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12月24日……2回目
登場人物一覧
時を少しばかり遡り、去年の12月24日――再現性東京のクリスマス・イブの昼前のこと。
休日ということもあり寒さも知らず練達の人工的な曇り空の下を埋め尽くすような雑踏、その中を三つの人影が通り抜けていく。少年少女の様な背丈ではあるものの、きらびやかなよそ行きの洋服に身を包む様は彼女達が立派な大人たちであることを示していた。
「はやく、はやく、ついてこないとおいてくぞー!」
道を見失わないように先導し大腕を振るハッピーに追いつこうと雑踏をかき分けるメープル、そしてそのメープルに腕を掴まれ半ば無理やり引っ張られるサイズ。まるで犬に引っ張られる散歩の様な彼らの目的地は、再現性東京でも有数の観光地――デパートや大ビル立ち並ぶ駅前の商業スポットである。
「いやあ、人間が止まらないねえこりゃあ」
「何だその独特な表現……今日はここの住民にとっても休日らしい、覚悟はしていたがこれほどとはな」
気を抜けばハッピーを見失うか彼女の方が流されてしまいそうだ。サイズ達は急ぎ、ハッピーと列車の音が鳴り響く巨大な駅を目印に進んでいく。そしてその北口へとたどり着くと……ハイタッチ!
「よおしっ、無事たどり着いたねっ☆ミ」
「ぜー……ぜえ……いやあ、人の大きさで歩くのホントなれん……」
「メープルはお疲れ様……というか、辛いなら引っ張らなくて良いんだぞ……」
「いいの、引っ張りたいし!」
ここまで来れば一旦安心とばかりに開けた場所へと移動すると、道中買ったペットボトルの水を飲みながら案内板を眺める。まさか行き交う人々は彼女たちが妖精や幽霊であるとは夢にも思うまい。
「サイズさん、とりあえず駅に付いたけど……今日の目的地はどこですか!」
「うんうん、ホテルの場所がわからないとデートのルートが決まらないね! というわけで白状なさい!」
詰め寄るハッピー達にいつになくサイズは得意げに腕を組んで笑う。そして彼は片腕を広げ――案内板の後ろにある一つの高層ビルを示すのであった。
「サイズサイズサイズー、確かに立派なデパートだけどここには泊まれないっしょー……」
「そう思うだろ? でもここで間違ってないのさ」
サイズの
「え、ここがホテル!? なんかすっげーでかいデパートにしか見えないんだけど!」
「間違ってないぞメープル、でも10階以上はホテルになっていて全室スイートルームなんだ。数か月前には予約しないと埋まって……」
「すげー! すいとーるーむならふかふかベッドもあるよね!」「……ベッド……?」
未知の物に触れてすっかりメープルは語彙力を失って騒がしくなってしまった。大体これにハッピーが便乗してもう手がつけられなくなるのはいつものことだが……肝心のハッピーは妙に反応が悪かった。
「私達、今日はここで泊まるんだね……」
「ん……?」
人差し指同士を合わせて小声を漏らすハッピーにサイズは違和感を覚えるけれど、後ろ姿でその表情や真意を伺い知ることはできない……メープルは何故かニヤニヤしていたけれど、きっと教えてくれないだろうな。
「さて、帰って来る場所も確認した事だしこの一帯を回って見ようか」
「……うん、うん!」
ハッピーが大きく頷き、ビシッと眼の前のデパート兼ホテルのビルを指差し大きな声で宣言する。
「ハッピーちゃん! このデパートにどんなおしゃれなグッズがあるかまずは見てみたいな!ミ☆」
「メープルもさんせー! オシャレのチケンを広げよーぜー! 知らない場所だから知らない物もいっぱいあるはず!」
「……どうせ夕方には寄るんだから最後でも良かったと思うけれど……」
この女子二人を前にすればもうツッコミも合理的な言葉も意味は無いだろう、あとはいつも通りに振り回されるだけだ。でも……慣れているしどうせ逆らえない、それに何も考えなくていいから気が楽だ……サイズはそう考えるのだ。
「ウィンドウショッピングといこうじゃないか、身長に合わなくても俺がそっくりに作ってあげるからな」
「「やったー!」」
仲良く二人はハイタッチ、本当にこの中に居られて良かったな――などと、感傷的になってしまったのは気のせいだろうか。
まずはブティック。ハッピーに似合うリボンとか、メープルの希望でフリフリのドレスとか……後は色々ハイヒールとかも試してみる。
「メープルいいじゃん、それあってるよ!」
「えへへ、ありがと……ハッピーにも履かせたかったな……」
「来世に期待だなっミ☆ しばらく遠慮しとくけど!」
何故かサイズもゴスロリやら着せられたりもして(何故かこれだけは買わされたのである)。
「似合ってるー、にあってるよサイズさん」
「な、なんで……?!」
「んー、
「サイズさん人気出ちゃったからねえ、女子として売り込まないと!」
「俺はおと……」
「一応まだ性別不明だろ、もう信じてる人がいるかしらんけど!」
「り、理解ができない……」
下から上まで堪能したらデパートを降りてアーケード街、寒い冬の中厚着をして食べるアイスクリームもまた乙なもの。
「お家で食べるのもいいけどお外の高いソフトクリームってなんで濃厚で美味しいんだろうねえ」
「脂肪分とか多めなんじゃないかな? ところでメープル、夜はご馳走だぞ? 腹を空かせて居たほうがきっといいぞー」
「別腹だからいーの! ニンフになってから妙にお腹すくんだよねぇ」
「そんなんだからお尻に栄養いくんだぞ……」
「んがあ!?」
「……わあお☆」
そんな下りのせいか余計に強く早足で引っ張り回されてしまいながら、ついでにP-tubeの撮影に良さげなデートスポットやらスイーツのお店の下見……そうしていく内に日も傾き始めて、そろそろあと1件と言った所で見つけたのはいつもとは違う系列の家電量販店。
「サイズさんの好きなとこだね!」
「随分大きいな……いつもとは違うラインナップが見られるかもしれない」
「レーザー砲とかもあるかな……」
「いや、流石にそういうのは
むろん幻想や妖精郷に100V交流はほぼないため買っても置物にしかならない。だがそれを参考にサイズが魔力導体などで再現をすることは出来るかもしれない。いつか平和が訪れた時のために妻たちに楽をさせてあげたい……などと綺麗事をいうつもりはなかったが、ついつい新しい冷蔵庫とかエアコン、洗濯機の類を観察してしまう性には逆らえない。
「あーぬくぬくするー……」
「メープルったら、完全に虜になっちゃってますなー!」
「でもハッピーもでないじゃーん」
「あったかいからねー」
「ねー」
カメラを取り出したのが運の尽き、職人気質のサイズが写真を撮り観察しはじめたら止まれるはずがない。一方取り残されたハッピーとメープルはどうかというと寒がりなメープルのために防寒用具にコーナーに釘付け。電気毛布だの石油ストーブだの、ついにはとうとうこたつに二人並んで入ってすっかり夢中になってしまった。
「……何してんの」「そっちこそ……」
決して、通行人やサイズにバレずに脚と霊体を絡め合わせるななどという邪念に心を惑わされているわけではない。決して。
「……なあ、ハッピー……サイズのヤツどこにいるんだろ?」
「うーん、そろそろ電子レンジのコーナーあたりにいるんじゃないですかねー?」
「職人気質だなぁ、サイズが幸せならそれでいいけどねー……って、あれ?」
「メープル? どうしたの――あっ」
メープルの視線をハッピーが追えば、サイズもまた別の家電に囚われている。ハッピーはその家電に見覚えがあった。
「ただモーターで回転運動しているだけだと思ったが……これは……ああ……く……」
「……あれ、何、サイズがすごい声出してるんだけど」
「マッサージチェア……サイズさん……絶対色々凝ってるだろうから……」
「ああ……」
余計に大げさな他人を見ると落ち着く理論で、すっかり温まった二人はこたつを出てサイズを観察する。鎌を傍らに置き、逃れようにも逃れられない誘惑にハマっている。
「アイツ、最近誘惑に弱くなってないかなあ」
「メープルのせいでしょ、それ」
「はは、アイツはもう少し甘えてくれることをおぼえりゃあいいのさ」
きっと彼の事だ、事が終われば自分が虜にされた物を買おうとは思わないだろう。
「良い具合に演技して必要だって言おうか、メープル」
「ああ、それがいいね」
二人は顔を見合わせて、思わずふふと笑うのであった。
●
「なあ、なあサイズ! 秘密基地行くみたいでわくわくするね!」
「は、はしゃがないでメープル……ホテルの中はいっぱい人がいるから……」
「……うんっ」
「ハッピーさんはもうちょっとはしゃいでもいいよ……?」
日が傾けばいよいよホテルにチェックイン、最初のデパートのエレベーターとは異なる専用の高速エレベーターに乗り上階へ――扉が開くと同時にメープルが飛び出し、次にハッピーがサイズの手を引いてフロントに向かう。宝石彩られた綺麗なシャンデリア、清潔な壁紙に思わず息を飲む……。
「おお……デパートの上階とは思えない……」
「俺も実物は初めてだが、想像以上だな……」
スタッフに荷物を預け、予約の照会と子どもと誤解されぬ様ローレットが用意した身分証を見せる。
「サイズさん、この後ってお部屋……かな?」
「いや、この上階にあるレストランで食事が先だ……部屋はそれからだな」
「そっか……楽しみだね☆ミ!」
軽く震えた後、ぐっとサムズアップするハッピーにサイズは頷く。メープルの方はまあ、疲労困憊といった様子で良くも悪くもいつも通りだ。
「ふかふかご飯……」
「メープル……ごはんはふかふかじゃないと思うぞ……?」
荷物を預けて身軽になった後、食事券を持って上階へのエスカレーターを登る。三人を待ち受けていたのは再現性東京を一望できる最高級のレストラン。
部屋が橙色の鮮やかな光に覆われステーキやワインの芳しい香が漂う桃源郷、それは確かにそこにあるった。窓際の席に案内されればメープルとハッピーが並んで座り、対面にはサイズ。そして
案内と同時に人数分配られたメニューのリストには産地や高級食材が所狭しと並んでおり、テーブルは言葉に言い表せないほど反射光で見事に光り輝いているようだった。
「ローストステーキに鯛のソテー……高級貝のクラムチャウダー……締めにシェフのクリスマスケーキ……ひゃあ……みんな自慢できそうなもんばっかり……」
「この日のために依頼頑張ってきたんだ、遠慮するなよメープル、明日も用意してるからな」
文字を1行1行食い入る様に見つめるメープルと背筋をピンと伸ばしてメニューを読むハッピーを眺めながら、サイズは用意されていた水を一口。そして眼下に広がる東京の光景と行き交う車の列、そしてずっと続いていきそうな線路を眺める。
「えへへ、なんだかセレブになった気分かも……」
ハッピーも思わず息を飲みながら、ぎゅっとテーブルの下でメープルの手を掴む。手のひらと手のひらが合わさり、優しく握り返される感覚。メープルの小さな手が、少し暖かかった。
「サイズさんの選んだ料理に期待、だね」
「ま、これじゃあ何来ても美味しいと思うけど!」
グラスに特別な飲料が注がれ、炭酸が弾ける音が響く。こんがりと焼き上がったバゲットとともに前菜として出されたのは鱈のブランダードだ。
「それじゃ、3人の結婚をお祝いして……だね」
「ああ、ハッピー、メープル、それじゃ――」
「『輝かんばかりの、この夜に!』いえーい!」
軽快なグラスの音が、楽しい聖夜のディナータイムの始まりであった。
「サイズ~ ワイン10杯くらいは追加注文先にしといていいよ~」
「10!?」
妖精というのは尽く酒豪なのかそれとも女王に少なからずとも付き合った経験があるからなのか。早速アルコールに上機嫌になるなか、ハッピーはぎゅうっとメープルの手を握りしめてもう片方の手でゆっくりグラスを揺らす。サイズに香を楽しんでいる様に、見せかけて。
(メープル……なんとも思ってないのかな……)
彼女の酒癖の悪さを指摘したわけではない。ただ、ハッピーはちょっぴり怖かった。
今の食事も、これから起こるだろうことも、愛おしいけど。それでも、やっぱり。
(恥ずかしい……な)
ブランダードを塗ったバゲットを口に含み、唾液が吸われていくのを飲み物で流しながら……とっても美味しかったけど、ステーキは半分メープルにこっそり渡そうかな……なんて、ハッピーは考えてしまうのであった。
●
「やっとふかふかベッドにご対面だよぉ」
たどり着くやいなやここが指定席と窓際のベッドにメープルはうつ伏せに倒れ込み足をバタバタとさせだす、途中こたつの休憩があったとはいえ体力のない
「メープル、汗が染み付いちゃうから先にお風呂入らないと……」
ハッピーが喉を絞るように出した小言も、どちらかと言えば今の思考から少しでも逃れようとする様子。サイズからはその表情は読み取れなかったが、ベッドに埋めていた頭を回して覗き込んだメープルは体動を止めてじーっと何かを考えていたようだった。
「サイズー、お風呂って何階?」
「スイートルームだから共用じゃなくて個室の温泉だよ……あっちの二重扉の向こうにある……」
「ふぅーん……」
「……」
「……」
じぃっとメープルの瞳がこんどはサイズの瞳を覗き込む、メープルシロップの様に透き通る茶色の瞳を覗き込んでいると、なぜかサイズの顔が熱くなってしまう。
「ハッピーと先、入ってきていいかな」
「一緒に入りたいです……」
ノータイムの返答に思わずメープルがぷっと噴き出してしまう……ハッピーの方は余計に俯いて呻き声まであげる有様だが。
「ダメダメ、女の子は汗だくの姿を見られたくないのさ……二、三十分待ってから入って来なよ……ね、ハッピー?」
「ひゃ、ひゃいっ……待っててください……サイズさん……」
「それ、くらいなら……」
ピシャリと浴室の扉が閉ざされ、部屋は静寂に包まれた。一人ぽつんと残されたサイズは深くため息をつき――自身が思わず一歩踏み込んでいた事を自覚し首を大きく横にふる。
「……どうせ汗だくになるんだからいいじゃないか」
そして無意識にそんな言葉を口走ってしまい……急にバツが悪くなって自分のベッドに座りこんでしまったのであった。
「あ、ありがと……メープル……」
「ま、ありゃ持って15分だと思うけどねぇ」
部屋と風呂場の間の空間に衣服を脱ぎ捨て、湯気の漂う大理石の見事な貸切温泉に息を呑む。お互い胸までバスタオルを巻いた二人は顔を見つめ合いくすくすと楽しそうに笑って見せた。ハッピーの霊体に揺れ、タオルの下端はゆらゆらと揺れている。
「やっぱり、この後の展開って……だよね……」
「……だねえ」
「ハッピー、いやなのかい? 今日ずーっと食べられるのを待つリスみたいだったぜ?」
「ば、バレてたりした!?」
「そりゃ、絡みついたり手握ったりしてたらねえ? あとステーキありがとね、お腹すいてたから!」
顔を真赤に染めるハッピー、きっと図星だったのだろう、ソレがあまりにも面白くて吹きだしてしまったメープルに思わず頬を膨らませて、むぅっと反論した。
「いや、じゃないけど……メープルだって逃げてるじゃん……お風呂に入るの、私だけでも良かったのに」
「あはは……バレた。ま、こっちも緊張して酔いも飛んじゃうよねえ」
ちゅっ、と悪戯めいたキスをハッピーの額にしてメープルはウインクをしてみせた。
「ま、駆け抜け禁止ってことでね?」
三人の気持ちは同じな事も、お互いそれが見透かされている事もみんな理解していた。ハッピーやメープルだけじゃない、サイズだってきっと我慢の限界だろう。ちょうど1年前。三人婚を誓い、契りを初めて交わした夜。そんな記念日に彼が劣情を抱かないわけが無い。今、向かい合ってる二人の乙女だって。
「アイツ、知ってるのかな……って、そう思ったらちょっぴり怖くて」
「何が?」
「私の姿、子供、できたら……何年間か、もしかしたらずっと……戻れなくなっちゃう……だって、
「サイズさんの子供を宿すために……」「言わないでぇいいよぉ!?」
メープルの理不尽な制止に今度はハッピーの方が笑ってしまう。
「大丈夫、サイズさんはどっちも愛するって言ったでしょ?」
「そ、そうはいうけどさ……むっちんぼでーより妖精らしいカラダの方がハッピーも好きでしょ……?」
「……ちょっとだけ」「そこは否定してよぉ!?」
しばらくの静寂の中、思わず二人で笑ってしまう。なんだか、笑ったらそんな懸念も恥ずかしさもどうでも良くなってしまった。
だから、今度はハッピーが積極的になる番。
「大丈夫だよ、私もどっちのメープルも好きだから……春も夏も秋も冬も、何年も何百年だって……この先ずっと満たしてほしいし、包み込んでほしい……」
メープルはハッピーに抱きつかれ、思わず目を見開いてしまう。
「まっ、待って……まだサイズ来てない……」
「待ちません、二人きりの時間を作りたかったのもそういう事でしょ? 私たちも、結婚したもんね……」
抵抗らしい抵抗も見せず、メープルはバスタオルを剥がされてしまう。ニンフの色欲は強烈だ、同性であろうと愛し合おうとすることに抵抗ができないのをハッピーは知っている。それと、メープルにこう囁いてあげれば――
「私を蕩けさせてください……愛しています、メープル」
「ふぁ……っ!」
そり返るメープルの背丈が伸び、体が内側から豊満に形を変える事を知っている。甘い蜜の毒を持つ、淫らな木のニンフ、ドリアードに変わる事を知っている。ハッピーはメープルの喜ぶ事を知っている。
「それじゃ……ふふ」
ちょっぴり怖いけれど勇気を出して、金色の幽霊は豊満な蜜の中へと飛び込むのであった。
「いただきます……♪」
「……二人とも……」
「えへへ、お先に失礼してます……」
20分ギリギリ、我慢ができず扉を開けてしまったサイズが目にしたものは既にニンフの豊満な姿を曝け出し息を荒げたメープルと、彼女の大きな胸に頭を埋めたハッピーの姿。湯を出しっぱなしのシャワーノズルが転がっていたあたり、随分と体を洗う間に楽しんでいたようだ。
「き、キミ……もしかしてこういう事した経験あるのかい……っ」
「ヒミツ……」
ずり、ずりと頭を回しメープルの胸元に甘えるとそっと彼女を解放してあげる。緑のオッドアイが鮮やかに見えるほどに赤く染まっていた顔から、どれだけの時間そうしていたのかサイズは理解できた、できてしまった。
「……っ……ずるい……」
サイズはその光景に息を呑み、奥底から抑え込んでいたものがドロドロと溢れ出す。鎌に染みついた妖精の血を解放し真紅に染まる時の様な感覚。だけど、何かが違う。胎の底から力が漲り、欲望に飲まれる感覚――だけど、もうこのぶつけ方は知っている。
「ひゃあ……っ!?」
「ドリアードの姿ってことは、メープルは準備できてるよな?」
「わ、悪かったって、待たせたのは……ぁっ……」
サテュロス、ニンフの花婿、決して枯れることの無い色欲の泉。サイズは躊躇なく後ろからメープルの大きな胸部へと腕を伸ばし指を沈め込む。本人はだらしないとか自分好みじゃないなんて言うけれど、こうすれば喜んで愛に溺れていくのは知っているから。体を密着させ、あの時の様に……メープルのお望み通りに滑らかで輝く様な首筋に唇を重ね、吸血鬼の様に。甘い妖精の血を啜りあげる。思わず離れて息を呑むハッピーに、視線を見やれば、ハッピーもゆっくりとバスタオルを剥がして……積極的になった彼に息を呑んでその霊体を捧げるのだ。
「サイズさん、私も……準備できてる」
「……うん」
メープルとは違って優しく、けれども貪欲に。両手に違う感覚を味わいながら、サイズは心の中で己の堕落を嘆いた。メープルの鮮やかな翅のような橙色のようで、ハッピーの綺麗な金色の髪のような、そんな色に背に背負った鎌が変色したかのような違和感すらどうでも良い。ベッドに二人を連れ込もうなどという考えもおきない。
「ほら、サイズさんもタオルとって、綺麗にしてあげるから」
「ああ、よーくシャワー浴びて、温まったら楽しもう、な? サイズ♪」
意地悪く淫靡に笑う乙女達に挟まれ腰布の様に巻き付けたバスタオルもあっという間に剥がされ、シャワーと一緒に二人の柔らかい胸元に腕を埋められる。
逃さない。傷を魔法で治癒しウインクと共に舌を出して誂う妖精を押し倒してやりたい。
離さない。紅潮した顔をシャワーノズルで隠そうとしている幽霊に愛を突きつけてあげたい。
二人の熱を感じ、楽しい夜を前に燃え上がっていく。前なら耐えきれず気を失っていたのに、ちょっと前ならどうにでもなれと意識を手放していたのに。
「もう、いいよ……我慢できない」
今ではすっかり自分の意思で色欲のままに、彼女達を思いのままに貪り食ってしまう。
「ふたりとも……愛してる……」
抑えきれなくなったサイズは、思わずハッピーたちの腕を取って無理やり押し倒してしまって……とうとう、翌朝チェックアウトギリギリまで温泉から出てくる事はなかったのであった。
おまけSS『おふれこふたつ』
●
「うう……まだ揉み返しが……」
「サイズさん、大丈夫?」
「あ、ああ……どうも眠ってしまっていたみたいだ……ハッピーさん、ところでメープルは?」
「あれ? どこいったんだろう、サイズさんに声をかけようって話したところまでは……あ」
家電量販店を抜け、ホテルへ向かう前のハッピーとサイズが見たものは健康器具コーナー。
そして何故か変身しドリアードの姿で(ちゃんと冬服だよ!)ロデオマシンに向かい唾を飲むメープルであった。
「あれ、お馬さんマシン……?」
「……さ、さっきお尻が大きいって言ったこと気にしてるのかな……」
揺れる。揺れる。ロデオマシンに揺さぶられメープルが揺れている、転び落ちないようにメープルがしがみつき、そして……揺れている。その光景にサイズは――
「っ……」
「ああー! これ中止中止ー! サイズさんがサイズさんが何かを思い出して気まずくなってるー!?」
●デートは25日にも続くのです
「うぅ……ふかふかベッドぉぉぉぉ……」
「ご、ごめん……メープル……今度同じくらいふかふかな奴買ってあげるから……」
「……サイズさんって、ホントに止まれなくなっちゃったんだねぇ……」
「せ、制御出来るように努めます……」