PandoraPartyProject

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ゼロ・クリエイション

登場人物一覧

グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者

 ――夢を見た。浅い夢だ。肉体を自由に動かせるような、そんな奇妙な感覚。
 その夢を見て居るのが誰なのかをグリーフは理解出来やしない。手脚はある。何時も通りの腕の長さであるとも認識した。
 だと、言うのにどうにもこの体がグリーフのものであるという確証が得られなかったのだ。
 まずは左脚から踏み出してみた。土を踏み締める感触。右足を其の儘前に出す。歩行の具合は良好だ。
 腕は体を揺らせば、それに倣うようにぶらんと揺れた。歩く際の感覚は何時もと変わりが無い。歩行の癖も、手脚の揺らぎ方も違和感すらないのだ。
 だが、この肉体は。

「―――」

 呼び掛けられてから私は必要のなかったはずの呼吸をした。ごくり、と喉に落ちていく酸素に首を振る。
 暗い研究室に居た。のっぺりとした闇が広がっていた。私はその空間をそうだと認識したのだ。その途端に、その場所は明るくなる。
 目の前には、あの人がいる。ドクター。産みの親だ。
「ニア」
 やはり、彼はそう呼んでいたのか。私は「はい、ドクター」と重苦しい唇を動かした。いや、誰が動かしたのか。これが夢だとすれば本来の肉体の持ち主だろうか。
 彼は応答を受けてからゆるやかに頷いた。私はその時初めて、彼が悲しげな目をしている事に気付いたのだ。
 此れまでは作られたままに、持ち得る記憶を辿る様にになる事しか考えては居なかったのだ。
「ニア」
「はい、ドクター」
 もう一度、言葉を返せば彼は困った顔をした。返答を間違えただろうか? いやいや、そうでは無いはずなのだが。
 どう答えるべきであったかを私は一番始めを振り返ったが、その時から答えを得れていなかったのだろう。
 彼が求めていたのは愛しい人の復活であったが、ついぞそれは叶わぬままであった。
 その夢がプーレルジールで潰えたのは彼という男がイルドゼギアの後釜に座ることを是としたからだった。
 何故だっただろうか。彼女を取り戻すためだけならば、その場で直ぐに撤退をする事も出来ただろうに。彼は、敢てイルドゼギアの後釜を選ぼうと――
「何と言った?」
 彼が問うた。私は驚いただろう。だろう、というのは肉体がワタシと同じ反応をしたからだ。目を見開いたのは、彼があまりにも困った顔をして居たからだ。
「ですから、どうしてドクターは生き残ることを選ばなかったのですか」
「……ニア」
「あなたが私を取り戻すためだけならば、もっと別の道があったでしょう?」
 唇は私の意志とは関係なく、私の疑問をすらすらと述べていた。澱みもなく唇が辿り着いたのは紛れもなく私の疑問そのものであったからだ。
 彼はうろうろと部屋の中を練り歩いた。その内、右に三歩進んだ先にあったテーブルの上のマグカップを手に取った。
 それからマグカップの中身を飲み干してから「ニア、コーヒーを淹れてくれないか」と言った。私は「分かりました」と返事をしてマグカップを受け取ったが、彼好みの珈琲の入れ方など知らなかったのだ。
 だと、言うのに、マグカップにコーヒーを淹れてから、当たり前の様に砂糖を二杯。それから、ミルクを添えて持って行った。彼は上出来だと言わんばかりに頷いてミルクを注ぎ入れてからまたも部屋の中をあちらこちらを歩き出した。
「作り出せないと実感してしまったからだ」と彼はゆるゆると唇を動かした。
「何を?」
「ニア、君をだ」
 縋り付くような声だったが、私はその声が自分に向けられたものではないことにとっくの昔に気付いてしまっていた。
 彼はいつだって私ではなくの事ばかりを見ていたのだ。だからこそ、私は彼の真意も本意も何もかもに気付けやしないし、彼も私を見て何とも言えやしないのだ。
「ニアを作りだそうとすれば、全てが失敗してしまったが、彼女だけは生き延びたのだろう。
 そうして、彼女が人間として認められてしまえば、まざまざと思い知らされるようではないか。君が、ニアが、もう居ないことを。
 ニアではない感情を得て、ニアではない生き方をして、ニアではない人生を辿るのだろう。それは、ニアではない。紛れもない別の命だ。
 私は長らくニアを作り出すことだけに躍起になっていた。友人の言葉を忘れてしまっていたことに、漸く気付いたの君を見たからなのだろう――グリーフ」
 そこまで言ってから、彼は、博士はグリーフを見ていることに気付いた。
 だが、私の肉体は今はグリーフではない。この夢の中において、私が見ている視界は私ではないなのだ。
 彼女も失敗作なのだろう。本当に失われた命を作り出すことは叶わず、医者であった筈の彼は死者の蘇生も、記憶の再生も出来ない事も知っていただろうに。
 壊れてしまったのだ。機械であったならば作り替えれば良いが人間ではどうにもならない。脳を開いて切り取り弄ったとしても大変な事が起こるだけで、二度とは聡明なる彼に戻ることはないのだろう。
「私が欲しかったのは彼女だけだったが、私が作り出したものが別の人生を選ぶ様変化したという事は、私が失敗作だとして殺してきたは――
 そこまで考えたならば、恐くなったのだ.苦しくなったのだ。
 ニアさえ居れば良かった。だが、それだけでは儘ならなくなったのだ。何せ、私は医者だった」
「はい。あなたは医者です」
「ああ、そうだ。私は医者だったから、夥しい命の上に立っていることに気付いてしまったんだ、グリーフ」
「いいえ、あなたの正当な権利です」
「ああ、そうだ。私は彼女を作りだし、彼女ではいからと廃棄する権利を持っていた。
 だが、そうしてきた誰かにもグリーフのような人生があってしまったというならば、私は、どれ程の人間を殺してきたことになるのだろうか。
 それならば、私は狂ったまま、医者として破落戸となったままで死ぬべきだった。そうだろう、グリーフ」
「いいえ、あなたの正当な権利です」
 繰返す私の口はプログラミングされていたのだろう。グリーフは今更何を言って居るのかと思ったが、私の口はするすると言葉を紡いでいく。
「ですが、あなたが人間の儘で死にたかったというならば、それも正しいでしょう」
「ああ、そうだ。グリーフ。ニアと私には囚われずに生きていくと良い。
 不甲斐ない父親だが、これだけは言えるだろう。グリーフはゼロ・クールだ。心を芽生えさせ、ゼロに心を埋め込んでいける存在だ。
 願わくばその心を満たす全てに出会えるように。ウォーロックは良い存在だ。きっと、良き父親に、家族になってくれるだろうよ」
 彼はそう言ってから珈琲を飲み干して「そろそろ眠る時間だ」と私にそう言った。

 ――愛しているよ、ニア。

 聞き飽きてしまったその体に肉体が破裂する音がした。
 そうだ、これは夢だ。
 はたと目を開いた。
「あ、起きた?」
 柔らかな紫色の髪の毛がカーテンのように被さった。
 ぱちぱちと瞬く彼女はその肉体に眠りが必要なくとも人間のように眠り、呼吸をし、食事をすることを好むのだと話して居た。
 それが産みの親と同じ存在になる近道のように感じられるかららしい。
 私は漸く自分の肉体に帰ってきた気がしてから深い息を吐き出した。その仕草を見ていた彼女は楽しげに笑ってから「疲れていたんだね」とそう言った。
「おはようございます」
「うん、おはよう。朝ご飯を食べよう。わたしたちも、家族らしいことをしようよ」
 さて、何の夢を見て居たのか、もう曖昧だ。


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