PandoraPartyProject

SS詳細

ゆうぐれ延長戦

登場人物一覧

綾敷・なじみ(p3n000168)
猫鬼憑き
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式

 キィキィとブランコが音鳴らす。伸びる影は緩やかで非常にシンプルなその揺れに合わせて伸びて縮んでを繰返した。
 ブランコに腰掛けてチョコレートを囓っていた汰磨羈はブランコを立ち漕ぎする子供染みた仕草の少女を眺めて居た。
 あざみ。
 そう呼ばれる夜妖は主の姿を借り受けて、日々を謳歌しているのだ。紫色の猫の耳、二股に割れた猫の尾。その先は僅かに白く染まる。
 金色の眸がじらりと汰磨羈を見てからあざみは笑う。その姿に見惚れるように汰磨羈は顔を上げた。
「髪が伸びたな」
「妖怪は霊力が髪に宿りやすいからね」
「しかし、短かったろう?」
「なじみの姿を其の儘借りていただけだよ。今はほぼほぼ分離してしまったからね。
 髪の毛が長いのも嫌いじゃないでしょ。たまきち。手入れをしてくれても良いよ。なじみに言ったらたまきちにして貰えだってさ」
 弾む声音と、笑う声。汰磨羈はやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。ああ、そうだろう。なじみには汰磨羈の気持ちはお見通しだ。
 何せ、彼女の姿を通してあざみを見ていた。猫仲間だと言うだけではない。妖怪である彼女の在り方に惹かれたのだ。

 ――たまきちってさ、私のこと好きでしょ。

 そんなことを悪びれなく言うなじみに「え!?」と汰磨羈は声を荒げた。彼女に恋人がいることを汰磨羈とて知っている。其方への横恋慕をしているわけではないのだ。
 どちらかと言えば猫の耳を持った友人として傍に居たのだが、なじみ自身にその様な事を言われるとは思っていなかったのだ。

 ――あ、私って言うか……。あざみのことだよ。でも、たまきちは私の中のあざみを見ているから私を好きみたい。

 いつだって揶揄うように笑う彼女に汰磨羈は肩を竦めた。彼女の言うとおりだ。自分はあざみを見ている。なじみの中に居る彼女のおもかげを探している。
 レトゥムとの一件があってから、なじみが居なくともその姿を顕現させるようになったなじみの外見も徐々に変化を帯びてきたのだ。
 なじみよりもずっと長くなった紫色の髪は僅かにその色彩が薄まってきた。金色の眸は魔的にきらりと輝きを帯びる。
 つまるところ、妖怪らしさが増したのだ。そして、なじみが居なくとも動き回ることが出来るようになった彼女の事はなじみとは別の存在であると認識している。
(まあ……あの時なじみに言われたのだって自分を通して好きな人を見ているな、という揶揄いであったのだろうが――)
 それでも、そう言われてしまえば自覚をしていないなどとは言えまい。くすくすと楽しげに笑う彼女に「それほど揶揄わないで欲しい」と告げれば更に楽しげに笑っていたのだから。
 そうだ。汰磨羈はあざみを愛しく思って居る。それも、彼女という存在がなじみから離れて自らの傍に来てくれれば良いと思えるほどの。
 呪いであったあざみは容易に宿主からは離れないのだろう。肉を必要とするわけではないが、なじみと共に生涯を過ごすと決めて居るのだ。
「たまきち」
 キィ――
 ブランコが揺らぐ。どこか拗ねたような顔をした彼女は唇をつんと尖らせてから「考え事?」と言った。
 なじみとあざみは性格が違う。なじみはほがらかでいじめっ子のように笑うが、優しく少女らしい。あざみの方が意地が悪い。それでいて子供っぽいのだ。
「私と話すのはつまらない?」
「いや、なじみと話した事を思いだしたのだ」
「ん?」
「あざみと仲良くしてやって欲しいと言われたのでな。今日は此れからどうしようかと思ったのだが。
 お主、今日もきちんと変える予定をしているのだろう? 深美は?」
「深美、少し仕事で遅くなるから。晩ご飯を買いに行って欲しいって言われた。人間の食べるものは難しいよ」
 あざみはブランコをぎいぎいと動かした。実の娘との関係性が曖昧なままの深美は、どちらかと言えば素直で傍に居るあざみの世話をしているのだろう。
 うんと大きくなってしまった大学生の娘は寮生活を始めて普通の女の子として幼稚園教諭を目指して日々を努力している。
 そんななじみと変わるように綾敷家に住んでいるあざみは人間らしい過ごし方を知らない。故に、深美が教えてやっている最中なのだ。
「……では、あざみよ。
 私と夕飯の買い出しをして深美の家で調理をしようか。それから、御主の髪を結わえる、というのは?」
「それはいいね。たまきちは上手そう」
「何なら髪飾りを買ってやろう」
「おそろいがいい」
 あざみははっきりと言った。「たまきちとお揃いの髪飾りを買って」と彼女は胸を張る。
 それがあざみなりの甘え方なのだろう。汰磨羈は「構わぬよ」と笑ってみせる。ブランコから飛び降りて「行こう」という彼女の長い髪がふわふわと揺れた。
 あざみが纏うのはレトロなワンピースが多い。深美が選んだものなのだという。汰磨羈の手を繋いで商店街へと行くあざみを一瞥してから汰磨羈は肩を竦めた。
(……まあ、この子は何も思っておらんのだろうなあ)
 特別なこと何て何もないのだ。彼女は恋愛感情なんてものは抱いちゃくれない。ひよのに聞けばあざみというのは夜妖としては長い時を生きてきたが、呪いそのものであるという。
 呪詛であった娘は人間らしい感情の機微の全ての理解が出来ていないのだ。だからこそ、汰磨羈の成熟している精神性には未だ追い付かず、幼子のように傍に居る。
 親離れなじみ離れが出来るかどうかが問題点でもあるのだが、その辺りは外見の変化からも進んでいることが良く分かった。
「たまきちと居ると落ち着くね」
「そうか。それはよかったなあ」
「たまきちは私を大事にして居ることが良く分かるよ。呪詛だった時は深美なんてなじみを拒絶した位に私のことを嫌っていたから。
 深美はね、希望ヶ浜の人間らしい人なんだ。怪異なんてまるで知らないし、神秘なんてまるで理解しちゃいないから。
 怪異なんて存在が居ちゃならない場所で生きてきた深美と私が今はちゃんと生活しているのって凄いことだと思うよ」
「……そうだな。深美にとっては、あざみは理外の存在であっただろうな」
「うん。でも、もしかしたらね、深美は私を通してなじみと得られなかった時間を取り戻そうとしているんだと思うよ」
「……どうしてそう思った?」
「なじみは大人になっちゃった。小さな子供だった頃から、考え方や過ごし方だって変化した。
 でも、深美の中ではね、なじみはまだ小学校五年生なんだ。あの時の儘。10歳のなじみから変わらないままだったから、二人は全てが許し合えないんだよ」
 あざみは「人間ってのは面倒だね」とそう言った。商店街に辿り着いてからコロッケの臭いに誘われて行くあざみが手を離す。汰磨羈は追いかけながら「そういうものだろうなあ」とそう言った。
 人間なんてそういうものなのだ。それはよく分かる。今のあざみはという考えで、深美の世話になっており、深美がそれを利用しているだけなのだろう。
 歪な形であるが当人同士でwin-winであるなら問題は無いのだろうが。
(……降って湧いた妖怪の娘だものな。そうしていなければ深美も、なじみも、中々受け入れがたいことがあるだろうよ)
 しかも、その妖怪の娘が父親の腹を食い破っていたのだから。そうした禍根を感じさせないように過ごしているのはある意味で奇跡なのだろう。
「さて、あざみよ。何を買う?」
「夕飯はコロッケにする。それから八百屋さんでサラダが欲しいと言えばくれる。
 あとは髪飾りだよ。たまきちとおそろいのやつを買いに行く。私の髪は腰にまで到達しているから、結わえて貰わなくっちゃならない」
「その心は?」
「少し揺れて面倒くさい」
 ああ、そうだろうと汰磨羈は可笑しくなって笑った。彼女の長い髪は汰磨羈にとって愛らしいが、今までのなじみの髪の毛が短かったことがあって、その対応には困っているのだろう。

 ――たまきちってさ、私のこと好きでしょ。

 また、なじみのそんな言葉を思い出した。汰磨羈は息を吐く。確かになじみと同じ姿をしていたが全然性格は違うではないか。
 あざみのことを愛おしく思って居る。なじみはきちんと応える事が出来そうだ。きっと、知っているよ、と彼女は楽しそうに笑うだろうけれど――
「たまきち、おいでよ」
 くるりと振り返ったあざみが手を伸ばした。汰磨羈はその手を握り締めてから「御主となじみはまるで違うなあ」と呟く。
「そう?」
「ああ。なじみの方がもっと強引だ。それに明るい。御主は淡々としているが、手探りで人との距離を探るだろう。
 どちらかといえばあざみの方が臆病なのだと感じた次第よ。の華にしては、棘はちくりと痛くないようだな」
「……ちくりと痛いままなら、きっと深美ともたまきちとも一緒に居られないでしょう」
「ふむ」
「たまきちと一緒に居るための練習だよ」
 深く帽子を被って猫の耳を隠していたあざみの感情は読み取れない。汰磨羈はくつくつと笑って「そうか、そうか」と頷いた。
 次は雑貨屋に行こう。気に入る品が何処かにある筈だ。髪飾りを二つ買って揃いの品だと付けてやろうか。
 毎日髪の手入れをしてやらねばならない。何せ呪詛であった娘が人と共に過ごす為に尽力しているというのだから。
 その努力に応えるように、汰磨羈も彼女の生活に寄り添おう。
 きっと、戦いとなればあざみはなじみと深美を守る為にこの地に留まることだろう。
 世界がずっと続いていくならば、彼女が人と過ごす日々を守ってやることが出来よう。
(これも私達にとっての変化なのだろうな。穏やかに人として過ごす為に、妖の在り方から離れようとしている)
 夕食を買って雑貨屋に行き、髪の手入れをするなんて、なんて人間らしくて欠伸が出る日々なのだろう。
 夕焼けの下で歩くあざみの影が蠢いた。猫の耳を影でだけ覗かせてから、ぴょこりと動かしてあざみは悪戯っこのように笑う。
 この平穏をもう少しだけ――


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