SS詳細
祈色
登場人物一覧
「メイメイ」
呼び掛けられてからメイメイは顔を上げた。豊穣郷は忙しないが、世界各国と比べれば平穏とも呼べるだろう。
中務省の人間も忙しなく、あれやこれやと走り回っている。駆けずり回る者達の姿を見ていれば、メイメイもやや困った笑いを浮かべることしか出来まい。
どちらかと言えば豊穣郷の喧噪は『霞帝』が援軍として
メイメイが惚れ込んだ晴明と云う男は、宝物であるかのように家族として霞帝のことを語るのだ。家族――兄で有り、父のような存在でもある――である霞帝を一人で敵地に放り込むという事が出来る青年ではないのは確かなのだ。
だからこそ、メイメイは暇を見付けては晴明の手伝いをしていた。中務省の中務卿の執務室にいつもの通りに訪れて「何か、ありますか」と問うたわけである。
当然、霞帝の留守中に積み重なった仕事は多い。豊穣郷での書類仕事に加えて、各種作業もこなして来たのだが、呼び掛けられた訳である。
「どうか、なさいました、か?」
「いや……突然で済まない。メイメイもこれから大きく戦いに出るだろう?」
「はい」
メイメイはこくりと頷いた。世界は大きく変化していく。それは滅びの序曲である。狂ったピアノを掻き鳴らすように、鍵盤を叩き続けた指先はリズムもてんでばらばらに各地で足並みを添えることなく崩壊を始めようとしているのだ。実に、悍ましい光景だ。
その中にメイメイも飛び込まなくてはならないのだ。それはイレギュラーズとして、そして
「晴さま、も」
「……まあ、賀澄殿が行くならば」
「はい。そうだと、思って居ます」
「……貴女は聡明だが、それだけではないのだ。
本当は貴方の傍で戦いたい。だが、俺は中務卿だ。賀澄殿に事が起こらぬようにと未然に防ぐ努力をしなくてはならない。
天秤に掛けることになって、すまないとは思って居るのだ。貴方と霞帝を比べることになってしまうのは……どれ程に恐ろしい事か……」
俯いた晴明にメイメイはふるふると首を振った。最前線を走り続けるイレギュラーズは危険な領域に飛び込むことが多くなる。
そんな場所に彼を連れて行くことはメイメイとて難しいと考えて居た。きっと、今園賀澄という男は無茶をするように見えてしっかりと自衛をするだろう。
危険地帯にイタズラに飛び込む存在ではない筈だ。晴明が彼の傍に居てくれるというならばメイメイとてその事に安心をするのだ。
「晴さまが、危険で、ないことが……一番、です」
「……そうかも、しれない、が」
晴明は困った顔をした。メイメイは彼が本当に傍に居ることを願ってくれていたのだと思えば何処か擽ったい心地になったのである。
何時だって豊穣郷を大切にしており、神使よりも霞帝を優先してきた彼だ。そんな彼が、自身の事に対しても向き合ってくれているのは彼の心境の変化とも言える。
翌々分かって居たが彼は心配性だ。だからこそ、メイメイが死地に向かう事を前提に「傍に居たい」と願うのだ。
「晴さまが、霞帝さまの、そばを離れるのは……きっと、お望みでは、ないでしょう?」
「中務卿として」
「はい」
「だが、俺個人は貴女の傍にあるべきだと考えている」
「……はい」
頬が赤くなった。かあと熱が灯る。視線をそっと逸らしてから、メイメイは「ありがとう、ござい、ます」と囁いた。
「それで……それが成せないときがあることを、前提にして、貴女に贈りたいものがあったのだ」
「はい」
こくりと頷くメイメイに晴明はそっと小箱を差し出した。それは常磐色の結い紐でラッピングされているものだ。メイメイはそっと手に取ってから「これは?」と首を傾いだ。
「貴女に、御守りとして」
晴明は少しばかり息を吐き出してから、紐をするりと解いた。メイメイはゆっくりと開かれていく小箱を眺めて居る。
箱の中には小さな指輪が入っていた。メイメイはゆっくりを目を見開いてから晴明を見る。彼は豊穣で産まれ育っている。アクセサリーとしての指輪の慣習は余り馴染みがないだろう。特に、国が開くまではその馴染みが無かった彼にとって各国を確認してから得た知識で改めてメイメイに贈り物をしたいと考えたのだ。
「これ、は」
「着けても?」
「は、はい」
こくりと頷いたメイメイの左手をそっととってから、その指先にリングを嵌め込んだ。緩やかに目を伏せてからメイメイは息を呑む。
左手の薬指。その位置に晴明のは柔らかな光を湛える藍玉のリングを嵌め込んだ。どこか緊張しているかのような掌のぬくもりにメイメイは小さく息を吐く。
「晴さま、これは」
「これから、死地に赴くことも多くなるだろう。貴女と共にあれる時間にだってきっと限りがある。
貴女との関係性へと変化を帯びたとて、世界が崩れ去っては意味が無い。……俺の髪は貴女が手入れをしてくれると言って居ただろう? だから、髪には約束は含まない。
新しい約束を、貴女に与えたかったのだ。貴女の傍に居る事が出来ないならば、せめて、俺から貴女にささやかでも祈りを込めて、指輪だけでも連れていってやくれないだろうか」
真摯な眸を真っ向から見詰めてからメイメイは「よろしい、の、ですか」と囁いた。
「ああ。貴女がいいならば」
晴明はメイメイの左手をそっと持ち上げた。キラリと輝く藍色は彼の眸の色だ。あの深い海のように鮮やかな眸である。
メイメイは晴明にされるがままに、その仕草を眺めて居た。そっと持ち上げられた手の甲に唇が落とされる。目を伏せる、そして、息を呑む。
「晴さま」
「――幾久しく、貴女の傍にあらんことを。
戦乱の世の中でどれ程の苦難が訪れようとも俺は必ず貴女の傍に戻ると誓おう。だからこそ、貴女も俺の元へと返ってきてくれ」
「……はい」
「まだ、知らないことも多いだろう。俺も、貴女には教えて貰いたいことが多いのだ。
貴女の故郷の光景だって、余りに知らぬ事も多いのだ。俺も豊穣の美しい景色を貴女にもっと教えたいと思う」
「晴さまの、お好きなこの国を、もっと、もっと教えてください」
「ああ。だからこそ――どうか、この約束を」
晴明はそっとメイメイの手を下ろしてからぎこちない笑みを浮かべた。
その微笑みを見て、メイメイは小さく息を呑んだ。彼は、喪うことを怖れるのだろう。大切な人を作ることを怯えるように生きているのは、屹度。
(晴さまは、たくさん、たくさん、喪ってきた。だからこそ、……この人から、もう、何も喪わせてはならない)
メイメイは「お約束、します」と穏やかに微笑んだ。これは誓いだ。指先を交えて子供染みた約束を交わすわけではない。
メイメイも晴明も死ぬつもりはないが、この世界で生きる以上は何があるかは分からず絶対はない。だからこそ――絶対はないのだから、心に誓い合うしかあるまい。
「……ふふ、指輪を頂けるとは、思って、いませんでした」
「……駄目だっただろうか。貴女に贈り物をしたかった。どうにも、俺は欲深いらしい」
肩を竦めてから小さく笑った晴明は「駄目だろうか」と囁いて。そんな顔を見てからメイメイは頬を赤くして「いいえ」と首を振った。
あなたが未来を結んでくれたことが、何よりも嬉しかった。
- 祈色完了
- GM名夏あかね
- 種別SS
- 納品日2024年03月08日
- テーマ『それは愛しく、あたたかな』
・メイメイ・ルー(p3p004460)
・建葉・晴明(p3n000180)
※ おまけSS『貴女への贈り物』付き
おまけSS『貴女への贈り物』
名称:祈色の結び
設定:晴明からメイメイへと贈る約束の形。幾久しく貴女の傍にあらんことを。その幸いを薬指に飾って――
―――
名称:遠き華郷
設定:晴明が露店で見かけた黄色の花の耳飾り。メイメイの故郷に咲いていた華に良く似ていた。その名は知らずとも、望郷を込めて
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