PandoraPartyProject

SS詳細

恋衣

登場人物一覧

建葉・晴明(p3n000180)
中務卿
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者

 梅の咲き綻ぶ頃ともなれば、幾分か寒さも和らぐ頃であろうか。慣れ親しんだ中務省の廊下を行き、執務室へとやってきたメイメイは「こんにちは」と声を掛けた。
「メイメイ」
 丁度良かったと言わんばかりに室内に居たその人は顔を上げる。積み上がった書類は事後処理に関するものと――ああ、此れからに関する事柄か。
 豊穣は一先ずは平穏とも呼べるのであろうが、混沌各地はそうとは言えぬ。厳しい時勢にある為に豊穣郷からも出兵を行ない、出来うる限りの平穏維持に努めることになるのだろう。
「お忙しかった、でしょうか?」
「いや、丁度あなたに会いに行こうと思っていた。渡したい物が出来たのだ」
 晴れやかな表情をして居る彼は自凝島で見た時よりも幾分か気が晴れているかのようだった。声音も明るく、軽やかだ。
 元気そうで良かったと思う反面、どうしようもなくあの日のことが頭にちらつくのだ。

 ――「……貴女に言われると、俺が情け無いみたいだな」

 あの時、言葉に仕掛けた想いの吐露。そっと唇に触れた彼の指先を思い出す度に頬が赤く染まり上がるのだ。
「メイメイ?」と不思議そうに呼んだ彼は、慌ててめぇと鳴いたメイメイを眺めてから「こちらに」と呼んだ。
「はい」
「……耳飾り、イヤリングというのだったか。この花はメイメイの故郷で見かけた花に良く似ていたのだ。だから、贈り物に用意した」
 はた、とメイメイは止まった。自らの故郷の記憶のすべてを奪われたわけではない。一度手渡したものであれど、それは薄雪を始めとした仲間達の協力でメイメイの元に戻った。
 自らが忘れてしまえば晴明が教えてくれる。その約束は果たされることはないけれど、『彼女』は大切なものを残してくれたのだ。
「俺があなたに教えると言っただろう?」
「ふふ………晴さまに、教えて貰い損ねてしまいました、ね。でも、あの時の晴さまのお言葉、とても……嬉しかった」
 耳朶に触れた指先に何処か途惑いを覚えてしまうけれど。そっと目を伏せってからメイメイはその指先に擦り寄るように頬を寄せた。
「また一緒に……わたしの故郷へ、行って下さいます、か? もっと沢山の、思い出や景色を……共に」
「勿論。あなたの事を教えてくれ。何せ、俺はあなたの事を幼い少女だと認識していたのだ。
 ……だから、大人になったメイメイをしっかりと知らねばならないと、そう思うんだ」
「ふふ、はい」
 目を細めて笑ってからメイメイはじいと彼の目を見た。柔らかな濃紺が揺れている。その優しさに肩の荷が下りたという事だろうか。
 メイメイの頬から手を下ろしてから「メイメイも俺に何か用事があったのでは?」と晴明は問うた。執務机の上を片付けながら問うてくる彼の背中を見詰めてから小さく息を吐く。
「その、晴さまの……ご家族のことで」
「それは、父か」
「はい、母さま、も」
 建葉 三言。晴明の父の名は良く耳にしたが顔を合せる機会はない。故人であるからだ。彼は豊穣では蔓延っていた鬼人種の迫害の最中に命を落としたのだ。
 謂れなき罪だと賀澄は言う。しかし、罪人として処刑されてしまった。メイメイはその辺りがどの様に落ち着いているのかを理解はしていない、が、賀澄が手を尽くしてくれているならばそれ程悪い結果にはなって居ない筈だ。
「その……お墓は、どちらに?」
「少し離れた郊外だ。やはり、立場が立場だったから、父と母を一緒に眠らせて貰えただけ僥倖であっただろう」
 晴明は「墓参りか」と合点が言った様子で彼女を見た。自凝島に蔓延る気配は瑞神が追々の対処で浄化を行なっていくだろう。背負いすぎないように、少しずつ。
 然うして、全てがまっさらになってからだと遠い。今は大きな一区切りが付いた所なのだ。
「良い機会ではある。……久方振りに行こうか。メイメイも、一緒に?」
「はい。わたしも、ご挨拶、したいです。晴さまが、いっぱい頑張ってきた事を、伝えてあげたいです」
「有り難う」
 そうはにかんだ彼にメイメイは頬を緩めた。愛おしい人。その人は外套を羽織り、メイメイに「行こうか」と促した。
 郊外に向かうのならばそう昏くならない方が良いだろう。晴明の背中を追いかけながら「晴さま」と声を掛ければ彼はゆっくりと振り返る。
「……それと、良かったら、晴さまの父さまと母さまの事を、教えて下さい」
「何から、話そうか」
 晴明はどこか困ったように天を眺めた。庭に咲く梅の花を眺めていた晴明はやや歩くのだと告げてからそっと手を差し伸べた。
「ええ、と」
「手を」
 そっと握り締めれば、握り返してくれる。逸れないようにと差し伸べてくれた掌は温かく、心地良い。気付けば隣を歩く彼のスピードも自身に合わせてくれるようになった。
 前ばかりを向いていた彼は誰かに気遣う余裕もないように見て取れた。それを不甲斐ないとは思わなかった。
 メイメイとて豊穣郷では神使として活動してきた。その折りに耳にするのだ。不遇な中務卿の境遇を。天香長胤の悲恋の話はよく聞くが、その裏で彼は獄人を処刑し続けてきた。
 手打ちにされたのは彼の父親だったろう。長胤の怒りに触れたと伝えられているが、実情はと言えば賀澄が重宝した中務卿が獄人であることが許されないと罪を被せられただけに過ぎないのだそうだ。
 晴明が長胤と巫女姫を討伐して欲しいと申し出たときに、僅かにでも復讐心はあったのだろうか。その心境を曝け出さぬ彼は余りにも重たい荷物を背負いすぎているように思えたから。
「……父は、よく笑う人だった。母はどこかぼんやりとしていて、抜けていた。
 粗相をしては八百万に怒られることもあったが、溌剌としていて憎めない人だったらしい。獄人だったが、八百万にも気に入られていたよ」
「……良い母さま、だったのですね」
「ああ。それでも、俺にはそうであったという記憶だけしか無い。母が亡くなったのは病だったと聞いている。本当のことは何もわからないのだが」
「……本当の、こと?」
「獄人はそう言うものだ」
 メイメイははっとしたように息を呑んだ。晴明の背負い込んだ荷物の欠片だ。母は不遇の死を迎え、父はそれでもと、懸命に働いた。そうして賀澄と出会って中務卿になったのだ。
「父は、三言は本当によく笑い、素晴らしい人だったと思う。だからこそ、早逝したのだと思っている。そう思わねば、己を保てやしなかった」
「……晴さま」
「賀澄殿は良く、俺に言ったのだ。『三言を信頼していた。長胤と友になるまで時間は掛かったが、その実現には彼がなくてはならなかった』と。
 父は獄人だった。だからこそ、賀澄殿は父の境遇を見て何度も何度も長胤殿に掛け合ったのだ。だが、それが煩わしかったのだろう」
 それ故に、消されてしまった。晴明は歴史の闇に葬り去られた父を思うように眉根を寄せて重苦しい息を吐き出した。
 一人残された晴明を賀澄は支える様に手を引いた。中務卿に据えたのは彼を守る目的だったのだろう。だからこそ、晴明は賀澄を敬愛している。それは主従と言うよりも家族の情に近いのだろう。
 中務卿として霞帝に向かい合う際には彼は帝と呼び掛ける。だが、一度普通の青年のような顔をすれば賀澄殿と呼び掛け、愛おしそうに家族を呼ぶように振る舞うのだ。
「……帝……いえ、賀澄さま、は、晴さまにとって大切な方、なのですね」
「ああ。あの人がいなければ、屹度生きては居られなかった。
 父を喪ったとき、あの方は四神と瑞神の加護を受け、帝として途上の立場にあった。
 罪人として屠られた父の遺体を引き取り母と共に埋葬したいと願い出た。獄人だからと蔑ろにするべきではないときっぱりと言い切ったのだ。
 長胤殿は嘸困っただろうな。時の帝は誰も獄人と八百万の在り方に大きく異を唱えなかっただろう。傀儡のようになった者も居たと聞く。賀澄殿は利かん坊だ」
「それは……はい、そう、ですね」
 今までの関わりでも良く分かるとメイメイはふにゃりと肩を竦めた。行く道を辿りながら、晴明は「あの人はその辺りが良いところなのだろうな」と軽やかな声音で笑って見せた。
 随分と歩いた。山手を登る手前で晴明はふと、メイメイを振り返る。
「疲れては居ないか?」
「大丈夫、です」
「……いや、俺が疲れてしまったから良ければ休憩しようか」
 優しげに笑った晴明は茶屋に寄ってから休憩をしようと声を掛けた。きっと気遣ってくれたのだろう。
 団子と茶を注文する晴明は「メイメイは他に欲しい物は?」と問うた。首を振れば彼は「ではこれで」と店員に告げる。
 幾つか包んで欲しいと願い出たのは墓前に供える饅頭と賀澄への土産ものなのだろう。
「その、気遣って頂いて」
「いや? ああ、いや……あなたのことをよく見て居たと言ってくれないか」
「え、ええ、と」
 頬に朱が昇る。彼は「メイメイの事を見ていれば良く分かるようになった気がする」とどこか嬉しそうに笑うのだ。
 憑き物が落ちた様子で、明るく振る舞う彼は薄雪という女と向き合ったことで得るものがあったのだろう。
 人は、死にゆくときに決意を持っている。先程の三言の話をしていた晴明は父の不遇な死は忌むべきものではなく、薄雪のように何か決意を持っての事だったと受け入れたのかもしれない。
「……薄雪殿と少しでも言葉を重ねて、あの方が、何があったとて賀澄殿を好ましく思って居たことはよく分かった。
 それに、父に対しても、あの方は同じように慈しんで下さっていただろう。それが俺は嬉しかったのだ。父が生きてきた意味があったのだ、と」
「はい」
「両親の話をする事は控えていたのだが……話した理由が一つ、あるのだ」
「教えて、頂いてもよいですか?」
「自凝島の対処は済んだ。けがれは瑞神が少しずつ払い除けるだろう。天香家や八百万の名家、それに八扇は霞帝の名の元に集い、集結している。
 獄人の差別意識は薄れ、神使という外よりやってきた者を受け入れたこの国は屹度変わっていくだろう。父の目標は叶うのだと、そう思えた」
「なら――」
 メイメイはぱちりと瞬いた。彼の長く伸ばした髪は願掛けだと言って居た。髪を切るのかと問おうとしたメイメイを見詰めてから晴明は「メイメイ」と伺うように問うた。
「長い髪が好ましいだろうか」
「え、ええと?」
「……あなたの好みを聞いておこうかと、思ったのだが」
 メイメイは団子の串をぎゅっと握ってから「めぇ……」と呟いた。
 憑き物が落ちた。ああ、そうだ。明るくなった。朗らかに、少年のような笑みを見せてくれる事もある。齢30の青年のどことなく幼い笑みはメイメイも愛おしく思う。
 真面目で視野狭窄気味であった彼は、どこか穏やかであるが故に甘えた雰囲気を感じさせたのだ。
「考えて居てくれ」
「は、はい……」
 メイメイは頬を赤くしてからどう答えたものだろうかと考えてから団子を飲み込んだ。

 もう少し歩くのだと告げる晴明は「梅の花が綺麗なところなのだ」とメイメイを誘った。父、三言が好んだ場所なのだという。
 三言が『梅』を好んだが故に、彼の墓標はその近くにあるそうだ。メイメイは「きれいです、ね」とくるりと振り返る。
「そうだな」
 笑った晴明は「少しだけ話をしたいのだが」とメイメイを呼び寄せた。
「……あの時、言葉を遮ってしまっただろう?」
「はい」
 そっと膝を付いた晴明はメイメイの顔を覗き込んだ。背の高い彼はメイメイよりも低い位置に居る。
 窺い見るように覗き込んでくる紺碧の瞳が鮮やかで、メイメイは思わず息を呑んだ。
「だから、きちんと話しておきたいのだ。
 ……最初は、あなたのことを少女だと思っていた。つづりやそそぎのような、幼い子供だと」
「はい、きっと、そうだと……」
「だからこそ、その様に接していた。そうして、あなたが俺に対して様々な気配りをしてくれることに気付いた。
 気付いては居たのだが、あなたが少女だったから。俺もそれなりの歳だし、責務がありあなたと共にと走り抜けることは出来ない。
 ……何かあれば俺はこの国と死ぬつもりだった。あなたの心を悪戯に掻き回したくは無かった」
「きっと、晴さまは、そうだと思っていました」
 故郷との離別が恐ろしくて、時を止めた。10代のはじまりの姿の儘だったメイメイも18になった。
 成長した姿を見たときに彼は驚いた様子で目を瞠った。あの時、メイメイは良く分かる。彼は少女との年齢差を考え、目を背けていたのだと。
 少女ではなく、一人の女性として見て欲しかったと告げた時も、彼は驚いた様子だったのだから。
「あなたの向けてくれる眼差しは、いつだって真摯だっただろう。
 暖かで、優しい。だからこそ、俺も自らに向き合わねばならないと、そう思ったのだ」
「……はい」
「向き合って、良く分かった。俺は余りに弱いから、皆に心配を掛けてしまうのだな、と。
 不甲斐ない男で申し訳ない限りなのだ。少女だと距離を置いて、不甲斐ないだろうと一人で身を退いて。
 あなたの瞳は雄弁で、込められた想いにだって気付いて居たのに。それを信じられなかったのは俺が余りに情け無いからなのだ」
 晴明の掌はそっとメイメイの頬を撫でた。暖かいその掌は愛おしい。メイメイの目尻に涙が浮かび、頬は朱色に染まっていく。
 余りに優しく触れてくれるから、夢の様で仕方が無い。
「……メイメイの瞳はいつも俺を見てくれていた」
「はい、ずっと」
「俺もあなたを見ていたよ。沢山の所に飛び回って、人々との縁を繋いで。そうして、嬉しそうに笑う姿が俺は好ましい」
「……好まし、い、だなんて」
 唇が震えればそっと彼の親指はなぞる。肩が揺らぎメイメイはじいと晴明を見詰めてやれば、膝を付いて視線を合わせた儘の彼が困ったように笑った。
「幾久しく、その瞳に映っていたいというのは傲慢だろうか」
「……いいえ」
「俺はあなたを……大切に、思う」
「歯切れの悪い、言葉です」
 メイメイは小さく笑った。ああ、だって、あなたの『困っていること』が手に取るように分かるのだ。
 年は離れている。一回りほどの年の差は、きっと彼を困惑させただろう。どうして自分を選んでくれたのか分からずに居るのは彼が獄人だからだ。
 獄人である以上は『迫害されて生きてきた』のだ。人に愛され、慈しみ合う事が無いような不安にばかり溺れていたのだから仕方が無い。
「……最初は、苦労の絶えない貴方を、放っておけなかった。
 共に過ごす時に感じる心のあたたかさが、心地良かった。
 そして、晴さまが、賀澄さまのお話をする時の、大切な宝物を語る少年のようなお顔に、惹かれたのです。……好きに、なったのです」
 晴明が目を見開いた。メイメイはそっとその手を握り締める。ああ、頬が熱い。声が震えて、どうしようもない。
 か細い声音は頼る寄る辺もない子供が覚束なく言葉を発しているかのようだった。それでも、伝えたかった。
「賀澄さまが羨ましいとさえ、思いました。……わたしも、晴さまの宝物でありたい。
 貴方がわたしの事を思い浮かべる時に、そんなお顔になってしまうような存在に、なりたかったの、です」
「賀澄殿に、……ふふ、可笑しな事をいう。
 俺だって、あなたが宝物のように語る瑞神も、友と呼び、大切に抱き締めた思い出にだって、羨ましいと思うようになった。
 あなたはひらひらと何処へでも飛んで行けるだろう。年甲斐もなく、つい、あなたの友人達が羨ましく……いいや、どう言うか、そう、嫉妬した。
 ……俺はあなたの行く道を塞ぎたくはない。ただ、止まり木になる事が出来たならば」
 それだけで幸せであるのだと晴明の瞳は穏やかに細められた。ああ、その顔だ。愛おしそうに、宝物のように、幼い子供が夢を語るように笑うのだ。
 屈託なく微笑む彼のかんばせは、何時だって焦がれるものだったから。その瞳を向けられるだけで嬉しくなる。
「あなたの事を愛おしく思う。メイメイ」
「……はい」
「小難しい言葉ばかり使って、煮え切らないか」
「ふふ、はい」
 晴明のどこか困った顔を見ればメイメイは小さく笑わずには居られなかった。分かって居るくせに、歯切れの悪い言葉は照れ隠しなのだ。
「あなたを好いている」
 ぎこちなく、ゆっくりと紡がれたその言葉にメイメイは一度眼を伏せてから「晴さま」と呼んだ。
「貴方を知れば知る程、愛しくなった。わたしの事を、そんな風には思ってはくれていなくても。貴方の傍に居たかった。……そんな、恋でした。」
「メイメ――」
「だから、わたしにも言わせて下さい、ね。
 人の前に立つ恰好良い貴方も、わたしに見せてくれた不器用な貴方も……全部、大好き」
 晴明はゆっくりと立ち上がって、そっとメイメイの腕を引いた。其の儘倒れるように彼の胸へと転がり込む。
 背をとん、とんと幼子にするようにして撫でる彼は「少しだけ下を向いていて貰っても?」と問うた。
「……ふふ」
 見上げれば彼の赤く染まった耳朶が見えた。顔を逸らし、長い前髪で表情を隠していたって隠しきれない。
「面と向かい合えば、気恥ずかしくなるものだな」
「はい」
 その胸にそっと擦り寄るように近付けば、晴明は優しく抱き締めてくれる。その温もりが心地良い。
「……ありがとう、晴さま。晴さまが、わたしを望んで下さるなら、この先も、ずっと……一緒に。わたしを守ってくれるのでしょう?」
「勿論、あなたがそう望んでくれるなら」
 真っ直ぐに他者と向き合うこの人は、そうやって言葉を選ぶのだ。メイメイが「こうしたい」と告げれば彼は屹度受け入れてくれる。
 何となく、彼が大切な相手にどう接するのかを気付いたのは家族と呼ぶ賀澄相手をする時は彼が何をしたって痛む胃を抑えて受け入れていたからだ。
 口吻をと求めれば彼は屹度、良いのかと確かめてからしてくれるだろう。獄人――迫害されてきた種で、その中でも特別そうした立場にあった『処刑された中務卿』の息子――は誰ぞに何かを施す事を怖れる節がある。
 あなたが怖がらなくても良いのにとメイメイはそう思った。それも、慣れていけば屹度消え失せてしまうのだ。
「晴さま、もう一度、抱き締めてください」
「おいで」
 そっと手を伸ばす晴明にメイメイはゆっくりと近付いた。彼の衣から薫った香は穏やかなものだ。中務卿の執務室はいつもこの香りがしていた。
 その香りに落ち着くようになったのはいつからだろう。
「あの……晴さまも、なさいたいことは、なさっても……よいのですよ? わたしばかり、ですから」
「……以前も、言われてしまったな」
 抱き締めて欲しいと願えば、そうしてくれるその人だって、我儘を言って欲しい。
 晴明は何かを考えてから、そっとメイメイの前髪を掻き上げてから額へと唇を落とした。
「……これで」
「め、めえ……」
 二人揃って、恥ずかしさばかりが勝ったのは仕方が無い事だった。ゆっくりと、歩いて行けば良い。
「あなたにとって、帰り着く場所が俺であればよいと思うよ。
 自由に走り回るあなたの事も本当に見ているだけで喜ばしくはなるが、俺も、欲深いのだ。あなたの眸に一番に映るのは俺が良いと思う。
 ――そういう、願い事は?」
「か、構いません」
「ふふ、我儘になってしまったな」
 そっと身を離す晴明にメイメイの頬は赤らんだまま、未だ熱が引く事はなかった。
「……いつか、本当の『家族』、にも……なれたらな、なんて……」
「……成程」
「いえ、何でもない、ですっ」
 慌てて言葉を取り消すメイメイに晴明は「あなたが、それを望むのならば」と穏やかな声音で返した。
「けれど、それは暫くは」
「えっ、ええ、と」
「俺は生憎、あなたの家族ときちんと話しては居ないだろう?」
「あ――」
 そう言う人だった、とメイメイはぱちくりと瞬いた。本当に真面目な人なのだ。
 メイメイは「そうです、ね」と小さく笑ってから立ち上がって「父様のところへ行こう」と声を掛けた彼の手を取った。



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