PandoraPartyProject

SS詳細

優しい時間

登場人物一覧

ステラ(p3n000355)
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾

 馬車が揺れる。かたんかたんと……静かにゆれる。
 やがて馬が止まり、引かれていた馬車も止まった。
 馬車の荷台に座って居た金髪の少女は、うっすらと目を開けて回りを見回した。
「ステラさん、つきましたよ」
 そう声をかけたのは、御者台に座っていた水月・鏡禍だ。
 目を擦り、そして振り返るステラ。
「ありがとう、鏡禍」
 ステラが顔をあげると、大きなドーム状の建物が見える。
「ここへ来るのも久しぶりね」
 その場所の名は、サハイェル迎撃拠点。

「わああ、あの頃のままだわ」
 通路をゆっくりと歩き、見回すステラ。あとからついて歩く鏡禍に振り返り、こっちこっちと手招きをする。
 鏡禍もまた見回してみれば、あの日の思い出が泡のように湧き上がってくる。
 仲間達と一緒に手に入れ、改装したこの拠点。ステラにとっては忘れられない思い出の場所だろう。
 グラオ・クローネの日に遊びに出かけようと誘った際に、ステラから提案されたのはこの拠点へ久しぶりに足を運ぶことだった。
 当時は人で賑わっていた拠点も、今はとてもがらんとしている。
 皆Bat End 8との戦いに明け暮れているのだ。プーレルジールに来る余裕なんて、ましてこの拠点まで足を運ぶ余裕なんてない。
 それでもステラが鏡禍を誘ったのは、ちょっとしたわがままと、鏡禍との間にある特別な友情ゆえだろう。
「ねえ、あの部屋に行きましょう」
 そう言われて、鏡禍はすぐに気付いた。ステラがいつもコーヒーを淹れてくれていた、休憩室の端っこだ。

「本当に、あの頃のままなんですね」
 休憩室に入り、壁の燭台に灯りをともす鏡禍。
 見回してみると、綺麗にテーブルクロスをひかれた台がいくつも並んでいた。
 一時は人でいっぱいだったこの部屋も、今は鏡禍とステラの二人だけだ。
「あれからも、こうして足を運んでいたんですか?」
「そうよ。だってここは思い出の場所だもの。
 沢山のわくわくがあって、沢山の出会いがあって、沢山の初めてがあったの。
 この場所には、そんな思い出が詰まっているのよ」
「そう、ですね……」
 寂しい、とは思わなかった。
 静かな時間も、どこかステラと一緒にいると心地よい。
 それにステラは、楽しそうにしている。
 実際、持ってきた鞄からコーヒーセットと見覚えのある缶を取り出している。
「こうしてね、ここへ来たらコーヒーを淹れるの。みんなにやったみたいに、思い出しながら」
 やがてふつふつと湯が沸いて、ステラはコーヒーフィルターに湯を注ぐ。
 鏡禍が何度もみた光景で、それこそ思い出深い光景である。
 あの時はステラは何も知らなくて、皆のために出来ることはこれくらいだといってコーヒーを淹れていた。
「そっちの缶は?」
「これは最近のお気に入り」
 そう言って缶を開くと、鏡型のチョコレートクッキーが顔を覗かせた。
 なんとなくだが鏡禍を思い起こさせるそれに、ちょっぴり照れくさくなる鏡禍。
「ね、二人でいただきましょう。あの日みたいに」
 キャンプ用のカップを差し出してくるステラに、鏡禍はこくりと頷いた。

「ステラさん。これは僕から。グラオ・クローネの贈り物です。この日は、大切な人にプレゼントを贈る日なんです」
 鏡禍がそう言って鞄から取り出したのは、蒼い薔薇だった。
 いや、正確には蒼い薔薇を摸した飴細工である。
「わあ――ありがとう! 蒼い薔薇って大好きよ!」
 飴細工を受け取って、うっとりと見つめるステラ。
「食べちゃうのが勿体ないわ。どうしよう……」
 頬に手を当てほうっと息をつくステラを見て、鏡禍は微笑んだ。
 飴細工は透明な箱に入れられ、保存状態もよさそうだ。
「暫くは眺めて、そしていつか食べてあげるのはどうでしょう」
「そうね。それがいいかも。ありがとう、鏡禍。とっても気に入ったわ」
 じゃあ私からはこれを、といってステラは淹れたコーヒーと鏡型のクッキーを差し出した。
 ほっこりと微笑む鏡禍。
「ねえ……これから、大きな戦いにいくのでしょう?」
 急に問いかけられ、鏡禍はぴたりと手を止めた。
「はい。『混沌のステラさん』に出会いました。あの人は、苦しんでいるように……悲しんでいるように見えました」
「そう、やっぱり……」
 ステラとステラは根っこの所で繋がっているという。彼女の気持ちが、少なからずステラにはわかるのだろう。
 コーヒーを手に取って、小さく息をついた。
「助けてあげられそう?」
「はい、必ず。ステラさんと『あのステラさん』が同じものなら、僕は何があっても助けて見せます。約束です」
「そうね。あなたは、やり遂げるひとだもの……」
 コーヒーに口をつけ、微笑むステラ。
「やっぱり、あなたと話していると落ち着くわ。今日は来てくれてありがとう、鏡禍」
 それからしばらく、静かな時間が続いた。
 穏やかで、優しい時間が。


PAGETOPPAGEBOTTOM