PandoraPartyProject

SS詳細

15時を過ぎゆけば

登場人物一覧

メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切

「のう」
 呼び掛けた星月夜は未だ抜け出せぬ炬燵の魔力に囚われていた。のそのそと顔を出す相棒に「なんじゃ」と返したのはふわふわとした尾を揺らす宵暁月である。
 二人は黄泉津瑞神の神遣である狐だ。二人はそれぞれが自称として神霊見習いとしているが、神霊になれるわけではない。どちらかと言えば神霊擬きと呼ぶべき存在である。
 黄泉津瑞神の神力によってその存在をも左右される二人だが、黄泉津が健全な状態であれば、それ程危ぶまれることもなく健やかに、幼子のように気を抜いて過ごしていられるのだ。
「のう~、アカ」
「何じゃ。今、忙しいのじゃが」
「何をしておるのじゃ?」
「わしはの、おやつを何にするのか迷って居るんじゃよ。
 どこの菓子屋に行くかのう。瑞様にもお土産をと思えば早う行くべきじゃろ? お小遣いも多少はあるからのう」
「ふむ。わし、あれがよいぞ。団子」
「ツキ、昨日団子は食べたじゃろうて」
「……おはぎ」
「ふーむ」
 悩ましげな顔をした星月夜と宵暁月は何かを思い出したように立ち上がった。炬燵、さようなら。今日の所は勘弁してやるぞ、と言いたげにうきうきと二人は駆けて行く。
 その手には小さながま口が握られていた。黄泉津瑞神が「お小遣いですよ」と渡してくれたのだ。可愛い小さな瑞神は幼子の姿で神遣に「大事になさい」なんていうのだ。
 赤子ではなく、神力をセーブした幼子の姿で活動して居る姿を見ることがあるのは手脚の長さがそれなりに必要だったからなのだろう。
 可愛らしい幼子に指示を為れて「はあい」と頷いたがそんなに簡単に良い子に出来ないのがこの二匹なのである。
 勢い良く駆抜けてやってきたのは陰陽寮だ。その頂点に立つ陰陽頭、月ヶ瀬 庚は「全く以て度し難い」と呟いた。がま口を手にした神遣がおやつをくれと手を伸ばすのだ。
「生憎ですが此処には菓子はありやしませんよ。何せ、ここは吉兆を占う場所ですからね。
 中務省が幾ら、霞帝の補佐であろうとも陰陽寮は意味が違います。菓子が欲しいならば厨房にでも行けば宜しい」
「わしらの菓子があるか?」
「そうじゃ、そうじゃ。あるのか?」
「……なさそうですけれども」
 庚の困った顔に勝ち誇った様子の二匹は尾をゆらゆらと揺らしている。庚はといえば「中務卿の所に行ってみてはどうでしょうか」と面倒を丸投げするように言った。
 そうとも言われれば星月夜は宵暁月の手を引いて中務卿の執務室にまでやってきた。勢い良く扉を開けば、そこには神使であるメイメイとアーマデルの姿がある。
 突如としての来襲に晴明の表情が「面倒がやってきた」と言いたげであったのは、きっと仕方が無いのだ。
「こんにちは、ツキさま、アカさま」
「こんこん、にちはじゃぞ、メイメイ」
「こんにちは、ツキ、アカ」
「こんこんじゃぞ、アーマデルちゃんや」
 にこにこと入って来た二匹は部屋の主である晴明には何の遠慮もしていない様子である。積み上がった書類を漸く片付けた所だったのだろう。
 普段から補佐に入るメイメイと晴明の胃を心配してやってきたアーマデルの前で、更に胃がぎりぎりと痛んでいる調子の晴明は「何の用事なのか聞いても?」と囁いた。
「うむ。腹が減ってしまってのう。わしらのおやつが欲しいのじゃ。ついでに瑞様のも必要じゃぞ。
 庚にたかりに行ったんじゃが何もないと言われてしもうてのう。そしたら、庚がの、晴明のと頃に行けというのじゃ!」
「うむうむ。わしもはるの所が良いと思ったんじゃ。はるはのう、良く菓子を持って居る。何せ、菓子をよく持ってくるメイメイと共におることがあるからじゃ!
 アーマデルも菓子はもっておるのか? 良いものがよいなあ。わし、甘いのも好きじゃが~、どうじゃ~?」
 遠慮しない宵暁月の傍で金色の眸をきらきらと輝かせた星月夜。はる、と呼ばれた晴明が「そう呼ぶのは止めるようにと申したでしょう」と嘆息したことに気付いてからメイメイとアーマデルは顔を見合わせた。
「晴さまは、お二人とは、長いの、でしょうか?」
「ああ。もしや晴明殿はにこの二人からすると赤子のようなものなのか? まるで幼い子供に対する接し方に思えるのだが……」
 メイメイとアマーデルの興味が向いたのは余りにも星月夜が晴明をあやすような口調で接するからだ。晴明は本当に触れられたくなかったとでも言いたげに星月夜を見た。
 どちらかと言えば宵暁月の方が落ち着いて見えるのだ。ぬばたまの髪を結わえ、白と黒の混じった尾をゆらゆらと揺らす宵暁月の傍で悪戯っこのように笑う星月夜は「どうした、はるよ。知られたくないんじゃなあ?」と揶揄うような声音で言ってから手を伸ばす。
「ここには菓子はないのだが」
「ぬ? 何故じゃ?」
「ツキ。一つ大事なことがあるから聞いてくれると嬉しいのだが」
「うむ」
「俺ももう子供ではないのだ。ツキとアカに世話を焼かれていた頃の稚児ではなくなったからには菓子を持ち歩いているわけもあるまい」
「……あっ!」
 はたと気付いた様子で星月夜が宵暁月を見た。知っていたと云わんばかりの紅色の眸が細められてから「晴明ももう大人じゃろうて」と嘆息する。
 神霊達からすれば人の子の成長は一瞬だ。瑞神など幼い姿をとることが多いが、永きを生きているのだ。それこそ、八百万の比ではない程に。
 そん瑞神が一度は再誕を果たしたと言えども、この二匹は一度姿を消しただけで復活した神遣である。勿論だが晴明が赤子の頃から知っており、若かりし庚のことや、賀澄がこの地にやってきた頃も見ているのだ。ちょっと記憶が胡乱なのは年齢の所為だという事にしておこう。
「そ、そんな。わしのおやつは此処には……」
「良い店を教えるのじゃ、晴明。わしらは瑞様に菓子を与えて『美味しい』と笑って貰う使命があるんじゃよ」
 宵暁月は少し摘まめる程度の豆菓子を晴明の掌に載せてから問うた。何時も菓子を持ち歩いているのんびり屋の相棒から分けて貰えば良いだろにと晴明が星月夜を見れば「そういうことじゃないのじゃあ」と不服そうな声を漏す。
 尾をびたびたと揺らしている星月夜に晴明は「なら、あの店はどうか」「こっちの茶屋も良かったか」と幾つかの店名を書き示した。それをまじまじと見てから「分からん」と転がって大の字になった星月夜は「腹が減るのじゃ~~~~、菓子を持ってくるのじゃあ~~!」ばたばたと両手脚を動かしている。
 此れには参ったと晴明は眉を寄せた。じいと見詰めている宵暁月は「メイメイちゃん、アーマデルちゃん、暇かのう?」と問い掛ける。
「え、あ、はい」
 ちら、と晴明を見たメイメイは仕事が終り彼は少しばかり霞帝の元に行くと言っていた事を思いだした。
「ああ。晴明殿との用事も終った。何かあるのか?」
 胃薬を渡し終えたアーマデルも此れからの予定はない。晴明が戻って来た後ならば、例に食事でもと誘われていたがそれもまだまだ先だろう。
「わしらを茶屋に案内して欲しいのじゃよ。何せ、おじいちゃんじゃからの。様変わりする街にはなれておらんのじゃ」
「それがよいのう! はるよ、メイメイとアーマデルを連れて行くからお駄賃をくれ」
 にっかりと笑って勢い良く起き上がり、手を伸ばす星月夜に晴明は渋い顔をした。それから幾つからの紙幣を折り畳んでからがま口に入れてくれる。
「無くさないように」
「無くさぬよ」
「……無くさないように」
「何故念を押す? わしは神霊見習いじゃぞ? 瑞様の神遣じゃぞ? すごいのじゃぞ? じゃぞ?」
「心配になるから念のためメイメイかアーマデル殿に持って貰うと良い」
「わし、そんなに心配しなくて良い方じゃが?」
 星月夜がぱちりと瞬く様子を見て一同はさてどうしたものだろうかと考えた。結果として、財布は宵暁月が持つ事になったのである。
 晴明に別れを告げてから茶屋を目指す二人と二匹は何となく街を見て回ることにもした。瑞神のおやつは霞帝が用意していると聞いたからだ。
 ならば、久方振りの街を神遣たちにも見て貰うべきだとメイメイとアーマデルは話し合った。
「メイメイちゃん、あれ欲しいのう」
「髪飾り、です、か?」
「わしらに似合うと思うのじゃ」
 かわいいじゃろうと胸を張る彼にメイメイはくすりと笑う。アーマデルの手を引いて行く星月夜は「食べ歩きをしようぞ、なあ、よいじゃろ?」とうきうきとした調子で声を掛けた。
 楽しげな神遣はまるで幼子のように振る舞っている。その様子が妙におかしく感じられてからアーマデルは「ああ、一緒に食べようか」と頷いた。
 串焼きや、団子、それから、と様々な者を食べ歩きながら支柱を見て回る。二匹にとっては物珍しいものばかりであるのは基本の生活が御所であるからなのだろう。
 瑞神もそうだが、市井に降りてくる必要はそうそう無いのだ。楽しい楽しいと笑う星月夜がくるりと振り返ってから「昔ははるともこうして歩いたのう」と宵暁月へと声を掛ける。
「晴明に世話をされて追ったのはツキじゃろう」
「わしが世話をしてやったんじゃが?」
「あの子は幼少期から聡かったからのう。おぬしが何処かに行こうとすると、叱っておったじゃろうて」
 困った顔をする宵暁月に「覚えてないのう~」と星月夜は外方を向いた。あの頃は、まだまだ一人で獄人を歩かせること何て出来なかった。だからこそ、護衛の役割ではあったのだけれど――市井を学ばせる意味では役に立ったのだろう。
 それが今や獄人も歩き回っている。護衛なんて必要なく、あんなに小さかった少年も立派になったものだ。元々が閉じていた豊穣郷は平和そのものにも見えるが外に行けば危険が迫っているとも聞く。
「此の儘ずっと平和じゃったらなあ」
「そうじゃなあ。もし、穏やかな平和を過ごせたら花見をするのじゃ。教わった茶屋の団子で」
「それがいいのう! のう、約束じゃよ、二人とも!」
 星月夜はにんまりと笑ったのだった。


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