SS詳細
Bifurcaction
登場人物一覧
スティア・エイル・ヴァークライトはその時を待っている。開け放った窓の外から唐突に迎えがやってくることを。
塔に囚われの姫君であったならば勇猛果敢な騎士の救いの声に答えてそのまま飛び出して行ってしまうのだろう。
けれど、
はしたない、だなんて叱りつけるその声に「ごめんなさい」だなんてからからと笑ってかけていくのは幼き日の再来のようだった。
聖職者として、そして、ヴァークライトの後継ぎとして、政務に追われるスティアの目がぐるりと回る。余りの忙しさにこのまま床に伏して倒れてしまった方がよいのではないかと思うほどであっただろう。
「うう」
呻きながら体を起こせば、目の前の机には決裁前の書類がどんと乗せられている。こうした貴族としての
騎士としてだけではなく、政務官としての適性も高かったのだろう叔母の有難みを実感する日々である。
そろそろ走り回らなくては体が訛ってしまう。呻きながらも背筋を伸ばしたスティアは窓をこつこつと叩く音がしてから振り返った。
「また怒られちゃうよ?」
「あはは、正面から言ってもスティアは忙しいので、って言われるんだよね?
スティアちゃんってそんなに書類仕事苦手だっけ? それとも、遊び足りなくってサボってた?」
「ががーん、優等生のつもりだけど……どっちかっていうとそうかも。
くすくすと笑った彼女――サクラ・ロウライトをスティアは見やった。ともに天義の貴族として生まれ、時代に翻弄されて生きてきた少女同士。
これから
それを分かっているからこそ子供のように語り合う。窓辺に腰かけた桜を振り返ったスティアは急ぎの書類だけを処理をしてから「ごめんなさい」の書置きを一つ。
「それでいいの?」
「怒られるのは一緒だし。あ、そうだ……」
スティアはそこに「サクラちゃんも一緒です」と書き加えた。途端にばつの悪そうな顔をしたサクラが「そんなの書かなくってもいいのに」と呻く。
「でも、仕方ないよ。一人じゃ背負い込めないってことで、ね?」
「そういうこと言って……」
朗らかな気配を醸し出したスティアにサクラは肩を竦めた。これから向かうのは大聖堂だ。そこに人を待たせている。
ある意味、スティアにとっては因縁の相手であり、サクラにとっては向かい合うべき
静謐漂う聖堂の扉をゆっくりと開いてから二人は「やっぱり」と顔を見合わせた。
「お会いできて何よりです。ブトナ嬢」
「ご機嫌麗しゅう。ヴァークライト嬢、ロウライト嬢。今は閣下とお呼びした方がよろしいかしら」
ゆっくりと振り返ったのは美しき少女だった。天義貴族ブトナの養女となった彼女、アリソン・コレット・ブトナは胸に手を当ておかしそうに笑う。
「世界が平和になりましたのに、小悪党には目を瞑ってはくださりませんの? さすがは正義の騎士と清廉なる聖女様です」
「そんな事を言って。ブトナ嬢……いいえ、アリソン。貴女と御母堂の悪意はささやかなことではなかったでしょう?」
「ロウライト嬢ったら。そんなことを言って。
人が、人を利用することの何が悪いと言いましょうか。アドラステイアにいた大半がそのようにされるのでは?」
彼女が
彼女と話をしたいのではない。不正義として断罪の手が伸びたであろう彼女の母ミディアと話すことを求めて居たのだ。
――が、アリソン曰く義母は隠居してしまったという。もう表舞台には出てこないからと仮保釈状態でブトナ家に戻された女をサクラは訝し気に眺めた。
それはスティアも一緒だっただろう。あれだけ悪辣な女がすべてを諦めてすごすごと姿を隠すわけがない。ぎらりと睨めつけるサクラの背後で、後ろ手に術式を編んでいたスティアはわずかな物音に顔を上げた。
「うん、そうだね。アドラステイアに居た大半はそうだったと思う。
けれどね、それでも彼らは生き残るためだったんだ。……みんながみんな、
アリソン・コレット・ブトナ。あなたはお義母さんの手でそうなってしまったのかもしれない。元は良い人だったんだろうなってそう思うよ」
「何を言って?」
「
真っ直ぐに顔を上げて、スティアは自らの周囲に簡易結界を広げる。魔力の残滓が花となりふわりと広がるその中を聖刀を引き抜くサクラが駆ける。
「何を!」
引き攣ったように叫ぶアリソンの後方へサクラが踏み込んだ。その切っ先が乗せたは氷の気配。氷華一閃――それは艶やかに咲き誇る
死線にあっても尚も惑うことなく踏み込む彼女が切り伏せたのはアリソンの後方から顔を出した無数の刺客たちであった。
「成程。アリソン諸共ってこと? そういう所だと思うよ、この悪党」
「まあ、ひどい」
靴音を立て、顔を見せた女を見据えてからアリソンが「お義母様」と叫んだ。
ミディア・コレット・ブトナは義娘諸共、スティアやサクラを葬り去るつもりであったのだろう。
何不自由なく過ごす女は己のプライドを傷つけたヴァークライトの娘を、正義を掲げたロウライトの娘を恨んでいたか。
「ッ、お母さま……!!!!」
乞うような声を上げたアリソンまでもを切り伏せようとした刺客を前にしてスティアが勢いよく転がり込んだ。
結界を展開するスティアが眉を寄せる。結界へと無数に叩き込まれた魔力が霧散していく。ひゅ、と小さく息を飲んだアリソンが「どうして」とスティアを見る。
「アリソン。貴女はこうやって殺されるようなことはしていないよ。
それに……ミディアがあなたをこうしたんだ。あの人の悪意によってあなたが命を失うようなこと、あっちゃいけない!」
「そうだね。こんなの自分勝手が過ぎるよ」
サクラがぎらりと刺客たちを睨めつけ続ける。混沌世界を救った
「しぶといものですわね」
くすりとミディアは笑った。すらりと女が細剣を引き抜く。彼女自身も
神聖なる気配を宿した切っ先がサクラへと迫る。地を蹴った女が真っ直ぐにサクラの懐へと飛び込もうとした。
「甘い太刀筋だね」
「どうかしら、わたくしの戦い方など見たことはありませんでしょう」
いつもならば豪奢なドレスに身を纏っているミディアは今は黒に塗れている。女が至近距離に飛び込んできたことに気づきサクラはその剣を逸らした、が――
(なるほど、ね)
魔力が珠となり追いかける。それらがサクラの前方で破裂して視界を眩ませた。
「勿論!」
スティアの周辺から鮮やかな魔力が広がった。その残滓が花となり、サクラを包み込む。
言葉なんてなくとも、指示なんてなくとも、分かり切っている。どのように戦えばいいのかなんて知っている。
それに、サクラはスティアにならば背を任せていられるのだ。このまま真っ直ぐに走り、真っ直ぐに狙えばいい。
スティアが資格を受け止めてくれている間にサクラはミディアを倒しきる。ただ、それだけなのだ。
「ミディア。貴女にとって聖騎士と聖職者となった私たちはきっと邪魔なんでしょう。
そうだね、貴女のような人間は
「バカげたことを! 此処でお前たちは亡骸となって見つかるのです。
お分かりかしら? 司祭様たちに泣いて宣言してあげましょう。この子たちは勇猛果敢に戦い、アリソンを守ろうとしたのだ、と!
わたくしが辿り着いたときには虫の息のアリソンが泣きながらそれを語り、そうして事切れてしまったのだと!」
「本当にサイテー」
サクラはそう呻いた。切っ先がぶつかり合って逸らされる。ぎん、と音を立てたそれを眺めながらもミディアは未だに余裕を浮かべていただろう。
そんな余裕なんて、きっと続かない。
サクラは知っている。
自分が憧れたあの人に届くように、真っ直ぐに、真っ直ぐに走っていくのだから。
――だから、こんなところで膝をついてなどなるものか!
「私はね」
サクラがミディアを見つめる。
「諦め、悪いんだ。誰よりもさ」
だから高みに向けて走ってきた。
そうして、
その道の果てに英雄と呼ばれるまでの場所があった。
それでもまだ、高みなんて届いちゃいない。
「私の決意も、私の信念も、お前に打ち砕けるものじゃない!」
振り下ろした切っ先が。スティアの目の前で
「あっ」とアリソンが声を上げた。ただ、その細い体を抱きしめながらスティアは祈る――大丈夫、大丈夫、大丈夫。
このひとは、生きていける。このひとは、悪人ではないから、きっと前を向いて歩いて行ける。
落ち着け、自分が彼女を恨んではならない。ミディアは敵だ。悪人だ。殺さなくてはならない象徴だった。
けれど、この子は違う。この人が生きていくために自分が許してやらねばならない。
「あなたは、利用されていただけだから……」
「わ、わたッ」
「大丈夫。あの人はあなたを利用していただけなの。だから、私は……貴女を許すから」
スティアは何度も繰り返した。腕から力が抜けていくアリソンがスティアの腕の中でただ、ただ、泣きじゃくる。
静かなその場所に響き渡った鳴き声を聞きながらスティアはそうと顔を上げた。
「……終わった、んだよ。お父様、お母さま」
何時まで経ったって自分は不正義を背負って生きて来た。
そんな不正義の家門として生きて来た自分の隣で笑っていてくれたのは――この人だったから。
「ありがとう、サクラちゃん」
「ううん。スティアちゃんの手はきれいな方が良いよ。私は騎士だからね。
……聖職者を守り、この国を守る聖騎士として歩いていくんだ。だから、聖女は祈っていてくれたらいいんだから」
深々と降り積もる言葉の数に、スティアはゆっくりと目を伏せった。
ミディア・コレット・ブドナが死んだという一報は明くる日に天義へと知れ渡った。
断罪された、という情報が付け加えられたのは現状についてをアリソンがしっかりと通告したからなのだろう。
今度は不正義の家門となったのはブドナ家の方だっただろう。だが、スティアはアリソンについて嘆願書を出した。
彼女のことを罰することがないように。彼女は利用をされていただけだから、と。
聖職者としての道を選びたいと告げたミディアをこれからも支援するのだとスティアはそう付け加えて。
「よかったの?」
「これが聖女なので」
胸を張ったスティアにサクラはおかしくなってから「でも、結構怒ってたよ? 聖女様」と揶揄った。
「そりゃあ、そうだよ! まあ、すべて終わったら怒るのもな~、みたいな?」
おかしそうにそう言ったスティアにサクラはおどけたようにそっと手を差し伸べる。
うやうやしい騎士のように身を屈めて差し伸べられた手に、スティアが重ねようとしたならばひらりとその手が挙げられた。
「よし、じゃあ行こうか。聖女様!」
「あはは、エスコートをお願いしようかな? 聖騎士様!」
駆け出すサクラを追いかけて、スティアは階段を上っていく。
この白亜の都は永久に清廉なる場所となる。広がる青空の下、笑いあう二人の少女の英雄譚はきっと語り継がれることだろう。
- Bifurcaction完了
- GM名夏あかね
- 種別SS
- 納品日2025年12月31日
- テーマ『これからの話をしよう』
・スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
・サクラ(p3p005004)
