SS詳細
レディライク・ホリデー
登場人物一覧
●昇る太陽は朗らかに
春の陽光が、南向きのアパルトマンの大きな窓に差し込むある日。
「うん、これにしましょ!」
紺色のシャツワンピースに袖を通し淡いイエローのストールを羽織れば、アーリアの心は弾み――こんこん、とドアを叩く音に、「はぁい」と来客を出迎えた。
「いらっしゃい、迷わなかったかしら?」
「えぇ、アーリア様! ばっちりぴっかり迷わずに参りましたわ!」
幾重ものレースが重なった生成のブラウス、今が花盛りの桜色のジャンパースカート。揃いの色の大きなリボンを髪に飾ったタントは、今日もきらきらと輝いていて。
「さぁさぁ、上がってちょうだいな!」
けれど、アーリアに招かれて部屋の中へと進む姿はどこか落ち着かない。
(は、初めてのアーリア様のお部屋……!)
「二人で遊びに行きましょう」と誘われたのはつい先日。隣で食事をしたことも、共に戦ったことも、膝枕をされたことだってある程には親しい友人であるが――家に来て欲しいと言われたのは初めてで。
緊張したタントが部屋へと入れば――
「ふわぁー! なんですのこのお部屋、いい匂いがしますわ!」
「ふふ、別に何も置いてないわよぉ? ささ、ほら座って座って!」
窓から日が射す寝室の片隅、ドレッサーの椅子に促されたタントがちょこんと腰掛ける。
「今日はお出かけだもの、おねーさんがタント様をおめかししましょー!」
にんまりと笑うアーリアによってスカーフを首元に巻かれると、あとはもうされるがまま。
「それじゃあファンデーションから……うん、要らないわねぇ」
私なんて化粧を落とさず寝た翌日は――そんなアーリアの遠い目はさておき。
「化粧水とパウダーで十分かしら? ちょーっと冷たいけど我慢よぉ」
「ひゃ、冷たいですわ……!」
ぽんぽんとコットンで化粧水を染み渡らせ、軽く粉を乗せて。
「はぁい、にーって笑ってみて!」
笑った頬のてっぺんには、暖かいコーラルオレンジのチーク。目元には淡くきらめくパールのアイシャドウ。少しだけ跳ね上げたブラウンのアイラインは、愛らしいその瞳を際立たせる。
「く、くすぐったいですわー!」
「だめよぉ、我慢!」
身を捩ったタントの唇に今日の装いと似た桜色を乗せ仕上げ、アーリアがスカーフを外してタントを鏡に向かわせれば――
「ふふ、これでばっちり! いつもかわいいけれど、きょうはとっても素敵なレディ!」
「まあ……! わたくし光っておりませんのに、きらめいておりますわ……!」
普段のタントより、ほんの少し大人びた自分がそこに映っている。
「さて、準備も出来たし行きましょうか!」
「はいですわー!」
アーリアが差し出した手を取ったタントはぴょこん、と椅子から降り――二人、外へと出ていった。
●昼下がりの太陽はうららかに
「アーリア様、そういえば本日はどこへ行くんですの?」
「ふふ、着いてからのお楽しみ!」
「むむむ、お買い物……お花見……」
そんなやりとりを経て、二人が着いたのは一軒のガラス張りの店。
店内には色とりどりの衣装が並んでいるようで――掲げられた看板の文字をタントが読み上げる。
「メタモォレ写真館?」
「そう、折角おめかししたんだもの! 普段は着られない服を着て、プロの方に写真を撮ってもらっちゃいましょー!」
アーリアに手を引かれ中に入ると、そこには幻想貴族めいたドレス、海洋の海賊、傭兵の踊り子――と、衣装が所狭しと並んでいた。
「すごいですわ、わたくし着てみたいお洋服がたくさんですわー!」
「前に通りかかって気になっててね、もう今日はここしかない! って」
どれにしようかしら、と悩むアーリアが手に取るのは、衣装というよりほぼ紐にヴェールが着いた程度の踊り子衣装。
(あ、アーリア様とお揃いのそれに……!? いえいえ、これは流石にわたくしでも!)
タントも手に取るが、首をぶんぶんと振り――ふと、隣の衣装に目を留める。
「アーリア様! わたくしこれにしますわー! 今ピンと来ましたの!」
これを! とタントが選んだのは、春の空よりもっと青い夏の空を思い起こす生地に、太陽を仰ぎ見る向日葵の振袖。
「あらまぁかわいらしい! 旅人さんの服装よねぇこれ、夏の浴衣よりもっと正装……あら? ちょっとタント様、ごめんなさいねぇ」
アーリアはきらきらと目を輝かせたタントの後ろに見える赤に目を留め、それを摘まむと――「まぁ!」と声をあげる。
「私も決めたわぁ、これにしちゃう!」
アーリアは、タントの青と真反対の――燃え上がるように赤い生地に、艶やかな牡丹が描かれた振袖を手に取る。
「どうせだもの、お揃いで合わせちゃいましょ!」
「あぁ、まぁ……! それはとっても素敵ですわー!」
そうして二人、着付けの別室へと移りしばらくの後。
「あらぁタント様、すっごくかわいらしいし綺麗!」
「アーリア様も! きらめいておりますわー!」
艶やかな着物と、それぞれ柄と同じ――向日葵と、牡丹を髪に飾り。店の用意した金屏風の前に立つと、撮影が始まる。
「はっ、ポーズ! どんなのが宜しいですかしら!」
こうですかしら、こうですかしら……と、はきはきとポーズを決めていくタントだが、そのポーズは艶やかな太夫というより、落ち着きのない――それでいて愛らしい、金ぴかの子犬のようで。
「あらあら、いつもみたいにぴかーっと! 堂々としちゃえばいいのよぉ!」
アーリアは横でポージングを決めるタントを眺め、紅を引いた目を細めて笑う。
「裾が長いんだから、転ばないようにねぇ?」
「へのかっぱです――むぎゅ!?」
すってーんと軽快な音を立て尻餅をつくタントは、くるくると目を回している。
「まったくもぉ……」
手を差し伸べるアーリアの表情は困り顔で、それでいて幸せそうで――カメラマンは、ぱちりとシャッターを切った。
●月光と陽光は睦まじげに
「ということで、楽しい一日にかんぱぁーい!」
「ですわー!」
何度目かの乾杯をする二人。
撮影を終えた二人がやってきたのは、写真館から程近いアーリア行きつけの酒場。
「なんですのこれ、とっても美味しいですわー!」
「でしょお? ここならお酒を飲めなくても、お料理だけでばっちり!」
何杯目かのジョッキを空けたアーリアの髪は、タントとお揃いの金色に色を変えていて――頬杖をつきだらけているというのに、どこか色香が漂ってくる。
「いやぁー、やっぱりここのエールは一級品よねぇ」
「……お酒を飲めるようになりましたら、もっとアーリア様に近づけますかしら?」
太陽に似たオレンジのショートグラス――我儘な子猫、を意味するノンアルコールカクテルを飲み干すと、タントはグラスをぎゅっと握りしめ。
「そうねぇ、いつかは一緒に飲めたら嬉しいけれど――タント様は、まだ私と遠いと思うの?」
「ち、違いますけれど……!」
そっと下からタントを覗き込むアーリアは、今日一のとびきり優しい顔をしていて。
「……けれど、どうせなら……お酒を飲める姿で召喚されたかったですわ」
「なぁに?何か言った?」
子猫の小さな、それでいて切実な我儘は、酒場の喧噪に紛れて消えて――
「なんでもないですわ! アーリア様、次は何にしましょう!」
メニューに向き直るタントに微笑むと、アーリアはジョッキに残ったエールを飲み干し。
「……私はどんな姿だって、こんな太陽に出会えて幸せよぉ」
返した言葉も喧噪に消え――そっと、タントの髪を撫でた。