PandoraPartyProject

SS詳細

思い出ひとつ

登場人物一覧

テアドール(p3n000243)
揺り籠の妖精
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ

「おーい、ニルー! テアドール!」
 手を振りながらドタドタと駆け寄ってくるのは人の姿をしたシジュウだ。
 燈堂家の正門を潜った瞬間、中庭の方から走ってきたのだ。
 最後の戦いが終わったあと、煌浄殿の呪物達は燈堂家に滞在したままになっていた。
 それは主である明煌が燈堂家に留まっているから。
「こんにちは、シジュウ様。お散歩ですか?」
「子供達とかくれんぼしてた! こっちは子供多いから、すげえ賑やか!」
 楽しそうに話してくれるシジュウにニルも「よかったですね」とほほえみ返す。
 祓い屋の門下生と、夜妖憑きの事件で身寄りを無くした子供を育てている燈堂家は、深道本家の奥にある煌浄殿よりは賑やかでシジュウの気質にあっているのかもしれない。
「今日はどうしたんだ? お菓子の匂いする!」
 ニルを抱え上げたシジュウはくんくんと服に顔を埋める。人の姿でも犬の姿でも習性は同じなのだろう。
「今日はホワイトデーなので、焼き菓子を持ってきたのです。テアドールと一緒に作りました。レシピ通りに作ったので味は大丈夫だと思うですが」
「ニルの手作りー! やったー!!」
 ニルを頭上へと持ち上げたシジュウはぐるぐるとその場で回り、隣でテアドールがはらはらと見守る。
「わ~~~! シジュウ様、めがまわります」
 ひとしきりニルを回したあと、シジュウは「じゃあ、かくれんぼの続きしてくる!」と嵐のように去っていった。残されたニルとテアドールはお菓子を渡しそびれてしまったと顔を向かい合わせる。
 本邸に向かう途中で門下生の子供達と花に水をやる雨水を見つけた。
 子供達を見守るようにふわふわと浮かんでいる姿は何処か楽しげである。
 遠目で此方を見つけた雨水は小さく手を振ってくれた。
 柔らかな日常が燈堂家には戻って来ているようで、ニルもテアドールも嬉しくなる。

 燈堂家での戦いが終わってテアドールとニルの仲は少しだけ変化した。
 前より、少しだけ距離が近い。
 ニルの隣にはいつもテアドールが座っている。その二人の間が膝がくっつくほど近いのだ。
 食事をするときは、肘が当たるから少しだけ離れてしまうけれど。それ以外は触れている部分があった方が落ち着くような気がする。テアドールの体温を感じるとコアがほんのり温かくなるのだ。
 そうすることが当たり前のようにテアドールと手を繋いであるく。
 荷物をもう片方の手に持って、指先を絡めるのだ。
 相手の方へ寄ってしまわないように、離れてしまわないよう。意識して歩くのは、他の人となら気を使ってしまうけれどテアドールとなら、それすらも楽しいと思えてしまう。
 焼き菓子を作っているときも分量を間違えて入れたのに、悲しむ処かおかしくて笑ってしまった。
 なんたって、材料を20グラム入れるところを200グラム入れてしまったのだ。
 そのあときちんと計り直したから味は大丈夫のはずだが、こんもりと盛られた材料を思い出してもくすりと笑みが零れてしまう。
 テアドールと居ると、そんな些細なことで笑顔になれるのだ。

 燈堂家の中庭に咲いている花を見つける。
 今は遅咲きの紅い梅が綺麗な花を咲かせていた。
 テアドールと一緒に花弁に顔を近づける。仄かに香る花の匂い。
 薔薇や金木犀のように強くはないけれど、優しい芳香が鼻腔をくすぐる。
 小粒な花がぽつぽつと咲いているのも可愛らしいと思ってしまう。
 特に晴れた青い空と紅い花のコントラストが美しかった。
「テアドール、写真をとりませんか?」
「写真ですか? もちろんいいですよ。ニルの姿はいつでも残してますが、自分の姿はニルほど記録されませんからね」
 テアドールの言葉にこてりと首を傾げるニル。
「残してる?」
「ええ、残してますよ。ニルと初めてであった時の記録も、ニルが凜々しく戦う姿も。この前のかぷってしたときも全部記録されています」
 そういえばテアドールはシリーズ達に自分の記憶を共有していると言っていた。
 この前の耳を噛んだ時の記録も残っているのだろう。
「あ、えっと……その。何だか、このへんがそわそわします」
 テアドールとニルの『ひめごと』がシリーズにも共有されていると思うと、足下がそわそわしてくる。
 羞恥という感情は持ち合わせていないはずなのに、何だか胸が焦れてしまう。
 それは自分が恥ずかしがっている姿を見られたくないというものではない。
 テアドールとの秘密の時間を誰かに知られたくないと思う気持ちなのかもしれない。
「ふふ、残してはいますが、ニルと二人きりの時間はシリーズには内緒にしています。みんなといるときの記録だけ共有してますよ。僕達は兄弟ですが、個人なので」
 テアドールの言葉に安心して息を吐くニル。

 APhoneを取り出して、梅の花と二人が映るようにシャッターを押した。
 小さな春と共に、爽やかな風がニルたちの頬を撫でていった。



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