PandoraPartyProject

SS詳細

紡ぎ糸は絡まり合った

登場人物一覧

カロル・ルゥーロルゥー(p3n000336)
普通の少女
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女

 テーブルの上には薔薇の花を飾った。彼女が好きだと言っていたからだ。薔薇の花が好きなのは派手だからだと彼女は言う。
 柔らかな桃色の髪には絢爛すぎる薔薇よりも、もっと可愛らしい華が似合うのではないかとスティアは考えたことがあった。
 薔薇も勿論似合う。だが、彼女自身は薔薇のように大輪に咲き誇る性質だ。かすみ草のような華を添えてやったって、きっと立派に引き立て役を務めてくれるだろう。
 桃色の薔薇を探したのは彼女によく似た色彩だったからだ。その花を見てから彼女が――カロルが「良い色じゃない」と言っただけで満足になる。
「そうでしょ?」
「ええ、スティアは捜し物が上手ね。これは私の髪の色だわ」
「うんうん。ルルちゃんに良く似ている色が良いなって思って」
 ほら、彼女はやっぱり嬉しそうにするのだ。少しだけお得な気分になったのは彼女の満足そうな表情を見たからだ。
 貴族であるならば使用人に呈茶をさせなさいと叔母には注意されるがカロルに淹れるなら一番に美味しいお茶が良かった。
 だからこそ、手ずから淹れるようにしていたのだがカロルにも「おまえって貴族のお姫様でしょう?」なんて揶揄われるのだ。
「私は貴族だけど、貴族らしく生きてないというか、記憶喪失だったときもあるから結構庶民的だと思うよ」
「ふうん。私も、まあ、村生まれの一般人だし完成は庶民的かも。
 でも、一応は聖女様だったから、それらしく生きてきたし……ある程度の礼儀作法とか、そういうのは? 身についているのよ?
 もしかしたらスティアよりも私の方が貴族のお嬢さんらしく出来るんじゃない? ドレスとか着てみる? 私、結構サマにはなるわよ」
 楽しそうに笑うカロルを見てからスティアは「それはそうかも?」と揶揄い半分でそう言った。カロルに何を言われたってスティアは笑みを返す事が出来る。
 彼女はその言葉に悪気なんてない。悪意が籠ってないどころか、その発現には余り意味は無いのである。何となく、思ったから口に出した程度の事だ。
 そもそもカロルはスティアのことを貴族の出身らしいが貴族のお姫様だなんて思って居ない。友人だ。友人だった女が貴族ですと言われて驚いただけに過ぎないのだろう。
 そんな、何もかもを特段気にしても居ないような雰囲気がある意味で心地良い。スティアは「私の淹れる紅茶は美味しくないのよねえ」なんて呟く彼女を見詰めていた。
 ほっそりとした白い指先は重たい物なんて持った事なんてありませんと言いたげに我儘な細さだ。蜜色の瞳はじらりとティーカップを眺めて「いい柄じゃない」と目利きが出来るわけでもないのに寸評したりする。
 ほら、今だってお喋りな彼女は言葉を適当に並べてあれやこれやと指示をするのだ。
「スティア、私、お砂糖入れたいわ」
「はいはい」
 カロルの性格は接してみれば良く分かるのだ。よく言えば天真爛漫で、悪意というものがなく裏表がない。
 それ故に、分かり易い程に真っ直ぐだ。悪く言えば態度が悪い。もの凄く口も悪い。それは遂行者として活動してきた経歴のせいなのだろうけれど――
(本来のカロル・ルゥーロルゥーはどんな聖女だったんだろう)
 ふと、そんなことを思ったりする。天義という国では聖女と呼ばれる存在は数多く居る。その中でも、一握りのものが聖女として君臨しながらその力を振るうのだ。
 スティアも聖女の一人に数えられるようにはなったが現在はイレギュラーズとして活動する身の上である為に、聖堂に籠りきりを回避できている。――因みに、カロルに言わせれば「あんなのしなくていいのよ。おまえは私と一緒に聖女見習いになってよ。見習いって付けていれば旅に出られるでしょ。ねえ、なりなさいよ」との事だ。
(見習いって言ったって、カロル・ルゥーロルゥーは建国の聖女とも言われていたんだし……)
 そう思えば気になった。この態度の悪い娘と建国の聖女の違いだとか、彼女の在り方が。
 頌歌の冠が存在し、彼女がこの場で活動して居る以上は聖女カロルという存在が実在したことは分かるがその歴史は余りにも胡乱だ。抹消されているとも言える。
 それ故に、天義で生れ育ち、聖職者の道を選んだスティアもカロルについての情報を得ることは出来なかった。
 現在のカロルと聖女カロルには大きな違いがあるように思えてならないからこそ、彼女が名乗る『ルル』の呼び名を敢て未だに呼び続けているのだが。
「スティア?」
「ん? ど、どうかした?」
「おまえの方こそ。ぼーっとしてるじゃない。どうしたの? 何か買い忘れた?」
「ううん。今日のティータイムの準備はばっちりだよ。ちょっと考え事してただけだし」
 首を振ったスティアをまじまじと見詰めていたカロルはそろそろと手を伸ばして、ぎゅっとスティアのやや垂れ気味の長耳を掴んだ。
 唐突な出来事に「ぎゃあ」と声を上げたのはスティアらしい。耳を捥がれると思ったわけではないがカロルがその様な行動をするとは思って居なかったからだ。
「な、なななななッ、ど、どうしたの?」
「おまえってちょっとした動きで耳が動くのね。ぴくって。面白い」
「そ、そりゃあ、人体」
「確かに。でも良いわね、おまえのことが良く分かるわ。スティアは表情も豊かだし、話して居て面白い。顔が良いのは確かよ」
「……ル、ルストと比べたら?」
「え? うーん」
 少しだけ胸がむかっとしたのは気のせいではなかった。スティアは近頃この不思議な感覚に襲われる。
 叔母に相談して「もしかしたら私は狭心症なのかも知れない」と告げれば叔母は困った顔をして居た。叔母の方が狭心症の気があるらしい。
 一族が途絶えてしまうのかとスティアは慌てたが、何だかそれはそうした病ではないのかもしれない。心因性の方だとすれば叔母は毎日非常に疲れた顔をして居るため、其方の方が有り得る可能性だってあった。
「私の方が顔が良いよ。ルストより」
「ジャンルが違うじゃない」
「ジャッ、ジャンル……で、でも、ルルちゃん。ルストって男が居たばかりに顔の良さで負けるのは不服だよ。
 やっぱり天義の聖女として、この国を襲った冠位魔種にはフルマークで勝っておきたいと思うんだけど……!」
「やけに言うじゃない」
 パンチしたいくらいだよ、とスティアは慌てながら言った。カロルは未だにスティアの耳を片方掴んだまま、何を思ったのかもう一方も掴んだ。
「どうして掴むの?」
「顔がよく見える。スティアが困ってるからじゃない?」
「困るよ。そこは耳だもん」
「ええ、私の耳も掴んでも良いけど引っ張り甲斐はないと想うわ。人間だからね。
 聖女ルゥーロルゥーをベースにした外見をしているのだけれど、私って。彼の女は人間種だったのね。幻想種だったら良かったのに」
「……ど、どうして……?」
「今の私にはまあ、関係ないけど、おまえと一緒に生きて行けたじゃない」
「えっと」
「え? 生きてくんでしょ。この国を守る為に」
「あ、そうだね。うん……」
 変な顔をして居るとカロルはくすくすと笑った。この後の予定は決まっていたのに、何もかも上手くこなせる気はしない。
 例えば、デバガメ根性丸出しのカロルと一緒にイルやリンツァトルテの様子を見に行く事が本日の予定だった。そのついでに気になっているカフェに行くそうだ。
 カロルは毎日をそれなりに充実した様子で送っている。スティアはそいえばそんなカロルに振り回されているのだが――
 それが嫌ではないのだ。何故か耳を掴まれているが、それ自体にも不快感を抱いては居ない。『まあ、ルルちゃんだし』と考えて居るわけなのだ。
「私の方が勝ってるんだけどなあ」
「顔の話?」
「そりゃあ。ずっと言ってるけど、ルストには負けないよ!」
「ふふ、それは良いわねえ。でも、おまえもすごく顔は良いのよ。でもジャンルの違いってあるじゃない?」
 少し拗ねた様子のスティアにカロルは何処か楽しそうに笑った。未だに耳を掴んでいる元聖女は「私の顔も良いでしょう」と前置きをする。
「まあ、私の顔が良いのは当たり前のことなのだけれど、それでもスティアとはジャンルが違うわ。
 だから、皆違って皆良いのだけれど、私はおまえの顔は好きよ。瞳も可愛いじゃない。くりくりとしているし、色味が違う。素敵よ。後この耳が良いわね、引っ張りやすい」
「引っ張っちゃダメだよ」
「私ならいいじゃない。おまえの耳は私が引っ張るためのものだったのかもしれない」
「ダメだって」
 耳をついついと引っ張るカロルにスティアは注意するように「めっ」と言った。人差し指をカロルの唇に宛がってからそれ以上は為すことを止めさせれば饒舌な娘は「はあい」と拗ねた様子で唇を噤むのだ。
 カロルの『扱い』にも慣れてきた。スティアは彼女が遂行者でなくなった時から共に過ごす時間を出来るだけ得てきている。狭心症(疑い)はその度に存在する奇妙な感覚だが、今のところは命に別状はないのだ。
「……ルルちゃんならいいけど、皆がマネするよ」
「だめよ、触らせたら」
「ルルちゃん、それは無理だよ。だって、私の耳は私の物だよ」
「でも、おまえは私の物のような存在でしょう」
「違うよ?」
「そうだっけ」
 本当にこの人は。スティアはそう言いたげに肩を竦めた。ぱっと耳を離してから「ジョークよ、怒らないでよ」と彼女は明るく笑うのだ。
 その表情を見ているだけで気分は晴れ渡る。彼女がルストの話をするだけでどんよりと曇り空になる。少し触れる度に狭心症の症状が発生する。もしかすると自律神経に異常でも来たしたんだろうか――一体全体、この感覚は何なのかスティアには説明が付かないままで。
「ほら、早くイルちゃん達を見に行こうよ」
「そうね、あの鈍感男とどうなったかを見に行きましょう。スティア、いくわよ」
 コートを手にしてからいそいそと走り出す彼女の背中を追掛けた。カロルが身に着ける衣服は一緒に選んだものだ。
 ウィンドウショッピングを楽しみたいと言ったカロルと共に遊びに出掛けたとき、スティアが選んだコートだ。揃いの物にしようと提案するカロルに「ルルちゃんには此れが似合うよ」と選んだコートは薔薇を象ったボタンが印象的だった。
 ショッピングを楽しんだこともなかった彼女は何もかもを真新しい物であるように接してくれるのだ。そんな姿が、スティアにとっては見て見たかった物であったからこそ喜ばしい。
 此の儘、何の戦いも起こらずに、二人とも戦場になんか出ずに彼女の未来を守っていくことが出来たら――いいや、そんなこと出来ない事を知っている。
 世界は滅びに面していて、滅びの使徒であった遂行者のカロルはその気配を肌で感じ取っていた。遁れ得ぬ終末がそこまで来ているのだ。

 ――何があったって、一緒に護りましょうね。私、聖女だったけど、この国を護れなかったの。この国に殺されてしまったから。

 彼女の夢を叶えるためにはこの世界を守り抜かねばならないらしい。カロルは舞踏会に出てみたいと言った。ならば舞踏会が開かれる必要がある。
 それに、冬はオーロラが見たいのだそうだ。ならば冬を待たねばならないか。もう春の芽吹きが近付いてくる頃だ。此れから何かやりたいことはあるのだろうか。

 ――ジェットコースターってのに乗りたいから練達にも行きたいし、シレンツィオリゾートに旅行もしたいし、あ、あと、大名の言ってた豊穣にも行きたいのよね。

 それだけ、と問えば「おまえのルーツは深緑でしょう。なら、深緑にも行きたい」と彼女は追加したのだ。
 ああ見えて、スティアの事だってよく見て居るのだ。カロルという娘は我儘で奔放に見えて、心優しい所がある。
 穏やかとは言えないが、気遣いを行える面もあるのだ。と、言っても態度の悪さが全てを奔放なだけの娘に仕立て上げてしまうのが玉に瑕ではあるのだが。
 彼女と共に萌ゆる若葉を見に行くのは楽しいだろう。ピクニックをしただけで喜んでくれるはずだ。美しい景色を愛でることが出来るのは彼女の聖女らしさそのものであるのだ。
 カロル・ルゥーロルゥーという聖女のことを考えるのは、ルルという娘と向き合う上で必要な事だったのだろう。
 スティア・エイル・ヴァークライトが聖女としてこの国の中枢に進もうというならば建国の聖女を、いいや『処刑されてしまった民を誑かした聖女を騙る大罪人』を知らねばならない。
 スティアにとって、ルルという娘と居るためにはその全てを知らねば関係性を進めることは出来ないのだ。
 薔薇のような娘だった。美しく絢爛で、それでいて棘のある。悪辣さに隠されたのは献身だったのだと知っている。
 その眸や指先が己に向けられる者ではないことだってスティアは知っていた。ただ、その手を握り締めることが出来たならば、きっと未来は眩く光り輝くはずなのだ。
 スティアはウキウキとした調子で前を進むカロルの背中を見る。彼女は、ルルだ。カロルじゃない。処刑された聖女を騙る大罪人ではない。
 けれど――
「スティアったら、考え事が多いわね」
 あなたの中に存在する彼女の事を、知らなくてはならないのだ。

 騎士団宿舎にやってきて、イルを思う存分に虐めるカロルの姿をスティアは盗み見ていた。
 聖騎士であるイルやリンツァトルテも国家救済を掲げて此れより先の戦いに臨むことになるだろう。無論、天義が戦場になるならばその助っ人として必要となるがワームホールが塞がったならば、戦力が少ない場所に派遣される可能性だってある。
「おまえ、折角結ばれたのに死に別れとか止めなさいよ」
「そ、そんな縁起でも無い」
 慌てた様子のイルにカロルはくすくすと楽しげに笑っている。その声に耳を傾けて、スティアは「リンツさん」と傍らの青年に声を掛けた。
 楽しげなカロルの事はイルに任せて彼に聞きたいことがあったのだ。彼はコンフィズリーの当主だ。不正義と名指しされた時には苦しんだであろうが、それでも、名家であることには違いは無い。
「……聖女ルゥーロルゥーについて、知らない?」
「俺は余り。だが、コンフィズリーには書斎があった。父の秘密の書斎だ。そこに本があるかも知れないな」
「見に行っても良い?」
 じいと見詰めたスティアにリンツァトルテは「……構わないのだが」と前置きしてからちらりとイルを見た。その視線の意味に気付いてからスティアは「気遣えるようになったのって凄いことだね」と笑ったのだ。
 恋人に妙齢の娘を家に招く様子を見られてどの様な誤解を与えるかを考えたというのは素晴らしい進歩だ。「イルダーナ」と呼び掛けるリンツァトルテは真面目な話をする声のトーンであった。成程、きちんと伝えるのだろう。
「はい。先輩」
「スティアが先代の書斎を確認したいそうだ。天義について調べたいことがあるらしい。申し訳ないが、今日、彼女に付き添ってコンフィズリーの邸宅の来て貰っても構わないか?」
「はい。あっ、それなら一緒に夕食はどうでしょうか? カロルも呼んで……私はカロルの話し相手になるので、先輩はスティアの調べ物に付き合っては如何でしょうか?」
 ハキハキと答えた彼女にリンツァトルテはちらりとスティアを見てから「そうしよう」と頷いた。その傍でカロルが「おまえらって何か、のんびりと生きてるわね」とぼやいていたのであった。
 コンフィズリー邸にやってきて、リンツァトルテが食事の指示を出しているのを横目にイルはカロルと一緒にダイニングのソファーで本を読むことにしたらしい。観光ガイドブックならばカロルも興味を持ち、且つイルでも説明できる事が多いからなのだろう。
 スティアは全ての指示を終えたリンツァトルテに促されて書斎へとやってきた。父の残した資料というのは人目に付かない小部屋に集められていたらしい。
 流石は不正義と呼ばれようと人を助く為に手を差し伸べた騎士だ。国家の歴史を守るべく様々な資料を並べ、糧にしていたのだろう。スティアは気になる本は手に取って構わないというリンツァトルテに礼を言ってから何冊か、確認しては戻し手を繰返した。
 書物の中で語られるカロル・ルゥーロルゥーは『ルゥー』と称されていることが多かった。名を明かさぬ為の配慮だったのだろう。ルゥーと呼ばれる娘は非常に穏やかで、自然を愛したらしい。特に薔薇の花を好んだとされており、薔薇の花の杖やアクセサリーを身に着けていたらしい。派手好きだったわけではなく、自らの魔力が良く通るように加工した魔道具を使用していた程度だったのだろう。
 ルゥーは動植物にも良く心を砕いたそうだ。寒村の出身であり、天の声を聞き、神力を扱う事が出来たともされている。だからこそ、ただの寒村に棲まう娘は聖女にまで担ぎ上げられたのだろう。そうした少女が矢面に立たされるのは幾つかの理由がある。簡単に言ってしまえば利用価値があるからだ。
 ルゥーもそうだったのだろう。何も知らない世間知らずの娘は、突如として聖女として祭り上げられた。人民の心を強く惹き付ける為の駒となったのだ。そうした娘には力を与えてはならない。彼女はあくまでも傀儡であるべきであり、強力な力を手にすることも、はたまた指導者としての知識や知恵を得てはならないのだ。
 だが、ルゥーは聡明であったのだろう。自らを利用した聖職者の存在をよく理解してしまった。国家の先導者はそれ程に悪辣では無かったはずだ。勇者パーティーを見ていればアイオンやマナセが仲間として認識した者が悪辣であって良いはずがない。だからこそ、フェネストと呼ばれる存在を蹴落とそうとする他勢力が作り出した聖女は大いに利用され続け――聡明であった聖女が自らが利用価値のある傀儡でしか無かったことに気付いた時に、蹴落としたのだ。
(酷い……)
 よくある話だ。どの様な場所であったとてそれは耳にすることも多くある建国秘話のようなものだろう。
 幻想王国でまだ年若い王の婚約者を選ぶために、敢て有力候補を事故死に見せかけて殺害したという一件からも人の悪意とはどの様に手を伸ばしてくるかは分からない。
 つまり、ルゥーは人の手によって作り出された聖女であり、自らが望んで聖女になろうとしたわけではなかったのだと推測される。ただ、力が合った。力があることが露見してしまった。そして、彼女はそれによって利用されたのだ。
(カロル・ルゥーロルゥーはそうして、人々の心を掴み、自らが建国の聖女として名乗り上げることになった。
 民は彼女を支援した。彼女は担ぎ上げられようとも悪辣では無かった。自身が女王になることは望まなかった。だから――)
 彼女はフェネストと手を取り合うことを決めたのだろう。そうする事が最もこの国をよくすると考えたのだとも推測される。
 聖教国ネメシスを纏め上げる手腕は教皇としての彼にあるとそう認識したのだろう。自然を愛し動物たちと過ごす穏やかな聖女。そう呼ばれることになったただの寒村の娘。
 娘を売り払った家族達は「私達はルゥーの家族だ」と堂々と振る舞ったらしい。熟々、彼女は人には恵まれなかったのだ。
 大きな顔をしだした家族と、自身を『買った』がその動きに満足がいかなくなり失脚を狙うようになった者達。後ろ盾を喪ったルゥーはある時に逆賊と見做される。
 それが民を先導した悪辣非道なる聖女の物語なのだ。実に悍ましい話だ。そうしてルゥーは処刑された。フェネストの留守を狙い聖騎士の幾人かを利用しての処刑であったとシルされている。この記録が残されていたのは手記であったからなのだろう。残した神父はルゥーの父親の代りをしていたらしい。
 頌歌の冠をその身に受け、聖女として祈りを捧げ続けた一人の娘が引き取られてきてから、死するまで。神父は最後の最後まで彼女の事を愛し、慈しみ、手記を後世に残すようにと尽力した。それが巡り廻ってコンフィズリーの屋敷にあったのはイェルハルドが冷静で、揺るぎない正義を有した人間であったからなのだろう。
「スティア?」
「……これ、貰っても良いかな?」
「目当てが見つかったのならば。スティアが持っていた方が良いと思う。彼女に対しては俺やイルよりスティアの方が詳しいだろう。
 ……それに、俺では屹度彼女の真実は扱いきれない。知ったところで本物とは言えないが確かに記憶を有している彼女のケアを俺には出来ないからな」
「確かに。それだと浮気って怒られちゃうね」
「……イルはそんなことはしない」
 げんなりとした顔のリンツァトルテはイルダーナ・ミュラトールに関してはかなり苦労をしているのだろう。ミュラトール家の令嬢ともなった彼女との交際をかの家門に申し入れに行った際には「結婚を前提になさるのであれば婚約としてくださいますか」とイルダーナの祖母に当たる女主人に厳しく言い付けられたのだ。
 リンツァトルテはその時のことを思い出してからスティアに「展開が早すぎて恐ろしい」とぼやいた。貴族同士なのだから婚約者となるのは当たり前ではあるのだが、惚れた腫れたはそもそも遠く、通常の生活さえもままならなかったコンフィズリーという不正義の家門からすれば歓迎され、直ぐさまに婚約を結ぶことになったのは予想外であったのだろう。
「まあ、ミュラトール家としても大貴族のコンフィズリーとのご縁は嬉しいんじゃない?」
「……ヴァークライトの令嬢はどうするんだ?」
「え?」
「跡継ぎの話は噂になっている。何せ、エミリア様がずっと追い回されているようだから、白い薔薇に」
 白い薔薇という隠語で呼ばれる程に彼は追い回しているのか。スティアは何とも言えぬ顔をしてから「どうしようね」と呟いた。
「私は未だ未だ誰かと結婚するつもりはないけれど、叔母様が結婚すればヴァークライト家には跡継ぎがいなくなる」
「……例えば、エミリア様が婿養子を頂くとか」
「それはどうだろう。叔母様は私が当主になることを望んでるから」
「……じゃあ、スティアが婚姻を結ばなかった場合、もしくは、跡継ぎを容易しなかった場合はエミリア様のお子を養子に貰うとか」
「……何か、リンツさんやけに心配してくるね? 何かある?」
 スティアはぱちくりと瞬いた。リンツァトルテの驚いた様子の表情を見て更に首を傾いだ。
 ああ、彼女は気付いて居ないのだろうか。リンツァトルテはふと、そう思う。スティアがカロルに向ける強い興味や、好意は一歩でも進めば別の意味合いを含むだろう。
 それこそ、リンツァトルテが今までイルに向けていた好意にも良く似ているのだ。リンツァトルテとてイルには強い興味を持っていたし、後輩に対する好意を抱いていた。だが恋情ではなかったのだ。一歩踏みとどまっていたとも言える。その状況に良く似ているように思えてならないが。
(どっちも、別にその気は今はないのだろうな)
 リンツァトルテはそう感じ取ってからスティアを見た。少しずつ変化を帯びたのは遂行者であった聖女ルルへと向けた興味から、ルルちゃんへ向ける親愛になった事。それから、彼女の行動一つに心臓が跳ねるようになったスティアの心境そのものなのだ。
「リンツさん、何か思ってることがありそうな……」
「いいや。ほら、そろそろイルとカロルが暇になったみたいだ」
「え? あ、本当だ」
 スティアは立ち上がってずいずいと寄ってくるカロルに気付いてひらひらと手を振った。手にした手記だけはその懐に仕舞い込んで。
「目的は果たされた?」
「うん。ありがとう。ルルちゃんもガイドブックは見終わった?」
「ええ。鉄帝国のオーロラを見に行くことは決定ね。それに、銀の森も行ってみたいのよね。
 あ、ラサのネフェルストのサンドバザールも見たいわ。そういう格好したいじゃない。スティアは?」
「んー……星を見に行きたいかも」
「星? あら、いいじゃない! 綺麗だものね。約束よ。世界救ったら綺麗な星を見ましょうよ。二人でね」
 カロルは「約束して頂戴よ」とずいずいと詰め寄った。勿論だよと微笑めば彼女は満足そうににんまりと唇を吊り上げるのだ。
 その表情はもう見慣れてしまった。二人で、という言葉に満たされていく気がする。
「ねえ、スティア。色々終ったなら、帰りましょうよ。私お腹が空いたわ。今日はおまえの家に泊って、前に約束してた豪華な朝ご飯を食べるのよ。いいわね?」
「うん、良いよ」
「パジャマパーティーもするんだから! イル、私帰るわね。豪華な朝ご飯を作る約束だから」
 楽しそうに言う彼女が他の誰かと話すと少しだけ胸が痛いのだ。微笑まれるとどきりと心臓が跳ねる。
 これは何だろう? 心因性の何らかの病なのか、それとも狭心症なのか。ああ、自律神経が可笑しいのかも知れない――なんて。
 目の前で笑っている彼女に対して抱いた感情に名前がまだ付かないまま、スティアは今日も彼女の背中を追掛ける。


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