PandoraPartyProject

SS詳細

やくそくの小指

登場人物一覧

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
ヨハンナ=ベルンシュタインの関係者
→ イラスト
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜

 陽光が差し込むサンルームの窓から爽やかな春の風が吹いていた。
 大きな窓から降り注ぐ陽光は部屋の床に落ちる。
 ティーカップとソーサーが触れあう音が聞こえ、その合間に談笑する声が響いた。
 柔らかで優しい時間が其処には流れている。

 豪奢なソファに座るのはヨハンナとレイチェルの双子だ。
 向かいのソファには蜻蛉が微笑む。
「ここは落ち着くねぇ……春の風が吹いて、心地良いわぁ」
 蜻蛉のたおやかな声色が室内に響く。外からは小鳥の鳴声が聞こえてきた。
「ふふ、私もお気に入りなの。あったかくて……よくそこの窓辺にブランケットを敷いて姉さんと一緒に寝ていたわ。懐かしい」
 レイチェルは白桃の香りがする紅茶を一口含んで懐かしさに目を細める。
「そうなんやぁ……可愛えね。小さい頃の二人を想像するだけで、微笑ましくなる」
 この洋館――ベルンハルト邸はヨハンナとレイチェルが幼少期に住んでいた家を再現したものだ。
 できる限り忠実に設えたものであるから、姉妹にとってこの場所は『生家』と呼べるものだろう。
 今更実家に帰ってくることになろうとは思いもしなかったヨハンナはソファに深く腰掛けていた。
 どうにもこの部屋に居ると気が抜けてしまう。幼い頃の習慣というやつだろう。
 心地よい微睡みに身を委ねたくなるのだ。
「ヨハンナちゃんがふにゃぁってなってるの珍しいわぁ」
「え、そんな顔してたか?」
 蜻蛉の声にヨハンナは思わず身を起こす。蜻蛉の前であっても己を律し、凜々しくいようとするヨハンナがこんなにもリラックスしている姿が微笑ましかった。

 己を復讐鬼として定め、吸血鬼となった後も戦い続けてきたヨハンナが勝ち取った幸せ。
 元の世界で死んだと思っていた妹が生きていて目の前に現れた。妹を殺した筈の男が自分の『父親』であった。父は愛する母との再開を願い自分達に呪いを掛けていた。それでも最後には『子供』である自分達を生かすことを選んだ。そして、誰一人欠けること無く、この家で暮らしだした。
 元の世界で復讐に塗れていたあの頃の自分が聞けば、世迷い言だと斬り捨てるだろう。
 そんな有り得ない幸せを前に。ヨハンナの頬は緩んでいたのだろう。
 蜻蛉に指摘されるのも無理は無い。それ程までに、この家には幸せが満ちていた。

「ねえ、蜻蛉さん聞いてほしいことがあるの」
 レイチェルはソファから立ち上がり向かいの蜻蛉の隣へ腰掛ける。
「この前、ヨハンナってばここで魔導書を読みながら寝てたのよ。夕食の時間になっても来ないし、部屋を覗いてもいないからどこかな~って探したら、ここで寝てたの」
「レイチェル、そういうのは言うなって。恥ずかしいだろ……」
 蜻蛉になら寝ている姿を見られても構わないけれど、それを妹の口から報告されるのは気恥ずかしいものがあるとヨハンナは頬を僅かに染める。
 いつもより子供っぽい気さくさを感じて蜻蛉は金色の瞳を細めた。
「まあ、レイチェルと仲良くしてくれて嬉しいぜ」
 ヨハンナは向かいのソファに座る蜻蛉とレイチェルを交互に見遣る。
 最初は蜻蛉のことを警戒し、嫉妬を滲ませていたレイチェルだったが、廃教会での戦い以降打ち解けてきていたのだ。これはヨハンナにとって嬉しい変化だった。
「だって、私達の為にあの廃教会で戦ってくれたんですもの。こんなに優しくて素敵な人を好きにならないわけないでしょう? 姉さんだってそうよね。蜻蛉さんのこと大好きって分かるもの」
「そうだけど、面と向かって言うなって。恥ずかしいから」
 照れくさそうにそっぽを向くヨハンナに蜻蛉とレイチェルは顔を向けて笑い合った。

「私ね最初、蜻蛉さんに嫉妬していたわ」
「レイチェルちゃん……」
 蜻蛉は優しい眼差しでレイチェルの肩に手を置く。
「でも、今は違うの。全然嫉妬なんかしていないわ。むしろ、とっても感謝しているのよ。廃教会で助けてくれたこともそうなんだけど、蜻蛉さんは話すたびに優しさで包んでくれたでしょう。優しい人って大変な思いもいっぱいしてきたと思うのよ。だからこそ人に優しくなれる。私も姉さんも蜻蛉さんのこと大好きでとても大切なお友達だと思ってるわ。だからこれからも仲良くしてほしいの」
 レイチェルの真剣な眼差しに蜻蛉はこくりと頷く。
「そうや、そしたら『指切りげんまん』しよか」
「ゆびきりげんまん?」
「何だそれ」
 同じような仕草で首を傾げた姉妹に蜻蛉は「ふふ」と笑みを零した。
「指切りげんまんって言うんはね、約束をするときに使うおまじないの言葉なんよ。こうやって小指を結んで約束をやぶったら拳骨を万回、針を千本飲ますっていう童歌やね」
「まて、可愛い感じで言ってるけど、すげえ怖いンだけど? 大丈夫なンか?」
 小指を差し出した蜻蛉の微笑みが心なしか恐ろしく見えてヨハンナは眉を下げる。
「だから、約束を破っちゃあかんよってこと」
 ヨハンナたちの『誓約』に等しいものなのだろう。ヨハンナは姿勢を正して蜻蛉に向き直る。
「分かった。俺もこの際だからきちんと『約束』をしたかったンだよ。戦いがどんどん大きくなってる今、俺は其処へ身を投じる頻度も増えてくるだろう。世界を救うなんて大それたことを思ってる訳じゃねえが、一人でも多くの戦力が必要になってくる。俺は俺の大切な人達を守る為に戦う。これは復讐鬼として生きて来た俺が進むべき、新しい道だ」
「ヨハンナちゃん……」
 心配そうな表情でヨハンナを見つめる蜻蛉。
 ヨハンナは目的の為なら自分の身を削ってでも前に進んでしまう。
 それは復讐鬼になった彼女の性格からも明らかであった。
 激しい慟哭を抱き、それでも優しさを内包する。そんなヨハンナが蜻蛉は心配でならなかった。
 いつか己の焔に灼かれこの世から消えてしまうのではないかと思ってしまう。
 その視線に気付いたヨハンナは、心配を掛けてしまっていると眉を下げる。
「大丈夫。必ず生きて帰る」
 蜻蛉が差し出した小指に、自分の小指を絡めるヨハンナ。
「私にも約束してよ。姉さん」
 レイチェルはヨハンナの前に小指を差し出す。
「ん? こうか?」
 一瞬戸惑ったヨハンナは両方の小指を絡めた。
 これで良いのかは分からないけれど。きっと問題ないだろうと小指に力を込める。
「じゃあ、うちはレイチェルちゃんに、いつまでもヨハンナちゃんの傍に居てあげてほしいって約束しようかな? ああ、あと……ヨハンナちゃんは無理しないこと!」
「ええ。分かったわ」
「わーかったよ。善処する」
 困ったように頷くヨハンナに蜻蛉はにっこりと微笑む。
 三人で両手の小指を使って繋ぎあう『指切りげんまん』。

 それは願いを込めた、祈りの歌だ。
 三人揃って口ずさむ楽しげな旋律に乗る誓約。
 この歌が在る限り、ヨハンナは二人の元へと帰って来る。
 この歌が在る限り、ヨハンナの傍にレイチェルが居る。
 強く、強く願いを紡ぐ、儚き歌。


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