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聖女二人、日々徒然
登場人物一覧
「どこに行くってんのよ」
ソファーに転がってそう言ったカロル・ルゥーロルゥーに対してスティア・エイル・ヴァークライトは「あいさつ回り」とそう言った。
竜の聖女、だとか、遂行者だとか、そんな文字列を並べてしまうのがカロルという女だ。
そもそも、彼女は普通の人間ではない。紆余曲折あって今を生きている不可思議な存在であるのだ。
特異運命座標たちの活躍によって、というところもあるが、彼女が天義の庇護下で生きていくにも限界があるとスティア自身も考えていた。
故に、彼女を自身の正式なパートナーとして迎えることにしたのだ。その、挨拶巡りである。
「いきなりルルちゃんがカロル・ヴァークライトって名乗ってたらびっくりしちゃう人が多いと思うから。そういう人にあいさつに行くんだよ。
例えば、覇竜領域の琉珂ちゃんとか、アルティオ=エルムのファルカウさんとか、あ、そこには友達もいるんだ。
それから、プーレルジールから来た魔法使いのマナセちゃんもまだローレットに滞在してるはずだし。
あとは近場ならサントノーレさんとか? 挨拶しておかなくっちゃ吃驚しちゃうと思うよ。なにせ、ルルちゃんだし」
「私は何するでもなく犬と遊びたい」
「犬って……あ、てる子? てる子ならそのあたりに……」
スティアが扉を開ききょろりと廊下を見回した。メイドたちが「どうかなさいましたか」と声をかけてくれることには未だになれやしない。
嘗てはそうした生活をしていたのだろうが、特異運命座標として家出娘モードで過ごしていたのだ。今更貴族でヴァークライト家の跡取りと言われてもそれらしく振舞うことが出来るものか。
「えーと……てる子を探してて……」
「テレーシアなら先ほど、エミリア様が散歩に連れて行かれましたよ」
スティアは「ははーん」と呟いた。叔母はどうやら
鮫の被り物をお気に入りにしている愛犬に新しい服を仕立てたいだとかなんだとか言い訳をしながら連れ去られてしまったというならば仕方がない。
「ごめんね、ルルちゃん。てる子は叔母さまが連れて行っちゃったみたい」
「エミリアはまだ婚約者ともだもだしてるわけ? さっさと結婚させなさいよ」
きっぱりと告げるカロルにスティアはおかしそうに笑った。彼女はこうしたきっぱりとした性格だ。口は悪いが、性格までも捻じ曲がっているわけではないだろう。
彼女自身はエミリア・ヴァークライトの未来を慮ってはくれている。家紋に泥を塗った
美しきその人が今、もう一度婚約を結びなおした相手は彼女に恋い焦がれている。彼女もまんざらではないのだからさっさと決意しろとカロルは口を酸っぱくしているのだ。
「あはは……まあ、叔母様たちももうすぐだよ」
「そうかもね。私なんてきっぱり決めたわよ。
そもそも一人じゃ生きていけないもの。私って罪人だから。聖女なんて言ったって血濡れた聖女とか呼んでくるやつが居るでしょ。
まあ、そういうやつをとっちめるために天義っていう後ろ盾があったんだけど、それだけじゃ足りないもの。
おまえの名字をもらうってのはそういう意味もある。それに、私はおまえが嫌いじゃない。おまえも私が嫌いじゃない。良い事じゃない」
「そういうこと言う……」
スティアが拗ねたように言えば「おまえの顔面は良いからね」とカロルは楽しげに笑ってから立ち上がった。
「どこ行くの?」
「着替えてくる。可愛い聖女様モードじゃ旅はできないわ。おまえもね、軽装になりなさいよ。久しぶりに特異運命座標と遂行者ごっこしましょ」
向かう先は覇竜領域であった。かつて、人類は竜という強大な存在に怯えたものであった。
と、言うのに怯えることがないのはカロルにとって竜とは友人であったからだろう。堂々と覇竜領域にやってきては物見雄山気分でもある。
「それにしたって、特異運命座標って無茶するわよね。私たちの時代じゃこんな場所に踏み入ろうだなんて想像もしてなかったわ。
だって、普通に怖いでしょ。私のそばにいたすっご~~~~くいい子の竜は別だけれど。あの子……アレフは、そう、いい子だったのよ。
ほかの竜がそれだけいい子なのかは知らないわ。だから、すごいわね、お前もここを旅したの?」
「え? うん、そうだよ。それでね、出会ったのが亜竜種の里のお姫様だったの」
カロルがぱちくりと瞬いてから「姫ェ?」と何かを吐き出すように言った。スティアはその表情自体におかしくなって笑ってしまう。
何を文句を言っているのか。
「まあ、そうね。そうだったわ。それで、その姫に何の挨拶をするの?」
「お姫様っていってもお高く止まるタイプじゃないよ。それに、幻想とか天義の貴族社会でもないの。
ただ、里長の家系に生まれた女の子ってだけで、どっちかっていうとルルちゃんみたいに
カロルはおとがいに指先を当てて何かを悩ましく思うような姿勢をとってから「成程ね? 私みたいにかわいいってことだ」とそう言った。
「んで、その姫の顔面が好きってことね?」
「ががーん……ルルちゃんどうしたの……」
「スティア、おまえはその女が大層好きそうだから予め言っておくわ。
私も、その女の顔面がすごくいいというならば好きよ! わかったわね!?」
――そういえば、面食いだった。スティアは小さく頷いた。あれだけ恋焦がれているように見えた七罪が一人、ルスト・シファーの何処が好きかと聞かれて顔面と声高に答えるのだ。
それはそれは彼女はきれいなものが好きである。愛されて育った春色の髪に、朗らかな緑色の瞳の姫君など嫌いなわけがない。
竜おじさまと呼ばれた
スティアはふと、彼女の横顔を見た。ルストを敬愛し、彼と共に過ごしてきた
そのどちらもが七罪によって作られた価値観であるのだから、きっと彼女たちは分かりあい、仲良くなれる筈だ。
特にルストにほど近い場所にいたカロルなどはべるぜーのことを知っている可能性もある。琉珂には何か話すことが生まれるのかもしれないと思えばこそ、これからが楽しみだろう。
「じゃあ、会いに行ってみようか。きっと思いっきり歓迎してくれるよ」
「抱きしめられたら抱きしめ返してもいいのかしら?」
「えっ? 勿論。きっと、楽しそうに笑うよ。それから、ベルゼーさんのことを知っていたら教えてあげてほしいかも」
「ああ、暴食……どうかしらね、きっと、わかることはあるわ。そうしたら教えてあげましょう。
まあ、任せておきなさいよ。これでもルスト様の遂行者だったのよ。ある程度の事ならば力になってあげられるはずだもの」
冒険者としての装いに身を包んでいた彼女の甘い桃色の髪がゆらゆらと揺らいでいる。蜜色の瞳が細められたかと思えば彼女が楽しげに笑うのだ。
「ほら、行きましょう」
亜竜姫のもてなしはそれはそれは大変なものであっただろう。大騒ぎでスティアは「ががーん」と呟き続けた。
何せ、料理を作って待っていたのだ。料理の大逃亡を見てしまったならばなんとも言葉にできるまい。混乱しながらそれを追いかけた時間はなんとも言葉にできないものだっただろう。
カロルがおかしそうに腹を抱えて笑っていたことを思い出し、次に向かう先は幻想とした。魔女ファルカウとの面会には相応の時間が必要となると聞いたからだ。
「それで、次はだれにあうの?」
「魔法使いだよ。小さな小さな伝説の魔法使い。
混沌世界に伝わっている物語なんだけれど、勇者アイオンと旅をした魔法使いマナセっていう子が居て……ただ、鏡写しの
「ふうん、伝承の世界ね」
「そんな感じ! その世界のマナセちゃんがこの世界にやってきて、戦ってくれたから様子を見に行こうかなあって」
「どんな子?」
「えーと……ふわふわのピンクの髪の女の子」
「……お前ってピンクの髪の女が好きなわけ?」
違うよと慌てて手を振ったスティアにカロルは訝し気な視線を向けてから「まあいいや」と小さく笑った。
幻想王国に滞在しているというマナセは学士となるべく育てられ、現在も見分を広げるために混沌世界で過ごしているらしい。
マナセに会いたいのだと告げれば彼女の方から「天義について教わりたいの!」と連絡がやってきた。彼女の可愛らしい使い魔はそれだけを言って爆発してしまったため、幻想王国に迎えに行くことにしたのだ。
「きっと、天義にこのまま帰ることになるんだけれど、いいよね?」
「そのマナセって女をお客として迎えるのね。構わないわよ。
それで、おまえはその女とどんな仲だったの。楽しそうね、魔法使いって。いいじゃない、私も物語はよく読んだものよ」
スティアは少しばかり悩ましげな顔をしてから「そうだねえ……」と呟いた。マナセ・セレーナ・ムーンキーはどこにでもいるような小さな少女だった。
ただ、物語の中では伝承の魔法使いともなれる存在だったのだ。プーレルジールでは少し違った彼女を導いて大魔法使いへと変えたその途上。成長していく姿をスティアは見ていたことを思い出す。
まだまだ幼く小さな彼女との冒険はそれなりに楽しかった。その思い出を振り返っていたスティアは「帰りは馬車とかでどうかなあ?」とカロルへと問いかける。
「いいわよ。馬車でのんびりだらだら帰るっていうなら、いくらでも付き合うし、そのマナセも喜ぶからそうしたいんでしょう?」
「えへへ、バレてたか」
「もちろん、おまえのことはある程度分かるのよ。そいつと馬車の旅をして思い出を語るっていうなら私も参加させなさい」
カロルはマナセに興味を持っていたのだろう。彼女が駆使する古語魔術は会うことが叶わなかったファルカウなども利用していた。
今現在の言葉とは違った古い魔女たちの言葉は
気になりますと顔面に張り付けているカロルに「それじゃあ、それも教えてもらおうね」とスティアは微笑んだ。
幻想王国の街に久々にやってきたならば、特異運命座標として駆け抜けた日々を思い出す。あの頃は、記憶もうっすらとしており、天義を家だと実感することはなかった。
自らが天義の貴族であると分かっても、それでも尚も特異運命座標として
「何だか懐かしいなあ」
「私が普通の特異運命座標だったらおまえとは仲が悪かったでしょうね」
「あはは、そうかも」
確かにこんなにも
そんな思い出を話していれば、ぶんぶんと手を振る小さな少女が居た。栗鼠のようなフードをかぶって、可愛らしく装った魔法使いだ。
「スティアー! それから、えっと、噂の聖女ね! ふふー、こんにちは、マナセよ!」
明るく笑った彼女は旅行鞄を片手に堂々と立っている。可愛らしい魔法のステッキを手にしている魔女は「これから天義までのんびり旅立って聞いたの!」と瞳を煌めかせた。
どこへと行こうかと声をかけるスティアにマナセはガイドブックを持っていますとうきうきとした様子で身を揺らしている。
カロルがそんな彼女に興味を持ったのは言わずもがなだっただろう。楽し気な顔をしたカロルが「ねえ、おまえ。これからいろいろと話しましょう」と身を乗り出す。
「え? うん。いいわよ。それで終点はどこ?」
「天義に変な探偵が居るの。そいつをとっつか前に行くわよ。それからスティアの家に帰るわ」
「はーい!」
明るく笑うマナセとカロルを見てからスティアは「ががーん」と呟いた。
それでも、こんな日々を待っていた。こんなありきたりな毎日を。
捕まってしまうサントノーレには不幸だな、なんて思いながらスティアは「それじゃ行こうか」と笑いかける。
これから先なんだってできるから。そんな日々に――いってきますを。
- 聖女二人、日々徒然完了
- GM名夏あかね
- 種別SS
- 納品日2025年12月23日
- テーマ『これからの話をしよう』
・スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
・カロル・ヴァークライト(p3n000336)
