PandoraPartyProject

SS詳細

これからの話なんて、ありやしない

登場人物一覧

ツリー・ロド(p3p000319)
メープルのサテュロス

 空は暗く、星一つ見えない暗闇に背筋の凍る様な風が駆けめぐる。
 妖精郷を二度襲った冬を思い起こさせるその世界の隅に、近づこうとするものは誰もいない。
 彼は降り積もったその雪の丘へと、足跡を遺して背に持つ翅ではなく、自らの足で向かっていく。

 妖精の地にはかつて理があった。
 この大地に縛られ、寿命を捧げることで悪しき者を退け、永遠の春を護る人柱。
 妖精たちはそんな彼女たちに敬意を込め、女王と呼んで親しんだ。

 雪原を歩くその妖精は、かつて妖精の血に塗れた呪いのサイズであった。穢れたその手を洗うが如く、彼はこの降り立った無垢なる混沌の世界で一人でも多くの仲間を助けようとした。
 妖精の都が女王という名の人柱で成り立っていると知り、理を壊そうとするのも当然のことであった。

 今はもう、その理は存在しない。
 玉座は二つになり、もはや命を捧げる必要もない。
 交互にその席を埋める必要こそあれど、この地に永遠に縛られることもない。

 妖精たちは誰もがそれを奇跡と呼んだ。誰もがそれを幸福だと語った。
 歪んだ理想で失われた物は多かったけれど、もう戻らない女王たちを偲ぶものもいたけれど。を恨む妖精はいなかった。
 ああ、だからこそなのだろう。自分がここまで孤独を感じるのは。
 彼はそう、心に呟いた。
 壊せる理はある。だが決して壊せぬ定めというのもまた、存在する。
 彼は確かに後世に称えられる奇跡を起こしたが、道理が覆ることはなかった。
 逝ってしまったものは、戻らないのだ。それだけは世界の摂理を幾つも曲げてきた天才とて成しえなかったもの。
 女王をただの妖精として取り戻したい一心で文字通り己自身を犠牲にした一撃は、彼の心にとって何の安らぎも与えなかった。女王は戻らず、呪い玉座は二つに増えた。
 彼にとって、それ以外の結論は存在し得なかった。

 妖精は、一人で静かに雪をかき分け、その手で下の大地を掘り始めた。
 雪の重みで固められ、凍り付いているはずの土はまるで水を掬うかの如く柔らかく彼の手に馴染んだ。
 やがて深く細長い溝が大地に刻みこまれれば、彼は懐から黒い金属の箱を取り出した。
 幾重にも魔法や技術でロックされた箱の中身はかつて彼の憑代であり、本体でもあった鎌の刃。彼はそれを何の躊躇いもなく、溝に埋め込み、淡々と掘り返した土を被せていく。
 自分はもうサイズではない。完全に折れ、何も殺せやしない棒切れロドに過ぎない。
 今の彼にとって、それは呪いのアークよりもよほど禍々しいパンドラの箱であった。
 底に残った希望は明るいものではない、自分には何もできなかったという絶望を招く最後の呪い。何も為せなかった方が、よっぽどましだ。忌々しく、彼は埋め込んだそこへと唾を吐いた。もっと汚らわしいものをひっかけてやろうか――そんな考えすら頭を過った。
 彼にとってもっとも忌々しい事は、誰もそんな自分を責めなかったことだ。

 前の女王様の事は悲しいけれど仕方ない。もう女王様は何にも縛られないし命を縮めることもない、あなたは英雄だ。だから――

「――何が英雄だ、こんなもの!」
 彼は埋めた場所の雪を蹴り上げ、今までにない大声で叫んだ。雪は暗い空を舞い、再び彼と彼の心に降り積もる。
 何が常春の真の妖精郷だ。あの世となんら変わりないじゃないか。
 どうして冬はまた来るのに、雪はまた降り積もるのに、去ってしまった春は戻ってこないのだ。どうして自分はこんなちっぽけな歪んだ奇跡しか起こせないんだ、どうして、どうして……。

 キミは優しいから。キミはどれだけ賞賛の言葉を浴びても満たされる事なんてないんだろう、自分の人生に満足することなんてできないんだろう。二人の妻に愛されて、数十、数百の子供たちに囲まれて、女王様に負けないくらい他の妖精たちに慕われても――キミの無力感は癒せないんだろう。
 ある夜、彼を抱きしめながら、紅葉色の妖精は囁いた。
 私にできるのはこれだけなんだ。キミの負の心を別の欲望に変えて……忘れさせる。けれどキミの欲望は枯れる事はないだろう。いずれ私の様に強すぎる欲望がキミを大地と快楽の妖精に変質させたとしても……キミは永遠に人生を悔やみ続けるだろうから。ああ、だけど、ずっと傍に居させて。どこにも行かないで。キミが何もできなくても、キミの血を引く誰かが、いつかキミの絶望を癒してくれるかもしれないから。

 だから……ごめんね。こんなことしかできなくて。

 嗚呼、どれだけ思い出に耽っていたのだろう。だが何も変わらない。風は冷たく、夜は昏く、そこに星はない。やや凹んだ雪の丘に、何かが埋められてるなど気づくものなどあろうはずがない。もう彼の心には、自分を満たしていた呪いの声も、響かない。
「呪いにも見放されてるくらいで、ちょうどいいさ」
 妖精の英雄、偉大な領主。そんな栄光、聞いたってきっと嬉しくないだろう。
 ただでさえ妖精の女王が二人に増えて辟易としてるっていうのに、それと同格に並べられる存在であるなんてゾッとする。腐敗した貴族、偏った宗教家、狂った発明家。好奇心が何より全てだし、服従ではなく親愛で接する妖精たちはそんな外の世界の連中とは無縁と誰もが言い切るだろうが、自分はそうと思えない。心配症なのか、ネガティブに浸っているのか、それとも自分に植え付けられた雄性で攻撃的な感情になっているのかも、わからない。
「……もう、ここに居たって仕方ないな」

 これからの話をしよう。
 終わりだ。自分になんて存在しない。そういう話だ。
 自分は棒切れ。何もできやしない棒切れ。
 もう二度と、この地に近づく事もないだろう。
 もう誰も来ないだろう丘を振り返ることもなく、彼は鼻で自分自身を笑い飛ばした。
 それがサイズと呼ばれた妖精の、人生だった。







 サイズは、自分の言う通り、結局神と呼ばれるものに嫌われていたのかもしれない。
 あるいは、そうでなかったのかもしれない。
 妖精たちにとっても長い間晴れる事のなかったはずのその地の夜は、少しずつ明けつつあったのだ。
 そして彼も完全に忘れ去ってしまったころ、決して開けられるはずのない、開けられないことを願われていたそれは、父の技術と母の魔力を受け継いだ一人の小さな妖精の手によって開けられてしまったから。
 そして、きっと好奇心に満ちたその子は、引き寄せられるように雪解け水が作った底なしの空色の泉へと誘われて……それ以降の事は、何もわからない。
 その子は、泉の中の虹に包まれて、この世界ではないどこかへと消えてしまったから。
 その先に待つのが希望かさらなる絶望かは、彼の子のみが知ることとなるだろう。

おまけSS『サイズへ』

なあ、サイズ。
メイスは元気にしてると思う?
ああ、死んでるなんて思ってないさ。
きっとキミみたいに今頃、どっかの世界で世界の危機とやらに巻き込まれてるんだろう。
それでも、私は心配なんかしちゃいない。だって私の子だぜ?
せっかくの冒険なんだから、危険をいっぱい楽しんでもらわなくちゃもったいない。
どうせなら帰ることばかり考えないでさ、いっぱい楽しいことを探して、いっぱい恋だってして……幸せに生きて欲しい。
そう、思うんだ。
……ま、キミの子でもあるから、どうしてるだろうかはキミがよおく知ってるだろうけど、さ


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