PandoraPartyProject

SS詳細

薬指に飾ったならば・後

登場人物一覧

カロル・ヴァークライト(p3n000336)
普通の少女
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
ネメシス聖王

 恋人と過ごすならどこがいいと思う?

 謎のお題テーマを掲げたカロルを目の前にしてエミリアは「はあ」とぼやくような声を発した。
 隣にはにまにまとしているスティアが立っているのだから、なんとも、というのが感想だろうか。堂々としたカロルが聖騎士団の詰め所にやって来たのは数十分前の事だった。
 どうやら玄関先ではコンフィズリー卿とうきうきで話をし、そのままの流れでここまでやって来たようだ。
 話題と言うのはすべてスティアに関連するものなのだろう。今や時の人なのだろうな、とぼんやりと考えていたエミリアの元に突然の襲撃がやってきたのである。
 エミリアからすると目の前に立っているシヴュラの巫女こと聖女ルルはあまり得意ではない人種だ。
 突拍子がなく、何よりも自由奔放で、そしてそもそもの立ち位置がだ。明確に敵対していた組織の一員であり人間ですらない。
 そんな彼女をスティアがパートナーとして連れて来た時にはまともな人間ランキングがあればヴァークライト邸の栄えある一位についてしまうエミリアは卒倒しかけた。
 普通に言えばどこの馬の骨を連れて来た、なのであったが、相手が建国の聖女とも呼ばれる相手であったのだからどうしようもない。
「……カロル嬢」
「やだわ、カロルでもルルでもいいわ。おまえの家族ってことになるんだから」
「……では、ルル。私に何か用ですか? それも、仕事中に。もしかして雑談をして友誼を温めてくれるという事でしたでしょうか。
 ならば、今日は屋敷に戻るのでその時にでも。私は少しばかり忙しくしておりまして……。
 ああ、いや、申し訳ない、コンフィズリー卿たちもそれに巻き込んでいるので彼らが目的であったならば……」
「いいえ、今日の私の目的はおまえよ、エミリア。おまえと話をするために此処まで来てやったの」
 堂々と告げるカロルにエミリアはどうしたものかと表情を歪めた。姪のパートナーである以上に、彼女はかつてこの国でも聖女と呼ばれたことのあった娘だ。
 無碍に扱う事は出来るまい。困り切った顔をしたエミリアにカロルは「おまえの婚姻についての話がある」と堂々告げた。
 周囲の騎士が思わず息を飲み。エミリアは額を抑える。にこにこと笑っているスティアの境遇をこの場の者たちはよく知っていたのだから、エミリアが唐突に結婚するという話が勃発しても――それはまあ、おかしくはないだろう。問題は相手なのだろうが。
「リンツァトルテも心配しているわよ。おまえは、いきなりそういうものを決めてしまうタイプだから何かを思い詰めての事ではないかってね!
 まあ、どうでもいいんだけれど! だって、私! おまえの将来についてはさほど問題していない! いい男よ、あれは! ねえ、スティア」
「ル、ルルちゃん?」
「でも、おまえが姪が玉座に堂々と腰掛けるための後ろ盾に婚姻を結んで欲しいとあの男に言ったら、あの男は悲しむわよ。
 最悪妾で良いからどうにかしてくれとか言ってみなさい。あれは泣きながら、身投げするわよ。そういう男じゃないの。どうする?」
「……」
 エミリアの表情が硬直した。寧ろ、スティアは堂々と告げるカロルをちらりと見ながら「ああ、言ったんだ……」なんて言いたくなったものだ。
「どうしようもないっていうなら! ええ、どうにかしてあげるわよ。おまえ、これから休みを取りなさい。リンツァトルテと話は詰めたわ」
「いや、しかし」
「……あの、ヴァークライト卿? 申し訳ないが今回ばかりは大きく頷いてやってはくれないかな、と」
 後方で話を聞いていたのだろうリンツァトルテは少しばかり疲れた顔をして「いってらっしゃい」と言った。押し切られている――彼は、目の前に立っている建国の聖女に押し切られている。
 エミリアは大きく息を吐き出してから、まるで連行されるようにカロルに手を引かれてその場を後にすることになったのだった。
 曰く、向かう先はカロルが思う恋人と過ごす場所である。スティアはそれに見当がついていたのはカロルが何を好むのか、であっただろう。
 朗らかな日差しに包み込まれたその場所はと呼ばれている。カロルからすればエイル・ヴァークライトの為の場所だ。だが、それは同時にスティアの為の場所であるとも考えていたのだろう。
「さあ、いらっしゃい」
 お出かけモードの服装に身を包んだ聖女の傍にはにこにこと笑っているスティアが立っていた。どうするべきかと言いたげな顔をしたエミリアも私服に着替えろと一度屋敷に戻された後である。
「……ルル?」
「ええ、エミリア。おまえに似合う花を特別に用意するわ。ねえ、スティア。一等綺麗なチューリップにしましょう」
「叔母さまに似合う花? うーん、他の種類もいれていきたいかもしれないな~」
 うきうきとした調子で、花を探し花束を作り始めていくスティアとカロルの様子をエミリアは何を見せられているんだと言いたげな顔をして眺めていた。
 彼女たちがあまりにも楽し気に花を集めているのだから、二人のデートに付き合わされているのではないかとさえエミリアは考えた。だが、主題はどうやら自分だ。
 エミリアに似合う花を選びながら「この花はきれいだから持って帰ろう」「あれは風呂に浮かべる」などと楽し気に言う二人をエミリアはどこか穏やかな気持ちで眺めていた。
 ――思えば、何時だって一生懸命だった。それは、今だってそうなのだろう。
 スティア、たいせつな。自分にとって、血のつながりで残されたのは彼女だけだった。
 断罪と粛清。そうした当たり前の時間をこの国が過ごしていく中で、唯一取りこぼさずに済んだのが彼女であった。
 思えば、自分の命と、時間は彼女の為にあったのかもしれない。そう思い続け、その為に命を賭けて来たエミリアは今、目の前で笑っているスティアを見て自らの力が抜けていく感覚さえしたのだ。
「……ふふ」
 彼女が選んだのはあの聖女だった。突拍子もなく、何処かへと走って行ってしまうような彼女。それでも、スティアだって同じだろう。
 同じような力のバランスで、成り立っている。笑う二人を見ていると、しあわせな時間がやって来たのだと、これが毎日続いていくのならば自分もお役御免かな、なんてそんな心地になるのだ。
「あ、ルルちゃん。これ似合いそう」
 髪に花をそっと差し入れるスティアに「あら、いいじゃない」とカロルが笑った。花束を手にしたカロルが自慢げな顔でエミリアへと近付いてくる。
「エミリア、持っていて」
 おまえのための花なのだから。そう言ったカロルは小さな花をたくさん集め、スティアの頭の上から降りかけた。花のシャワーを浴びながらスティアが楽しげに笑っている。
 エミリアはぎゅっと花束を抱きしめながら、気が付いた頃にはあの小さかった姪っ子もこうやってしあわせな毎日を送るようになったのだと、そう実感したのだ。

 ――姪が玉座に堂々と腰掛けるための後ろ盾に婚姻を結んで欲しいとあの男に言ったら、あの男は悲しむわよ。

 そうだろう。その通りだ。彼は、優しい人だ。エミリアがそう望んだならば「自らが貴女の力になりましょう」などとそう言いだすのだ。
 優しく、一途で何時までも自分を愛してくれる人。穏やかで、幸せを享受するあの人。大切な人であったのは確かだが、同時に自分の運命には巻き込みたくはなかった。
「叔母さま~~!」
 手を振るスティアにエミリアはふっと小さく笑った。彼女が選んでくれる花だって、きっと何よりも美しい。
「……スティアは、どうしてルルを選んだのか聞いても?」
「えっ? う、う~~ん、何だろう。直感?」
「バカね、エミリア。どう考えたって私が魅力的だからに決まっているじゃない。
 この私よ。顔が良いし、性格もどう考えたって最上級。元々は聖女と呼ばれていて、ルスト様の側近級の側近。ああ、何てかっこいいのかしら!」
「性格」
「エミリア」
 カロルがじらりと睨みつけたならばエミリアは思わず小さく笑った。
 スティアが彼女を選んだのは、きっと物怖じしないからだ。何処までだって真っ直ぐに走って行ってしまうスティアと、一緒に走っていけるのが彼女だからなのだろう。
「じゃあ、帰ったらお茶会にしましょうよ。美味しいものをとびきり食べて、それからエミリアの為に作戦会議をしてやるから」
「何の会議をすると……」
「ダヴィットにおまえの気持ちを伝える準備!」

 ヴァークライト邸のアフタヌーンティはスティアの好みの品が出る。
 そこにカロル好みのものが混ざり始めたのは何時からだっただろうか。とびきり可愛いものが良い、なんて告げる彼女にスティアは可愛らしいケーキなどを準備してやっていたのだろう。
 そうして生活の中に彼女が入り込んでいく。その光景をエミリアは一抹の寂しさを感じながら見つめていたものだ、が。
「私もをする時期なのかもしれないな、と思うようになりました。
 そう思っている最中にスティアがネメシスの頂点に立つというのですから……戸惑いはもちろんありますとも。
 この子は無茶をするでしょう。何をしでかすかも分からない。だからこそ、後ろ盾を用意しておきたかったのです。
 勿論、理解はしていました。この子だって様々な世界を、私よりも渡り歩いて来ている。だからこそ、後ろ盾と言うべきを……この、小さな国で過ごしてしまった私が用意する必要が、ないと、も」
 エミリアはぽつぽつとそう零した。フルーツティーを手にしていたカロルは「まあ、おまえの気持ちはわかるわよ」とそう告げる。
「おまえはきっと、誰よりも強くそして優しかった。
 この国は歪んでいたわね。勿論、ただしさなんてものは人それぞれよ。遂行者として、、私はあの方の思う正しさを追いかけて来たのだもの。
 私はね、この国が滅んだっていいと思っていたわ。何せ、人間と言うものは正しさよりも愚かしさが先に立つ。
 おまえもそう、私だってそう。それを理解していないからこそ、この国は馬鹿げた正義によって大多数を犠牲にしたのでしょう。
 そんなもの、消し去って新たに始めた方が良い。そう思っていたのよ」
「……そう、ですか」
「国を恨むことなく、良く生きたわね。愚かしさを乗り越えて、おまえはただ唯一の愛だけを追い求めることが出来る。
 私は聖女よ。だからこそ、おまえの事を正しいと思っている。スティアを、いいえ、おまえにとっての唯一の守るべきを守り抜く。
 それが出来るからこそ、おまえは素晴らしい生き様であったのだから。エミリア、だからおまえが迷う事は必要ないわ」
 のろのろと顔を上げたエミリアにカロルは悪戯めかして笑って見せた。
「スティアの事は任せなさい。愚かしい人間など私の敵ではないもの。
 けれどね、おまえのような正しく美しい人間が、誰かのためのレールになる事は必要はないの」
「いいえ、ルル。私は一度でもスティアのレールになったとは思っていませんよ。この子がこうして生きていることが嬉しかった。
 ええ、けれど……スティアの重荷になりたくはないし、私も、ただの人間として生きていくべきなのかもしれませんね」
 肩を竦めるエミリアにカロルはくすりと小さく笑ってから「そうね」と胸を張った。
「スティアが心配そうな顔をしているでしょう。おまえのことが大事なのよ」
「叔母さまが、私を思ってくれるのは嬉しいんだ。ずっとね、傍に居てくれたから。
 けれど、叔母さまが幸せになれないなら、それは私にとって不幸なことだよ。……私が、国を作るならだれもが幸せな場所が良いと思う。
 んー、小さい子供みたいなことを言っているかもしれないけれどね。皆が笑顔で在りますようにって、それが一番の原動力だと思うんだ。
 だから、ね、叔母さまが思うように進んでほしい。幸せになって欲しい」
「……ありがとう、二人とも」
 エミリアは穏やかに微笑んでからのんびりとした調子でフルーツティーに口をつけ。
「あ、でも、跡取りがいないから叔母さまから養子を貰わないと――」
 すべてをぶちまけるようにむせた。唐突なスティアの発言にエミリアは目を白黒とさせながら「は、はあ」と呟いた。
 カロルが「ああ、そうね。そう」と大きく頷いた。ぱちくりと瞬くエミリアに「大丈夫、子宝には恵まれるわ。聖女の祝福があるのよ」とカロルはあっけらかんとそう言い放った。

 花束を抱えていたエミリアは二人に言われてから改めてクレージュローゼ家に向かう事になっただろう。
 スティアとカロルはと言えば先んじてダヴィットにエミリアの来訪を告げ、裏庭で穏やかなティータイムを過ごす事にしたらしい。
 エミリアに「先行く」と当たり前のように告げたカロルにスティアは「言うんだ!?」と目を白黒とさせていたが、隠し事は必要ないという判断であったのだろう。
 優雅なティータイムに興じる二人とは別室に、ダヴィットはティーセットを用意してエミリアを迎え入れた。
「お二人がティータイムに誘ってくれたのですが、まさか貴女も来るとは。来てくれて嬉しく思いますよ、親愛なるエミリア」
「……正直なことを言うと謝罪半分出来たというべきかもしれません。
 あなたには酷い言葉を投げかけたものだと思っています。二人にも、言われてしまいましたから」
「ああ……いいえ、貴女は誰よりも彼女を……を大事にしていたでしょう。陛下、と呼び掛けるべきかと聞けば首を振られました。
 さすがに教皇猊下を呼び捨てにはできないとスティアさんと呼ぶ許可を頂きましたがね。これから、そうした人間が増えていく。そして、それを危惧している」
 エミリアは緩やかに頷いた。庭園でティータイムを楽しんで二人でお菓子が美味しいと笑いあう少女たち。
 可愛らしい二人ではあるが、その時間が脅かされないとは限らない。守り抜く為には信頼できる護衛を用意するべきだ――それも、天義の聖職者の。
「出来るならば信頼が出来る側近が良い。より強固な絆を結び、盤石な地位としたい。違いますか?」
「いいえ。あの子は元からロウライト家にも繋がりがあります。他家にだって影響を与える身の上にもなるのでしょう。
 そう思えば、あの子が……スティアが、誰かに脅かされる危険性は限りなく引くのかもしれない。ですが、念には念を入れておきたかったのです」
「分かります。貴女ならばそうする」
 ダヴィットが穏やかに微笑めばエミリアは困ったように肩を竦める。彼から向けられる愛情が、自分を包んでくれる。
 だから、謝罪など必要はない。おのれがもう一度望めば、すぐにでも婚儀を始め各所への根回しをしてくれるとでも言いたげであったのだから。
「……分かっていただけて、嬉しく思います。ですが――私は」
「はい」
「私は、その手段にあなたを使うべきではありません。あなたは、限りなく私と言う人間を真っ直ぐに見てくれていたでしょう?」
「ふふ……勿論。私は何時だって貴女だけを見ている。エミリア」
 美しく、嫋やかな淑女、そう称してくれる彼の言葉のくすぐったさを感じながらエミリアは緩く瞼を伏せった。
「私は、あなたにそのような理由で婚姻を申し込むべきではなかった」
「と、いうと?」
「あの言葉を撤回させてはくれませんか」
 ダヴィットは頷いた。もとより、エミリアが望まぬ婚姻など乗り気ではなかった。いつも通りに戻るだけだと彼は笑う。
 エミリアがぐっと息を飲んでから手にした花束をそっと彼へと差し出した。申し訳なさからの詫びの印なのだろうかと受け取ったダヴィットは「貴女によく似合う花だ」とそう囁く。
「そう、スティアとルルが選んでくれました。……それから、叱られました」
「ああ、でしょうね。貴女が自身の人生を犠牲にする必要はない、と。そう叱られたのだと思います」
 エミリアがおずおずと頷けばダヴィットはその花をそっと抱きかかえてから真っ直ぐにエミリアへと向き直った。
 二人が選んだ花だというならば、きっとこうして欲しいという事だ。そう理解しているからこそ、ダヴィットは片膝をつき花束をエミリアへと差し出す。
「この花は、貴女のあこがれの淑女の花園で育てられたのでしょう。
 それを、貴女の宝物が選んでくれた。この掛け替えのない花を、共に育ててはくださいませんか。
 貴女が守り抜きたいと願うあの子を、私も共に守りたい。……エミリア、貴女と共に歩む資格をどうか私に貰いたい」
「私は……私は、このような人間です」
「知っています。頑固です。正義感も強く、真っ直ぐだ。それに、融通も利かず、真面目過ぎるが余りに行きすぎる事だってある」
「……」
「ですが、誰よりも優しく、そして強い。私も、スティアさんも貴女のそうした所を好ましく思っている」
 エミリアは小さく笑ってからその花を受け取って「あなたが良いと言ってくれるのならば」とそう言った。
 ごとん、と音を立てた事に気が付いて振り返ればそこにはスティアとカロルが重なり合うように倒れている。
 前のめりに見すぎたと囁き合っている二人にエミリアが「こら」と叱りつけるように声を掛けた。
 あまりに楽しげに笑った二人を眺めているとエミリアはついついおかしな気持ちになってくる。
「ルル、スティアを頼みますよ」
「分かっているわ。私はこいつを支えてやらなくっちゃならない重要な使命があるのですもの。任せていてくれれば構わない」
 胸を張った彼女に、エミリアはついおかしくなって眺めていた。
「ところで、スティア、その指に飾っているのは?」
「ふふーん! よくぞ聞いてくれました! ルルちゃんがね、準備してくれたんだって。
 可愛い指輪だな~、ルルちゃんみたいだな~! って思って。しっかりと身に着けたんだよ。今!」
「私に誓わせたのよ。生涯幸せになりなさいってね」
 自慢げなカロルとスティアを見つめているとエミリアは自分の迷い何ておかしな気持ちになっていく。
 この二人を見ていると、何があったって乗り越えられるのではないかとさえそう思えてしまったからだ。
 カロルがその指輪に込めたのは願いだろう。。共に聖女として生きていくように。その誓いが込められた指輪を自慢げにスティアが見せてくれる。
 彼女のように、真っ直ぐに突き進むことが出来たならばどれほどに喜ばしいのだろうか。
 エミリア・ヴァークライトはスティア・エイル・ヴァークライトのようにのびのびと生きていくことが出来るのだろうか。
「叔母さま、結婚式の事は任せてね! ルルちゃんと思いきり盛り上げるからね」
「お手柔らかに……。ああ、そうか……私はもう、ヴァークライトでは……」
 息を飲んだエミリアにスティアは「エミリア・クレージュローゼになるんだね。楽しみだなあ」と朗らかに笑う。
 エミリアは緩く顔を上げて、今までで見たこともない微笑みを浮かべていたダヴィットから目を逸らしたのであった。

 ――その日、夢を見た。久しぶりにスティアが一緒に眠ろうと誘ってきた夜の事だった。
 唐突にパジャマ姿のスティアが枕片手に乗り込んできたかと思えば「ホットミルク」と言いながらカロルが登場した。
 うきうきとした調子でパジャマパーティーを始める二人に着き合わされるようにエミリアは残った仕事をテーブルの端へと寄せた。
 そのまま、なぜかついてきたカロルと三人で並んで眠ったのだ。穏やかな時間がその場には流れていき、エミリアは久しぶりの家族の団欒を味わっていた事だろう。
 深い眠りの中で、エミリアはドレスを身に纏うスティアの姿を見た気がした。
 立場が立場だ。スティアとカロルはそうやってを歩んでいくことになるのかもしれない。
 その時に、自分が傍に居られないとは思ってもいなかった、けれど。それでいい。別々の道を歩いていく時間がやって来たのだ。
 叔母さまと呼ぶスティア。行く知れずになって天義に戻って来た時には記憶を失い明るく笑っていたスティア。
 思い出せば、何時だって家出娘のようにどこかへと飛んで行ってしまっていた。
 そんな彼女が天義に腰を据え、この国の行く末を見定めようというのだ。もしも、兄が、義姉が生きていたならば何と言っただろうか?
 ああ、きっと、兄は笑うのだ。「そうだな、それは素晴らしい事だ」と。あの人は正しさを何よりも愛していたから、スティアが選び抜く正しさにだって頷いてくれるのだろう。
 それから義姉は可笑しそうに「じゃあ、お祝いは何にしましょう?」なんて揶揄うのだろう。真っ直ぐに走って行ってしまうような彼女の性分はスティアに引き継がれていた。
 広い世界を見て来たからこそ言える事がある。思う事がある。願う事だってあるだろう。
 そんな二人のが確かに彼女の中にはあった。スティアは正しく生きて来た。真っ直ぐに進むべき道を定めていた。
 エミリアはスティアが呼ぶ声を聴いていた気がした。

 ――いってきます!

 小さなころからそう言って走っていく彼女を何時だって見送ってきた。
 けれど、今日からは彼女に見送られる側になるのだろう。その寂しさを癒すように二人のぬくもりが寄り添ってくれている。
 ゆっくりと瞼を伏せってからエミリアは息を吐き出す。暖かい、穏やかで心地よい。
 どうか、幸せになってくれればいい。スティア。大切な――

「おはよう、叔母さま」
「おはよう、エミリア。眠たいわね」
「……おはよう、二人とも」
 エミリアは起き上がった二人へと微笑んだ。欠伸を噛み殺しているカロルは「朝ご飯を食べましょう」とエミリアをちょいちょいと手招いている。
 穏やかな日常をこれからも過ごす。少しだけ突拍子もなく、時には笑い転げるような、そんな時間。
 の事を話そう。
 きっと、退屈しない時間がやってくる。
「叔母さまの結婚式楽しみだなあ」
「ふふ……スティアがいなければそんなもの、絶対に叶わなかったな、と思っていますもの」
「そうだよ、キューピット!」
 胸を張ったスティアをそっと抱きしめてからエミリアは「ありがとう」とそう囁いた。
 互いに薬指に飾ったのはきっと違う未来。それでも、大切であるというその気持ちだけは――ずっと、ずっと続いていく。


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