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雪だるまをおいかけて

登場人物一覧

リリィリィ・レギオン(p3n000234)
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと


『ねえ、メイメイ。雪は得意?』

 冬になりました。
 私はサイズの合わなくなった服を処分して、今の手足の長さに合うものを揃えるのに忙しくて。
 だから、リィさまが言っていた言葉を思い出したのは、其れが落ち着いてからの事でした。

『雪景色の凄い場所、見ておくからさ。其の時の“今”を予約しても良い?』

 いつしか秋に約束した事。
 わたしは勿論、と頷いて、――リィさまはあの約束を覚えていらっしゃるでしょうか。いえ、きっと覚えているに違いありません。だってあの方は、誰より人を大事にして下さる方だから。わたしが成長した事を、素直に『寂しい』と言って下さる方だから。

 わたしの確信がいよいよ強固なものになったのは、買い物をしようと家の外に出た時の事でした。

「……雪だるま?」

 そう、雪だるま。幻想には昨日から雪が降っていて、積もってしまっていて、だからわたしは長靴を出して外に出たのですが……ドアの横にちょこんとお客様がいたのです。
 私の膝より少し上くらいの丈の、なかなかの大きさの雪だるまさん。
 そして黒い蝙蝠さんが、雪だるまの上に止まっていました。寒そうな……彼? 彼女? をそっと手に取ると、蝙蝠さんはメッセージカードに変わって。

『川を横切る橋の上』

 ああ、これはお茶目なあの方のやりそうな事だと。
 わたしは買い物より優先すべきものを見付けて、少し噴き出してしまいながら歩き出しました。この近くには一本しか川がありません。だから、橋の上に――ほら、あった! 矢張り雪だるまさんです。蝙蝠さんがやっぱり寒そうに翼を震わせていて、そっと掌に載せるとまたメッセージカードに変わりました。

『ローレットの南にある雑貨屋さん』

 なんだか謎解きみたいで、少しわくわくします。
 リィさまはこの旅の終わりに何を用意して下さっているのかと、わたしは高鳴る鼓動を押さえる事なく歩き出しました。勿論目的地はローレット本部の南にある雑貨屋さんです。……巧く見つかると良いのですが。



 ローレット南にある雑貨屋さん。
 そこから北に行ったところにある武具店。
 更に近くにある公園の木――そうしていつか夏に訪れた湖まで脚を運びました。
 其処には必ず、少し大きめの雪だるまさんんが鎮座していました。そして其の上で、寒そうに蝙蝠さんが待っていらっしゃるのも一緒。わたしの両手はメッセージカードでいっぱいになって、次の蝙蝠さんは何になるだろうと見守っていると、ピンクのリボンとメッセージカードに変わりました。

『いとこい坂、ピンクのリボンを忘れずに』

 メッセージカードには地図が書いてあります。
 はて、そのような坂はあったでしょうか。わたしは首を傾げながら、言いつけ通りにリボンを持って其の坂へ向かったのですが――



 其れは幻想郊外にありました。
 雪が降り積もり、真っ白になった坂道に――桃色が花開いていました。
 桃色のリボンや短冊、紙が、坂のあちこちに結び付けられているのです。

「メーイメイ!」

 そうして其の坂のふもとに、リィさまはいました。黒いもこもこのコートを着て、鼻の辺りを赤くしてにこにことわたしを出迎えて下さいました。

「リィさま。お待たせしました」
「ううん、待ってないから大丈夫だよ。大体この時間かな~? って思ってた感じだから」
「では其れまで、何を……?」
「えへへ、エッグノック買ってた。はいこれ、メイメイの分」
「あ、……ありがとう、ございます」

 とろりと甘い香りが漂っています。リィさまの手元には二つグラスがあって、暖かな湯気が漂っていました。
 一つを受け取ると、存外に熱く感じて。わたしの手は其処まで冷え切っていたのかと少し驚いてしまいました。

「びっくりしたでしょ、いとこい坂っていうんだ」
「ええ。……桃色が、すごくて」
「むかーしにね、イレギュラーズも此処にお出掛けしたんだって。ピンクの何かを持っていないと見付けられない不思議な坂――其れがこのいとこい坂なんだ。メイメイは良い子だから、ちゃんとリボンを持ってきてくれたみたいだね」

 リィさまは桃色の眼を細めて笑います。もしかしてこの人は瞳が桃色だから、見付けられたのかしら。なんて。

「まーでも、冬に此処に来る人は滅多にいない。郊外だし、寒いしね。――でも、ほら、メイメイ。上を見て」

 リィさまが指差した、坂の上。わたしは言われた通りに上を見て、わあ、と声を上げました。
 其処には梅が咲いていました。桃よりも桜よりも濃い紅色が、点々と枝の上に花開いています。中には白いものもあって、紅と白、二つの色が混ざって桃色のように見えました。

「すごい……」
「でしょ。上も下も桃色なんだ。冬じゃなくてもいとこい坂は見えるんだけど、冬だからこそ、――見せたかったっていうか」
「ええ、……もう、梅が咲いているんですね」

 そういえば、わたしはしばらく上を向いていなかった気がします。最近はやっと前を向けるようになったけれど、……そう。ずっと、下や後ろばっかり見ていたようにも思えます。
 そんなわたしの心境を察したのでしょうか、リィさまはにっと歯を見せて、子どものように笑みを浮かべました。

「数か月もしたら桜も咲くよ、メイメイ。君と出会ったのも春だったね」
「そうですね、……あの時は確か……リィさまはお酒が買えなくて、ぷんぷんして、いらっしゃいました」
「わ、覚えてたの!? 恥ずかしいなぁ……其処まで覚えてなくても良いのに……」

 リィさまは頬を赤く染めて、黒いコートの首元に鼻先をうずめました。
 拗ねているのだ、と判るくらいには、リィさまと過ごしてきたつもりです。わたしは微笑ましくて、笑みをこらえられませんでした。

「――ねえ、メイメイ」
「はい、リィさま」
「……また、時々僕とお出掛けしてくれる?」

 そう笑ったリィさまは、……どこか寂しそうに見えました。
 何かを予感しているのでしょうか。
 其れともやっぱり、命の長さを憂いていらっしゃるのでしょうか。
 わたしには其の判別は出来かねましたが、其れでも、わたしははいと頷くのです。

「勿論です。またお出掛けしましょう」
「……。えへへ、やった! じゃあねじゃあね、次の春はお花見弁当が美味しいお店を捜しておくからね!」

 リィさまは再び笑みを浮かべました。今度は其処には憂いはなくて、……わたしは大切な友人の憂いを拭えた事に、喜びを感じました。
 わたしたちは別に、一年だけお出掛けしようなんて決めた訳ではありません。わたしが、リィさまが、お出掛けしたいからお出掛けしている、其れだけなのです。

「リィさま」
「うん、なに?」
「エッグノックを飲んだら、――坂の上へ、上ってみませんか?」
「あ、良いね! 見下ろしたらきっとすっごい桃色で綺麗だろうなあ」

 すっかりエッグノックの事忘れてた。
 そう笑うわたしのお友達。わたしは笑みを返しながら、エッグノックを一口頂くのでした。
 温かくて甘い。冬はどうしてこういうものをとくべつ美味しいと思うのでしょうね。



「ところで、リィさま」
「うん?」
「あの雪だるま、は……」
「あれ? うん! 全部僕が作ったよ!」
「全部ですか?」
「全部!」


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