PandoraPartyProject

SS詳細

やわらかに酔う

登場人物一覧

リリィリィ・レギオン(p3n000234)
メイメイ・ルー(p3p004460)
繋いだ意志


 この液体をぐるぐる混ぜると、ふわふわのクリームになるらしい。本当かしら、と思いながらも僕はぐるぐる混ぜている。もっと早く混ぜた方が良い? 或いはもっと遅くても良い? 判らない事ばかりだけれど、気持ちに急かされながら混ぜる手は自然と早くなる。
 はとっておきを選んだの。年ばかり重ねた僕は、目だけはやたらと肥えている。これが良い、ってあの子の為に選んだソーヴィニヨン・ブラン。白くて、すこし酸味がある。赤か白かでいうなら、あの子には絶対白が似合うの。そっと寄り添うような味をしているから。赤は気高くて、白は慈悲深い。ワインはそんな味をしている。

 クリームはちょっとべっとりしてるけど、これで良いのかしら?
 僕は重ねたスポンジの上にぺとぺととそれを落としながら、人生一の難題に微笑んでいた。なんて楽しい時間だろう! 誰かの為に、誰かを思いながら、何かを作る。僕は彼女より随分と長く生きてきたけれど、長く生きてきただけ。彼女に教わった事はいっぱい、いーっぱい、ある。
 遊牧の民がどのようなものを食するかを知った。大人になるという事を知った。誰かを案内する楽しさを知って、そして今、また新しい事を教えて貰った。
 彼女は誰かとむすばれて、海の向こうへ行ったと聞いた。勿論寂しいと思ったけれど、約束があったからきっと大丈夫だと思った。

 ――だーって美味しいんだもん。メイメイはあと2年経ったら飲める?
 ――そしたら一緒に飲もうよ。
 ―― 一番じゃなくても良いからさ、予約に入れといて。

 メイメイが約束を忘れる事なんてない。
 だから、僕は、成長していく友人の為にケーキを作っている。
 誰かの為に、何かを作る。多分僕は人生で一番真剣に、人生で初めて、それをするのだ。



 世界が平和になり、豊饒へ嫁いで、時が経ち……わたしは20歳になります。名実ともに大人となるのです。大人になって何かが変わるのか、と問われると返答に困る事もありますが……それでも子どもと大人、19歳と20歳では大きく異なるものがあるのではないか、とわたしは思います。
 そうして今。わたしは豊饒ではなく、幻想にいました。ずうっと前からお約束していた事。お誕生日に、あの方に一番にお祝いして貰う事。約束は約束です。違える訳にはいきません。
 ――あの方はそういえば、神出鬼没なところがあります。いつも『メイメイ!』ってわたしの名を呼んで駆け寄って下さる方でした。こちらから会いに行くのは、或いは初めてかもしれません。
 まずはローレットに行けば行方がわかるかも、と扉を開けると、ばたばたばた、と慌しい気配。そして飛び出してきたのは、
「……リィさま?」
「えっ!? あ、メイメイ!?」
 白いシャツに黒いスーツ。"吸血鬼の正装"だなんて言っていたリィさまの恰好は、余程急いでいたのか少しだけよれよれとしていました。何処かへお出掛けになるのでしょうか。それは残念だと思っていると、はし、と片手を包まれて。リィさまの冷たい手が、わたしの手を取っていました。
「すっごい! タイミングばっちりだね、メイメイ!」
「……? リィさま、何処かへ行かれるのでは」
「ううん、ううん! あのね、メイメイを待ってたんだよ! 待ちくたびれちゃって、こっちから行ってみようかななんて思ってたくらい!」
 約束したもんね、と快活に笑うリィさまは、何も変わりなく見えました。
 今までと変わらず、穏やかに笑ってくださるのを見て、胸がぽっと暖かくなります。わたしも笑みを返して、勿論ですと頷いて。……あら、不思議。リィさまから漂う甘い香りに首を傾げると、そうだとリィさまは佇まいを改めました。
「あのね、今日ね……ぼく、ケーキを作ってみたんだ」
「ケーキ、ですか?」
「うん! お酒にはアテっていうのがいるんだよ。すきっ腹にいれると良くないんだ」
 リィさまは少し胸を張って、自慢げに言いました。



「時が経つのは早いです、ね」
 ぽつり、とわたしが言うと、そうだねとリィさまは深く頷きました。わたしが早いと感じるのですから、リィさまにとってもきっと早いものなのでしょう。
「リィさまに一番にお祝いして頂きたくて、帰って来てしまいました」
「それは光栄だ! たくさんの人がメイメイの事お祝いしたいって思ってるはずだから、早くお祝いしてあげなくちゃね。……コホン! えー、きみの誕生を祝い、これからのますますの健康を祝って! ハッピーバースデイ、メイメイ!」
 ローレットの待合テーブルに、甘くてあったかい香りが満ちました。
 リィさまは決まったお宿は持っていないのだそうで、手作りのケーキはローレットで頂こう、という事に。真ん中にちょっと歪なケーキが置かれて、お互いの前にはグラス。手慣れた様子でコルクを抜いたリィさまは、気取った様子でワインを傾けて下さいました。
「……白、ですか?」
「うん! 意外だった?」
「意外というか……リィさまには赤い方が似合う、と思いまして」
 素直な感想でした。
 黒い衣服に桃色の瞳をしたリィさまは、赤ワインを飲んでいるのが似合うと思います。白ワインで想像すると、何とはなしに違和感を感じるのです。そう告げるとリィさまは嬉しそうに笑って。
「でもね、今日はメイメイの誕生日だから、メイメイに似合うお酒にしようと思ったんだ。それで、ケーキの甘味はちょっと薄めにしてあるよ。甘すぎるとワインの味を殺してしまうからね、手作りならではの拘りってやつ……ふふ。僕ね、初めてケーキを作ったんだよ。クリームも混ぜて」
「……これを、リィさまが、……お一人で?」
「うん、一人で! すごいでしょ。食べ物を一人で作るって初めてやってみた」



「そういえば……シュペルのお陰で元の世界に帰れるんだってね」
「めぇ。そう、聞きました。リィさまも、知っていらっしゃったのです、ね」
「うん。でも僕、帰らない事にしたよ」
 リィさまはそろそろとケーキを切り分けながら、しれっととんでもない事を言いました。帰らない。その言葉はながら作業で言うような事ではないと思うのですが。
「だって帰ったってつまんないもん。僕は此処でメイメイや皆に出会って、そして色んな事を教わった。元の世界で学んだ何よりも、その時間は充実していた。覚えてる? 君に雪だるま作ったり、空を蝙蝠で飛んだの」
「はい。勿論、覚えています」
「あれ、本当に楽しかったんだ」
 リィさまがそう言いながらお皿に載せて下さったケーキは、くしゃくしゃになっていて。
「このケーキを作ってる間も、とっても楽しかった。誰かのために何かを作る。僕は前の世界ではそんな事した事も――する必要もなかった。そんな世界には帰らない。僕は、この混沌で……ちっぽけなただの"リィ"でいたいんだ」
「……リィさま」
「メイメイは僕の一番の友達だ。きみが結婚しても、例えいなくなっても、それはきっとずっと変わらない。僕の生涯で一番の友達! だからきみの生きている世界で、僕も生きていきたい」
 リィさまの作ったケーキは、いまはくしゃくしゃで。
 でも、わたしは……リィさまのケーキが少しずつ巧くなるのを、見ていたいと思いました。リィさまという大切な友人が残ると言ってくれた事を、少し嬉しいと思ってしまったのです。
「……にしても、このケーキちょっとぐちゃぐちゃすぎるね。雑にした覚えはないんだけど……メイメイ、……メイメイ! こら、笑わないでよ! 今度はきっともっと巧く作るし! ふーーんだ!!」



 拗ねてしまったリィさまを宥めながら、少し甘味の薄いケーキを頂きました。グラスに注がれたワインは、わたしに呑まれるのをいまかいまかと待っているかのようです。"大人が飲むもの"に、何となく気後れしてしまうわたし。
「食べ物をお腹に入れたら、ちょっとずつ呑むんだよ。これ結構強い……? 多分? 強いから、一気に飲んだら酔っちゃうよ」
「リィさま、もしかして今まで、お酒の度数を考えて飲んだ事が……」
「ないね!」
 酔う、とはどのような感じなのでしょう。
 少し緊張しながらグラスを取り、舐めるようにグラスの中身を喉に流し込むと……ほんのりと熱いような。喉に流れ込む熱さと、独特の香気。そして葡萄の味を感じて思わずまたたきをしました。
「――あははは! メイメイ、びっくりしてる!」
「めぇ……! り、リィさま、喉が熱いです」
「それがお酒だよー。ワインで目を白黒させてたらあとが大変だよ? 豊饒のお酒ってかなり強いものが多いって聞くけど」
「めぇ……」
 これから、豊饒のお酒を飲む機会も増えるのでしょう。
 その時に醜態をさらしたらどうしましょう、としょんぼりしたわたしを見て、リィさまはまた大きく口を開けて笑うのでした。
「あはは! ――ねえ、メイメイ。これからも、たまには幻想に帰って来てね。僕が豊饒に行く事も出来るけど、ほら、僕ってば招かれないと入れないから」
 下手すると豊饒に入れないかも。
 と、恐ろしい冗談を仰るリィさま。豊饒の国境でぽつんと佇む様を思わず想像してしまって、大切な友人をそんな目には遭わせられないと決意をするのでした。
 それに、ええ、何より……わたしがお祝いして欲しいから。少しずつきっと綺麗になっていくケーキとお酒でこうしてお祝いして欲しいから、また来年もきっと、此処に来るのでしょう。
 一度呑んでしまえば、もう躊躇う事はありません。わたしはお酒を飲んでふわふわと柔らかくなった視界に、リィさまを捉えました。

「大丈夫です。――リィさまは、わたしが歓迎しますから」

 ああ、この宣言をわたしは明日覚えていられるでしょうか。
 嬉しそうに笑ってリィさまがグラスを煽る、それをわたしも真似して……

 わたしは絶対に、この日の事を忘れる事はないでしょう。


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