確かにルクアは向いているとは思う。堂々としているし、何よりも知識を得る事に対しては貪欲だ。
何処までもそれを追い求めていきたいという気概を感じるし、何よりもこの場所の精霊たちにも愛されている。アンテローゼの子供と呼んだって構わない程度に」
「ありがとう」
「それでも、君は体に病を抱えていた。この場所で過ごすことが多少の症状の緩和をしたって、一度は命を断とうとしたことには変わりはない。
その事から、君がそれを苦に思い書架守を継がないという選択肢をしたって、構わないと思ってはいたんだ」
イルスは妖精から紅茶を受け取ってからルクアのカップに茶を注ぎ入れる。アレクシアはその様子をじっと見つめながら耳を傾けていた。
アレクシアへと紅茶が注がれ、次はゆっくりと茶菓子が手渡される。アレクシアは緩く顔を上げてから「師匠は、ルクア君には向いていないって、おもう?」と問うた。
「その向き不向きを決めるのは……我々ではないからね。ヘクセンハウスの魔女は孤独だ。だから、自分自身が向き合って決めなくてはならない」
「……そう、だね。フランさんだって、孤独だったのかもしれない」
故郷幻想を離れて、自らの名を捨てて、幻想種の国で
「だから、ルクアが決めて構わないと思っているよ」
「そうね。私が決めなくてはならない事だった。だから、よく考えていたのよ。
考えて、考えて、アレクシア。貴女が大樹の精霊になったことを知った。その途端にね、細かい事なんてどうでもよくなってしまったの。
私は貴女とこの世界で生きていこうと思う。私に手を伸ばしてくれたのは紛れもなく、貴方だったんだから。
……だから、貴女が護ってゆくこの樹々を私も守るわ。貴女が私の世界を変えたのよ、アレクシア」
真っ直ぐに、ルクアは期待をその瞳に宿してそう言った。鮮やかな光を感じさせるその瞳の向かう先は大樹の精霊となったアレクシアだ。
「ふふ、私もファルカウとはこれから長い付き合いになるんだ。
だから、ルクア君も一緒にあの大樹を見守ろうよ。あ、それで、師匠は……?」
「そうだね、いつも通り。まあ、幻想種と言うのはそんなものだろうから」
そんな風に笑ってそう言ったイルスにルクアは「アンテローゼでそのまま御厄介になるらしいわ」とそう言った。
「これからは大樹についての研究を続けて貰いましょう。特に、暴れん坊な弟子が自由にお出かけが出来るように、とか」
「あっ、あーー! そうだよ。大樹の精霊になったからって引きこもっていないといけないとかないよね?
ずっとここにいろって言われたら、私ゼッタイ抜け出しちゃうからね! だって、私だもん」
「分かっているとも。その辺りはフランツェルやリュミエとも相談はしているんだ。
アレクシアが大人しくしていられるわけがないのだから、どうにか彼女が
「お、落ち着いてるよ!?」
アレクシアは驚いたように目を瞠りじっとイルスを見る。落ち着いているだろうかと首を捻った師に落ち着いていないと言いたげなルクアが溜息で答える。
確かに落ち着いている人間であったら突然大樹の精霊になどなっていないかもしれない。が、それはそれではないか。
「う、うーん……そう、でも、まだまだ見ていない景色を見に行きたいんだ。いっぱいあるんだよ、だから見に行かないと満足できない。
それに、助けを必要としている人だっているんだ! 私はそれを助けに行かなくっちゃならないからね!」
堂々と告げるアレクシアにイルスは「知っているとも」と大きく頷いた。
「だから、此処で研究していく。アレクシアが自由に外に出ていくことができるように。その手助けをしてやれるようにと尽力しよう。
勿論、その為にはフランツェルやリュミエとの調整もある。幸い、ルクアもいるだろうし、アレクシアをこの場所に縛り付ける事はない」
「……ファルカウのために私は此処にいた方が良いとかある?」
恐る恐ると問うたアレクシアに「ファルカウのケアはリュミエ様に任せていればいいの」とルクアはぴしゃりとそう言った。
「リュミエ様は外に出る事を少し恐れているだけだから。あの人がゆっくりと前を向けるまでは仕事を奪ってはいけないと思う。
そうこうしている内に、イルス様が誰もが大樹の傍にずっといなくてはならないという人生を送る必要などなくしてくださる。
そうなれば、アレクシアだって自由自在に出ていけるわ。私はそうしてあげたいから、アンテローゼの神官になるの」
「まあ、弟子が大人しくしているだなんて思っても居ないからね。その辺りは安心してくれてもかまわないとも」
朗らかに告げる師匠と友人の言葉を聞いていると、どうにも自分は彼らに愛されて気遣われているのだと気づきを得る。
少しばかりの気恥ずかしさがアレクシアの身体をぐるんと巡って行ったようだけれど、彼らはそんなことを気にする必要はなかった。
「大きな戦いが終わって、多少心境の変化が出るのかとは思っていたけれど、まさか大樹の精霊になってくるとは。
……いや、軽々と予想と言うハードルを越えて言ってしまうものだから、ついつい驚いて……」
「私もよ。アレクシアの事はある程度予想をしていたつもりだったけど、何が起こるかも分からないんだもの。
驚いちゃった。……次は、うっかり神様と友達になったとか言い出しても驚かない感じ」
そう告げるルクアにアレクシアは「そこまでかなあ!?」と可笑しそうに笑って見せた。
「たっだいま~~! 何々? 何かの話をしているのかしら?」
「ああ、お帰りフランツェル。早かったね」
「もう、幻想貴族ってどうしてああなのかしら。帰って来た途端にいきなり縁談を持ち込もうとするのよ?
こちとら魔女だぞって感じ。断ってさっさと帰って来ちゃった! アレクシアも来るって言ってたしね。どう? 早かったでしょう」
「おかえり、フランさん」
「おかえりなさい、フランツェル」
アレクシアとルクアを見遣ってからフランツェルはぱあと明るく笑った。お土産だとルクアに手渡された奇妙な木彫りの人形を彼女が渋い表情で見つめている中でフランツェルはせっせとアレクシアへと駆け寄ってくる。
「おかえり、アレクシア」
「あ、ただいま」
「体は如何? なんだか変化はある?」
「ううん。大丈夫……っていうか、私自身もあんまりわかんないんだ。何か変わったかな? 大樹の精霊っぽくなったりしている?」
「そうねえ、人間では無くて精霊になっていくということは、人としての在り方とは離れていくの。一番は、時の流れよね。
でも、それもそれで仕方がない事だと私は思っているから……アレクシアの
フランツェルはじっとアレクシアの瞳を覗き込んだ。柔らかな蒼穹の瞳。何時だってまっすぐにヒーローとなるために進んでいく彼女の瞳に変化はない。
長い年月をかけて、人である証を消失していくアレクシアは何時の日にか大樹の精霊となるのだろう。その時に、アレクシア自身が何を思うのかは分からない。
フランツェルはその時を逆に楽しみにして居ましょうとそう言った。これから、きっと楽しい事も、苦しい事もある筈だ。その苦楽を共にしながら、アレクシアがファルカウの傍に寄り添った時、おのずと大樹の在り方だって変わると、そう認識しているのだろう。
「私はアレクシアを見守っているわ。だから、心配しないで頂戴ね。これから起こるたくさんの楽しい事を私は見逃さないんだからね」
「あはは、それってフランさんが遊びたいだけじゃない?」
「あら、バレた」
肘でつんつんとフランツェルを突いたルクアが「落ち着いていて」と叱る様に囁いた。その様子を見ていれば、やはり次代はルクアが良く似合うのだろうとアレクシアはそう感じるのだ。
それからしばらくの時間の後、正式にルクアは、新たにその名を改めてアンテローゼの神官となり、次代のヘクセンハウスの魔女となることを決めたのだそうだ。
師匠となるフランツェルには不安ばかりがあると告げるルクアだが、充実した日々を送って居そうでもある。
ヘクセンハウスの姓を彼女が名乗る事になるという事だろう。シルクァーレ・ロア・ヘクセンハウスとその名を改めて魔女としての修業を始めると聞いた時にはアレクシアもその期間はあまり外に出ない様にと気遣った。
出来るだけルクアを支えてやりたいと考えたのだ。まだ病の影響が残る体を懸命に引きずりながらも、彼女はアンテローゼの神官として、大聖堂の主として立ち上がることを決めたのだ。
友人が無茶ばかりするタイプだったのだから、自分だって多少の無茶は構わないだろうと言いがちな彼女にイルスがサポート役として付いていたが困った顔をしたのは仕方がない事だろう。
確かにルクアの負けず嫌いな面はこうした修行にもよく向いていたのかもしれない。
「これから深緑の事を一緒に見守るんでしょう? アレクシア」
そう告げるルクアに「勿論だよ!」とアレクシアは朗らかに笑うのだ。そうやって、そうやって、アレクシア・アトリー・アバークロンビーの世界はゆっくりと変化していく。
例え自分が大樹の精霊となってしまっても。誰かに忘れ去られる事がないように、ずっと、真っ直ぐに進んでいけるはずだとそう思いながら。
- 傷らだけの魔女に送る完了
- GM名夏あかね
- 種別SS
- 納品日2026年06月25日
- テーマ『これからの話をしよう』
・アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
・アレクシア・アトリー・アバークロンビーの関係者
・アレクシア・アトリー・アバークロンビーの関係者
・フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)
