PandoraPartyProject

SS詳細

空雫

登場人物一覧

雨泽・シュテル(p3n000218)
君だけの雨音
チック・シュテル(p3p000932)
俺だけの最愛


 幸せに涯はあるのだろうか。
 幸せだからこそそう考えて、時折怖くなる。
 置いていかれたらどうしよう。君は「長生きしてね」って呪いをかけるのかな。
 置いていったらどうしよう。僕は「ゆっくり会いに来て」って言えるくらい心が広くなれているのかな。
 わからない。
 幸せであればあるほど、その涯が時折恐ろしい。
 けれど君は穏やかに僕の手を両手で包んで、大丈夫と何度だって伝えてくれるのだろう。
 わからない、けれど大丈夫。わからないのは一緒だから、君のペースに合わせて歩いていきたい。


「……ユ、ウ……?」
 チック・シュテル (p3p000932)に名を呼ばれ、雨泽・シュテル (p3n000218)は何でも無いよと笑みを浮かべた。
 ふたりきりの結婚式をあげて、番となった。知らせたい人がたくさん居るねと話し合いながらも絞りきれず、結局たくさんの知り合いへ幸せのおすそ分け結婚報告をし、ともに時を過ごすことが、隣りにいることがとなった。
 当たり前、が増えていく。それは何と幸せなことだろう。ちょっとした冗談が許されること、隣に居ること、番であると他者からも認識されていること、手指を自然と絡められること。今だって、こうして――
「……ッ」
「あ、ごめんね」
 指を絡めた手に少し力を込めればチックが小さく跳ねて、雫の浮かぶ額に唇を落とした。
 何か言いたげな視線が可愛くて、ずっと腕の中に閉じ込めておきたい気持ちが湧いてくる。それが衝動となって行動に現れないように気をつけながら、雨泽はチックの頬にも口付けた。柔らかくて噛みたくなるけれど、頬は我慢。きっと何処を噛んだってチックは許してくれるだろうけれどと思いながらも、チックが吸血する同じ場所に雨泽はを残した。
(加減って難しい)
 チックみたいに血を吸うわけではないから軽い跡が少し残るくらいのカプって感じにしたいのに、魚も鶏も骨まで噛み砕ける雨泽には少し難しい。今まで気にしてこなかったのは、きっとどうでも良かったのと自分の痕跡を残したくなかったからで――けれど愛おしい人を前にして湧く欲求が己を突き動かす。
(本当に猫にでもなったみたいだ。君だけに酔っている)
 雨泽が猫だったらきっと一日中チックの膝を独占して、『ここは僕の!』と近寄る他の猫に威嚇でもしているのだろう。そんな考えに小さく笑うと上擦った小さな声が返ってきて、幾度目かのごめんねを告げた。
「……なに、考え、て……」
「僕とちぃのこと。チックの猫になりたいなって」
 パチパチと瞬かれた潤んだ瞳が優しい笑みの形になって、雨泽の頭へチックの手が伸びてきた。猫を撫でるように優しく撫でて、けれどチックはゆっくりと吐息を零してから少しだけ唇を尖らせる。
「……ユウ、ねこ。……おれはやだ……」
 どうしてと尋ねたい気持ちを堪え、雨泽は明日にでも詳しく聞こうと首筋へと歯をたてた。

「ごめんね?」
「謝る必要、ない。前も言う、したよ」
「だってさぁ……」
 結局加減が難しくて、チックの首に残る歯型が痛々しい。チックが吸血の時に残す痕とは大違いすぎて、雨泽は毎回申し訳なく思う。
「僕がもっと我慢が効けばいいのに」
「我慢する必要、ないよ」
 これも前に言ったよ、とチックが告げる。鏡に映る自身を見れば確かに痛そうに見えるけれど、チック自身は雨泽が残した痛みなら何とも思わない。相手の怪我を癒せない雨泽と何度問答したって、度が過ぎれば少しは癒すけれど――今回はそれ程でも無いと思う。しょんぼりと項垂れている白い頭を撫でると、昨夜もこうしたっけと行為を思い出して頬に熱が集まってくる。
「朝ごはん、食べよう」
 チックが雨泽と一緒に過ごすようになってから解ったこと。まず基本的に雨泽は朝に弱い――というよりも熟睡を避ける傾向がある。これは『海への逃避行』の時に少し零していたことだけれど、恋人となってたまに一緒に眠る時、雨泽はチックと一緒だとよく眠る。チックが目を覚ますと雨泽はすやすやと寝ていて、額の三眼が一番『正直』なことも知った。雨泽が狸寝入りをしていても額の三眼だけ開いているのでバレやすい。雨泽曰く、『ふたつの目は瞬きで同時で動くけれど、額の目は瞬きで動かない。意識があると開いていることが多いからぎゅっと両目に力を入れれば閉じるけれど……目に力が入っていると狸寝入りがバレてしまう。みっつの目でウインクする難易度』らしい。ゆえに普段は前髪で隠しているのだ、と。
 すやすやと眠る雨泽の寝顔を眺めることを自分だけが許されていると知っているから、チックは朝のそんなひとときさえも愛おしい。きっと眠りに落ちるのはチックの方が早くて、夜の寝顔は雨泽に見られいるのだろうからお相子だ。ずっと見ていたい気持ちを我慢してそっと雨泽の腕から抜け出す――と、雨泽の手が何かを探すように動くのを愛おしく思いながら、チックは枕に身代わりをお願いする。枕にだって代わって欲しくはないけれど、仕方がない。朝の支度をしなくては。そうして準備が出来たのなら雨泽を起こして、半分頭が回っていない雨泽にくすくすと笑いながら話をし、そうしてふたりで朝食を摂る。……今朝の朝食がいつもより少し遅い時間なのは、お互いに身に覚えのあることだ。ご飯を食べようと誘ってもチックの首へと向かう視線に、チックは「……それじゃあ、少しだけ」と根負けしてほんの少し傷を癒した。
(しょんぼり雨泽、可愛い、けど……)
 チックは傷つけたくないのに傷つけてしまう悲しさを知っている。ある程度癒やせば表情をパッと明るくさせた雨泽はチックをギュッと抱きしめて首筋に顔を埋め、「俺の我が侭を聞いてくれてありがとう、大好きだよちぃ」と痛々しく無くなった噛み痕に唇を落とした。
「今日のパンはあの店の?」
「ん、そう。気付く、した……?」
「当然。だってチックの気に入りの店だし」
 胡桃の入ったパンを美味しそうに頬張る雨泽を前にする時間も、チックには幸せのひとときだ。雨泽は美味しいものは本当に美味しそうに食べる。それがチックとだけ居る時は特に、ということにも気付いている。外で食べる時も美味しそうに食べるけれど、家の中で見べる表情とは全然違ってチックだけの楽しみのひとつだ。
 子どもたちが独り立ちするまでは結婚をしないと決めていたため3年間以上恋人としてともに過ごしたふたりには、番となってから変化したことはあまりない。
 まずは、ベッドで寝ると時折転げ落ちてしまう雨泽のために、ベッドを大きくした。熟睡しないように座って寝るか、豊穣生まれのため布団を敷いて寝ることが多かった雨泽にはベッドという限られたスペース……それもチックがひとりで使っていたベッドでふたりで寝るということは少し難しかったらしい。
 それから付き合う前に幻滅して離れてほしいがために脅すようなことを言ったにも関わらず、雨泽は恋人期間は口吸い以上のことはしなかった。チックが長い口吸いが続くほどもっとと強請っても、ここまでと人差し指で離れ難そうにしているチックの唇を押し返していた雨泽だったが、番となってからは肌を重ねるようになった。
 ……しかしそれも、殆どチックが説得に近い形で何度も大丈夫を言い続けなければならない程に渋っていて本当に大変だった。その理由が自身の過去にあることを知っているチックは、本当に恥を忍んで頑張った。絶対に自分にだけにしか見せないだろう表情が見られるという確信と、もっと欲してほしいと願ってしまうし、その先を知りたかったから、本当に大丈夫と説得するしかなかった。何だか色々と折半案を出されたりもしたしいっぱい恥ずかしかったけれど、今では頑張って良かったとチックは思っている。本当は直前になって怖くなるかもしれないとも考えた。けれど、折れた雨泽は段階を踏んでいこうと提案して少しずつ何処まで大丈夫かを試していった。触れ合うと満たされること、そして過去の記憶が全て雨泽で塗り替えられてしまったこと――自身よりもチックの心を大切にしてくれる雨泽を好きになってよかったこと。たくさんの気付きと更なる愛おしさをチックは改めて感じた。
 それ以外の変化は――
「今日の夜は僕が作るね」
 雨泽が料理に目覚めた。チックの手伝いをすることはあっても、自分で何かを作るならおにぎりや腹が満たせれば何でも良いし外食の方が楽。そんな考えだった雨泽が「僕もチックに美味しいって言ってもらいたい!」と宣言をしたのだ。チックは自分が食事を作ることを負担に思っていないし、それよりも雨泽が慣れないことをして火傷をする方が心配だった。だから「無理、しないで、ね?」と言ったのが更に火を付けてしまったらしい。「姉上に習いに行く!」と毎週決まった曜日に出かけていっては、その都度上達していく和食をチックへと披露した。美味しいとチックが口にする度にえへんと満足気な表情をするのも、きっと知っているのは自分チックだけ。最初は心配もしたけれど、雨泽の可愛い面をまたひとつ知れて、チックはまた幸せと愛おしさを覚えた。
 料理が上達した雨泽は和食、チックは洋食を作る。そのため食事にもバリエーションが増えて嬉しいし、一緒に食材を買いに行った時に「こうやって食べたら美味しいのでは?」みたいな話も出来て楽しい。
 そんな穏やかで幸せな日々が、これからずっと続いていくのだ。


 幸せに涯なんてないと、チックは思っている。
 一緒にいれば幸せで、その幸せが毎日更新されている。
 ふと立ち止まって気がついては幸せを噛みしめて、噛みしめることもないくらいに当たり前になっていくのだ。
 涯なんてない。
 涯というものがあったとしても、チックは翼を広げて雨泽を抱えて飛び越えてみせる。
 だから、幸せに涯なんてない。
 ――遥か先に続く未来でも、ふたりで笑っているのだから。


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