PandoraPartyProject

SS詳細

特別ではない、 しいもの

登場人物一覧

冬越 弾正(p3p007105)
終音
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切

●結婚、とは
「アーマデル、今日の放課後はどうする」
「特に用事はないな。弾正の家で映画の続きでも見るか?」
 ある時には、講師と生徒でありながら当たり前のようにそのような約束をしたり。
「アーマデルが足りない……もえもえきゅんが欲しい……」
「もえもえきゅん」
 ある時には、よくわからない理由で抱きつかれるのを大型犬の扱いであやしたり。
「俺と君ならやれる。いこう」
「ああ」
 またある時には、迫り来る脅威を前に互いに命を預けたり。
 そして。
「結婚してくれ、アーマデル!」
 昨年のシャイネンナハトには、そんな冬越 弾正から結婚の約束を申し込まれたアーマデル・アル・アマルだが。

 なんとこのアーマデル、年が明けた今も返事をしていないのである。

 アーマデルはずっと考えていた。
「…………」
 結婚が何かはわかっている。
 恋愛、政略、家庭の事情等理由は様々だが、とにかく二人の人間が夫婦――人生の伴侶となることだ。
 では、人生の伴侶とは何をするものか。何のために伴侶となるのか。
 子を作る――相手が弾正なら男同士なので恐らく難しいだろう。そもそも、アーマデル自身が正しく母の胎から産まれたものではない。その辺りのことはイシュミルに尋ねれば教えてくれるかもしれないが、今はさておき。
 それ以外の理由。結婚しないとできないもの。
「……。……ある、か?」
 一緒にいたいなら、結婚しなくてもできている。お互いの事情もあるし、今以上に踏み込むことは迷惑になるのでは?
 弾正は度々愛を口にしてくれるが、自身が同じものを返せるとは今でも思えない。彼の愛は決して不快ではなく、むしろ常に引き寄せてくれる強い『アイ』があることの心強さを感じている。同じだけのものを、どう返せばいいか、わからないだけで。
 彼の『糸』があればいい。彼の『糸』さえあれば、それ以上特別なものは欲しいと思えない。
(そうだ。特別ではないんだ、弾正は)
 他の仲間達とは少し『距離』が違う、という意味では特別だ。友人、という枠へ収めることに僅かな違和感を覚える程度には。しかし、元の世界からの付き合いであるイシュミルや師兄であった『冬夜の裔』達に抱く『距離』と比べた時、いつの間にかそこに差を感じなくなっていたのだ。アーマデルが、恐らく一般的な家族で言うところの父母や兄姉に近い『距離』を感じている彼ら。それと、弾正の『距離』が変わらないのであれば。

 弾正は、『家族』と呼んで差し支えないのでは?
 結婚して『家族』になるなら、それは『伴侶』なのでは?

(親でもなく。兄でも、弟でもなく)
 自分でも驚くほどにしっくりときたのは、弾正がもはや当たり前の存在になっていたからだろう。住む場所こそ違うが、気を張らなくていいと思える程度には『他人』ではなくなっていた。
 彼と出会ってからは、二年ほどになるか。他の『家族』に比べれば過ごした時間はあまりに短いが、得られた変化は十年、否、これまで生きてきた時間の全てに匹敵すると言っても過言ではない。

 弾正と出会えたから。
 彼と共に喜び、怒り、悲しみ、戦ってきたから。
 アーマデルは『奇跡の器』ではなく、『アーマデル』という一人として生きられるようになった。
 彼と二人で生きたいと、恐れずに、強く願えるようになったのだ。

(伝え、ないと)
 思ったときには足が動いていた。
 何をどう伝えたらいいのかはわからない。そんな状態で彼に会ったところで、伝わるのかすらわからない。
 それでも、『今』だ。『今』しかない。
 未だ答えていない、あの日伝えるべきだったものを伝えなければ。この『伝えたい』という気持ちさえ、胸の内に小さく丸まって収まってしまう前に。

●ただ、待つ
 輝かんばかりのあの夜。
 跪いて指輪を見せられたアーマデルは、諾とも、不諾とも返さなかった。
 そのことが、思いの外弾正の心に圧し掛かっていたらしい。年が明けた今でも、気を抜けばその顔ばかり思い出されていた。
(指輪は早かっただろうか……いやしかし、結婚したいと思ったのは本心だ。この先の人生全てを彼と共に在りたいと、心の底から思った。それを伝えたくて……)
 事前の予告もしなかったし、恐らくアーマデルも何か考えるところがあるのだ。それですぐに返事を返せなかったということもあるだろう。大事なことだ、しっかり考えて欲しいとは思う。
 ――それはそれとして、だ。
(この期に及んで「そういうのはちょっと」なんて言われたら……確かにアーマデルから愛を伝えられたことはないが……嫌われてはいなかったはずで……)
 せめて道雪辺りにアドバイスを貰っておけばよかったか、と男の顔を思い浮かべたところで即座に脳内から振り払う。彼はダメだ。そんな相談をしたら観察されるか、むしろ今なら逆に自分の参考にしたがるかもしれない。これだから感情を取り戻したマッドサイエンティストは。
 それ以前に、道雪はシャイネンナハト前から連絡が付かなかったのだ。いずれにせよ相談はできなかったのだが。
(ええい、アーマデルを信じられないのか俺! 順慶以外で唯一愛した男だぞ! たとえ……たとえ結婚が無理だったとしても、堂々と受け入れられるくらいの度量を……!)
 自分へ積極的に喝を入れる。
 今はアーマデルを信じて待つしかない。
 決して急かさず、自らも焦らず。彼が、彼の意思で満足な答えを出せるまで。
 その答えがどのようなものであったとしても、否定することだけはしないように。

 それが、今できる彼への愛だと信じて。

●駆ける、心のまま
 逸る想いと共に、アーマデルは弾正の元へ駆ける。

 これは多分、衝動だ。
 ひとつの言葉、ひとつの感情に纏まりそうもない、様々な気持ちが暴れて爆ぜてしまいそうな。
 それほどの気持ちを置き去りにしてでも、走らずにはいられない。
(弾正。弾正……!)
 頼むから、まだ冷めてくれるな。
 この熱が収まってしまったら、次はいつ伝えられるかわからない。
 特別でない彼が特別なのだと。
 信愛。友愛。情愛。慈愛――様々な愛情と、手放しがたい執着を。
 それを抱けるのはただ一人で、自分でそう選んだのだと。
 この気持ちを『 している』と伝えていいのかは、やはりわからないままだ。それでも。
「俺は……お前と一緒にいたいんだ……!」
 叶うなら、死の糸に引かれるその時まで。
 アーマデルの目隠し越しの目が悩める弾正を捉えたのは、それから間もなくのことだった。

おまけSS『保護者面談』

●シャイネンSSと齟齬が発生したらすみませんがやはり書かずにはry
 恋愛が理由で結婚する場合、本人達の意思が重要視されることが多い。
 当人同士で同意した上で、次に報告へ向かうのは――親、である。

 弾正は現在、秋永の頭首という重要な立場に在る。
 親と呼べる存在はいるにはいるが、そちらの決着には色々な意味で時間がかかることが予想できたため、『比較的』短い時間で報告ができそうだったのがアーマデル側の保護者だった。
 あくまで、『比較的』、であるが。
「結婚報告? 私は保護者かもしれないけど、親ではないからねぇ」
『帰らせろ』
 確かに直接の血縁はないが、母や姉のごとく見守ってきたイシュミルの視線は目隠し越しでも穏やかに。
 同じく血縁はないが、父や兄のごとく導いてきた『冬夜の裔』の視線は目隠し越しに突き刺さる。
 息子さんをくださいところの話ではない。まず話が始まらない。
「アーマデルが、二人には世話になっていたから……結婚するなら、筋は通した方がいいか……と思って」 
 緊張混じりに弾正が明かせば、イシュミルは考える素振りを見せる。
「まぁ確かに、いつの間にか姿を見なくなってた……となったら心配はするけれどね。どの薬の副作用だろう、とか」
「イ シ ュ ミ ル」
「ふふ、心当たりしかなくてごめんね」
 決して笑いごとではない彼へ突っ込むしかないアーマデル。
『俺は使役霊だ。主の婚姻なんぞ関係ない、したけりゃ勝手にすればいい』
「……本当にいいのか? あんたの前で俺がめちゃくちゃ幸せになっても?」
 『冬夜の裔』の本音を聞き出そうとするアーマデル。
 彼は――彼の元となった師兄ナージー・ターリクは、アーマデルを殺したいほど憎んでいたはずなのだ。『冬夜の裔』も、命令の代償に望むほどアーマデルを傷付けることへ執着している。使役霊である彼はアーマデルから離れられない。その上で――共に歩む人がいていいのか、と。
『巫山戯たその喉かっ捌いていいなら望み通りにするが? 相方と揃いの晒し首でな』
「気にしないでいいよ、翻訳すると『ごちゃごちゃ言わず末永くお幸せに』って意味だから」
『今こそお前を仕留めた方がいいらしいなクソ医療技官』
 物騒な応酬に弾正は心配になって隣のアーマデルを見るものの、当のアーマデルは穏やかに見守るばかりである。
「止めなくていいのか、アーマデル」
「何をだ? 二人とも仲良くなってくれたのだなと思っていたんだが……」
 恐らく、弾正とは違う言語体系みたいなものが彼らの間にはあるようだ。イーゼラー教と教義は違うとはいえ、彼らも暗殺教団であるからして。
 一通りイシュミルとやりあった『冬夜の裔』が、咳払いひとつで向き直る。
『とにかく、使役霊の立場で俺が言えることはない。……が』
 そこで区切ると、『冬夜の裔』は僅かに目隠しをずらして直接弾正を見る。
『……しくじったら、消える前にお前の首を落とす』
 込められていたのは、疑いようのない殺意だった――が。
「つまり、『絶対幸せにしろよ』って意味だと思っておけばいいよ。全くいちいち翻訳が必要だなんて、素直になれるお薬でも処方しようか? 霊に効くか試したことないけど」
『あんたこそ、その難聴物理的に治してやろうか? 利き手の狙いが定まらないがな』
 また始まる応酬を、感慨深そうに眺めるアーマデル。他でもない彼がそのような視線を向けるのだから、これは間違いなくそういう景色なのだろう。それに弾正自身も、視線の殺意とは別に彼の声から複雑な感情を感じてはいたのだ、
 視線と同じ、紛れもない殺意と。牽制と執着と。ほとんど聞き取れないほどに小さな、『長く生きてほしい』という願い。
「それにしても、アーマデルが結婚かぁ……あの小さかったアーマデルが……」
「小さかったアーマデル!?」
「待て何の話が始まるんだ」
 穏やかに受け入れてくれていたと思ったイシュミルがここに来て思い出のアルバムマウントである。しかもこのマウント、部分的に『冬夜の裔』も内容を共有できるので強い。
 それから少しばかりしばらく、保護者達のマウントは続いて――紆余曲折を経て、二人は無事(?)結婚報告を終えたのだった。


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