PandoraPartyProject

SS詳細

ニレンカムイ、もしくは止まり木

怪談喫茶ニレンカムイ

登場人物一覧

エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
エマ・ウィートラントの関係者
→ イラスト
エマ・ウィートラントの関係者
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エマ・ウィートラントの関係者
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● 
 冬風寒いある日のこと。
 再現性東京・希望ヶ浜の怪談喫茶ニレンカムイに、ふいに彼女はやってきた。
 古民家特有の引き戸を開ければ、ガラガラと音がする。本日休業の札を無視してするりとはいってきた女に、おや、と三人の従業員が顔を向けた。
 三人は女の名前を呼ぶ。
「エマさん!」天真爛漫な娘――翠はぴょん、と椅子から飛び上がって。
「エマさん」こまっしゃくれた娘――蓮は半目になりながら。
「エマさん?」そして、穏やかな女――結月は、たおやかな声に、静かな圧をこめながら。「心配していたんですよ?」
 その後はもう、お説教だ。
「イレギュラーズが世界を救った話は耳に入りました。それでも手紙の一つくらい下されば良いのに」
 結月ははあ、と溜息を一つ。
「エマさん、どうせ死ぬようなタマじゃないじゃん」
 半目のまま、蓮はぷい、と横を向く。
「もう、蓮はいつもこうなんだから。本当に、ほんっとうに、心配してたんだよ! 馬鹿!」
 ニレンカムイのオーナー、エマ・ウィートラントは感情を見せぬ相変わらずの笑みで、そこから続くお説教の数々を聞いている。
「よござんす。今日は気が済むまでお説教につきあいやしょ。それにしても二人とも少し見ない間に大きくなりやして。結月様もますます別嬪に……」
 結月の圧が大きくなる。一歩近づいてエマをじっと見る。
「ご機嫌斜めでごぜーますな」
「ええ。不機嫌なのは私個人の問題です。ですが、不在の間仕事量が一気に増えましたし、色々エマさんの行方を捜さなければいけなかったですし……本当に、色々手を尽くしたのですよ?」
 そして結月は穏やかで非の打ち所がないような微笑を浮かべる。
「再現性東京には電話やメール等便利な技術もあります」
 エマは頷く。
「今度行方不明になる時は、一ヶ月に一度は連絡を。それと仕事を残して消えないでくださいね」
 そうして、結月は大きく溜息をつく。
「まずは、雑用からお願いしましょうか」
 そしてエマはニレンカムイの従業員として日々を過ごす。結月達三人はこの全く読めない風来坊が永遠にここにいてくれるとは思っていなかったが――それでも、エマのいる賑やかな日々は世界の危機がついこの間あったとは思えないくらい、日常で、心安まるものであった。



 定休日。
 翠と蓮が向かい合って、必死に勉強をしている。
「期末試験って奴なんだよー、この時期遊びたいのに酷いよね? なんで人は算数から逃げられないのかなぁ」
 そう言いながら翠は『数学』と書かれたノートをぱたんと閉じてテーブルの上に伸びる。
「翠は遊びほうけているからそうなるんだ」
「蓮だってこの間金堂さんと遊んでたじゃん! デートだよね? デートでしょ?」
 むくりと起き上がり目を輝かせる翠。
「こっちは宿題とかきっちりやってたから今更焦る必要はないんだ。あとあれはノート貸し借りするだけの友人関係」
 パラパラとやはり『数学』と書かれたノートをめくって蓮は答えた。どうやらこの二人、翠は文系の方が得意で、蓮は理数系の方が得意らしい。
 そして、ああ、面倒だという風にわざとらしく溜息をついてみせる。
「お二人ともお元気でありんすなぁ。学校での調子はよござんすか」
 エマが休憩用のホットミルクを二人に渡す。早速飲み「熱!」と声をあげる翠の横で、蓮が慎重に息をミルクに吹きかけている。
「勿論。ヘマとかしてないし」
 別に? と言いたげな蓮の横で翠がはしゃぐ。
「二人で望ヶ浜高校の青春謳歌してまーす! もっとも蓮の方がモテるんだよね。なんでだろう?」
「だから皆ノート目的だって」
「えー、じゃあこの間りっつんの言ってた噂嘘だってこと? そんなことないよね?」
 そうして、二人はああでもないこうでもない、と話しあう。二人は高校で友人にも恵まれ、ときめいたり、はしゃいだり、元気に過ごしているようであった。
「だから早く終われ期末試験ー!! シャイネンナハトにね、皆でカラオケ行くんだよ……カラオケが待ってる……」
 翠がうう、と呻いて再び勉強に戻る。

「ああ言ってますけど、二人は結構成績が良いんですよ」
 ノートパソコンの扱いが大分上手くなった結月は、今月の収益についてじっと見ている。
「なんか問題でもありんすか?」
「ああ、エマさん。全体的に黒字なので良いことですよ。ただ、先月よりかは少し減っていて……新しいメニューと、新しい蔵書が必要ですね」
「今度本屋街行きやしょ」
「そうですね……蔵書にする本が見つからなくても、料理本や雑誌からインスピレーションが貰えることもあるでしょうね」
 結月は側にあったメモ帳に「本屋街」と書き付け、肩を少し回す。そしてエマからホットミルクを受け取って、ふう、と息を吐いた。
 エマは自身が不在の時に何があったのか、皆がどう過ごしていたか聞いている。その様子は、三人の従業員の中にあった、オーナーが今まで不在だという事実を徐々に埋めていった。

「ところで、もう一つのお仕事の方はどのようでありやしょ?」
「つつがなく行っています。夜妖は未だに出ていますから……」
 もう一つのお仕事、とは、夜妖専門の情報屋のことである。エマは結月から自分が不在の時に起きた事件の数々や、今流れている噂などを聞き。
「それでもつつがなく『ここ』の日常は守られています」
 結月は微笑む。
 三人の従業員は、情報屋として訓練をし、またエマから護身用の魔術を学んでいる。
 つまりエマにとっては弟子である。
 故に魔術が使いこなせているかどうかを、エマが遠くからこっそりと確認している――ということは、ある意味当然のこと。
「はいはーい、蓮が発動失敗して夜妖に頭突き喰らいました」
「おやまぁ、それは災難な。怪我はいかがなすって?」
 エマが翠の『告げ口』を聞けば負けじと蓮も、
「怪我は大丈夫。翠が治してくれた……めちゃくちゃ痒かったけどさ」
 そう言う。
「何故か、最近の翠さんの回復術は痒みがつくようになってしまったのですよね」
 結月が悩みこむ。無論、その時あった一部始終をエマは見ていたのだが――。
「なら、基礎の確認から始めやしょ……それから、すこぉしばかり難しい術を覚える気はありんすか?」
 エマの言葉に、三人とも真摯に頷くのであった。

 そして数週間、特訓の日々は続いた。エマの真意を探ろうと、翠や蓮が表情をじっと見ても、相変わらずの笑みは何も読ませない。
「こういうのは体で覚えるのが一番でごぜーます」
 その一言で始まった猛特訓。まだまだ荒があるとは言え、三人ならば高度な魔術も使えるだろう、とエマは考えたらしい。発動が出来るようになったならばエマが魔術で様々なシチュエーションを作り、『学んだばかりの術も生かして生き残る』術を叩き込ませる。回復術に攻撃術まで幅広く。幻術などを活用したミスディレクション、逃亡用の様々な術も忘れずに。
「ま、まだまだ荒削りじゃありんすが……よござんす」
 その一言が出たのは、年が明ける数日前であった。

 だから、三人ともこの毎日が永遠に続くと勘違いしてしまうのだ。
 エマがいて、四人揃っている日常が、当たり前だと。



 エマ・ウィートラントはひとの輝きが好きだ。
 ひとの意思が輝くように、良くも悪くも魅せられているとも言っていい。
 彼女にとってニレンカムイでの日々は三人の従業員や客達の輝きを見ているようなもの。長い旅も様々な輝きを見るためのもの。
「そろそろでありんすか」
 一月七日もすぎ、街のうかれ気分が忙しい日々に消えていく。
 エマはふらり、と勝手口からニレンカムイを出て行こうとする。彼女の本質は風来坊だ。一カ所に留まるのは性ではない。
 と――。
「エマさん?」
 にっこりと笑んだ結月と出くわす――。

 結月は、エマが出て行きそうなことには気付いていなかった。だが、何故か今エマに会わなければならないという虫の知らせがあった。
 故に、店の勝手口で待っていたのだ。賭けのように。エマに出会えなかったならば、彼女はまた去っていくだろう。なら、もし会えたら?
「結月様――」
 エマは驚いた素振りも見せない。ああ、この人の感情が分かったら良いのに、と思う。全くもって考えも感情も分からぬビジネスパートナー。胡散臭い人。
「エマさん。買い物へ行くところだったのですけれど、一緒に行きませんか?」
 胡散臭いビジネスパートナーに言うには、親しすぎる言葉かもしれないけれど。
「古本屋の初売りがあります。それから懇意の食料品店にも挨拶に行かなければなりませんし」
「仕事に精が出る、いいことでごぜーますね」
 一歩踏み出そうとするエマに、結月は声をかける。
「手伝って頂けませんか?」
 エマは天気を見るように、空に視線をやる。快晴だ。冬晴れの空に座す太陽が、乾いた大気をキラキラと輝かせている。
「よござんしょ。散歩日和という気配でありんす」
 二人は道を行く。その後ろから、翠と蓮が追いついてくる。
「出かけると聞いたので来ちゃったよ!」
 白のダウンコートは、翠。
「とりあえず、年度末まではいなくならないでよ、エマさん」
 黒のダッフルコートは、蓮。
「ああ、そうですね……税の申告もありますものね」
 静かな笑みを浮かべる結月には、闘志が浮かんでいる。
「皆様、頑張っておくんなまし。わっちもまあ、茶くらいはいれやしょう」
「手伝わないんだ」
 蓮がズバッと切り込めば、
「わっちが全てやってしまったら、雇った意味がないでごぜーましょ」
 どこ吹く風と、エマは答える。

 四人は、ほんのり温かい日差しの中、街を歩いていく。
 いかなる心境か、エマ・ウィートラントという渡り鳥は、止まり木での休みを伸ばしたようであった。


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