PandoraPartyProject

SS詳細

おいしい幸せ

登場人物一覧

テアドール(p3n000243)
揺り籠の妖精
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ

 おいしいはすてきなこと。
 おいしいはしあわせなこと。
 ――じゃあ、たべたいほどかわいいは?

 ニルはこの前聞いた言葉を頭の中で繰り返す。
 美味しいから食べたい。これは人間の欲求として自然なものである。
 実感としてそれを認識できないニルとて、人間が美味しさを求めるのは理解できる。
 ならば『たべたくなるほどかわいい』はどういった感情なのだろうか。
 かわいい、とはおいしいものなのだろうか。
 ちらりと銀の瞳で隣に座るテアドールを見つめる。
 テアドールの部屋は相変わらずシンプルで整えられていた。
 けれどその中に、ニルと一緒に映っている写真立てがある。その隣にはキャンドルも。
 ニルが膝の上に乗せているクッションも一緒に買ったものだ。
 少しずつ、テアドールの部屋にニルと一緒に選んだものが増えていく。
 何だかその変化が嬉しくて心地よい。

「テアドールはニルのことかわいいっていうけれど、ニルはおいしいのでしょうか?」
「おいしい……?」
 ニルの問いかけにテアドールは顎に指を当て「うーん」と悩み出した。
 味覚を実感できないテアドールとニルにはその問いは難しい。
「一般的な人間の肌には、発汗により多少の塩分が含まれているそうですが……」
 生憎、二人とも一般的な人間の身体を持ち合わせていない。
 廻なら確かめさせてくれるかもしれないが、問いの本質はきっとそこではないだろう。
「テアドールはかっこいいけど、かっこいいはおいしいのでしょうか?」
 ニルは自分の指先を見つめ、こてりと首を傾げる。
「かわいいはおいしいのでしょうか?」
 そのニルの指先をテアドールは引き寄せた。
「試して見ますか? おいしいか」
 ニルは誘われるままテアドールの頬に指を添える。
 ゆっくりと身体を寄せて、ニルはテアドールの長い耳をかぷりと噛んだ。
 柔らかい皮膚の中に、少しだけ固い軟骨のような触感がある。
 あまり噛みすぎると痛いだろうかとすぐ唇を離した。
「どうでしたか? おいしいは分かりましたか?」
 テアドールの問いにニルは銀の目を見開く。肝心の「おいしい」を見失っていた。
「えと、ちょっとだったのでよくわからなかったです」
「そうですか。僕はちょっとくすぐったい感じでした」
 耳を噛まれるとくすぐったい。噛みすぎると痛いであろうが、そわそわとする感じなのだろう。
「僕もニルのことも噛んでいいですか? おいしいが分かるかもしれません」
「は、わ……はい」
 ニルがそっと目を瞑れば、テアドールの指先が頬に触れる。
 指の腹が頬を滑り、親指が弾力を味わうように添えられた。
 ふにふにと頬を触られる感触が擽ったくて思わず相手の名を呼ぶ。
 瞼をそっと上げれば、思ったよりも近くにテアドールの顔があった。
 いつもみたいに優しい瞳が間近でニルを見つめている。
「ニル……」
 そっと耳元に囁かれた吐息混じりの声に、肩が跳ね上がった。
「耳を、噛みますよ」
「は、い」
 テアドールの体温がすぐ傍に感じる。人間の皮膚に限りなく近い素材で作られたテアドールの表皮はさらりとしていてほんのり温かい。これも人間が安心するように、そう設定されているのだという。
 人肌の体温を持ったテアドールの唇がニルの耳に触れる。
 金のピアスのすぐそばを優しく吐息が撫でた。ニルのコアはじんわりと痺れたように震える。
 唇とは違う固い歯の感触が耳朶に伝わって来た。
 擽ったくて何だかそわそわしてしまう。舌先が僅かに触れれば、足の指先から頭頂まで悪寒のようなものが駆け抜けた。
「……ぅ」
 思わず漏れた声に、テアドールはそっと唇を離す。
「すみません、ニル。痛かったですか?」
 痛くは無いと首を横に振るニル。痛くは無い。
 けれど、テアドールに噛まれた場所がじんじんと熱を持つ。
 それは頬や首筋にまで広がっていくようだ。
 じくじくとコアまで到達した熱は、ニルの動きを鈍らせる。
 何をどう説明すればいいのか。テアドールに噛まれた場所が心地よくむず痒い。
「テアドールがおいしいかは、ニルはよくわからなかったです、けど。
 テアドール、ニルはおいしいですか……?」
「はい、ニルはとっても美味しかったですよ」
 味覚ではない。触れあう感触とニルの表情は、テアドールにとって『美味しい』と思えるもの。

 ――もっと味わいたいと思うもの。
 テアドールはソファに座るニルの手を取る。
「ニルはとても美味しくて可愛いです。もう少し味わってもいいですか?」
 そんな風に問われて、断れるわけが無い。
 ニルはテアドールの瞳をじっと見つめ、そわそわしながらこくりと頷いた。
 鎖骨のシトリンのコアからじんじんと熱が広がる。
 服に隠れているニルのコアをテアドールは上から触れた。
 小さく零れたニルの吐息が耳朶を擽る。
 秘宝種にとってコアは命そのもの。生命の源である。
 他人に触られることは忌避すべきもの。
 けれど、テアドールになら命であるコアに触れられても構わないとニルは思っている。
 少しだけ怖いのは確かなのだけれど、それでもテアドールになら全てを委ねられる。
 それが信頼であり、テアドールが特別な存在であるということなのだろう。
 恋愛という感情がニルには分からない。
 けれど、この身体中から溢れる大好きという気持ちが『愛』なのだとしたら。
 テアドールはこの愛を受け止め切れるのだろうか。

 ニルはテアドールの緑色の瞳をじっと見つめる。
 緩く細められた瞳はニルに愛情を示していた。それぐらいニルにだって分かる。
 テアドールも自分にきっと『愛』を向けてくれているのだ。
 そう思えばこそ、大好きな気持ちは胸からどんどん溢れ出す。
「テアドール……」
 言葉にすればこれは収まるのだろうかとニルは眉を下げた。
 自分の許容量を超えた『愛』は、ニルの思考を混乱させる。
 今にも泣きそうな表情をするニルにテアドールは「どうしたのですか?」と心配そうな声を向けた。
「ニルをかぷってしてください」
 テアドールがこの愛を食べてくれれば、少しだけでも伝わるかもしれないとニルは考える。
「はい……ニルをかぷってしますね」
 目を細めたテアドールはニルの胸元のボタンをひとつずつゆっくりと外した。
 鎖骨の間のシトリンのコアがテアドールの目の前でキラキラと輝く。
 テアドールは指先でニルのコアに触れた。指先から伝わるニルの魔力に笑みがこぼれる。
 愛おしさが溢れて幸せだと感じてしまうのだ。
「最初は優しくかぷってしますね」
「はい……」
 少し前のめりになったテアドールはニルのコアへと唇を近づける。
 最初に触れたのはテアドールのさらさらの髪、続いて柔らかな唇だ。
 少しの間を置いて、固い歯がニルのコアに当たる。
「……っ」
 コアに立てられる歯は、やっぱり怖くて。思わず身を引いてしまったけれど。
 同時にテアドールから流れ込んで来た魔力は指先よりも心地よかった。
 そわそわとむずむずがコアに広がってニルは胸をぎゅっと押さえた。
「テアドール……ニルはおいしかったですか?」
 ニルの問いに、テアドールは嬉しそうに「はい」と微笑む。
 それなら良かったとニルも一緒になって笑い合ったのだ。

 たべたいほどおいしいは、しあわせにみちている――


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