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遠き空を仰ぎ見れば

登場人物一覧

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
スティア・エイル・ヴァークライトの関係者
→ イラスト
スティア・エイル・ヴァークライトの関係者
→ イラスト

 少しだけ時間が欲しい。スティアにそう告げたエミリアはうろうろと部屋の中を歩き回っていた。
 その落ち着きのなさにダヴィットは思わず「体調が悪いのですか」と声を投げ掛けた程である。エミリアは「そんなことはありませんが」と眉を吊り上げて不服そうな表情を見せた。
 エミリア・ヴァークライトは氷の騎士とも呼ばれた冷徹な聖騎士として知られていた。その異名は彼女の持ち得る畏怖を与えるギフトと、そして『一族を断罪した』という逸話によるものだ。
 嘗てのヴァークライトは断罪された不正義の家門であった。女主人は冒険者を自称した幻想種であり、当主アシュレイは恋愛結婚であった。非常に人格者と知られ、穏やかな青年であったが、彼はそれ故に罪を犯したのだ。
 一族郎党を許しておけぬ、断罪である、と。国家の命が下されたその場に一人娘のスティアと同じ年頃の娘が居たらしい。アシュレイは彼女に断罪の刃を振り下ろせず――そして、不正義の烙印を押された。不正義の騎士は罪の果てに処刑されるが定めだ。故に、アシュレイは断罪されんとしたその時に身を崖へと投げてあろう事か魔種へと転じていたのだ。
 アシュレイが断罪された事により当主不在となったヴァークライトに残されたのは聖騎士となったエミリア・ヴァークライトその人と、当主の一人娘のスティアであった。
 エミリアはスティアの助命を嘆願し、その代りに自らが断罪の刃を振り下ろしたのだ。肉親であった父親も、使用人も。幼い子供達やまだ年若く未来のある者には先んじて辞職を命じて難を逃れさせたが。
 それでも、エミリアは穢れた血潮の海で断罪を行なった過去がある。だからこそ、氷の騎士。冷徹で、血の通わぬ女。
 ――だった筈なのに。
「ああ、落ち着きませんね。エミリア」
「貴方は良くも落ち着いて居られますね」
「勿論、心逸っていますよ。子供の名前は何にしましょうか?」
「何を言って居るのですか」
 眼鏡の奥で穏やかな瞳を細めたダヴィットは「良き未来だけを考えているのですよ」と微笑んだ。
 全く以て、この男は何時だって明るく振る舞うのだ。エミリアは不安で不安で仕方が無いというのに。
 クレージュローゼ卿――つまり、クレージュローゼの当主であるダヴィットの周辺に改めてエミリアとのことを話す事になったのは言わずもがな。
 元婚約者が『元鞘に戻った』というだけでもそれなりに騒ぎになったと言うのに、相手が『断罪』されたが汚名返上。其れ処か国家救済の柱ともなったイレギュラーズの一人で有り、更なる困難の際には守護の指輪を駆使し、遂行者であった元聖女の相棒――相棒、というのは元聖女ことカロル・ルゥーロルゥーが大衆の前で堂々宣言した故に知られているのである――であるというのだ。
 不可能な婚姻と言うよりも、寧ろ歓迎されていた。スティアのおかげである。スティア・エイル・ヴァークライトは聖騎士ではなくて聖職者だ。ゆくゆくは大聖女と呼ばれるに相応しいだろうと噂する者も居る。エミリアからすると鼻が高い一方で不安が多かった。
 スティアの名声が高まれば高まるほどに彼女が危険に晒される可能性がある。不安で仕方が無い。クレージュローゼ家でもスティアの話で持ちきりだった。もしも婚姻を結んだならば、其方から親戚だからといって姪に対して何らかのアクションがかけられて、
「エミリア」
「……何でしょうか」
「凄まじい顔をして居ましたよ。スティアに叱られるとでも?」
「いいえ、いいえ、そんな……」
 むしろ、スティアは歓迎してくれるだろう。まさか、スティアの身の安全のことばかりを考えて慌てていた事を知られれば驚かれてしまうだろうか。
 エミリアにとってスティアとは亡き兄と義姉の忘れ形見だ。だからこそ、大切に大切に育ててきたのである。
 記憶喪失になり、行方を眩ましたときには胃が破裂するかとさえ思えたし、サメを使役しだし、イレギュラーズだと聞いた時には卒倒するかとさえ思えた。
 そんな彼女が人々に愛され、聖女として親しまれるようになったと言うのだから喜ばざるを得ないではないか。
 それでも、だからこそ過保護に接して大事に大事にしてきた姪の此れからの行く末が心配だというのだから心の落ち着く暇が無い。
「スティアは寧ろ喜んでくれるでしょうからね。エミリアが漸く身を固めることにしたとすればあの子にとっても更に道は拓けるでしょう」
「どう言う意味ですか?」
「以前も言いましたが、私は大家族で良いのです。エミリアが心配するというならばスティアの義理の弟として子供を一人養子に出せば良い。
 家督はその子に任せても良いですし、スティアが女主人として当主を勤め上げても構わない。
 もしも、スティアが決めた生涯の伴侶が男性では無かったならば、その時はヴァークライトの血を繋ぐ役割を我が子達にになって貰えば良いでしょう」
「……それは、スティアにとって、家が重荷ではないかという事ですか?」
「勿論。貴女の姪ですから。エミリア、貴女だってそうやって苦しんできたでしょう。
 家を繋がねばならない。姪を守らねばならない。何を選ぶかで立ち止まることも多かったと思います。
 貴女がやっと選んでくれたから、次はあの子が選べるのですよ。大人というのはね、そう言う役割なのですから」
「……そうですね、それはそうだ。私だって、そう思っています。ただ、名残惜しかったのでしょうね」
 天義での戦が終結するまでは幼い子供だと思っていた。だからこそ、スティアを一人で置いていくことを拒んでいたのだ。
 漸くの終結に、彼女の姿を見てダヴィットの手を取ることに決めたけれど、それでも、スティアに問いたい事は山ほどあった。だからこそ、落ち着かないで部屋の中を右往左往としているのだ。
 ノックの音が響いたとき、エミリアはぴたりと足を止めて「どうぞ」と震える声で言った。
「お待たせしました。ごめんなさい、ちょっと依頼があって……あ、でも仕事はちゃんと済ませてきたよ!
 大事なお話って聞いたから、一応、落ち着いて聞ける様に色んな段取りは組んできたんだ。少し遅れちゃったけど大丈夫かな?」
「勿論。スティア、さあ、座って」
 ダヴィットに促されてからスティアはにこりと笑ってソファーに腰掛けた。ダヴィットの傍に腰掛けたエミリアが視線を右往左往としながら「スティア」とその名を呼ぶ。
「はい」
「もう察しは付いていると――」
「あっ、もしかして!?」
 スティアは立ち上がり眸を煌めかせた。その勢いにエミリアは思わずたじろいでしまう。ぎょっとしたエミリアの表情を見てからダヴィットは「そのもしかしてですよ」と微笑んだ。
「わ、わーー、そうじゃないかなって思って居たんだ! イルちゃんとリンツさんとも話してね。
 もしかして、叔母様が遂に婚約したのかなあって! 本当におめでとう。うふふ、やっとだね、ダヴィットさん。ずっと応援してたんだ」
「ええ、スティアに応援されてやっとこの黄金の薔薇をこの手に収めることが出来ました。本当にありがとう」
 エミリアは混乱していた。一頻り悩んで、スティアを置いて行くことも、スティアのことを考えて様々な不安をひとつひとつ解決するようにして考えてやってきたというのに。
 当のスティアは最初からエミリアの婚約を望んでおり、それこそ、そうなる未来を予見して応援していたとまで言うのだ。
 更に言えば、エミリアにとっての部下であるイルやリンツァトルテまでもがその詳細を知っているのだ。イルに至ってはダヴィットが薔薇の花束を抱えて騎士団へとやってくる様子を度々見ていたのだから仕方が無いのだろうが――まさか、あの鈍すぎる青年リンツァトルテにまでも察されているとは。
 エミリアは頭を抱えてから深く息を吐き出した。一生の不覚である。本当に穴があれば入ってそのまま暫く引き籠もりたいほどだ。
「叔母様、本当におめでとう。今までありがとう! 私が居たから、叔母様は好きな人との婚約まで破棄したんだよね。
 叔母様には幸せになって欲しかったから、本当に嬉しいよ。あ、でも、色々心配掛けちゃうかな……? ヴァークライトのことはしっかりと守っていくから大丈夫!
 それに、ダヴィットさんから聞いているけれど、もしも、私が結婚とか出来なかったら叔母様の息子さんを養子にくれるって言う話で……」
「まっ、待って下さい」
「ん?」
 スティアはぱちくりと瞬いた。エミリアは頭を抱える。男児が産まれる保証もなければ、そもそも、子が居るわけでも無い。その状況下でもダヴィットとスティアはそんな話まで終えていたというのか。一体何時――いや、愚問だ。エミリアが日々忙しくしている中で、ダヴィットはヴァークライトの屋敷に出入りして屋敷の管理を代行していた。その時だろう。
 やけにスティアと親密なのも親戚となるからこそ距離を出来る限り詰めて置いたとも言える。用意周到すぎて恐ろしい男だ。
「いえ、……その、私は直ぐに婚姻を結ぶわけではありませんし、一先ず色々と落ち着くまでは――」
「あ、そうだね。世界的な不安も大きいもんね。私はルルちゃんと行動することになるとは思うんだけれど……。
 うーん、でも叔母様も騎士として出て行くことになるの? 出来れば、私としては叔母様は輿入れの準備をしていて欲しいなあって思うなあ」
「そうですよ」
 エミリアはその時に分かった。スティアがこんな事を一人で考えて言うわけがない。何故ならば、スティアは当然のようにエミリアは戦いに出て行くと認識していただろうからだ。
 それはイルやリンツァトルテが出兵するのと同じだ。彼らの様な若人が出て言ってエミリアがお留守番なんて訳がない。だと、言うのに留守番をしていろと――?
「ダヴィット」
 エミリアは眉を吊り上げてじらりと婚約者を見た。涼しげな目許は「どうかしたのかい?」なんて軽やかな微笑みを浮かべている。
「スティアに吹き込みましたか」
「構わないだろう。本心だ。君には危険な場所に行って欲しくはない」
「私は騎士です。婚姻という約束を交わしておくことは構いませんが、騎士としての本懐を遂げるなと言われてしまえばそれとこれとは話が違う」
 顰め面のエミリアにダヴィットはやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。騎士団は危険な任務に向かう可能性もある。それがこの国の黒衣を纏う者の使命でもあるからだ。
 それでも、ダヴィットは漸く己の傍に居る事を選んだ黄金の眩き薔薇を喪いたくは無かった。スティアの口を借りて戦いに出るなと言わせたのはその方が効果があるからだ。
「スティアだって、私が戦わずに留守番をしているのは可笑しいとは思いませんか。コンフィズリー卿もミュラトールも行くのですよ」
「そう、だね。リンツさん、ううん、リンツァトルテ・コンフィズリー卿やイルダーナ・ミュラトール卿が行くなら、屹度、叔母様も行くべきだよ。
 叔母様はエミリア・ヴァークライト。聖騎士だもの。でもね、私はそれと同じくらいに、叔母様には幸せになって欲しいんだよ。
 勿論、リンツさんとかイルちゃんにもだけど、そこは二人が決めることだから。叔母様とダヴィットさんで決めて欲しいなあ」
 それ以上は何も言えないよとスティアは微笑んだ。自身は暴走機関車であるカロルの世話があると彼女は笑う。
 カロル・ルゥーロルゥーは何をするか分からないのだ。一応は「恐い」「やばくない?」で撤退するかも知れないが見て居ない所でどのような危険があるかは計り知れない。
「私、は――」
「エミリア、貴女は遠くばかりを見ていますが、今は私を見て欲しい」
 そっと手を取ったダヴィットに「その話は後にしましょう」とエミリアは嘆息した。近く起こるであろう戦いに向けて自身がどう動くべきかは此れからの話だ。
 それよりも、エミリアはスティアに「全てを背負わせてしまってごめんなさい」と囁いた。ヴァークライトという家を彼女に預けなくてはならないことが、どうにも申し訳亡くて辛かったのだ。
「大丈夫だよ。私はお父様やお母様の分まで立派に勤め上げるから。だから、心配しないでね。
 叔母様こそ、素敵なドレスで結婚式をしてね。その為に、世界を守るから。だから、どうか幸せになってね――」
 姪の微笑みを見てからエミリアは「そう言われると、困ってしまいますね」と幸せそうに笑みを返した。


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