PandoraPartyProject

SS詳細

恋をするという事

登場人物一覧

リュミエ・フル・フォーレ(p3n000092)
ファルカウの巫女
クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者

 貴女を護るという約束を、改めて伝えたならばどんな顔をするだろうか。
 クロバ・フユツキという青年は今更になって後悔していた。勢いの儘、お姫様リュミエを救いださんと発した言葉に彼女が戸惑った顔をしたからだ。
 真白に染まった髪か、鮮やかな紅色は血色にも見えたのか。顔を合せないようにと気遣ってきたのは自らが穢れた存在と化し、彼女という清廉なる巫女を穢したくなかったからだ。
 彼女の目には恐ろしい存在として映ったのではなかろうか。魔性は彼女の心を大いにざわつかせた事だろう。
 それだけの驚きを与えて、放つ愛の告白に彼女の表情が曇ったのは――
(ああ、)
 クロバは頭を抱えた。それまで姿を隠し続けたのだ。彼女が心配してくれていたことだってよく知っている。
 彼女は心優しい人だ。特異運命座標の中のただの一人ではなく、クロバのことを良き友人として接してくれていたことを知っている。
 それでは足りなくなったのは己の側なのだ。彼女という人間を守りたいと願った。傍に居るだけでも構わない、支えてやれれば。
 そう感じていた欲求が大きくなったからこそ、一度側を離れたのだ。ファルカウと共に生きて行く彼女を惑わせる訳には行くまいと仕舞い込んだ欲求が芽を出した。

 ――お前を愛してるからだ、リュミエ。

 宣言と共に、魔女を却けた。彼女の名はファルカウという。リュミエが愛し、支える大樹と同じ名を冠する魔女だ。
 彼女はリュミエのことも、そしてその場の幻想種達の事も同胞こどもと呼んだだろう。森に生きて森を愛する魔女、その人の深い苦しみを前にしてリュミエはどの様に感じたか。
「リュミエ」
 その背中に呼び掛ければ彼女は何処か申し訳なさそうに眼を伏せった。傍に居たフランツェルがそろそろと離れていく背中を見送る。
「……いきなり済まない」
「いいえ、漸く顔を見せて下さいましたね」
 穏やかな声音であった。先程までの恋情の発露なんて聞いていないような、どこか目を背けるような響きに胸がつきりと痛む。
 クロバは「大丈夫か」と彼女に声を掛けた。彼女は緩やかに頷いてから「守り切ることが出来て幸いでした」と聖域と呼ばれるその場を眺めるのだ。
 慈悲深い眼差しに、慈愛の眸。美しく、清廉なその人。嫋やかに見えて、強く、そして、精神は未だ若かりし儘を保っている。
 どうしたって、彼女は『巫女』のままなのだ。踏込むにも難しく、心の柔い場所を見せようともしない。ただ静かに微笑んだままその場に佇んでいる。
「……その、色々と、だ。長く顔を見せなかったことも、あんなことを言ってしまったことも」
「構わないのです。構いやしないのですが、私には応えることは出来ません」
 リュミエは目を伏せて、何処か困ったように笑った。その理由はよく分かって居る。彼女にとって一番に重視するべきはファルカウなのだ。
 知っていた。彼女は恋愛には余りに臆病だ。そして――恋をすることを、厭うて居ることを。
 彼女の妹。
 彼女の、大切な人。
 彼女が、道を誤ったがばかりに『その道を違えてしまった』人。
 カノン・フル・フォーレは熱病のような恋をした。そして、その恋はリュミエ・フル・フォーレとて同じであったという。
 二人は同じように恋をして、同じように恋の蕾が開くのを待った。
 しかし、その双方が開くわけではなかったのだ。一方の花が開けばもう一方は萎れてしまう。
 クロバとて『熱砂の恋心』と呼ばれたその話を耳にした。そして、カノンと相対したのだ。

 ――巫女の代わりなどと……そうだとしても!
   リュミエ様にとっての妹は君だけだ! 代わりなんていない! スペアなんて存在じゃない!

 あの時に、リュミエとカノンに抱いていた想いとはまた別だ。
 クロバ・フユツキは今はリュミエという女に恋をしている。愛おしく思う。その瞳に映り込む事さえも独り占めしたいと考えて居る。
 それでも、リュミエの眸には未だに誰かが映っている気がしてならないのだ。踏込んでしまえば、良く分かる。彼女は今だにカノンの幻影に囚われ、他の誰かの背を追っている。
 ただ、叶うことのない遠い遠い昔の恋を瑞々しいままに抱えて、罪の烙印として生きているのだ。
 そんな物、忘れてしまえなんて言えやしなかった。
 応えることが出来ないという拒絶の意思には幾つもの意味が込められているのだから。
「……聞いても良いか。カノンのことか」
「ええ。もう恋はしないと決めたのです」
「それだけでは、ないだろう?」
「……私はファルカウの巫女です。あの日から、私はもう、誰を愛することもなくファルカウと共に生きていくと決めたのです。
 巫女とは、そういうものなのです。この場から足を踏み出さず、此処で生きて行く。ファルカウとは、つまらないところなのですよ」
 リュミエは静かに言った。その声音の静けさだけがクロバの体の中を巡って行く。
 リュミエにとっての一番の変化は、あの男と出会ったときだったのだ。そして、その変化によって大切な妹が喪われた。
 それがどれ程までに彼女に衝撃を与えたのか。リュミエ当人でなくては計り知れないであろう。
 だからこそ、あの日のように、リュミエは『拒絶』を口にした。
「……ファルカウはきっと退屈ですよ?」
 クロバは「やりようがあるさ」と笑った。
「私は巫女です。貴方の望みに応えられるかどうか」
 クロバが肩を竦めて「だろうな」と肩を竦めた。
「人間は――私達より早く老います。同じ時間は過ごせません」
 一字一句、あの日と同じ。あの男を、妹を喪う切っ掛けを、そうやって『吹っ切ろうとした』その時と同じだった。
 ただ、あの日のような過ちはなかった。リュミエはあの時、クラウス・エッフェンベルグに「抱き締めてくれれば考えられます」と言った。一時の、気の迷いだと、そう言いながら。
 目の前のクロバ・フユツキを見たリュミエはあの時ほど若くも、愚かしくもなかった。
「リュミエは、どうしたいんだ」
 優しい、クラウスよりも穏やかな声音にリュミエはにこりと笑う事が出来た。
「だから、応えられないのです。私は巫女です。ファルカウの無事を願うしかありません」
「……ファルカウが救われたならば?」
「先のことなど、分かりません。滅びに面したこの世界で幸せを希うほどに私は子供ではないのですから」
 リュミエの微笑みにクロバは唇を引き結ぶ。そして、やんわりとした息を吐いてから「リュミエ」とその名を呼んだ。
「約束して欲しいことがある」
「……なんでしょうか」
「もしも、世界の滅びが斥けられたときに、貴女がどうしたいのかを教えて欲しい」
「どうしたいか、ですか」
 リュミエは真っ直ぐにクロバだけを見ていた。彼の眸は優しいが意志が強く、困ってしまう。
 この人はアルティオ=エルムなんていう狭い場所など似合わないのだから。
「貴女が外の世界を旅したいというならば、それでも良い」
「貴方の気持ちに応えられなくても、ですか?」
「……はは、勿論。貴女が幸せであることが――いや、惚れた女の幸せを願うのが、男ってもんだろう?」
 青年はそう言ってから「見て居てくれ」と静かに言った。
 恋をすると云う事は、苦しむことである。
 ただ、その苦しみさえも飲み干してしまえば愛になる。愛する事は、慈しむこと。だから、ただ、その人の幸せだけを願っていた――


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