PandoraPartyProject

SS詳細

それぞれがそれぞれの空のもとに

登場人物一覧

結月 沙耶(p3p009126)
少女融解
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス


 海に近いためか、常に海風が街を吹き抜けている。春の終わりあたりから秋の始めまでは最高だろうけど、今は海風が体に染みて肌寒い。
 思わず体を震わせた結月 沙那 (p3p009126)を隣を歩くトール=アシェンプテル (p3p010816)が気遣う。
「寒いですよね。どこかに入りましょう」
「ううん、別に。寒くないから」
 少しお話しませんか、と誘ってきたのはトールの方だった。
 あの日、沙耶とトールの間に見えない溝が生まれた。妙に相手の視線や言葉が気になって、お互い距離を置くようになっていたのだが……。
 何の話かわからないが、沙那は人に聞かれたくないと思った。
「外でゆっくり話のできる場所を探そう」
 遠くの波音を聞きながら、魔種とその配下の魔物から開放したばかりの街を、とりたててどうということのない話題を危なっかしく繋げながら歩く。
 なかなか二人だけで向き合うタイミングと場所を見つけられず、狭くてゆるい坂道を登った。
 突然、景色が開ける。
「岬……ですね」
 目の前にしんとしてだだっ広い海が見える。
 岬の先端に白亜の灯台があった。古い時代のものらしく、全体的に濃厚でクラシカルだ。街から少し離れているためか、魔物の攻撃を免れている。
 数日間だけであったが魔種の支配は街に大打撃を与えた。これから生き残った人々が力をあわせて復興させていかなくてはならないが、この灯台はいい観光名所になるのではないだろうか。
 そう言った沙那にトールが微笑む。
「そうですね。この灯台の灯りはきっと街の人々の希望となるでしょう」
「お、展望台があるみたいだぞ。行ってみよう。もっと遠くまで海を見渡したい」
 灯台の下にはきれいな影ができ、よりひんやりとしていた。
 トールが展望台からぐるりと海を見渡す。
「やっぱり、混沌世界の水平線も丸いんですね。今更ですけど」
 沙那は展望台の柵につかまり、身を乗り出して、遠くまで海を見る。
「私は……何度か船に乗って海を渡ったことがあるけど、どうしても水平線まで行くとクルッと船がひっくり返っちゃうんじゃないかって思ってしまうんだよね」
「わかります。真っ青な空を見ていると落ちそうになるのと一緒で、理屈じゃないんですよね、こういう感覚って」
「うん、理屈じゃない」
 どの場所で見た海とも違って、ここの海は荒々しさや寂れた感じがしない。展望台から見る海は、とても穏やかだ。
 潮をいっぱい含んだ重い風が沙那とトールの髪の毛をさらう。
 トールは改まって声をだした。
「沙那さん」
「うん」
 改まった声に、やはり改まった声が返る。
 潮風が吹きつける中、2人は互いに見つめ合った。


 突風に吹き飛ばされる木の葉のような気持ちで、トールは口を開いた。
「沙那さん、あの時はごめんなさい。沙那さんの気持ちを考えないで、ひどく失礼な態度を取ってしまいました」
 トールは頭を下げ、静かに沙那を見つめる。
 思えば長すぎたのだ。もっと早くに互いの気持ちを確かめるべきだった。そうすれば傷つけることなく、穏やかな関係を保ち続けられていただろう。
 あの時は――。
 冷ややかな態度で踵を返し、背を向けて沙那の傍を離れた時からすでに心が痛んでいた。どれだけ引き返して謝りたかったことか。
 気づいていたからこそ、きっぱりとした態度で沙耶の好意は受け入れられないことを示さなくてはならない。
 大切な人だからこそ、未練を持たせて苦しませてはならない。
 それが騎士として、いや1人の男として誠意ある態度だと思っていた。自分が悪く思われることで、早く気持ちを切り替えて、新しい出会いに目を向けてくれるなら、それが一番だと。
 でも、それは間違いだった。
 ちゃんと誠意をもって話をすれば、沙耶は分かってくれたはずだ。彼女とのことも笑って祝福してくれただろう。
「僕は沙耶さんを見くびっていました。とても聡明で、優しい人なのに……。自分勝手な話ですが、沙耶さんとはこれからも、背中を預けられる友として穏やかな愛情を育んでいきたいと思っています。沙耶さん、僕が犯した過ちを許してくれますか?」
 雲が動き、日差しが遮られた。
 冷たい風が二人のあいだを吹き抜けていく。
 先ほどまで海を見て眩しそうに細められていた沙耶の目が、翳りを帯び、トールを捉える。
  拒否されるかもしれない、とトールは身を強張らせた。
 沙耶の言葉を待って息を詰める。
 一秒、二秒……まだ何も言われない。
 重くなった頭が自然に垂れていく。
 当然、覚悟はしておくべきではあったのだが――。
「なにも君だけが悪いわけじゃないから」
 弾かれたように顎が上がった。
 影を作る雲を吹き飛ばすような、眩い笑顔がすぐ目の前にあった。
「まあ、なんだ……私も距離が近すぎた。甘えていたんだな、君にも自分にも」
 ごめん、と言って沙耶が頭を下げる。
「恋敵に負けたくなかったんだ。あー、恥ずかしい。あの時点でもう負けていたって言うのに。結構傷ついちゃった」
「あ……」
「でも、これでおあいこだ。これからもよろしく、トール!」
 トールは目の端に滲む涙を指ですくいながら、もう一方で沙耶が差し出した手を握った。
「こちらこそ。沙耶さん、これからもよろしくお願いしますね」
 雲が流れ、空から春を思わせるような温かな陽射しが降りそそぐ。


 どちらからともなく手を離したところで、沙耶は「それで」とトールに問いかけた。
「あの子が好きなのでしょ?」
 名前こそ出さなかったが、トールには誰のことを言っているのか分かったようだ。
 沙耶の目を真っ直ぐ見つめ、はっきりと思いのたけを口にした。
「好きです、愛しています。先日、プロポーズもしました」
 目の前に立つトールの顔が一瞬ぶれる。
 眩暈。
 とっさに腕を体の後ろに回し、爪が食いこむほど強く拳をにぎった。
 ずっと予想してきたことなのに、いざ目の前に現実を突きつけられてしまうと、ひどく動揺する自分がいた。
 でも――。
(「あの時の私は突き付けられた現実に嫌気が差して、悲しみと絶望と憤慨で足を走らせた。だけどいまの私は……いまの私なら大丈夫。そうでしょ、テンショウ?」)
 沙耶は明るい声をだして、二人の間にすこしだけ流れた気まずい空気を払う。
「へー、プロポーズしたんだ。ねえ、教えて。あの子のどこが好き?」
「好きなところはたくさんあるのですが、強いてあげるとすれば心に芯があって強い人だからでしょうか」
「それだけ?」
 トールは少し困った、だけどどこか幸せそうな顔をした。
「彼女が僕を想って叱ってくれたことがあるんです。とても胸に響きました。その時、この人のことが好きだと思ったんです。そんな『あー、好きだな』と思う瞬間の積み重ねがたくさんあって、気がつけば僕の心は彼女でいっぱいになっていました」
 緩くカーブを描く砂浜の向こうで、教会の鐘が海を抱く青い空に鳴り響く。
 魔種の命によって下ろされていた鐘が、市民たちの手によって戻されたのだろう。
 沙耶は涙をこらえ、めいいっぱいの笑顔を返す。
「トールにそんな風に思われているだなんて、あの子が羨ましい。私もいつか、そんな風に思ったり思ってくれる人ができるといいな」
「……その時は、四人で一緒にお茶をしましょうね」
「うん、約束だ。ところで、そろそろ戻った方がいいな」
 一緒にローレットに行く、なんてルールはないが、それでもなんとなく依頼を受けたみんなで帰ることが多い。たぶん、みんなまだ街にいるはずだ。
「そうですね。広場に戻りましょうか」
 二人で連れだってさっき来た道を引き返す。行きと違って街の中を見る余裕があった。
 気のせいではなく、道行く人たちの顔が明るい。
 いきなり甲高い少年の声が上がった。
「あ、いた! おかあさーん、イレギュラーズのお姉ちゃんたち、いたよ!」
 坂の上がり口で、小さな男の子が沙耶とトールを指さしている。
「なんでしょう? 私たちを探していたようですが」
「さあ……」
 ちょうど坂を降り切ったところで、少年の元に首に青いスカーフを巻いたふくよかな女性がやってきた。
「あー、よかった。お二人だけ先に帰ってしまったのかと。はい、これをどうぞ」
 女性は沙耶とトールに紙袋を渡した。
「これは?」
「この街を救ってくださったお礼です。中身はビスケット。いまはこんなものでしかおもてなしできませんが、広場でホットチョコレートも用意しています。さあ、はやくはやく」
「行こう、お姉ちゃんたち」
 二人の真ん中に割り込んだ少年に手を引かれ、すれ違う街の人々から感謝の言葉をかけられながら、数時間前まで戦っていた広場へ向かう。
 魔物の死体はきれいに片づけられ、石畳みには水が流されて清められていた。
「みんなで協力して大慌てで片づけたんです。みなさんにゆっくり休んでいただきたくて。どうぞあちらへ」
 手が指す方へ顔を向ける。
 広場の一角に大きなパラソルが幾つも立てられ、その下にテーブルと椅子が出されていた。どこかに隠してあったのだろう。戦いの時には見られなかったプランターがその周りを囲んでいる。赤、青、黄色と色とりどりの花に心が和む。
 一緒に戦った仲間たちが手を降って二人を呼んだ。
「沙耶さん、行きましょう」
 空いていた二人掛けのテーブルに腰を掛けると、街の人がホットチョコレートを運んできてくれた。
 しばらく黙ってホットチョコレートを楽しむ。
 鬱陶しいほど甘いが、体は温まるし、戦いで疲れた体にこの高カロリーの飲み物は嬉しい。
 ただ、クッキーも一緒に食べると太ってしまわないだろうか……。
 悩む沙耶を見て、トールがくすりと笑う。
「これはお土産にしましょう」
「そうするか。ところでトール、あー、あの子の返事はどうだったんだ」
 沙耶にしてみればさりげなく、自然な会話の流れでプロポーズの結果を聞いたつもりだった。
 トールが両手でホットチョコレートが入ったカップを包み込む。
「一応、OK……みたいなんですけど」
「どういうこと、みたいって?」
 トールは、木の板を担いで広場を行く街の人を目で追った。
「いまは終焉との戦いの真っ最中なので。ちゃんとした返事は平和になってからになりそうです」
「そっか……」
 もしかしたら、と言う思いを沙耶は苦い思いで打ち消した。
 今日でこんなふうに会うのは最後だ。そうしようと約束したわけじゃないけれど、そうなのだ。晴れ晴れした心地もするけれど、やっぱりさみしい。
「じゃあ、なる早やで終焉をぶっ飛ばさないとな」
「ええ。お互い頑張りましょう」
 カップを持ち上げて微笑み合う。 
 甘いホットチョコレートをひと口飲んだ。 
「あ、そうだ。忘れるところだった」
 沙耶はポシェットに手を入れると、きれいにラッピングされた小箱を取り出した。
「これ、トールに。オーロラの髪飾りのお礼だよ。受け取って」
「ありがとうございます。ここで開けてみてもいいですか?」
「もちろん」
 トールは包みを破らずに解くと、そっと箱のふたをもちあげた。
「まあ! 素敵……」
 あの日、沙耶が布屋で買い求めた黒のビロード地の上で、オーロラのブレスレットは七色に輝いていた。
 それは実ることなく終ってしまった恋に区切りをつけた証。
「私たちはいつまでも友達だ……たとえどんなに離れようとも、君の事は忘れないよ」
「沙耶さん……」
 トールは箱の中からブレスレットを取り出すと、手首に巻いた。
「ありがとう。大切にします」
「私もトールが好きだったのは本当だから! ……彼女のこと、絶対に幸せにしてあげてよね」
 うっかりしたら私が盗みに行っちゃうからね、と茶化しつつ、沙耶はクッキーが入った袋を持って立ち上がった。
「どちらへ?」
「さっきの男の子が私を呼んでいたから、ちょっと行ってくる。トールはみんなとゆっくり休んでて。すぐ戻ってくるから」
 ほんとうは呼ばれてなどいない。
 ただ一人になる時間が欲しかっただけだ。
 パラソルの下を出て、春を待つ空を見上げる。
 ハトが一斉に飛び立つ、トンカチで釘をうつリズミカルな音が聞こえてくる。
 沙耶は広場の中央で淡い陽の光を浴びながら、うーんと背伸びした。
(「トールとあの子はすごく輝いている……だけど、私だって負けないんだから。私も自分なりの道で輝いて見せる」)

 こうして一つの物語が終わり、新しい物語がまた綴られていく。

おまけSS『港街の戦い』


 前線ではトールが輝剣を振るい、ナノマシンAURORA-Ysによる強化を受けた沙耶がスキルを発動させて若緑に輝く大剣で魔種に率いられた魔物と戦っていた。
「Bad End 8に賛同って、バッカじゃないの!」
 沙耶はゴブリンが投げた爆弾をジャンプして掴み取った。
 のは得意だ。
 導火線が燃え尽き、爆発する前に投げ返す。
「盗っといて悪いけど、いらないから返すね」
 ゴブリンたちの頭上で、爆弾がドーンと派手な音をたてて爆発した。
 音と爆風に怯んだところにトールが切り込む。
 スキルを使うまでもない。
 トールが虹の軌跡を描く輝剣を振るう度に花束の柄から光の花弁が散って、返り血から美しいドレスを守った。
 この港街を占領しているのはBad End 8の直属の配下ではなく、機に乗じて混乱と破壊を広げようとしている魔種だ。配下のほとんどが在来主のゴブリンだが、中にはワームホール から雪崩れ込んできた『不毀の軍勢』も一部混じっている。
 そのせいだろうか、それとも敵のボスたる魔種がアホなのか。イレギュラーズへの攻撃はまったく連携が取れておらず、ただ数で押してくるばかりだ。
 『不毀の軍勢』はそれなりに手ごわいが、幸いにも数は少ない。
 一緒に依頼を受けた仲間が、盾の内側からやりを繰り出して、ゴブリンを一体ずつ倒していく。
 ゴブリンの後方にいる『不毀の軍勢』には、別の仲間たちが無数の弓と遠距離スキルを放って進撃を牽制していた。
 トールは仲間たちの戦いぶりを見ながら指示を出す。
「無理はしなくて構いません。沙耶さんは次にスキルを放ったら、一旦後ろに下がって治療を受けてください」
「わかった」
 作戦はいたって単純だ。
 沙耶が三発ほど大技を放って最前線の敵に打撃を与え、その合間に迫ってきたゴブリンには槍を突きさして応戦、魔物の軍勢を無理なく削っていくというものだ。
 手下を削り切り、街の広場に陣取っている魔物までの道が開いたところで、トールがガラスの靴で駆けに駆け、極光の剣で仕留める。
 唯一の隙は、スキルを放った沙耶が後退する瞬間か。
 沙耶が下がる道を作るため、槍を繰る仲間の攻撃が緩んだ。
 そのタイミングで、魔種の指示を受けた『不毀の軍勢』がイレギュラーズ目がけて突撃してくる。
 むしろトールはそれを好機と捉え、眩いばかりに微笑みながら輝剣『 プリンセス・シンデレラ 』を構える。
 『不毀の軍勢』が離れたことで、魔種の前ががら空きだ。
 トールはぐっと体を沈めた。
 眼前に迫った『不毀の軍勢』が胸を逸らし、殺意でぎらつく目をトールに据えたまま巨大な斧を持った腕をぐっと後ろへ引く。
 仲間の放った矢とファイアボールが飛んでくる音がする。
 そして、強く石畳を蹴って高く跳ぶ音――。
 トールが魔種を目がけて駆けだしたのと、沙耶が若緑に輝く大剣を『不毀の軍勢』の胸に突きさすのは同時だった。
 トールは、驚愕の表情を浮かべる魔種へ虹色に輝く巨大な光剣を振るいながらつくづく思う。
 何も言わずともしっかりとフォローしてくれる。こちらの動きを察して、最良の動きでカバーしてくれる。
 やはり沙耶は自分にとって得難い人だ。
(「この戦いが終ったら、沙耶さんにあの日のことをきちんと謝ろう」)


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