PandoraPartyProject

SS詳細

貴方の為のフルコース

登場人物一覧

リリィリィ・レギオン(p3n000234)
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者


 戦を終え、幾つかの戦いを経て――わたしは幻想へと戻って参りました。
 束の間の休息に何をしよう。豊穣で過ごす事も考えはしたのですが、少しばかり時間が足りない。ですので、折角ですから――幻想の友人と楽しい時間を過ごしたいと思ったのです。

「へ、僕?」

 丁度情報の整頓をしていたのでしょう。話しかけやすい場所にいたリィさまに、わたしは提案をしました。

「はい。良かったら、食事……に来ませんか。わたしの家に」

 家の位置はご存知ですよね?
 なんて、意地悪な事を言ってしまう。勿論知ってるけど、とリィさまは瞳をぱちぱちさせながら仰って、其れで、普段らしからぬ不安そうな声で言いました。

「ぼ、僕で良いの?」
「――勿論です。リィさまをお呼びしたいのです」

 この方、長く生きすぎて遠慮するところが判らなくなっているのかしら。
 なんてとっても失礼な事を思いながら、わたしは笑顔で頷きました。すると、みるみるリィさまのいちご色の瞳が煌いて、喜色に頬に赤みが差して。

「わかった!! じゃあいつにする? 僕、いつでも大丈夫!」

 ローレット中に響き渡るような大声で仰ったのでした。



 そんな約束をして数日が立ちました。

 いま、わたしの家の煙突からはもくもくと湯気が出ている事でしょう。
 温かいミルク。それから牛の骨から出汁を取って、羊の乳を混ぜたスープ。
 ちょっと豪勢にステーキと行きましょう。香草を添えて香り豊かに。
 あの後、リィさまに『何が食べたいですか?』と問うと、リィさまは『君が故郷で食べていたもの』と仰いました。わたしは遊牧民族の出なので、どうしても畜産が主になってしまうのですが、其れはあらかじめおことわりしておいて。
 デザートは既に作って、練達で買った「冷蔵庫」の中。とっておきも一緒に入れてある。
 わたしはきびきびとキッチンで動き回っていました。肉の熱を確認したり、鍋の火を確認したり、アレを切ったり、コレを添えたり、ソレを混ぜたり、色々。
 普段のわたしを知る方がいたら、きっと吃驚するかも知れません。でも、料理は速度が命なのです。特にミルク系を混ぜたスープなどは、膜を張ってしまわないようにこまめに混ぜなければなりません。

 そうこうしていると、もうそろそろリィさまがいらっしゃる時間になりました。
 りりりん。
 呼び鈴が鳴ります。わたしは食事を作る手を止めて、ぱたぱたと玄関へ向かいました。

「メイメイ? 僕だよ!」

 元気な声が、ドア越しにも聞こえてきます。
 わたしが扉を開くと、ふわりとよい薫りがしました。其の出どころはすぐに判りました。リィさまは其の手に、花を数本持っていたのです。

「えへへ。ただお呼ばれするっていうのもなれないから、邪魔にならないようなのを選んできたよ」
「わあ、ありがとうございます」

 渡された其の花は、白い花弁が沢山ついた愛らしい花。マーガレットでした。
 其れって恋占いに使うんだよね、とリィさまは仰いました。

「メイメイの恋が迷ったら、占いに使って良いよ」
「まあ、リィさまったら」
「なんてね。じゃあ、僕を招いてくれる?」

 不思議な事を仰るので首を傾げると、リィさまは説明して下さいました。
 リィさまはいわゆる“伝承通りの吸血鬼”であり――流れる川を渡る事が出来なかったり、気合を入れないと鏡に映らなかったりするのだそうです。
 そして其のうちの一つに“招かれないと家に入れない”という特徴があるのだとか。

「なので、僕を招いて下さい!」

 どうぞ、と手を広げる様は、わたしの知っている吸血鬼とはかけ離れた愛らしい仕草で。
 わたしは少し笑ってしまいながら、では、と扉を大きく開きました。

「お入りください、リィさま」
「――うん、ありがと! メイメイ!」



「わあ~~……!!」

 テーブルに並んだ料理の品々を、リィさまは桃色の瞳をキラキラさせて見渡していました。

「どう、でしょう。お気に召しましたか」
「うん! うんうん! すっごいねメイメイ、こんなに一杯の料理を一人で作ったの?」
「はい、……とはいっても、二人分ですから……昔は部族、家族の分を、まとめて作っておりましたから、もっと多かった、ですよ」
「すっごいいっぱい?」
「すっごい、いっぱい」
「すごーい!」

 わたしがどうぞ、と椅子を引くと、ありがとう、と素直に応じて下さるリィさま。
 遠慮のえの字もありません。でも、わたしはリィさまのそんなところが好ましいと思っていました。人の好意にとても素直だから、わたしも、素直に好意を渡す事が出来る。

 では、スープからどうぞ。
 こがね色したスープを二人分出して、わたしも席に着きます。

「えっと、こういう時は……アレだよね! メイメイ!」
「あれ、とは?」
「豊穣でよくやるやつ! ご飯の前に……」
「ああ……そうですね。では、手を合わせて下さい」
「うん!」

 わたしがそうするのに合わせて、リィさまも手を合わせて。
 いただきます。と、二人の晩餐会が始まりました。



 わたしはどちらかというと北で育ちました。ですから、北の怪異に関しては、ある程度耳にした事があります。大きな耳の雪男、男を凍らす雪女。
 でも、其の、言い訳ではないのですが――旅人由来の怪異というか、そういうものには生憎疎くて。更にはリィさまは伝承通りの吸血鬼、という言葉も今日聞いたばかりだったので。

「うわああ!!」
「えっ。ど、どうされましたか、リィさま」
「ローズマリーだ!!」

 ひええ、と怯えたように顔を青くするリィさまに、わたしはやってしまったかもしれない、と心の中で静かに呟いたのです。

「ろ、ローズマリーって、魔除けの効果があって、で、あの、その、食べたら僕、火傷するかもしれなくて、あの……」
「大丈夫ですよ」

 此処はわたしが落ち着かなければ。
 主催であるステーキ。其のおいしさを味わって欲しいから、わたしは身を乗り出して香草をそっと別の皿によけました。
 これでどうですか、とリィさまに問うと、――大丈夫だよ! とリィさまは笑って下さいました。今日のリィさまはなんだか、少し子どものよう。

「お肉は、食べられますか?」
「うん! 僕、食べられないけど……ローズマリーの香りは好きなんだ。ステーキに香草を乗せるってなんだかお洒落だよね、メイメイは本当に料理上手なんだね!」
「……そうでしょうか?」
「そうです!」

 うん、と自信たっぷりにリィさまは頷きました。そう手放しに褒められると、なんだかわたしは照れてしまって。つい自分のステーキを小さめに切ってしまいました。

「僕は基本的に食べなくても生きていけるんだ。だから、食べて生きていく種族の事は尊敬しているんだよ。このステーキは元はお肉でしょう?」
「ええ、そうですね」
「でも、焼いたり、調味料を足したりしたら、こんなに美味しくなる。さっきのスープだとか、ローストビーフのサラダもそう。美味しくしたいっていう生き物の欲求と探求を、僕はとても尊敬しているんだ」

 だって生きるためなら、生肉を食べて生きたっていいでしょ?

 そう語るリィさまに、成る程……と頷くわたし。確かにそうかもしれません。いえ、流石に生肉と焼肉では、取れる栄養分が違うとは思うのですが、より美味しいものを食べたいという生き物の欲求を否定は出来ません。
 子どものように笑っていたと思えば、大人のように人間を俯瞰してみているリィさま。つくづくこの方は不思議な魅力に溢れていると、テーブルの真ん中に飾ったマーガレットを見てわたしは思うのでした。



「ぷはー! 食べたー!」
「お粗末様、です。美味しかったですか?」
「ふふ、メイメイの作るものだもん。美味しくない訳がないよ! 特にあのスープ! どうやって作ったんだろう? ってくらい美味しかった~。僕も料理始めようかな? って思うくらいに美味しかった。今度レシピ聴いても良い? もしかして、イチゾクヒデンってやつだったりする?」
「あれは、牛の骨からうまみをとって、作ったものです。秘伝ではないですから、今度、レシピをお渡ししますね」
「やったー! ……ん、牛の骨。メイメイはええと……牛や羊を飼っていたんだっけ?」
「ええ。いわゆる遊牧民の出、です」
「そっかあ。じゃあ最初の人は……死んだ牛の骨まで使う方法を探って、きっとスープにしようって思ったんだね。生き物への敬意だよね、すごいなあ」

 ええ、とわたしは頷きました。
 小さい頃は怖かった、大きくてごつごつした骨と其れをゆでる湯。でも年を経るごとに、其れは生き物を無駄にしない一族の知恵なのだと、理解出来ました。
 わたしはわたしの一族を誇りに思っています。だから其れを理解して下さるリィさまに、笑みを隠し切れなくて。

「――ありがとう、ございます。リィさま」
「……? 何が?」
「わたし達に、敬意を表して下さっている事、です」
「……えへへ。そうかなあ~。僕、無駄に長生きだから、なんでもすっごーい! って思っちゃうんだよね。ついこの間までこうだったのに、気付けば凄く進歩してる! って事もあったりして」

 凄いよねえ。
 そう語るリィさまからは、寂しげな雰囲気は感じられませんでした。わたしは長い命の生き物の気持ちは理解出来ません。しようとしても、きっとしたふりしか出来ません。でも、リィさまは今、長い命を疎んでいない。其れだけは理解出来ました。かつてほんの少し聞いた昔話……お城から出た吸血鬼さんは、とても『今』を楽しんでいるのだと、心で理解出来ました。

 ああそうだ、そろそろデザートを出す頃合いです。

「リィさま、まだお腹いっぱい、ですか?」
「ん? んーん、大丈夫。デザートは入るよ!」
「まあ。判っておられたのですね」
「へへん。きっとこういうのって、デザートとドリンクが最後かなって思ったからね。ステーキもゆっくり食べたんだ」

 わたしは冷蔵庫からデザートを取り出して、リィさまと自分の前に置きます。
 白いプリンのような形のムース、上にはベリーソースをたっぷりと。牛乳に生クリーム、民族の中で暮らしていたときからの、わたしにとっての御馳走です。

「どうぞ、リィさま」
「…………」
「リィさま?」
「す」
「す」
「すごーーい!!! すごいすごいすごい、美味しそーーう!! えっ、えっ、これメイメイが作ったんだよね?」

 凄い勢いで身を乗り出して来るリィさまにやや身を逸らしながら、ええ、とわたしは頷きました。間違いなくわたしが作った。筈。

「すっごい! ぷるぷるしてる……これ、僕食べた事ないかも? プリンじゃないよね?」
「ムース、ですね。生クリームに卵白を混ぜて、あとはお好みでミルクを入れたり、これのように、ソースをかけたり……」
「ムース。へえ、これってムースっていうんだね。短い命のものは本当に、色んなお菓子を作るなあ……」

 リィさまにスプーンをお渡しすると、何処から食べるべきかとうんうん唸り始めたので、わたしはくすくすと笑ってしまいました。リィさまは、だって綺麗な形なんだもん、と頬を膨らませながらも、そっとスプーンをムースに差し込みます。

「あ、そういえばね」
「はい」
「枝垂桜が綺麗な場所を見付けたんだ。良かったらまた、お花見行こうよ」

 リィさまは当たり前のようにそう言いながらぱくり、とムースを口の中へ。
 そうして僅かな沈黙の後、リィさまはこれまでで一番優しい、とろけるような笑みを浮かべて下さいました。

「すっごく美味しいね」
「そうですか?」
「うん。優しいムースにベリーのソースが甘酸っぱくて丁度良い」

 僕、メイメイに料理習おうかなあ。
 なんて語るリィさまの為に実はワインをとっておいてあるのですが――さて。ホットワインにして出すべきか、そのままお出しするべきか。
 わたしは少しばかり悩みながらも、自分の分のムースを食べるのでした。
 ……うん。良い出来ですね。

 わたしとお友達の、大切なひと時。
 其処には確かに、わたしとリィさまの『今』がありました。


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