PandoraPartyProject

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先に結え

登場人物一覧

建葉・晴明(p3n000180)
中務卿
建葉・メイメイ(p3p004460)
繋いだ意志

 ――雨月の頃、貴女が二十歳の節目を迎えたその頃に、居を此方に移してはくれないだろうか。

 彼の言葉は花のように落ちる。それは梅綻ぶ寒々しい時節の頃であった。何気なく夜食を口にして、中務省の遣いの者がやってきたからと席を立った晴明が「今日は遅い、瑞が送ってくれるそうだから」と帰宅を促してくれる。
 神威神楽で宿所として利用している場所は瑞神の加護を受ける御所の内部だ。迷うことなく帰宅できることには違いないというのに彼は存外に過保護なのだろう。
 毎日の事ではあるが、特異運命座標として飛び回るならばある程度の場所に拠点を設けておくべきだ。晴明も当初は仮住まいの場所として与えてくれたのであろうが、いつの間にやらメイメイにとってはこの場所こそ安寧の地のようにも感じられた。
「メイメイ、どうかなさいましたか」
「いえ、……その、少しだけ、よい……ですか」
 迎えにやってきていた瑞神はゆらゆらと灯篭を揺らがせながら振り返る。白く伸ばされた髪が揺らぎ、子犬のような愛らしいかんばせの娘が悪戯めいて顔を上げる。
「……その……晴さまの、ことで」
「まあ、あの子は遂に婚姻の約束でもしましたか」
 メイメイはぱちくりと瞬いてから目を見開いた。それから、視線をうろつかせて「いえ、その」と上ずったように返す。
 ついつい聞いてしまった。忍耐だけではできなくて、居を移すだけの話かと。彼が妻になってほしい乞うてくれた事だって誠の話ではない気がしてならないのだから。
 淀むばかりのメイメイに瑞神はくすりと笑って「心が決まっていたのでしょう」と返した。ゆっくりと近づき手を取ってくれる彼女がこてりと首を傾げる。
「メイメイ。わたしにとって晴明というのはかわいそうな子でした。時代に翻弄され迫害されてきた獄人……。
 されど、父の跡を継ぐべしと幼少の契りより賀澄にだってよぅく仕えてきたのです。仕事ばかりで、色恋にも疎く、ただ、真っ直ぐなばかりで不器用な子でした」
「は、い……よく、わかります」
「だからこそ、不器用なあの子の心の殻を破ってくださった貴女をわたしは愛おしく思うのです。
 ねえ、メイメイ。貴女が見つめる先に、あの子の姿はありましたか。わたしは、そうであれば嬉しい」
 瑞神が灯篭を床に置いて、それからゆっくりと手を伸ばした。メイメイは小さな小さなその体をぎゅうと抱きしめる。
 少し、冷たい――かみさまの体は、人間のようなぬくもりはないのだろうか。小さくて、幼く思えるようなその体を抱きしめれば、腕に力が籠められる。
つ国より遣ってきたあなた。あの子を、晴明を好いてくれてありがとう」
 ――そんなこと、きっとこの人に言われなくっても分かっていたのだ。
「はい」
 だって、答えなんて決まっていた。いつだって駆け出してあの人の腕の中で笑っていられたらと願うのだ。
 この小さな神様が、その両腕で愛おしいと彼らを抱きしめているように。自分だって随分と年上のあの人を守ってやりたかった。
「……はい、わたし、も……晴さまのおそばに、いたいです。だから、その……」
「お返事は、したのですか」
「いいえ、それが、逃してしまって」
 日々せわしなく過ごすあの人が何気なく夜食の席で言ったのだってタイミングというものがあったのだろう。
 梅綻ぶ頃、きっと答えを告げることが出来る。花を見ようと誘おうとそう心に決めたのは、瑞神と何気なく雪見をしながら帰っていた時だっただろう。

 愛おしいひとは、朝は早く起き、夜は遅くまで働き詰めであった。国を開くというのはそうも易い事ではなかろう。
 これまでも交易は行われていたが、それよりももっと深く深く他国を受け入れるというのは帝の一存だけでは変わるまい。
 その補佐である晴明もまた、翻弄されるようにして日々を過ごしていたのだろう。そんな人に花を見に行こうと願うというのは難しい事であるように感じられて。
 だが、一言でも花を見たいと告げれば彼は少しばかり嬉しそうに言うのだ。「望むのであらば」と。いつだってメイメイの我儘に答えようとしてくれるその人が、愛おしい。
 花を見に行くためにと仕事をあらかた終わらせて待ち合わせをしようと声を掛けられる。メイメイが待ち合わせ場所に向かえば、彼は疲弊の色彩をうっすらとも滲ませず、背筋をぴんと伸ばして待っていた。
「晴さま」
「メイメイ、今日は天気でよかった」
 向かう先へ、慣れたように進む彼をちらりとメイメイは見上げる。疲れ切っているだろうにそうとは思えぬように振舞うのは彼なりの気遣いなのだろうか。
「花見も、習慣となれば良いものだと、思わないか」
「はい」
「貴女が誘ってくれてよかった。季節を実感できる」
「ええと、はい……あの……」
 普段より口数の多い晴明と普段より口数の少ないメイメイの二人が寄り添うように歩いている。
 しんと静まり返ったその場所で晴明は立ち止まってから「メイメイ」とその名を呼んだ。
「は、い」
 少し後ろで立ち止まるメイメイはぎこちない返事をする。緊張に上擦った声を返してしまったのはきっと彼にもお見通しであっただろう。
「言いたいことが、あるのだろうと思っていた。だから誘ってくれたのだろうと。
 ただ、それがどの様なものかは……俺にはまだ、見当がついていない。俺が貴女に求めたことへの返事だろう?」
 ゆっくりと振り返った彼の表情に僅かな陰りと緊張が滲んでいる気がした。メイメイの返答がどう転がろうとも彼は覚悟を持って向き合ってくれるだろう。

 ――一蹴してくれても構わない。貴女の意思自体を捻じ曲げてしまうかもしれないと思って居る。まだ、悩んで貰う時間はたっぷりと。

 本当に回りくどくて予防線ばかり張って。自分に自信を持たないのはその出自故だったのだろうが、どうにもではない人なのだと分かっている。
 奥手で、優しいこの人。メイメイにとって可愛らしくも感じるその人が真っ直ぐに向き合って言葉をくれたのだ。
「ええと、その……あの時のお返事、の前に……もう一度、言っていただけます、か?」
「それは……」
「……もう一度、お聞かせ、ください」
 あなたの言葉は一字一句忘れていない。それでも、その言葉に答えるというならばあの日のようにはっきりと聞かせてほしい。
 晴明が一度瞬いてから息を吐く。それから、あの日を思い返すように、己の心を吐露する様に少しずつ、言葉を紡いだ。
「俺は敬愛する主君がいる。この命を擲っても良いと思えるほどに。俺の忠誠は歪む事はあるまい。
 ……故に、貴女に願いたいのだ。この国に居を移さないか、と。
 賀澄殿がこの国を開き、文明を受け入れる頃。俺はきっと日々忙しなく貴女を待たせる時間が長くなるだろう」
「は、い」
「あの方と、この国に仕えたいというをも告げる俺を許してほしい。
 海を隔てた場所で過ごす貴女を思うことはきっと、俺にはもう耐えられない。貴女という存在が傍にいる心地よさを知ってしまった。
 ……貴女が俺とこの国で生きてくれるというならば妻となってほしい。俺は貴女が、良い。メイメイ」
 あの日よりも真っ直ぐに、彼が自分を見た、とメイメイは気づいた。彼が自分に返答を求めてくれているのだと、そう分かる。
 何時までも待つと言ったあの日の言葉は撤回されてしまっただろうか。ゆるく顔を上げれば彼はその真摯なまなざしを向けてくれていたのだから。
 この人は真っ直ぐだ。自分よりも賀澄を、主を優先する可能性があるというその不義理を告げたうえで道を選べと言う。
 海を隔てた故郷ではなく、この離れた国で生きてゆこうと。それが彼にとっての我儘であるのだと。
 ――そんなもの、我儘ですらないのに。彼が求めてくれるなら最初から答えだって決まっていたのに。
「……わたしは。故郷を捨てるわけでは、ありません」
 メイメイの言葉に晴明が小さく息を飲んだ。それからじいと見つめる。
 緊張と、僅かな不安がゆぅらゆぅらと揺らいでいるかのようでメイメイはゆっくりと言葉を紡いだ。
「どんなに遠く離れても、繋がっているのです、から。
 長い長い旅で、それを知る事が出来たの、です。それに……豊穣というもうひとつの故郷さえ、いただけるのですから」
「メイメイ……」
「沢山悩んで、迷って、それでもわたしの手を取ってくれた」
 年齢も、姿も、何もかも。大切だと、愛おしいと、そう乞うてくれるこの人をメイメイは好きだ。
「豊穣を、賀澄さまを、大切になさっている……。そんな晴さまだから良いのです。ふふ、前にもこんなやりとりをしました、ね」
 ――あなたがあなたでいられるすべてが、愛おしい。
 晴さま、と呼べば彼は膝をついて視線を合わせてくれる。背の高い鬼人が刀を握り慣れてしまった武骨な掌をそっと差し伸べてくれる。
 その掌に頬を寄せメイメイ・ルーは笑った。
「……わたしを、晴さまの、お嫁さんにして下さい。貴方と家族になりたい。
 わたしを愛してくれて、ありがとうございます。幸せに、します。貴方を。世界でいちばん」
「……あなたが、俺を?」
「はい。わたしが、あなたを」
 晴明がふっと小さく笑ってから「俺があなたを、だろう」と笑う。頬を撫でる掌がゆっくりを下ろされて背に回される。
 ゆっくりと引き寄せられるように腕の中に納まれば、メイメイはくすりと笑った。
「晴さまも、そうして、くださいます、か?」
「できないなどという男にはなりたくはないな。
 ……貴女を世界で一番幸せにしよう。俺こそ、愛してくれて、ありがとう。
 貴女が俺に向き合ってくれた、途方もないその時間こそ、貴女がくれたかけがえのないものだったのだと、分かっている」
 彼をじっと見つめてから、メイメイはその耳元に唇を寄せた。まるで小さな子供の秘密話ささめきごとのようで晴明はそっとその声に集中してみる。
「……あの、その…わたしからもひとつ、お願いがあるのです、が……ええと」
「お願い? なんなりと」
 耳元で、囁いた。もっともっと、欲張りな言葉。
 彼の掌は頭を撫でてくれる。彼はこうして抱きしめてくれる。あたたかなぬくもりを分け与えてくれるこの時間がメイメイは大切で大好きだった。
 けれど、それだけじゃ。どうしようと悩ましげな顔をして続く言葉の締めくくりに「わたしの、両親は、仲睦まじくて」と囁いた。
 小さなお願い事に晴明はしばらく呆けた顔をしてから、ゆっくりとメイメイから手を放す。それからじっと彼女のかんばせを眺めてから視線を右往左往とさせた。
「……その」
「……はい」
「貴女は、存外に欲張りなのだな、と」
「……ふふ、晴さまの、ことなら」
 それから、彼は存外に照れ屋なのだ。奥手で、困った顔をして、恥ずかしそうに視線を逸らせてしまうのだから。
 晴明はそっとメイメイへと手を伸ばした。それから頬に触れる。ゆっくりと唇を重ねてから、離れたかと思えば視線を逸らした。
「善処しよう」
 慣れたならば挨拶のように口づけをしてくれるのだろうか、なんてメイメイは小さく笑った。
 きっと、これは約束を意味していて。ちょっとしたお願いと欲張りなが同居したささやかな願い事に彼は少しばかりの答えを見つけたようにそっと手を取った。
 手の甲へと口づけを落としてから「まずは、これからで」と青年は囁く。
「はい、これから、で」
「……あなたは思ったよりも強かで、俺を引っ張っていってくれるものだから、時に驚かされる」
「晴さまは、思ったよりも、きっと、臆病、です。……怖がらなくて、いいの、に」
「ああ。そうだろう。俺はとても臆病で。貴女が俺に答えをくれないのではないか、なんてそんなことを思うことだってあった」
 晴明がそっと視線を逸らしてから「そのようなこと、考えることが間違っていたのだろうに」と彼は囁いた。
「そう、です」
 少し、拗ねたように告げれば「すまない」と彼は言う。膝をついて、メイメイを見上げるような姿勢となっている青年とじっと目を合わせる。
 それからもう一度唇を重ねてから「約束、です」と囁いた。
 幾久しく、この縁を結わえ――を紡ぐのだろう。


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