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SS詳細

何もかも忘れて楽しんだ日に

登場人物一覧

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト


 ゼシュテル鉄帝国――大陸の北部に位置し、その大半が極寒の土地にありながら軍事行動によって広範の領域を獲得した超大国である。
 その広大な領域故に、その一部には比較的温暖な土地もある。
 流石に多数の作物を育てるには不適切ではあるが、不毛な土地の多いゼシュテル国内において、ある観光事業を発達させた。
 立ちのぼる湯気はお湯の温かさを証明していると言えよう。
 立ちのぼった蒸気はプールの上で揺蕩い、まるで霧のような雰囲気さえ感じさせ、神秘的にプールを演出している。
 大理石とガラスで作られた壮麗な建造物はこの地域ではあまり珍しくはない。
「……何がいいとは聞きましたが、本当にこんなので宜しいので?」
 いつも通りの無表情のままエッダはいつもの騎士衣装を脱いで、ほうと息を吐いた。
 鉄帝の南部――すなわち、この一帯が故郷であるエッダにとってはさして珍しくもない。
「勿論! 寒いのはもううんざりですわ!」
 そう言いながらヴァレーリヤは嬉しそうに目を輝かせる。
 エッダにとっては入り慣れた温泉も、鉄帝でも北部の方――全ての凍てつく極寒の地に故郷を持つヴァレーリヤにとっては、珍しいものだ。
 馴染みない泉質に心躍らせるヴァレーリヤの様子に無表情ながらもエッダはやれやれと言わんばかりに首を振りながらちょんと足を入れる。
「はぁぁぁ~。生き返りますわ」
 肩までゆったりと浸かったヴァレーリヤの口から心地よさそうな声が漏れた。
 対するエッダは普段通りにお湯を楽しんでいる。
「たしかに、そればかりは同意できるところでありますな」
 自らをお湯へと揺蕩わせ、エッダはほんのわずかに頷いた。
 久しぶりの休暇らしき二人は互いにクラースナヤ・ズヴェズダーの司祭の立場も、帝国軍人の立場も――ついでにローレットの冒険者の立場もひとまず忘れて、ゆっくりするためにここにいた。
 お湯の中を歩いて二人が次に訪れたのはジェットが噴出する場所だった。
 腰を掛けられるようになった段差に腰を下ろして打ち付けられるジェット噴射がツボを心地よく圧迫する強さに声を漏らす。
「ヴィーシャはあんなにも重そうな物を振り回すのでありますから。相当腰に来てるところでありましょう?」
「エッダの方こそ、そんな細身で無茶な戦いをするのですから、相当腰に来てるのではなくて?」
 互いに口火を切って煽れば、視線を合わせる。
 片やヴァレーリヤは涼し気に笑いながら――その実は目が笑っておらず。
 片やエッダは普段通りのように見えて、その目が若干ながらジトッとしている。
「いい度胸であります。どっちがそうか勝負といくのであります」
「えぇ。賛成ですわ。まぁ、私の勝ちでしょうけれど。
 たしか、ここにはサウナがありましたわね?」
「なるほど、どちらが先に限界を迎えるかの勝負ということでありますな」
 立ち上がった二人は直ぐにサウナの方へと歩き出す。


 木材を組み立てた小屋のような形をした建物の中、焚火と木漏れ日が屋内を穏やかに照らす。
 焚火の煙は煙突によって空へと消えていく。
 こもる熱気はむわっと全身にぶつかり、来るまでに再び冷えそうだった身体を包み込む。
「生き返りますね。木材の香りと湿気が気持ちいい」
「そうでありますな。もっとも、どれだけ楽しんでいられるか見物でありますが」
 煽り合いながら向かい合うようにして座ってから既にかなりの時間が経っていた。
 ヴァレーリヤの赤みの強い髪は汗を吸ってしんなりと顔に張り付き、ほつほつと溢れてきた汗が木製の椅子をじっとりと湿らせている。
 エッダも無表情の顔を赤らめ、溢れてきた汗を拭うように目を微かにこすっている。
「あら、もう限界ですの? この程度の暑さも我慢できないなんて……やっぱり南部人は根性もこらえ性もありませんのねー?」
 エッダへと得意げに笑うヴァレーリヤの顎を伝った汗がぽつりと床に落ちていく。
 だらだらと落ちる汗は彼女の様子がどちらかというと空元気の類であると分からせる。
「北部人は頭の髄までウォッカ漬けになっているようでありますなぁ? 己の限界も把握できないとは」
 そんなヴァレーリヤに答えるように、熱で赤くなりつつあるエッダもまた、売り言葉に買い言葉と言わんばかりにそう返す。
「ちなみに自分はまだまだ余裕であります」
 そのまましれっと無表情で付け足したが、そんな彼女の額を伝った汗が目に入ってしみる。
「そんなに顔を赤らめてげっそりしながらよく言いますわね。
 無理をしているの丸わかりですわよ!」
「ははは、そのように大声で叫べば叫ぶほど、自分が限界そうに見えるであります。
 自分のように堂々としていればどうという事もないであります」
 そう言いながらふるふると頭を振るうエッダにヴァレーリヤもまた汗を吸った髪をはがすように頬を掻く。
 とはいえ、どちらが限界そうなのかは見て取れる。
 ヴァレーリヤが立ち上がると、それを見たエッダが顔を挙げた。
「おや、出るんでありますか?」
「まさか、ちょっと椅子に座っているだけだと疲れるだけですわ」
 ヴァレーリヤを追うようにエッダが立ち上がった――瞬間、ぐらりと彼女の身体が揺れた。
「エッダ……!」
 その瞬間、ヴァレーリヤはエッダの手を握った。椅子にぶつかるのを免れたエッダは、どことなくボウとした顔でヴァレーリヤを見る。
「おや……いつから分身出来るようになったでありますか……」
「完全にのぼせてるじゃありませんか……どっちが限界が把握できてないんだか」
 はぁ、とため息を吐いたヴァレーリヤはそのままサウナの扉を開いてエッダごと外へと踏み出した。


 宿泊中の部屋へと戻ったヴァレーリヤはハタハタと団扇でエッダの方を仰いでいる。
 二人が止まっている場所は、この町では有数の大規模複合施設だった。
 先ほどまでいた温泉はもちろん、今いる宿泊施設、レストランにカジノなどなど。
 地元の有力者の支援を受けたとされるだけあって、どれもこれも素晴らしいものだった。
「……うぅん。自分としたことが……見誤ったであります」
「いえ、私もちょっとだけやりすぎましたわ」
「……そろそろ夕飯の時間でありますな」
 ヴァレーリヤの言葉を敢えて返さず、エッダが話題を変えれば、ヴァレーリヤも頷いた。
「それじゃあ、レストランに行きましょう。ここのレストランは腕がいいらしいですわよ」
「やれやれ、これだから。やはり脳みそまでお酒で出来てそうでありますな」
「軽口が叩けるぐらいになったのなら大丈夫そうですわね。
 お腹がすきましたし、早く行きましょう」
 エッダの軽口にヴァレーリヤは笑う。
「まぁ、それもそうでありますな。自分も早くお酒を頂きたいであります」
 立ち上がったエッダは既に扉付近にいるヴァレーリヤを追いかけた。


 そこはやや高台にあった。窓辺のその席からは陽が落ちた後もなおある人々の営みを示す輝きに照らされて、気象に合わせて屋根の形を変えた家屋がいくつも並んでいる。
 周囲を見れば、多くの人々が自分たちと同じように食前の――あるいは食後の対話を楽しんでいる。
 聞こえてくる喧噪に敢えて耳を澄ませるようなことはしないが、少なくとも穏やかな一日の終わりを意味する、何の変哲もない会話が多いことは直ぐにわかる。
「いい色合いですわね!」
 グラスに並々と注がれたビールを見て、ヴァレーリヤが目を輝かせる。
「泡立ちがいい感じでありますな」
 エッダもまた、自分の目の前にあるグラスに注がれたビールに頷いて見せる。
「それじゃあ、食前にひとまずは乾杯といきましょう」
「そうでありますな」
 グラス同士を軽くぶつけるチンという音を立てた後、二人は黄色に輝くビールを喉に通す。
 独特の味わいが喉を駆け抜け、ふぅと息を吐いた。
 そのままエッダはおつまみとして頼んだ肉料理を口に運んだ。
「あら? エッダ、口元にソースがついてますわ」
「おっと……これは失敬したであります」
 スムーズに拭ってから、エッダの方がちらりとヴァレーリヤの方を見る。
「そういうヴィーシャはあまり料理に手を付けてないようですな」
 そう言ったエッダの言葉とほぼ同時にヴァレーリヤを切り分けて口に放り込んだ。
「ビールに合いますわね! 最高ですわ!」
 目を輝かせたヴァレーリヤはそういうと、続けるように酒と肉を口に運んでいく。
「まぁ、でも……良かったでありますな」
「それはどういう意味で……」
「なんでもないであります」
 そういうとちらりとエッダの視線が店内に移った。
 思想面で言えば反目することさえある二人だが、何も嫌いあっているわけでもない。

 こと鉄帝においてはやりにくいであろう『弱者救済』――そして、ある意味では何よりも鉄帝らしい『正々堂々』

 根本にある二つの柱に関しては二人とも同じような考え方だった。
「それよりも! ビールが温くなってしまうでしょう。早く飲まないと」
「それもそうでありますな。ひとまずはそうするであります」
 ガンガン飲み食いをして、メインディッシュも食べていよいよデザートとなったあたりで、ヴァレーリヤは合わせるお酒の変更を店員に願い出る。
「んー……良いものを使ってるみたいですわね! 香りがいいですわ」
「まだ飲めるのでありますか……」
 そういうエッダの下にも同じワインが持ってこられると、それを彼女も受け取った。
「まさか、こんな程度で酔えるはずがないですわ!」
 そう言ってグラスを合わせたヴァレーリヤが注がれたワインをぺろりと飲み干した。
「甘みが強くていい感じですわ」
 ちろりと微かに舌を出したヴァレーリヤに合わせる様にエッダも飲んでいく。
「そういえば、ここってカジノもあったのですわね?」
「そのようでありますな。それがどうかしたのでありますか?」
「せっかくここまで来たのですから、行ってみたいですわね」
「いいでありますな。それなら――サウナのリベンジと行くのであります」
「無一文になって田舎者丸出しになっても私に文句を言わないでほしいですわね!」
 ふふんと得意げに笑ったヴァレーリヤに返すようにエッダも無表情のままにじっと見返して。
「今のうちに吠えておくがいいであります。そちらこそ破産しても文句言わないでほしいでありますな」
 再びバチバチし始めた二人は、デザートと会計を済ませるやカジノの方へと歩いていく。

 大量の酒を飲み、食事を楽しんだ二人は気分の高揚をそのままに、まずはブラックジャックで、勝利を重ねていた。
「今日は調子がいいですわね! あら、南部人はこんなところでも楚々としてるんですのね」
「ウォッカ漬けの北部人に勝負なんてものがわかるはずがないのであります。今にみてるであります」
 気持ちよさそうに笑うヴァレーリヤに対して、一見すると無表情のエッダの方が若干ながら不利なように見えた。
 ――とはいえ、実の話をすると、お酒をたらふく飲み食事を楽しんだ彼女らにはある物が欠けていた。
 そう、冷静な判断力だ。
 一見すると無表情で気にしてないように見えるエッダもまた、微かに声の調子が高揚している。
「それより、ヴィーシャこそ、調子に乗りすぎて大損しても知らないのであります」
「この調子なら大丈夫ですわ! ふふふ、もうちょっと強気でもいいかもしれませんわね」
 にやにやと笑うヴァレーリヤと、無表情ながらにむきになっているところのあるエッダの二人は、その晩の遅くまでカジノで遊び明かしていた。


 ――そして、翌朝
「……頭が痛いですわ」
「もう少し声を落とすであります……」
 そこには頭痛に頭を抑える二人の姿があった。
「げえ!」
「なんでありますか……ただでさえ頭が痛いのに、大声を出すなであります」
「……帰りのお金が足りませんわ!」
「…………昨日の記憶が途中からあいまいでありますが……」
「昨日使いすぎましたわ……!」
 呆然とするヴァレーリヤにこれだからと言わんばかりに自らの財布の中身を見たエッダは、その場で固まった。
「……自分も足りないであります」
「誰かにお金貸してもらわないと帰れないですわね……」
「明日は仕事があるのでありますが……」
 そんなことはあるものの、少なくとも二人とも、ここ数ヶ月分の疲れを取ることは成功したのか、その表情は心なしか生き生きとしていた。

  • 何もかも忘れて楽しんだ日に完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別SS
  • 納品日2020年03月29日
  • ・ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837
    ・エッダ・フロールリジ(p3p006270

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