PandoraPartyProject

SS詳細

薬指に飾ったならば・前

登場人物一覧

カロル・ヴァークライト(p3n000336)
普通の少女
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
ネメシス聖王

「そういや、おまえの所の叔母、最近見ないけどどうしてんの?」
 混沌世界は平和になりました、とそれを自らの態度で体現しているのは彼女そのものだろう。
 ヴァークライト邸で、我が物顔で転がっていたカロル・ルゥーロルゥーをちらりと見てからスティア・エイル・ヴァークライトは「んー?」と首を傾げた。
 このところ、スティアは忙しい。ヴァークライトは聖教国ネメシスの名門貴族である。その当主であった父アシュレイが死去――今はこう表現するべきだとスティアは認識している。題材だなんて、とんでもない――し、幻想種であった母が産後の肥立ちが悪くスティアを出産後亡くなっていることからその当主の座が手元に転がりこんでいる実情があるからだ。
 今までは叔母が後見人としてヴァークライトの世話をしてくれていた。その叔母もこの国の在り方に翻弄され一族郎党を粛清したという苛烈なる過去を有している。
 何故、叔母エミリアとスティアの関係性が良好であったのかといえば、スティアの元来の性格と、記憶喪失であったという事に起因していたのだろう。
 そもそも、天義を襲った七罪傲慢の麾下であり、その直属ともいえるシヴュラの巫女を人間として受け入れた所か、彼女に恋情を向けて恋人関係として自宅に住まわせるだけの余裕があるのだから彼女にとっては一族郎党皆殺しにされてもある意味で命の恩人と言えるエミリアを嫌う事はなかったのだろう。
 今はスティアに当主としての日々を送れと口を酸っぱくしてエミリアも聖騎士として仕事を続けている。
 そんな叔母。スティアにとっては少しばかり不器用で、責任感が強すぎるきらいのある優しい人。
「なんか、押し切られそうだって」
「なあ、天義って国はさあ、押しに弱い奴しかいないんじゃない? いや、私もそうかもしれないけど。
 おまえって半分くらい幻想種だからハーフ天義でしょ? 私みたいに純粋に! そう! 素晴らしい天義の聖女! みたいな心の優しさがあると人を受け入れてしまうのかもしれないわね!」
「ルルちゃんを押し切ったつもりはないんだけど……んー、でもそうなのかな?
 まあ、そうかもしれないよね、フェネスト前教皇だってそうやって押し切られたとか言ってたし、退位とか言ってたし」
「そういうもんよ。人間ってのは押して押されての繰り返し。
 んで、叔母は? どうしたの? 押し切られてとうとう観念したってこと?」
 ごろごろとソファーに転がっていたカロルにスティアは「観念、かなあ、かもしれないねえ」とぼんやりとそう言った。
 手元に積み上げられているヴァークライト当主としての仕事が圧迫してくる。そろそろをつけたい――けれど、もう少し彼女との時間を大事にして居たい。
 苦い表情を浮かべて叔母が政務官としてある程度の人数をヴァークライト本邸にもと提案してきたことを思い出して人事用書類に手を伸ばした。
 その指先をカロルが絡め取ってから「仕事、手伝ってやろうか」と彼女は笑う。
「え? ほんと?」
「本当よ。手伝ってやっても構わないわよ。まあ、私ったら一応聖女だし。
 おまえの勧めで天義で改めて聖職者としての試験も受けなおしたでしょう。晴れて、私も聖職者。正式にね。手伝えるわよ」
 スティアに立てと指示をしてから堂々と椅子に腰かけたカロルが鼻先をふんと鳴らして楽しげに笑っている。
 ぱちくりと瞬いたスティアは可笑しそうに笑ってから「じゃあ、お任せしまーす」とそう言った。
 、書類を背中に隠している。
 その打診が届いた際に、血相を変えた叔母がスティアのもとにやって来たのは記憶に新しい。
 聖王フェネスト・ロッド・フォン六世は退位をする際に次代の聖王についての打診を行っていたらしい。それは彼に付き従う聖騎士レオパル・ド・ティゲールのもとへ最初に向かった。
 が、彼は固辞。彼をよく知るものであれば「それはそうだろう」と納得もしたことだろう。
 ――次に、その座がスティアに転がり込んできた。が傍に居たスティアは「このまま何事もなければ神聖ヴァークライト帝国でも作ってやろうかなあ」とか面白おかしく考えていたものだが、さて。
(……まあ、こういう事情があるから周囲の足場を固めるべきだって叔母様がの所に向かったってのはあるのかもしれないよね。
 うん、そういうの、あると思うんだよねえ。まあ……どうしてって言われればどういうものでもないんだけど。うーん)
 叔母エミリアはスティアを大事にしている。そもそも、彼女は義姉であるエイル・ヴァークライトを好ましく感じていた。
 大切な姉として慕っていた彼女の忘れ形見なのだ、それはそれは大切な相手として彼女も認識してくれていたのだろう。エミリアは贖罪だけではない愛情をスティアに向けてくれていた。
 だからこそ、エミリアはひどく狼狽した。政治と言うのは、周囲に無数の敵を作り上げるものである。
 ヴァークライトと言う貴族をその渦中に叩き込もうとするに対して当然彼女が良い顔をするわけがなかったのだ。
 だが、スティアがそれを了承する事だってエミリアは理解していただろう。スティアがこの国を守りたいと願う事も、聖女としてなすべきがある事も理解をしていた。
 その上で彼女の傍にはカロルが居た。二人揃って、向こう見ず(エミリアの感想)。前のめり(エミリアの感想)。そして何よりも怖いもの知らず(エミリアの感想)。
 故に。
 エミリア・ヴァークライトはのだろう。
 彼女が欲するのは姪っ子を守るための後ろ盾だ。
 つまりは、教皇として次代を担うに相応しいとまで認められた没落貴族ヴァークライトの当主スティアを支える家門の力添えが必要だったのだ。

「成程ね?」
 ――ここ、クレージュローゼ家の応接室で堂々と脚を組んで紅茶を飲んでいたカロルはまっすぐに目の前の男を見た。
 凛と背筋を伸ばした彼は「そう言う理由でなければ、あの人はこの婚姻を飲まないでしょう」とどこか寂し気な眼差しで言う。
 スティアは「叔母様は普通にダヴィットさんの事好きだよ!」と言いたくなったが、そんなことを言っても信用してくれない。
 ダヴィットの中のエミリアはどれだけの事があっても名を守り抜く為に全てを捨てることが出来た美しいひとだった。
 それに、ここに至るまでエミリアはスティアを理由に婚姻を先延ばしにしてきた。これまでの関係性構築で深いものとなって恋人のような関係性にまで上り詰めた――とダヴィットは思っているがエミリアはそうした感情の発露が苦手だ。本当であるとは言い切れない――筈だが、いきなり婚儀を結ぼうと言われれば疑問だって浮かぶ。
 その疑問の答えと言うのがスティアがネメシス聖王の座に君臨するという打診だった。
 カロルとしては王になるかならまいかよりも叔母の婚姻の方が問題になってくるのが流石はヴァークライト家らしいドタバタ劇だと言いたくもなる所なのだが。
「スティアさ――ああ、いいえ、陛下とお呼びするべきですか? 貴女を第一に考えての事だとは思います」
「ス、スティアで……」
 もしも、就任してスティア陛下などと呼ばれたらである。普通に呼んで欲しい。願わくば仲良くだってしてほしい、そんな乙女心だ。
 ダヴィットはそう理解しているからこそ、エミリアに待ったの一言をかけた。願ってもない申し入れであったが、自己犠牲はノーサンキューなのである。
「それで、まあ、おまえの家門はある程度の歴史がある。まあ、そうよね。ヴァークライトって名門貴族ですもの。
 そのヴァークライトの婚約者として名を連ねることが出来るんだから、おまえの家もまあまあの所って訳だしね。
 まあ、エミリアの考えもよく分かるわ。私だってそうするでしょう。この能天気なおんなが王様になるっていうならある程度の後ろ盾が欲しい所。
 エミリアっていうのはすごく心配性だから国内の基盤を固めたいんでしょうね。
 ……でも、こいつもそもそもローレットでの活動経歴があるわけだしそれほど信頼できない女ではないでしょうけれど」
「ががーん、褒められているのか貶されているのかー!」
 ショックを受けたようなスティアにカロルは「褒めてる」とそう言った。
 スティアの友人たちの中には各国の首脳クラスとの友誼を結ぶ者もいれば、天義国内でもそれなりの家門の者もいる。
 スティア個人の力としても問題はないはずだ。カロルとしての認識も、ダヴィットとしてもそうだろうが、エミリアは違う。
 これまで歩いてきた道程が彼女の力になっているのは確かだ。そうしたを使えばある程度は成り立つだろうとシェアキムが踏んだのかは定かではないのだが。
「エミリアは念には念を入れるわ。おまえがスティアの力になってくれるというのも確かな事でしょうしね?
 自分の幸せなんかそっちのけにしそうな女だから、今度はおまえの方が結婚に対して消極的だって事でしょう」
「ええ、そうです。エミリアは美しくそして優しい人だ。私はよく知っているのです。
 彼女からの婚儀の申し入れは当たり前のようにスティアさんのためのものです。そうでなければ、彼女から申し入れる訳がない」
 ――エミリアは恥ずかしがり屋で淑やかだとダヴィットが力強く言った。
 婚姻の申し入れを堂々としてくる女ではない。どちらかと言えばそれを申し入れられて3か月くらい困惑するか、表情を歪めて「待っていて欲しい」と告げるようなタイプなのだから。
「私は彼女に似合う男となるべく戦いました。自らを護れるような力がなければ傍に立てない。だからこそ、鍛え続けた。
 剣術と言うのも、でたらめではありますが彼女の傍に立てるだけ鍛え上げたつもりです。聖騎士に名を連ねる事だって出来ますし、ほら、黒衣だってこの通り」
「その根性は見上げたものだし、私が求婚されてたら頷いたわ。おまえは顔もいいし」
「ル、ルルちゃん……!?」
 翻弄されるスティアにカロルがくつくつと笑った。彼女は顔面の良さを一番に優先しているきらいがある。
 スティアも彼女の事を顔の良さで口説き落としたような気がしてきた。戦場のどさくさに紛れて堂々と顔の良さを誇れる女なのだから、国の王に位なれてしまうだろうなんていう、一種の自身にもなっていたが――
「申し訳ない。エミリアに一筋なもので」
「知ってる。ここで私に靡く男なら褒めてない」
「うん、普通に知ってた。今までの事を見てていきなりルルちゃんには転ばない」
「よく知っていただいて嬉しい事です。
 彼女は本当に素晴らしいのです。私は彼女は騎士になる事を義務付けられていたと知っていました。彼女が剣を握り締め、その職務を全うしてきた事だって。
 彼女がヴァークライト当主の座を降りたのはスティアさんが居たからではなく粛清の余波によるものです。家門を守るというよりも貴女を守るために生きて来たのですから、その行動には納得がいきます」
「そう、だね。うん、叔母さまはそういう人だから……でもなあ~、もう少し、私を信頼してくれてもいいと思うんだ!
 だって、見て? 凄いよ! 私、とっても強か! つよいし、かっこいいし、えらいし、何より顔が良い! でしょ? ルルちゃん」
「おまえって時々私向けの発現するわよね。はいはい、お前は強かだし、堂々としていて、利口だわ。それに、何処へだって赴けるだけの強さも持っている。顔が良い」
「褒められた」
 ダヴィットを選ぼうとするからです、なんて顔面に張り付けているスティアにカロルはふっと笑った。
 彼女の事を本当にそう認識している。彼女は誰に頼ることなく一人で生きていける。
 シェアキムが被る冠を身に着け、あのローブを纏いながら杖を手に聖王として過ごしくことが出来る。
(まあ、あのローブは着せないけれどね。白と金を身に纏って、それから冠と杖を頂きながら堂々と佇む姿は似合うだろうけれど)
 カロルはじっとスティアを見てから「おまえは一人でだって立てる。けれど、誰かと共に進む事だって選べる女でしょう」とそう言った。
「え? うん」
「けれどね、エミリアはそうじゃないわ。あの女は、本当に筋金入りの大馬鹿者なの。
 誰かを頼る事なんてできなくって、自分で全てをどうにかしないといけないと思い込んでいる。
 ダヴィットのような男によりかかっているのが一番いいのにね。ああいう女は自分の限界が分からないから、こういう尽くしてくれる奴がいる方が良いのよ」
「分かります。本当に、分かります。だからこそ私はすぐにでも彼女を支えたかった。
 ですが、……まあ、本意ではないです。スティアさんの為の婚姻でもそれを理解して彼女を手に入れてしまうの言うのは」
「ああ……ダヴィットさんが分かってる……」
 スティアから見て、ダヴィットの盲目的な愛情は面白おかしくも感じられるものだった。彼は心の底からエミリアを支えたいと願っていてくれたのだろう。
 だと、言うのにだ。
 エミリアがその傍にやってこない。その手を握って、笑ってくれればダヴィットはすぐにでも自らの全ての力を注いでエミリアを支えてくれるはずなのに。
「難しい話だねえ……。叔母さまが言い出した時点でおかしいってのはそれはそう。
 でも、だからって叔母さまに素直になれよ! とか言えないもんね……叔母さまってこういう時すっごい強情だし……知ってたけど……」
「ええ、エミリアは凄い強情だわ。最初はどこの馬の骨とも知れない、何なら敵でかなかった私がヴァークライト家にご厄介になろうとしたときに凄い顔をしていたもの。
 あの時の表情と言ったら! ふふふ、もう、どうしようもない程だったわね。まあ、そう、そういうものなのよね」
「……そうだねえ……わかっちゃう……」
 エミリアを言葉で説得なんてできない。ずっと背中を押して来たくせに、スティアがそうした座に就くことが決まるというタイミングで婚姻を推し進める姿勢からも何を第一にしてるかが分かってしまう。
「私、叔母さまには幸せになって欲しいんだ。ずっと、私の世話ばっかしてたし、なんか、ちょっと乗り気になってくれてたけど凄く初心な恋愛が始まった~~! って感じだったのに。
 いきなり結婚するって言いだしたから、おかしいなーとか思ってたんだよ。本当に、本当に……ダヴィットさんと手を繋ぐことすら出来なさそうな叔母さまが、そんな……」
「ダヴィット、おまえが圧をかけすぎてエミリアはああなったんじゃない?」
「いや、そんなことは」
 カロルはスティアをちらりと見つめてから「ヴァークライトに向いている男よ、こいつ、つくづく」とそう言った。どういう意味なのかとはスティアは微笑みながら問いかける事はなかったようだが。
 ダヴィット自身、しばらく様子を見ると言った。が、そう時間はない。エミリアはすぐにでももう一度彼に求婚をしにくるのだろうから。

 ダヴィット・クレージュローゼ。其の人の人となりについてカロルはある程度調べて置いた。
 クレージュローゼ家もそれなりの歴史が深い旧家である。聖職者の家門であり、教皇の相談役を時折排出することもあったそうだ。
 決して騎士を輩出するような家門ではない。聖職者として国を支える良家である。
 近年はと言えば、そうした座に就くよりも下働きをしている方が良いとでもいうように名を余り上げる事はなかったようだが、そうした経歴をエミリアが利用しようとしていることは確かである。
 カロル曰くは「エミリアは頭がいい、が、アホ」ということだ。エミリアは自身を政治の道具としてクレージュローゼへと引き継ぎ与えようとしているという事なのだろう。
 スティアからすると納得できない内容ではあるが、ここに話が絡み合ってくる。
 エミリア・ヴァークライトの幼少期からの婚約者がダヴィットであり、ヴァークライト家の不祥事に伴って婚約が消滅した際にはダヴィットの意向でそれを継続させて欲しいと願い続けたのだ。どちらかと言えばヴァークライトはそれを断り続けており、クレージュローゼ側からすればエミリアが婚姻へと意欲的であるならば願ってもないことである。
 当主であるダヴィットが未婚のまま過ごしていれば血が繋がらない。クレージュローゼ家もその辺りは頭を悩ませ、養子を取らせるべきかと言う話まで勃発していたからだ。
「まあ、エミリアが頷いたらクレージュローゼのおうちは喜ぶわね。何よりもあいつらからすれば次期教皇が姪にいる女が手元に転がり込んでくる。
 その上で、おまえは幻想種。パートナーが私となれば、近しい血をヴァークライトの次期当主に据えるためにエミリアの子を養子に取る可能性も多い」
「ほえー?」
「つまりね、おまえは長く生きるけれどヴァークライトの当主を続ける可能性が低くなれば、次代を誰かに担わせなくっちゃならない。
 その時に人間でない私と、幻想種のおまえはの世代を探すべきでしょう。それで一番最初に候補になるのがエミリアの子供って訳」
「ああ、そうかも! 叔母さまの子供なら、私にとっても血が近いもんね。ヴァークライトの血が繋がってるし、当たり前に継ぐ権利が出てくる」
 スティアはそんなことをぼんやりと考えてから「叔母さまの子供って叔母さまに似るのかなあ」なんてほのぼのとした想像へと夢を馳せていた。
 とカロルは嘆息する。
 つまりは、スティアが教皇の座に就く前から政治の道具として扱われ始めているという認識なのだ。
 エミリアが嫁いだ先には「教皇を輩出する名門貴族家門」が着いてくる。自身らの家門の血を引く子供をヴァークライトの当主の座につけることが出来るのだ。
 スティアがその子供を養子として受け入れる事になるのは当たり前だ。エミリアとスティアの関係が良好であることは貴族たちが良く知っているのだから。
 ならば、カロルとしては申し分のない家門と、一途さ、したたかさに加えてダヴィットを推していきたいものだ、が。
「エミリアが政治の為に婚姻するっていうならダヴィットが頷かないってんだから問題ね」
「なんだかややこしいねえ。素直に好きだよって言えばいいのに。
 叔母さま、絶対それってただの理由作りだと思うんだ。叔母さまみたいな人が、心を許す相手だよ? 好きに決まってるのに、私のこの事情が出た瞬間そんな……」
「むしろおまえが利用されてやったらいいじゃないの。ダヴィットの気持ちを前向きにするためにエミリアを嗾けましょうよ」
「私とルルちゃんで?」
「そう。絶対後で怒られる」
 二人は顔を見合わせてからくすくすと笑った。ベッドにごろりと転がって顔を突き合わせて二人で始めた作戦会議は聖騎士団の詰め所で過ごしているエミリアの耳にはまだ届いていない。
 ダヴィットを納得させ、エミリアと心を通わせるための作戦はうまくまとまらなかったが――スティアは自分の立場と言うものをよく理解するきっかけになったのだろう。
 王になる事。
 何かを喪うかもしれないという事。
 様々なものを秤の上に置いていくこと。それによって、自分がどう動くのかがこれから難しくなること。
「難しい話じゃなくって、しっかりと叔母さまが叔母さまの思う通りに幸せになってくれたならいいのになあ」
「そうね、じゃあ、おやすみなさい。スティア」
「おやすみなさ~い」
 ごろんと転がったスティアがすやすやと眠るように目を閉ざす。
 ――それから、カロルは彼女の額に触れてから何かを囁いた。少しだけ、ほんのちょっとだけの悪戯のように。
 なのだから、そんな悪戯が出来たっていいでしょう、とそう笑うように。

 夢だ。
 これは夢。五体満足。手足をしっかり動かせる。ぴょんと跳ね上がってからスティアは「夢だあ」と呟いた。
 やけにリアルな夢だな、なんて思いながらスティアはゆっくりと歩いていく。目の前にはエミリアが立っていた。
「叔母さ――」
 声を掛けようとして思わず口を噤んだのは彼女が黒衣や騎士としての衣服に身を包んでいなかったからだ。
 ゆったりとしたワンピースに髪は編み込みも作っている。普段の表向きにヴァークライト家の使者として着用するような凛とした私服やドレスなどでもない、カジュアルな格好だ。
 見たことのない叔母の姿に少しだけが重なったのはどうしてだろうか。ROOの世界でエイルがそうした服装をして笑っていたことを思い出す。
 思わず足を止めたスティアはこれが夢だったことを思い出した。
 目の前に立っているエミリアが風に靡く髪を抑えてから「アリス、カデル。あまり走らないように」とそう声を掛けた。
 金の髪に、赤い瞳の少年が「はあい」と明るく声を返す。白髪の少年は「アリス、走ってる」と拗ねたようにそう言ったか。
 エミリアによく似ている子供の姿を見てスティアはカロルと叔母さまの子供、なんて話をしたからこんな夢を見たのかなんて小さな笑みを浮かべた。
 アリスとカデルと呼ばれた少年が「リアンナ!」と呼び掛ける。長く伸ばされた金の髪、左右が色違いの瞳の少女がゆっくりと顔を上げる。
「おにいさま」
 可愛らしい彼女の微笑みを眺めて、スティアはこれがエミリアの思うしあわせの形なのかもしれないと、そう感じていた。
 穏やかに微笑んだリアンナをアリスとカデルが覗き込む。白詰草の冠をかぶってにんまりと笑った彼女の軽やかな足取りが何とも楽し気だ。
「ねえ、おにいさま。マルシアはどこ?」
「マルシアはお父様と一緒だよ。さっき、此方に来るって連絡があったから戻ろう」
「そうだね、ほら、可愛い僕たちのリア。手を繋いで」
 そっと手を差し伸べるアリスにリアンナは紅い頬をして穏やかに微笑んだ。手を繋いでゆったりとした足取りで行く三人はきゃあきゃあと何か楽し気に話しているかのようだった。
(……私にはこういうのなかったなあ……)
 一人っ子だった。だからこそ、兄妹というものは知らなかったけれど。もしかすると、こうした光景だってどこかにあったのかもしれない。
「エミリア」
 呼び掛けられてエミリアが誰かを振り返った。スティアはその人がダヴィットであるように確かに認識しただろう。 
 その腕にはまだ小さな赤ん坊が抱かれている。エミリアは「マルシア」と呼び掛けてその赤子をそっと抱きしめた。
 四人の子供に恵まれ、幸せに生きていくエミリアというのはスティアの夢なのか、それとも本当にある話なのかは分からない。
 ただ、何気なく思ったのだ。
 きっとこの子たちの内にアリスと呼ばれた少年がスティアの元に養子としてやってくる。
 二家の関係性は良好であり、あちらはカデルと呼ばれた少年がきっと当主になるのだ。
 二人はリアンナとマルシアを猫かわいがりし、聖職者となる妹と騎士になる妹に翻弄されながら暮らしていく。
 ――その傍にはきっとカロルが居て、ルル姉さまと呼ばれることをまんざらでもなさそうにする彼女と共に幸せな日々を送るのだ。
(……うん、叔母さまはきっと、結婚が嫌なんじゃないんだもの。なんだか取り繕うことをやめてって言えば、大丈夫な気がしてきた。 
 ダヴィットさんは多分、叔母さまが心から自分を愛して結婚してくれると思っていないからこうなるんだもんね。
 うんうん、じゃあ、そうだね! やっぱり、叔母さまを説得してダヴィットさんに愛しているって伝えよう作戦だ! 頑張ろう、えいえい、おー!)
 夢の中で張り切っていたスティアはぱちりと瞼を押し上げてから「ふえ」と呟いた。
 朝だ。ごそごそと何かの音がしている。ゆっくりと体を起こせば地べたに胡坐をかいて座っていたカロルが何かを作っていた。
「ルルちゃん、それなに?」
「うそ発見器」
「な、なに……?」
「練達から借りた」
 ――何を言っているの、と叫びたくなったが、彼女は「おまえが寝言であれやこれや言ってたから」とそう言った。
 どうやら人の夢を盗み見たはルル姉さまと呼んでくる少年が欲しくなったらしい。急げばその期間が短くなると強行突破をしようとするカロルの説得がまず一番に必要であるはずだ。
「あのね、ルルちゃん。叔母さまの子供は今急いでもそんなすぐに手に入らないし、何なら喋らないと思う」
「あら、そうね。人間ってそうだわ」
「そ、そうだよ! だからね、強硬手段はダメだよ! やっぱり、突破するなら叔母さまを説得した方が良いし、それ誰に借りたの!?」
「練達の、帽子の男」
「ががーん! どうしてー!」
 今日も朝から大騒ぎのスティアとカロルはすべての準備が終わったらエミリアの元へと向かうことを決めたのであった。


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