PandoraPartyProject

SS詳細

愛は雨音

登場人物一覧

劉・雨泽(p3n000218)
浮草
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠


 世界の危機が特異運命座標達によって払い除けられた。
 平和になったのだと言われ、世界はまた動き出した――が、それをちゃんと実感できるようになったタイミングは人それぞれ。すぐに平和を受け入れて謳歌し始めた者もいれば、これは仮初の平和なのではないかと疑い、いつでも危機に立ち向かえるようにと気を抜かない者も居たことだろう。
 劉・雨泽(p3n000218)はどちらか、と言えば後者だ。もう大丈夫ですよ、なんて言われたって簡単に信用なんて出来ない。手のひらに乗せられてどうぞと差し出されたものが、受け取ろうとした瞬間に地面に落とされるような感覚をよく知っている。どうせすぐにまた新たな厄災が訪れる。今までがそうだったのに、これからも――。
 そう思っていたのに、この混沌世界の平和は続いていた。
 平和とは言っても魔物被害であったり盗賊や野盗といった荒くれ者たちの被害はあるため、冒険者ギルド・ローレットの日々はそれなりに忙しい。……しかしそれも、魔種を起点とする事件がなくなったため以前程でもない。ローレットへ行って窓口業務をこなしたり、依頼情報の正否確認に現地で軽く調査をしてから冒険者たちへと依頼を斡旋したり――そうしていると少しだけ『以前よりは平和』を感じられる。
 忙しすぎる、というのは無くなった。時間が出来れば、安定して会える。連絡も取りやすい。近くで食事をするだけではなく、ちょっとした遠出を一緒にしたりとかもしやすくなった。
「チック」
 そんなことを考えながらローレットのカウンターの向こうへと視線を向けると、揺れる髪に気がついて声をかける。
 目があって、細められる銀色の瞳。以前の満月のような色の瞳も好きだけれど、真昼の月のような今の瞳も好きだ。
「……今来たとこ、なのに、もう……気付く、したんだ」
「いつから来ていたの」と言って驚いてほしかったのに。密かに息を呑むように驚いた時の、瞳が少しだけ丸くなる雨泽の表情がチック・シュテル(p3p000932)は好きだった。人前で表情を取り繕っている雨泽の、隠しきれない小さな変化を見つけるのは、宝探しみたいで楽しい。
「チックは目立つからね」
「そう……なのかな?」
「ああ違う。僕がね、チックを目で追ってしまうから、ってこと」
 まだかな。そろそろかな。あ、来た。
「君っぽいシルエットだったり色の人がいると、ついつい出入り口を見ちゃうんだよね」
 ほぼ毎日会っているのに、変かな。それとも会っているせい? 君はどう思う?
 そんなことを零してから、雨泽は「もう少しであがるから待っていて」と離れていった。
(……目で追っちゃう、のは、おれも)
 チックは飲み物を手に、ローレットの酒場部分から窓口対応をする雨泽を眺める。雨泽が移動する度に白い尾のような髪が揺れて目を引いて、いつからかローレット内では傘を被らなくなったため赤い角が時折照明の灯りを反射する。冒険者たちに見せるパターンが少ない表情ほぼ軽い笑みと、時折同僚に見せる少し気安い表情。チックの視線に気が付いたからかうように細められる瞳と、パクパクと唇だけの音のない伝言。
 近しい距離に居るようになって、世界が平和になって。チックの平和と呼ばれる毎日に雨泽がいた。

 雨泽が仕事を終えるのを待って、食事をチックの家で摂る。
 最初はチックの『家族』たちへの遠慮の方が多くて外食の方が多かったけれど、チックが望めば雨泽は「良いよ」と受け入れて。チックの家の子どもたちとの会話もするようになり――家族団欒の時間のような食事が苦手だろうに――チックの家で食卓を囲むことが増えた。
 食事を終え、片付けまで終えたらなら、子どもたちと遊んだり皆で過ごしてそのまま帰っていくこともあるけれど、大抵はチックの部屋に寄って少しだけれどふたりきりの時間を過ごした。
 何日もかかるような調査だったり依頼に出ていない限り、ほとんど毎日顔を合わす。けれども話題は尽きない。今日は何をしたとか、今日あった面白かったこととか、新しい発見だとか……何気ない『普通の日常』の会話が飽きること無く繰り返される。
 静かな時間だって楽しめた。寄り添ってただ熱を分け合ったり、膝枕をして頭を撫でたり髪を梳いたり、角に触れることも翼に触れることも許し合う。そんな心に温かなものが満ちていくような穏やかな時間が続いていく日々の中で、チックはいつも同じことを想う。
(雨泽と、こうして……ずっと、一緒にいたい)
 雨泽は泊まっていくことも以前より増えたけれど、それでも矢張り帰ってしまう。明日また会えると解っていても少し寂しくて、引き止めれば大抵の場合は――着替えがないとか明日の持ち物がとか言って断っていた時もあったけれど「置くようにしていい」と何度も口にするチックに雨泽が折れ、チックの部屋に雨泽の私物が増えていったため――受け入れられる。
 部屋に雨泽の私物が増えていくのは、帰る場所にしてくれている証だろう。
 だから勇気を出して、チックは真っ直ぐに雨泽を見上げた。
「……あのね、雨泽。おれ、雨泽と……これから先も、ずっと、一緒にいたい」
 うんと雨泽が応じる。目尻が少し柔らかくなる表情で、慈しんでくれているのだと解る。互いに離れたいと思ってはいないこと、大事に思われていること、心が繋がっているのだと感じられて嬉しく思う。
 けれど、チックはその先の『ずっと』が欲しくなった。
「今も、雨泽との時間……いっぱい重ねてる、けど。……その」
 一度口を閉ざして、やけに乾燥したように感じる喉を上下させた。深呼吸をしてから雨泽の手を両手で掴み、じっと見上げた視線は逸らさない。
「……家族に、なりたいんだ。雨泽……翠雨、と」
「……かぞ、く……?」
 雨泽の瞳が見開かれた。猫みたいに丸くて可愛いと、チックはこの瞬間も思ってしまう。
「……そ、っか。チックはそう思ってくれているんだね」
 まぁるい瞳は笑みの向こうに隠される。いつだって笑顔の形で隠されてしまう。
 雨泽の口が開いて、閉ざされる。表情は笑みの形ではあったけど、少し困っているよう。けれどそれは、出来るだけチックを傷つけないように言葉を選んでいる表情だとこれまでの付き合いでチックは解った。
「あのね、チック。俺はそういうこと考えたことがなくて」
「ん」
「だから、少し時間を貰ってもいい? 考えてみる」
 チックはこくんと頷いた。
 雨泽が幾ら「君ならいいよ」と普段言ってくれていたとしても、縛られることを好いていない事を知っている。家族になれなくたって『ずっと一緒に居る』の約束をしてくれるだけでも嬉しい。結婚――とまでいかずともお揃いの物に誓いを立て、それを身に纏うだけでもいい。
 けれどもし。もし、家族になれるのなら――。
 おやすみの時も目覚めた時も、その先の長い月日も。ずっと一緒に過ごす姿を想像すると、チックの胸に穏やかなあたたかさで満たされるのだ。

 結婚。
 番、伴侶。
 約束、契約。
 誰かとそうなる未来を考えたことがなかった雨泽は、それらを考えている間も『答えが見つかるまで会わない』とは言わなかった。普段通り会って、食事をして、また明日を繰り返しながら、夜にひとりっきりになった時に自分の気持ちを探った。
(俺が誰かの家族になるって想像も付かなかい……と思っていたけれど)
 想像してみると、そうでもなかった。
 ちゃんと寄り添いあって、地に足をつけて一緒に歩いていけそうな気がした。稀に喧嘩――というよりもチックに怒られたりはするかもしれないけれど、ちゃんと仲直りをして元通り寄り添えそうな気がする。幸せを分け合って、悲しみも分け合って、手を繋いでいける。そう、思えたのだ。


 その日はいつもと変わらない、何でもない日だった。
「あのねチック、こないだの話なんだけれど」
 チックの部屋で過ごすふたりきりの時間に、雨泽がそう口にしてチックを見た。
 雨泽の瞳の中に、見上げる自分が居る。少しだけ不安そうにしているのは、きっと全ての欲が叶ってほしいと思っているから。
「他人の結婚はめでたいことだと思っているけれど、自分自身に関しては良いものと捉えていなかったんだ」
 結婚する時は『親が結婚相手を勝手に決めて連れ戻される時』、そう思っていた。
「僕の家の形式はあまりいいものと思えないし、祝福してくれないかもしれない」
 それでもいいのかと問われていると感じ、顎を引く。祝福された方が嬉しいけれど、祝福されなくても一緒に居たい。
「それから何度も言っているけれど……僕は君の一番は君の『今の家族』であってほしい」
「……雨泽と。家族に、なれ……ない?」
「ううん。君の雛たちが巣立つまで、俺は君を独占したらいけないんだ」
 独占していいのに……という気持ちもあるが、彼の言葉は最もだった。
 チックも、子どもたちの成長をちゃんと見守りたい。
「だから、数年後――」
 チックは意を決し、雨泽の言葉を引き継ぐように今日までこっそりと練習してきた言葉を口にした。
「……おれと。番になって、くれませんか」
「え。ちょっと待って」
「……だめ?」
「違う。俺が言おうとしてたのに、どうしてチックが言うの」
 拗ねたような表情が眼前にあって、瞬く。
 肩を落とした雨泽が溜息を吐いてから笑って、チックの手を握った。
「雛たちが巣立ったら、俺と番になってよ」
 触れた雨泽の手が、チックの薬指の付け根をなぞる。
 番はそこへ『証』をつけることを知っている。
「もう噛んでもいいよね?」
 痛いかもしれないけど、我慢して。
 根本を噛めるように大きく口を開いた雨泽は、赤い痕を残した。
『予約』ね、と笑って。




 ――どういう時に本当に平和になったと人は感じられるのか。
 雲英・翠雨にとってそれは、雨の日に君の家で過ごす何でも無いひととき。
 穏やかな雨音と鼓動を聞いた時だった。

おまけSS『ファミリーネーム』

「君の苗字を頂戴」
 痛いでしょ? 治してしまっても良いよ。
 そう言われたけれど、治さずに。傷跡の残る薬指を眺めていたチックへ、雨泽はねだるように言った。
「あ。やっとこっち見た」
「……雨泽は……それでいい、の?」
 瞬く銀色の瞳が動揺しているように揺れるのをジッと見ていた灰色が細まる。チックの『本当の家族』がもう居ないことを知っているシュテル姓はチックだけだから、ひとりからふたりになろう。――なんて、皆までは言わずに笑みで隠して。
「うん、偽名だし。下の名前だってチックが呼びやすいように好きにつけてくれてもいいよ」
 雨泽でも、翠雨でもなく。君にだけ呼ばれる名前なんて、素敵じゃない?
「『その日』までに考えておいてね」
 内緒話のように顔を近付けて落とされた言葉に、チックの耳はジンジンと熱を持った。


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