PandoraPartyProject

SS詳細

貴方を咲かせてあげる

登場人物一覧

ビッツ・ビネガー(p3n000095)
Sクラスの番人
シラス(p3p004421)
超える者

 鉄帝に落ちる暗闇を、ビッツ・ビネガーは好んでいた。自身が最も得意とする戦法にがよく似合うからだ。
 ラド・バウの華々しさなど、己にとってはある種の毒。あのような栄光を受けていたいわけじゃない。
 ビッツはだ。だからこそ、敗北のあるような舞台には飛び出したくはなかった。
 深々と降り積もる雪の中を一人足早に歩いていくビッツがくるりと振り返る。
「なぁに」
 軽やかに問いかけたビッツは武装の一つも見せてやいなかった。街角で偶然出会った友人にお勧めのティーパーラーを紹介するようなそんな軽やかな声色である。
 だが、はその声には簡単に答えない。ビッツの頬をめがけて投げられた暗器には神秘の術式が乗せられていただろう。
 ぐん、とビッツがその身を捻る。それと同時に彼はくすりと笑ってから袖の隙間からするりとおのれの得意とする暗器を取り出すのだ。
 それが真っ直ぐにへと投げ入れられる。
 だが、本気でその命を刈り取ろうとしたわけではない。あくまでも唐突なラブコールへの返事のつもりだった。
 かちゃんと音を立てて地へと叩きつけられたナイフをビッツはじっと見つめる。神秘の術式が纏わりついてそれは糸に導かれるようにしてビッツの掌へと帰り着いた。
「どうしたのかしら、いきなりね?
 ファンサービスってのはこういう時にはしないもんじゃない? だって、雪が降っているんだもの。
 ああ、もしかして違うのかしら。アタシが雪に生えるから、アンタはこういう日にアタシめがけてまっすぐ走ってきた、とか?」
「そんなわけあるかよ。ずっと見てたんだ。その力を」
 真っ直ぐにシラスはビッツを見た。
 そう、ずっと、ずっとあこがれていた。ビッツ・ビネガーは不可思議な存在だった。実力者揃いのラド・バウで負けることを厭うからこそ鉄戦士らしからぬ戦い方をする。
 Sクラスの最も華麗で美しく残酷な番人はシラスをじっと眺めている。
「昔話でもしない?」
「なんだよ、いきなり」
「思えばね、アンタがアタシのファンの追っかけみたいなことしてたのも路地裏だったわ。
 強引なオトコって嫌いじゃァないってあの時にも言ったけれど、今のアンタは発展途上のオトコでも、素敵な殿方でもなさそうね」
「どういう意味だよ」
「だって、アタシのこと倒したいって思っているし、それに、それだけに見合う実力を身に着けてきたつもりでしょう?」
 くすくすと彼は笑った。美しく着飾ったの髪飾りがしゃらりしゃらりと音を立てる。鉄戦士らしからぬ装いは彼にとっての舞台衣装であったのだろう。
 戦場に出るときに身に纏う群服ではない――ただ、美しく、愛らしい毒華として戦場に佇むがために。
「子犬だからってバカにするのはやめたのかよ。そろそろ、俺の実力を認めたくなったか? なあ、
「よくわかってるじゃない。そうそう、初対面の時にはおっさんとか呼んだんだったかしら。
 いやねェ。こんなに美しいのにどこがおっさんなのだか。ね、非公式の戦いにしかならないわ?」
「それで?」
「アンタが欲しいS級の称号、ここでは与えられないじゃない」
 ビッツがそうと目を細めた。もしも欲しいならばラド・バウで――なんて、そんな機会を待っていることなどできるものか。
 何せこの男は負けそうなときには出てこない。いつまでたってもランクマッチを与えてくれないとなれば、何時に己の実力を見せつければいいのか。
「一つだけ聞いてもいいか」
「ええ、構わないわ。アタシ好みのオトコになったから、ちゃんと聞いてあげましょう」
 好みのオトコというだけで、それが答えになってしまった。
 ビッツ・ビネガーの嗜虐主義。それこそ、弱者を甚振っているだけではないのだ。実力に見合い、堂々と己に仕掛けてくる相手を非情な手段で甚振る。
 つまり、かつてのシラスならばビッツのお眼鏡にも叶わなかったのだろう。
「さあ、思う存分に遊びましょ。アタシは知っているのよ。
「どういう意味かだけ聞いといてやろうか」
「これだけ戦い続けてきたらね強者なんてどんな存在かよくわかるの。
 よく頑張ったわね。間違いなく子犬ちゃんなんかじゃなくなったわ。アンタは強いもの、ねえ、
 名を呼んだビッツが大地を蹴った。風の如く真っ直ぐにシラスへと接近する。
 だが、彼が肉薄したのは暗器を仕込むためでしかないだろう。シラスは大地を踏みしめて敢てビッツへと詰め寄った。
 彼の手から滑り出す暗器に自らの懐に忍ばせたものをぶつける。そのまま拳を叩きこもうとすればすらりと掌が差し入れられて受け止められた。
「ふ、ダンスのお誘い?」
「だと思って、踊ってろ!」
 そのまま押し切らんとシラスがビッツの体を後方へと押しのけようとする。細身だが、倒れることはない。流石は鉄騎の肉体か。
 ビッツは体をぐにゃりと逸らしながらシラスの体を受け止めるように後方へと引きずった。
「ッ――」
「前のめりではだめでしょう? 恋も、戦いも、そうだって教わらなかったかしら?」
「少なくともアンタに恋を語られるとは思ってもなかったね!」
 シラスが鼻先で笑った。まじないの気配をその掌に宿し、ビッツとの距離をとる。ビッツの暗器が術式を弾いた、が、それが破裂したことにビッツが「もう」と呻いた。
 視界が白んだ。ならば、そのままの勢いで拳を叩きつける。ビッツがとっさに受け止めるが後方へと下がった。足元に砂埃が立ち、彼が呻く。
「やだ、汚れたじゃない!」
「汚れなんか気にしている場合かよ!」
 呻くようにシラスが叫んだ。掌を前方へと向けたならば、無数の光珠が生み出される。それが次々にビッツへと迫る。が、一つずつ暗器で撃ち落とすように軽やかに動くビッツが一つだけを蹴った。
 ぎゅんと曲がりながらシラスの元へと飛んでくるをシラスは己の目と鼻の先で破裂させた。小さく舌を打つ、が、構わない。落ち着け、落ち着け、透徹した殺意を研ぎ澄ませろ。
 目晦ましなど気になどするな。分かるだろう――此処だッ!
 シラスが大地を踏みしめ、勢いよく拳を突き立てる。ぎん、と音慣らしビッツの暗器に拳が叩きつけられた。
 暗器に罅が入る。己の影すら置き去りにする疾風のごとき拳は、鋼塊を見紛うほどに堅い。
「ほんとーに嫌な成長のしかたしたじゃない。可愛くないわね」
「そうかよ。それで十分だ」
 ぎりぎりと音がする。ビッツの暗器を打ち破ったならばもう一発を叩きこめばいい。ストリートでは生きるか死ぬかの戦いだ。
 卑怯な手段で構わない。このまま、ビッツと至近距離にいるうちに、魔力を――!

 砂埃が立った。ばらばらと周囲の煉瓦壁が崩れていく。シラスから放たれた魔力が事もあるだろう。
 肩で息をするシラスも満身創痍だった。自らが知らぬうちに体にはいくつもの傷が、そしてが塗り込まれていたからだ。
「くそ」
 視界が揺らぐ。全く油断ならない相手だ。言葉数が多く、己の拳にばかり意識を向けているように思えていたのにひっそりと針を突き刺し毒を入れ込んでいく。
 体の中に巡るそれが痛みを伝える。無数の切り傷はどこが痛くて、何処が無事であるかも混乱させるようであったのだから。
「ッーーくそ」
「……ふふ」
 目の前の砂埃が漸くの事で取り払われた。混沌世界で最もを求める鉄帝国の闘技場ラド・バウ。その最高峰ランクの番人として恐れられた男はゆっくりと立ち上がった。
 シラスは小さく舌を打つ。ストリートなど生きるか死ぬかの戦いだ。
 それに、ビッツの戦いがちくちくと相手を甚振るが為であることだって知っている。研ぎ澄ませた爪が作るひっかき傷だって決して無駄ではないことだって。
「アタシの負けね」
「――は?」
「おばかね、相変わらず。何処を見て自分の敗北を悟ろうとしてんのよ。
 ストリートで命の取り合いしてるわけじゃない。アンタはこのS級闘士様に挑んできただけ、でしょ?
 アタシはアンタによってリングアウト。それに強かに腰を打ち付けた。一瞬意識が飛んでたわ。つまりKOされた。
 でもその瞬間にアタシ、アンタを殺してやろうと思った。卑怯だけれどね、毒を仕込んだ」
「それで?」
「アタシが意識取り戻すまでアンタがさっさとおっちんでたら証拠隠滅ってこと」
「ア、アンタッ」
 ひきつった声を漏らしたシラスにビッツがおかしそうに笑った。解毒剤の小瓶を手にするビッツがシラスの前に腰かける。
「喉が渇いたからこれ、飲んじゃおうかしら」
「あ?」
「口移ししてほしいだなんて、大胆なオトコね。でも、嫌いじゃないわよ」
「おい」
「――嘘よ。飲みなさい。良かったわね、アタシを倒せた。これで何時だってアンタはS級を名乗れるわ」
 非公式の場で、彼を一度打倒した。その自信が確かにおのれの中には芽吹くことだろう。
 彼にとってはまだまだ小物だった。ただの子犬だった。そういうことだろう――が、そうではなくなった。
 、シラスは確かにビッツにとっての好敵手となり、シラスは確かに彼という壁を超えたのだ。その実感が己の中にじわじわと沸き上がってくる。
「綺麗よ、シラス。美しく咲ける様になったのね。
 もう何に迷うことはないわ。アンタの強みは淀みない攻撃。誰かを殺せるという決心よ。
 どこかで迷ったって、真っ直ぐに歩いていけるだけの強さはアタシのお墨付きにしてあげる。このセリフ絶対アンタを中心とした再現ドラマがあれば出てくるわよ」
「……練達に毒されるなよ……本当にさ」
 揶揄うようにシラスは肩を竦めてから解毒剤をぐっと飲み干した。体の中が改善していくポーションか。
 ほっと一安心をしたシラスに汚れた服を気にするような、不服そうな顔をしたビッツがゆっくりと立ち上がる。
「シラス、明日はラド・バウに行くのよ。アタシは今日はアフタヌーンティー的な気分だったんだから、ホント台無しじゃないの」
「……悪いって」
「嘘よ、気づいてたわ、アンタが来ることくらい。ありがとうね、それじゃあ――また明日にでも遊びましょう?」

 ――明くる日に、ラド・バウへと呼び出されたシラスの前には申し訳なさそうな顔をしたパルス・パッションが立っていた。
「ごめんね、ビッツから連絡があったんだけど――」
 曰くは、S級の昇格戦前にシラスとストリートで戦う機会があった。
 その際に自らは負けを悟ったため、では醜態をさらしたくはない、という。
「はあ?」
 シラスは眉を吊り上げた。確かにそうだ。どちらが勝利したかと言えばシラスだ。
「あ、あいつ……」
「まあ、そういうやつっていうか、そういう感じっていうか。でも、ビッツは、それは嘘じゃないんだよ。
 此処で、ビッツがビッツらしい戦い方をして、観客は喜ばない。それは知ってるでしょう?」
「まあ」
「だから、シラス君はS級として、アリーナを闊歩する。そうして、ビッツが認めたその実力でこのアリーナを思う存分に沸かせてほしいの。
 それがの在り方。だからね、昇級戦が公式に行われなくっても、きちっとその実力は折り紙付き。
 というかだね! そもそも、世界を救った英雄の実力を誰が疑うかなー?」
「ま、まあ、そうかもしれないけどさ……あいつと公式の場でやりたかったよ」
 ぽつりと呟いたシラスにパルスは「じゃあ、S級になってからランク内のカジュアルマッチで呼び出しまくればいいんだよ」とおかしそうに笑った。
「そしたらボクはビッツを引っ張っていくからね」
「それで?」
「タッグマッチとか、いろいろ頑張ろう。だから、おめでとう。ボクらのシラスくん!」
 彼女に告げられてからシラスはやれやれと部屋を出る。壁にもたれかかっていたビッツに気づいてから――

「アンタってさあ」

 そう嘆息すれば彼はおかしそうに笑った。「いやね、怒らないでよ」なんて。そう言った彼の腕を掴んでSランクマッチをやるぞと意気込んだのは、きっとまた別の話なのだ。


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